セブンイレブン、本部対ライセンシー(加盟店)の戦い、第2ステージへ。

ほとんど報道されないが、排除命令が出たことを受け弁当の値引き販売に踏み切ったセブンイレブン加盟店が、本部から契約解除を通告された。本部サイドは、「弁当の値引き販売とは関係ない。重大な違反があったからだ。」とコメントしているようだが、関係ないわけがない。

しかも、その加盟店(八王子南口店?)の店主は、加盟店が結成したユニオン(本部と対等の関係を築くための組合)の副委員長を務めている。ユニオンの組織切り崩しも視野に入れた“見せしめ”あるいは“恫喝”に他ならない。

当然、法廷に持ち込まれることとなったが、加盟店の方々には頑張っていただきたいものである。

それにしても、巨大スポンサーの不祥事や問題は、あまり報道されない。

イトーヨーカドーが、某広告代理店に数十億円を不正にプールさせていた事件も、新聞1紙がすっぱ抜くまでは、記事になることはなかった。その代理店は、書かれるのを止められなかったために、取引を全面的に切られ、記事をストップする力を持っている最大手の代理店に数百億円の売り上げを持っていかれてしまったらしい。

トヨタの前社長の強気の経営判断に警鐘を鳴らそうとした記者の原稿は、「広告出稿を考える」との代理店担当からの“さりげない言葉”にボツになったとも聞く。

ダイハツが生産計画の見直しと在庫調整で金融危機を乗り切ったことを考え合わせれば、巨大赤字、派遣切り、下請けの大減産等が、経営判断のミスに起因するものであることは、疑うべくもない。

広告収入との関連で、書くこと書かないこと、語ること語らないことが決まっていくとしたら、問題だ。ずっと言われてきていることではあるが、正義と公平の報道には、大いなる勇気が必要になっているのだろうか。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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CVS(コンビニエンスストア)物語④-救世主“コンビニ弁当”の登場!

個店販促の有効な方法論も見つからず、既存店の売上低迷に悩んでいたCVSチェーンに、救世主が現れた。‥“弁当”である。

それまでの、コンビニらしいチルドや冷凍を主体としたメニューに調理弁当を加えたところ、これがヒット。瞬く間に売上の核となっていった。コンビニ弁当が売れ始めた頃のランチ予算が平均6~800円程度(男女で違った)。昼休みに通える店もそう多くなく、同じ時間帯に集中しがちなため、ランチ難民になりがちだったサラリーマンとOLにとっても、5~600円台で温かく食べられ、購入に手間取らないコンビニ弁当は、お昼の救世主だった。

慢性化している競合状況もプラスに働いた。各社の、競合他社と差別化するための新商品開発が、日々弁当を必要とするユーザーの刺激策にもなっていたのだ。

しかし、いくつかの問題がやがて生じてくる。まず問題視されたのが、添加物。味覚障害を持つ人が増えたのはコンビニ弁当のせいだ、とまで言われたりした。ampmなどは、セブンイレブンに対抗し、冷凍にこだわった展開をして“私たちの弁当は、安全です”とアピールしていた。

ところが、もっと大きな問題が生じてきた。弁当専業各社の攻撃である。オリジン弁当などは、盛業のコンビニの近くに出店するということを明確に出店戦略の基本においていたくらいだ。

同じエリアの同じターゲットの同じニーズを奪い合うわけだから、売上は落ちていかざるを得ない。しかも、弁当専業店は、キッチン併設。味と鮮度では勝てない。おまけに、価格もコンビニを下回るゾーンで設定してある。とにかく、分が悪い。企業力で対抗せざるを得ない。タレント弁当、旬の素材(スーパー系だからお手の物)弁当など、話題性や新奇性で対抗する策が採られた。

何しろ、セブンイレブンなどは、売上において既に親会社イトーヨーカドーを抜き去り、ヨーカドー・グループを支える存在。ライセンシーとの不平等条約のおかげで、利益体質も揺るぎない(もっと凄いのは、楽天だが‥)。コンビニ・ビジネスがうまくいくかどうかは、グループ全体の財務体質に影響を及ぼす問題なのだ。

おまけに、力のあるライセンシーの反乱も起き始めた。力のあるライセンシーの力の根拠は、顧客サービス、顧客管理のノウハウと在庫管理、店頭管理の能力。要するに、しっかりとした“独立性を持った小売店”だから、本部と交渉する覚悟も力も持っている。明治維新から数年経ったの日本のようなものだ。不平等を改善しようと、自ら動き始めた。訴訟も起きた。結果は、本部の敗訴。*数年前、東北で起きていた‥はずである。

そこにやってきた金融恐慌である。ユーザーの弁当ニーズは、手作りへと大きく傾いていく。健全な傾向なのだが、コンビニ、特に本部にとっては不都合な傾向である。で、採ることになったのが、低価格化作戦。この価格だったら、わざわざ作る手間を省いて買った方がいいんじゃないですか?作戦である。

しかし、これは明らかな消耗戦。なぜなら、安くなったからといって、食べる量は増えないからである。売上増に大きく貢献できる作戦ではないのである。

さらに追い打ちをかけたのが、排除命令。不平等条約に支えられた本部の利益は大きく、その分ライセンシーが苦しんでいるわけだから、当然のことだと思うが、この一歩は大きい。

約50%のライセンス料を払っているのに、廃棄した弁当の仕入れ金額にもライセンス料がかかるとあっては、ライセンシーの負担は大きすぎる。

あちこちで起きている低価格合戦(余分なものとゴミが多いような気もするが‥)。この、世を挙げての消耗戦市場が落ち着いた時、コンビニの弁当市場とコンビニのあり方、つまりはコンビニ・チェーンのビジネス・モデルが、ライセンシーも一緒に幸せになれる方向に落ち着いていればいいなあ、と願うばかりである。

     元禄寿司は、ちょっと変わったフランチャイズチェーンだった。そのことを、次回に。

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CVS(コンビニエンスストア)物語-ビジネスモデルの変遷②

小型店出店の必要性を感じていたスーパー各社は、70年代前半からそれぞれの戦略を構築し、トライアルを始めていた。

海外との提携という方法を採ったのがイトーヨーカドーとダイエー、独自の戦略を構築しようとしていたのが西友だった(西友だけが海外との提携を選ばなかったのは、多分に堤清二氏の美学に拠るものと思われる‥‥このことについては、最後に付記する)。ほんの少し先行し小型店を実験出店した西友を、すぐイトーヨーカドーとダイエーが追いかけることになるが、前者が独力での実験出店であったのに対して後者は提携ノウハウを生かした出店。効率と勢いにおいて、分がよかった。

最初の頃は、マーケティング的な仮説に沿った出店(半径500メートル商圏に1店舗)を重ね、フランチャイジー希望者が現れても、同一商圏内に既存店舗がある場合は断わっていたほどだった。

しかし、やがて競合が激化し始める。自社ブランドのショップは500メートル商圏内1店舗としていても、他社が同一商圏内に出店してくると条件は変わってくる。利益を享受できる条件を超えてしまうのである。接近戦の開始である。

時には、あえて競合潰しを意図した接近戦を仕掛けられることさえある。「あそこのセブンイレブンはローソンに負けて閉店したらしい」といった悪評が立てば、競合相手の勢いを止めることができるからである(ハンバーガー・チェーンで、マクドナルドがロッテリアに仕掛けて勝利し、ロッテリアの反撃の兆しを摘みとってしまった“池袋戦争”というのもあった!?)。

競合が採ってくると予測でき、かつ一部では既に始まっている戦いに、イトーヨーカドー(セブンイレブン本部)が採った対抗策は、得意のドミナント戦略。エリア毎に集中出店し、当該エリアでの絶対的優位を確保しよう、というものだった。

勢い、フランチャイジー希望者の審査も緩くなっていく。同一エリアに2店舗、3店舗というケースも出てくることになる。中には、本部のフランチャイジーを無視した無謀な出店(約束が違う!)に怒り、売り上げの低下に耐え切れず、退店するケースも出てくるようになった。

しかし、その頃の本部の判断は「強い店が生き残ればいい。強い店が残っていれば、競合が出てきても負けない」というもの。まさに、カニバリズム容認。いやむしろ、カニバリズム推進の考え方だった。そして、その作戦は功を奏していった。もちろん、いくつかのフランチャイジーの犠牲の上に成り立った成功ではあったが‥‥。

     堤清二氏のこだわり‥‥大手スーパー3社のトップの中で、中内功氏と堤清二氏は魅力的な人物だった。二人ともワンマンであることは共通していたが、中内氏の商売人的個性に対して堤氏の文化人的個性は、好対照と言えるものだった。おそらく、お互い強烈に意識されていたように思う。

堤氏は、「事業は、僕の作品」と公言して憚らず、事業にもクリエイティビティやユニークネスを求めた。

「簡単に儲かりそうな店は作りたくない。赤字スタートくらいの方がいい。おもしろい店を考えろ」と、スタッフに命令している姿は、経営者と言うよりクリエイターそのものだった。そんな彼からすると、海外で他人が作り育てたシステムやブランドをそのまま日本に移植するという、人の真似でできあがっていくシステムやビジネスは唾棄すべきものであったに違いない。儲かることのみを成功とは考えない、という美学を持った経営者は、経営者として評価されないことが多いが、経営やビジネスのイノベーションは、そういった経営者のみが成しうることだと、僕は思う。VANの石津謙介氏もそういう人だった。

失敗すると、美学を優先していた分だけ「きれい事、やってるからだ」と叩かれがちだが、それはそれだけ目立っていたがゆえのこと。失敗に終わった例は、「儲けたい、儲けられそうだ」と始めたことの方が、枚挙に暇のないほど多いはずなのである。

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CVS(コンビニエンスストア)物語―ビジネスモデルの変遷 ①

記憶に頼った話だが、仕事等を通じて知った範囲内で、CVS(コンビニエンスストア)のビジネスモデルの変遷を顧みてみよう。

CVS(コンビニエンスストア)の第一号店が、どこにいつ誕生したのか、はっきりとした記憶はない。1970年代前半であったように思う。

VANの販促にいた僕は、新しい業態が誕生したこと、完全なセルフ・セレクション型だということ、住宅街に誕生したことなどを知り、“嫌な話だなあ”と言ったことだけは覚えている。

しかし、翌々年VANが倒産する頃には、CVSのオーナーにならないか?といった告知を散見するようになっていた。フランチャイズ・ビジネスが注目され、フランチャイズ・チェーンの仕組みと種類、成功の秘訣といった類の書籍も数多く出版されていた時期だったように思う。

ぼんやりとフリーになっていた僕にも、どういう縁か、ドーナツのフランチャイズ・チェーンの企画やフランチャイズ契約書の原案制作という仕事が舞い込み、2~3日缶詰になった記憶がある。

その頃からしばらくの間は、7~11(この店舗名は、業態の性格とメリットを明確に表しており、評価が高かった。やがて名前もシステムもイトーヨーカドーが輸入したものと知り、納得がいった)のフランチャイジー資格は、厳格に定められていたと思う。

特に厳しかったのは、家族経営が基本で、従業員を雇用してはならない、という条件。朝7時から午後11時までの営業ということは、開店準備から後片付けまでを考慮すると、労働時間は、ほぼ5~25(20時間)。家族で分担するとはいえ、朝5時から深夜1時までの労働を365日続けるのは容易なことではない。

この条件に違反して解約、この条件がキツクて脱退、といった話を、やがてよく耳にするようになった。

では、当初なぜそのような条件設定があったのか。それに関しては、以下のように分析できるだろう。

CVSは、言葉を換えると「ほぼいつも開いている“万屋”」。取扱商品は日用品から食料品。大型スーパーが大店法規制により出店できない住宅地や市街地に立地(大手スーパーがCVS事業に進出していった大きな理由は、大手スーパーが郊外型になることによってできる“商売の空白地域”を埋めることにあった)。となると、限定された商圏、単価の低い商品と、売り上げを大きく期待できない条件下でのショップ経営、ということにならざるをえない。その中で、フランチャイズ展開成功の秘訣“スタート時の成功事例作り”の鉄則からすると、条件は定まっていく。

ショップ経営が可能な商圏は半径500m。したがって、本部は1商圏1店舗の原則を守り同一チェーンの競合によるカニバリかkky()ズムは回避する。ただ、フランチャイジーの側も経費の増大を回避するために、従業員の雇用はしないこと。

つまり、家族全員の総収入としては豊かなものを約束できる業態でありチェーンだが、それはあくまでも労働に対する対価と考えていただきたい。ショップ・オーナーは、マネージャーではなく、あくまでもプレイイング・マネージャーなのである。という考え方。

そんなに稼げるビジネスではありません、と正確に認識することからスタートしていたのである。

そしてそれは、当初うまくいっていたように思える。良き時代である。しかし、事態は変わっていく。‥‥つづく

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新しいことは、地方から-NHK、もっと頑張ってね~!

仕事に必要だからと、自宅のネット環境をCATVにして以来、とんと民放を観なくなった。観ると言えば、FOX、WOWOW、ミステリー・チャンネル、ヒストリー・チャンネルなど。しかも一週間分予約録画というスタイルなので、民放が流れているのは、さして観る意識もない“テレビ点けっ放し”の時だけ。予約録画のリストにも入らない。予約録画する地上波は、NHKのみとなっている。

ところが、予約しようと番組表を眺めていると、NHKの番組にはなかなかいいものが多いことに改めて気付いた。一斉同報的な民放各局のニュースや東京中心の単発情報ネタとは異なり、地に足の付いた、しっかりとした取材で構成されている番組が多い。スポンサーに気遣う必要はないのでニュートラルな視点を保つことができ、以前ほどではないが予算も必要な程度は確保されているので時間をかけることができる。なにしろ、全国に支局があるので、本質に肉薄する実感的な番組制作ができる。世界中に支局もあるので、世界情勢にも独自の取材態勢が組める。

視聴率(少ない標本、録画視聴はカウントせず、チャンネル権保有者分析もない、など問題が多い)に振り回され、話題になってから追いかけることで効率を追求。にもかかわらず、“おもしろさ”や“インパクト”を偏重するため、つまみ食い取材しかできない。

そんな民放キー局よりも、いい番組が作れるのも当然と言えば、当然か。

BBCのような高潔で粘り強い取材にも、政治的圧力に臆することなく、注力してもらいたいものだ。

先週、そんな“地方と海外に強いNHK”に、新しいことはやっぱり地方から起きているんだ!と改めて感じさせてもらった。

1.木内博一氏‥‥農業経営で注目されている人。経営者というよりも、志を一つにする仲間のリーダー。現場主義者でありながら、アイデアマン。決断が早く、行動力もある。スタートも早いが引き際の見極めもいい。先を見てリスクをいとわない。そのための準備も怠りない。

素晴らしいのは、彼を動かしているのが、功名心や自己の欲望ではないこと。農業への愛情と疑問、それに携わる家族や友人の労苦に報いてあげたいという強い想い。生産の現場を変えることができる人は、こういう人に違いない。注目と応援を忘れないようにしたい。

参考:http://www.farm-biz.co.jp/013manage_column/man020wagou/

2.益田ドライビングスクール‥‥僕の田舎、島根県益田市にある自動車教習所。若年人口が減少している上に免許取得を望まない層が増えているため、自動車運転教習所の倒産が相次いでいる中、年間卒業生数全国6位の実績を、人口5万人強の地方都市益田で残しているユニークな教習所。雇用確保を経営者の責務の第一義に挙げる社長の哲学とアイデアが、従業員と生徒双方のモチベーションにつながっている。

  参考:http://www.sanin-chuo.co.jp/tokushu/modules/news/article.php?storyid=158672151

徳川政権から薩長土肥政権に代わり、江戸・難波・京都の3極型から東京1極集中

型になって、約150年。地方から変わっていく予感が現実のものになるのは、い

つのことだろう。

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やっと出た!セブンイレブンジャパンへの排除命令

日々廃棄処分されているコンビニ弁当。その年間総額は、2000億円は下らない言われている。

ところが、コンビニ弁当、賞味期限直前の値引き販売は行われていない。“どうせ捨てるんだったら、賞味期限前に値引きして売ってしまえばいいのに!”と思うのが普通だが、それは一切行われず、賞味期限の一時間前には店頭からバックヤードへ移され、廃棄処分となる。バックヤードに移された弁当は、バイトの店員が食べたり持ち帰ったりすることも、原則として禁じられているようだ。

値引き販売が行われていないのは、フランチャイザーがフランチャイジーを厳しく規制しているから。

フランチャイザー(セブンイレブンジャパン‥‥本部)の言い分は、値引きしたものしか売れなくなる、“食品事故が起きてはいけないから、値引き合戦が始まりかねない、値引きしている時間帯に売り上げが集中しかねない、‥‥‥”といったものだが、実はもう一つ大きな理由がある。フランチャイジー(セブンイレブン各店)から支払われるロイヤリティは、廃棄処分にした方がフランチャイザーにとって“お得”になるような計算方式になっているのである。

それは、フランチャイジーの損失と裏腹の関係にあるため、フランチャイジーからの“見切り販売をさせてほしい!”という声は随分以前から上がってきていた。廃棄処分している弁当に関連するロイヤリティでセブンイレブンジャパンが得ている、年間200~300億円位と思われる利益は不当であり、フランチャイジーに返還すべきものである、との訴訟は6~7年前に行われ、確かセブンイレブンジャパンが敗訴しているはず。地方での出来事だからか、巨大な広告主だからか、ほとんど報道もされていないが、それほど古くて根深い問題なのだ。

*参考ブログ http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=2136229

             http://www.dreamgate.gr.jp/fastnavi/legal/column/20090301/ 

フェアトレードよりも利益が優先されるようになってしまい、客が多く利益を多く出していることが優れた経営であるとの考えが定着してしまったかのような昨今。消費者の利益や満足を優先し、社員とその家族、さらには関連企業の幸せにまで配慮する、“徳のある経営”はもう望むべくもないのだろうか。

近代経営、アメリカ型経営、グローバリズム、新たなビジネスモデル‥‥‥。そんなことには、とっくに辟易としているのだが‥‥。

静かに、ささやかに、“正しかるべきこと”をやっていくしかないのであろう。

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英会話のコツと介護・支援の現場‥‥つづきのつづき

転校後、すっかり馴染んだ頃に気になり始めたのが教師の言葉だった。

30代前半(くらいだった?)の彼は、ことあるごとに「本当に心で思ってないことを口に出すのは、どうかな?いいことかな?」と言っていた。

“それはそうだ!”と思うのだが、「“おはよう!”と言う時、“ありがとう!”と言う時、自分が本当にそう思っているのか考えた方がいいぞ」などと聞くと、ふと悩んでしまう。

後妻の責任感もあって、きちんとした子供に育てようと、母親は礼儀・作法に厳しかったが、教えられる “形”と“心”が必ずしも一致していないことも気になり始めた。

やがて、他愛もない言葉を発する時でさえ、時折「本当に、そう思っている?」と自問する癖が身に付いてしまった。友達同士で「本当に思ってる?」と投げかけあうようにもなった。そう言われると、誰もがたじろぎ、むきになり、強弁した。「本当だって!!」。

交差する欲望や価値観が軋み合わないように使われる“礼儀としての言葉”を失うと、ギシギシとぶつかることが多くなった。しかし、疑問を感じつつも、僕の中に「本当は、どう思ってる?」という言葉と、“正直であることが一番”という概念は、強く埋め込まれていった。

こうして、「急ごしらえの民主教育」に団塊世代の多くは、 “アンビバレンツな価値観”を植え付けられていった。

他人と折り合いをつけていく巧みさを備えつつ、本当の自分に辿り着けないもどかしさも内包している団塊世代。未だ行方の定まらない面倒な世代である(僕もそうだが‥‥)。

しかし、VAN倒産の前後、そのドタバタの中で、僕は“形”の大切さを痛感した。心などというものは不定形で移ろいやすく、確かな形の中にはたやすく納まるものだと思った。まるで、ヤドカリのようなものだとも思った。やや失望した。

そして、だからこそ、形の大切さを痛感したのだった。

感謝の言葉、思いやりの言葉‥‥。言葉が使えない時は、感謝のサイン、思いやりのサイン‥‥。そして、できることならば、楽しみを共有するための言葉やサイン‥‥。

民族が混ざり合う欧米の会話にある“形式”は、“口に出さなくてもわかること”をよしとする僕たちにも必要なこと。“わかってくれない!”と苛立つ前に、上手に言葉にすることを学ぶべきだろう。

習うより慣れろ!なのだ。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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脳卒中発症者には過酷な、気圧、気温の変化!‥‥でも‥‥産直が‥‥。

からりと晴れた夏日の日曜夜。「明日は、8度くらい気温が下がる予定‥‥。雨も‥‥」との天気予報に、思わず「え~~~~っ!」と声を上げてしまった。

とは言っても、出てきた声は麻痺の影響でかすれているので、どこか深刻さに欠ける。ちょっと、悔しい。

一日で起きる気候の大きな変化は、脳出血後2年半経った身体にも確実に影響を与える。じくじくと続く肩や腕の痛みは不快さを増し、どうしても握りこんでしまう掌には痺れが訪れる。尻餅にも注意を払わなくてはならない。

最も不快なのは、頬から顎にかけての痺れが増すことである。なにしろ、重要な楽しみ“おいしい食べ物をおいしく食べる”ことを阻害しかねない。

生産者の支援にもなるからと、ネットでみっちり調べ毎週末に到着するように注文している生鮮品(海産物主体)が楽しめないとなると、大打撃だ!

一週間仕事漬けのKapparのストレス解消も、海産物を前にして、ん~~~、どうおいしく食べるか~~、と腕を撫すことから始まり、おいしくいただくことで終わる、大切な週末の小さな宴。季候のせいで味を殺がれるのは困ったものだ。

ましてや、Kapparは、日曜日もパソコンと格闘!となると、その傍らで、味醂干しは~~?飛び魚のアラを乾燥させてダシにする作業は~~?などと気を揉んでいると、お前は食うことだけかい!!と顰蹙を買いそうなので、窓外をうらめしく眺めつつ、じくじくと心まで痛ませているしかない。

自然の一部になったんだと思うことにしよう!と思っている、気候の変化が与える身体への影響も、受け入れられない日曜日である。

ま、暢気な話ではあるが‥‥。

*ちなみに、生鮮の産直は、「お得でおいいしい!」。失敗を恐れずにチャレンジする価値はある。Kapparのブログに、料理の詳細が掲載される‥‥はず‥‥。

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胸が痛む、「安い!」「安い!」の連呼!‥②.鮮魚の場合-2

‥つづき‥

安定供給できないことを前提として販売していく方法は、そう数多くはない。小売店は、販売の機会損失を恐れる(ちょっと行き過ぎの傾向はあるが‥)。料飲店も、しかりである。

しかし、消費者への直販にも問題点がある。包丁の世帯普及率が1本を割っている現在、魚のさばき方や魚種別の調理方法を知っている人は少ない。かといって、切り身や柵にしてパックするといった加工を加えるには一つの魚種あたりの量は少ない。加工すると、価格メリットもなくなる。で、観点を少し変えた。

かつてそうだったように、「旬の魚を楽しむ」。その楽しさ、楽しみ方を売ろう。と、考えた。

●漁師さんから直送される、新鮮で安価な旬の魚を、料飲店のメニューの目玉にできないか。季節によって瑞々しく変わるメニューがあることは、お客さんの楽しみにもならないだろうか。お店の人とお客さんの会話も弾むはず‥。

●小型スーパーの店頭でのイベントに適していないか。マグロの解体ショーといった、鮮度感のあるイベントは集客・誘客に力を発揮しているではないか。“漁師さんの料理”などとセットにすると、家庭のメニューにも変化が出るのではないか。お客さんの希望で、その場で魚をさばくサービスがあれば、もっといいはず‥。

●スーパーや百貨店店頭の「いつもほとんど変わらない品揃え」に、安心よりも不満を感じ始めている消費者に、ネット販売できないか。「今朝、こんなものが水揚げされました。いかがですか?」と、日々限定販売したらどうだろう‥。

どれも、たやすいことではない。しかし、捨てることを思えば、やってみる価値はある。なんと言っても、できれば楽しそうなことではないか。と、準備を始めた。

プライオリティを決めた。まず、小型スーパー店頭イベントから。1~2店舗とお付き合いをしながら、仕組みを充実。漁師さんや奥様方にも慣れていただく。その間に仲間を増やし、次は、料飲店にプレゼンテーション(営業活動)をして歩く。ネット利用は、その時点から始める。そして、うまくいけば、一般家庭への販売へと踏み出していくことを検討する。‥‥といった手順だ。

漁師さんと奥様たちに、店頭に来ていただくこと、店頭で“漁師さんの料理”を作りふるまうこと。大量旗を持ってきていただくこと。できれば、魚をさばくお手伝いもしていただきたい。などを、お願いして、僕はスーパーへのアプローチを始めた。百貨店にもお話した。

約半年粘ったが、だめだった。「面倒くさい」「経費がかかる」「売り上げの4割は、マグロ。少ししかない魚では売り上げ増は望めない」「水産会社とがっちり付き合っている。別ルートのお付き合いはできない」といったようなことだった。

自分の仕事をしながらだったことにも限界を感じつつ、諦めた。残念だった。漁師さんたちに、事情を説明して謝罪した。

ガソリン代が値上がりした時、漁師さんたちの笑顔を思い出し、胸が痛んだ。悔いの残る話である。

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胸が痛む、「安い!」「安い!」の連呼!‥②.鮮魚の場合-1

日本の総漁獲量の約半分が廃棄されている、という説がある。廃棄とまではいかないまでも、市場に出回っている量が半分程度であることは間違いないだろう。由々しきことである。

6~7年前、ふとしたきっかけで、千葉県富津の漁師さんたちとお付き合いを始めた。事務所恒例の宴会に共通の知り合いに連れて来られたのが、最初だった。

「お土産です!」という威勢のいい声の右手には、立派な鱸が一本ぶら下げられていた。その後には、発泡スチロールの箱を持ったお仲間が二人。中には、あさりがどっさり入っていて、開けると元気に潮を吹いた。

話が弾んだ。漁師さんたちの労働の実態をつぶさに耳にするのは初めてだった。興味深かった。が、疑問と歯がゆさも残った。

きちんと休漁日が定まっており、天候不順の日も休漁にならざるをえないため、年間で平均すると週に3~4日しか漁ができないこと。季節によって“魚種”を決め、それを狙って漁に出ていること。狙った魚種の漁獲量がまとまらないと、仲買が買い取ってくれないこと。狙った魚種以外の“獲れてしまった魚”は、量がまとまらないので売れないこと。それらの魚は、食べるか捨てるしかないこと‥‥。

「え~~!もったいな~~い!」と叫びつつ、何かおかしいぞ、と思った。収入が安定せず、年々減りつつあることに不安を感じている、と言う漁師さんたちに何かしてあげられないものか、と思った。

おじいさんやおばあさんが丹精込めて作った野菜が自家需要分以外は腐っていく、僕の田舎の光景を思い出した。

おいしいものが無駄にされていること、生産者の努力が流通の壁に打ち砕かれていること、僕たちの“生”を支えてくれている人たちが豊かになれないことに、無性に憤りを覚えた。

「それ、何とか売りましょうよ!」と宣言し、思いついたアイデアをお話した。

インターネットでの販売と、流通(スーパーor百貨店)店頭でのイベント販売の可能性について語った。仕組み作りと流通への提案はやりましょう!と宣言した。

仕事の合間を見つけて、準備を始めた。富津漁港も行ってみた。奥さんたちにもお会いして、簡単な企画書をお見せしながら説明をし、協力をお願いした。

それは、こんな仕掛けだった。‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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