« 2017年10月 | トップページ | 2018年1月 »

よし、明日から!

KapparとKakkyの性格で大いに異なる点は、Kapparは「今日できそうなことは、時間が許す限り今日のうちにやる!」という働き者であり、一方、Kakkyは「明日でもできそうなことは、できる限り今日はやらない!」という怠け者であること。

言い換えれば、Kapparは“腰が軽い”人であり、Kakkyは“腰の重い”野郎なのである。その反面Kakkyは、楽しそうなことやおいしそうなことには思いっきり腰が軽いときてるから始末が悪い。

とは言え、そんなKakkyの頭の中にだって、“今しなくてはいけないこと”や“今すぐ始めておいた方がいいこと”が、ないわけではない。今は二つ、しっかりじっくりやりたいことがある。ただ一方で、いつでも先延ばしをする準備もできている。怠け者の怠け者たる所以である。そして、先延ばしの理由や言い訳は、驚くほど身近に転がっている。見つけるのがうまいだけかもしれないが……。

今、努力を阻害する言い訳になっているのは、Kapparのお父さんのこと。何かをしてあげられるわけでもないが、気になる。言い訳としては絶好だと言ってもいいくらいだ。が、幸か不幸か、一週間の様子見は必要だが、緊急の事態になることはなさそうだと、今日判明した。

“よし、明日から!”。と心を決めなくてはならないようだ。しっかりじっくり始めよう!!

Photo

つまり結局、いつもリードを持ってコントロールしているのはKapparだということか……

             Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

体力勝負の日々がやってくる……

体力勝負と言っても、Kakkyのことではない。動きが不自由な上に、あちこちに慢性的な痛みがある状態(冬になった証のようなもの)では、留守番をしているくらいがせいぜい。体力が心配なのは、Kapparだ。

一昨日、お父さんの具合が悪いという知らせがあり、小田原のグループホームに急遽出かけ、「もうグループホームでは対応できなくなりそう」と言われ、すぐにKapparの同級生が働いている特養に空きがあることを確認。来週あたりから準備に入ろうとしていたところ、お父さんは緊急入院の必要性があるかもしれない、ということになった。今朝のことである。すぐに小田原に出発。到着後、救急搬送。午後3時の連絡では、肺炎の疑いがあるということで、入院が決まったとのこと。主治医が決まったそうなので、各種検査の結果を聞くために、明日も朝一番で小田原に行くという。お父さん、現在90歳。これから、頻繁に小田原に通うことになるだろう。

一方、仕事のスケジュールは、ギシギシとまではいかないが、来年3月までは詰まっている。12月に入ると、ワン友から“遅くなったけどおめでとう!Kakkyの誕生日会”に、ある店に招待されている夜もあれば、やはりワン友に“ターキーをグリルするから早めにどうよ、クリスマスパーティ”と誘われている夜もある。楽しいことと佐助との散歩はエネルギー補填になるものではあるが、とはいえ、心のエネルギーは補填できても、体のエネルギーは回復させるのは容易ではない。体力勝負の年末・年始。可能な限りの協力をしていかなくてはならない。

Photo

五日前には枯葉が枝に残っていた近所のマンションの木も、もう裸になっているかもしれない。Kapparのお父さんも、これからは体力勝負だ。

Photo_2

佐助は相変わらず、日中はひたすら体力を温存している。何に使うためなのだろう?

              Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ワシャワシャの木曜日

ナナじいちゃんの日であり、すき焼き宴会の日でもあった昨日木曜日。前日にKapparは買い物とKakkyの皮膚科通院への付き添いを済ませ、朝から掃除と料理の準備と仕事。

午後5時半、ナナじいちゃん弁当を届けに出かけた。

20171123

メニューは、“豚肉キノコ巻きソテー”“魚の幽庵焼き”“アボカド、海老のわさびマヨ”“鶏レバーのカレー揚げ”“高野豆腐と椎茸煮”“春菊のゴマ和え”“だし巻き”“トマト”“焼きネギと白菜と揚げの味噌汁”“リンゴ”“ご飯”。

6時前にS夫婦と娘、孫二人が来訪。佐助、一気に増えた人数に大興奮。早速ビールで乾杯。ナナじいちゃんと後見人に関する話をしてきたKapparが6時半帰宅。すき焼きの準備に入る。

後はワシャワシャと食べる、飲むの4時間。

Photo

「僕を忘れないで」と、時々傍にやって来る佐助だったが、意外と上手に子供たちとも接していた。

Photo_2

さすがに疲れて早々と寝息を掻き始めた佐助だったが、今日の午後になってもまだお疲れモードだった。……散歩には、しかし、嬉々として出かけていった。Kappar、ご苦労さんでした。

           Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

少子化って、問題?

中学生の頃(…だったと思う)、世界の人口が30億人を超えたというニュースを読んだ。すごい数だと思った。これからどうなっていくんだろうと不安も感じた。それが1980年代中盤に50億人を超えた。酒を飲みながら、「ヒトを小さくする薬でも作らないことには、人口爆発で地球が滅びるぞ~~」などと冗談を言っていた頃だ。

現在は、推定で75億人に到達。しかも、人口の増大の勢いは止まるどころか増している。僕が生まれた頃の3倍になっているということになる。21世紀末には100億人に到達するとも予測されている。世界の貧困地域や紛争地域では、毎年多くの子供たちが死亡しているという負の部分があるにも拘わらずだ。当然、地球の規模は変わらない。すべての人が豊かで幸せな生活ができるようになるのだろうか、いやむしろ、生息可能なのかどうかが気になるところだ。全世界で人口抑制策に真剣に取り組んでいかなくてはならないのではないか、とさえ思ってしまう。レミングのように集団自殺に向かってまっしぐらに走っているのだとは思いたくないが……。

一方、少子化が問題視されてもいる。国力とそれを支える経済力と人口とは深い関係がある、というのが常識化しているからだ。が、それは、上記地球全体の人口問題とは相容れない部分がある。国力の比較論を優先すると、人口減少は憂慮すべき問題となるが、全世界の視点で捉えるなら、人口減少は悪いこととは思えない。

労働力不足、人手不足は業種や業態によっては深刻な問題だが、その解決にAIやロボット、やセンサー等々の技術で対応していくことで、人が携わる労働のフェーズとステージを変えていけばいいのではないか、とも思う。

Photo

自動受付機

Photo_2

自動精算機

昨日、焼き肉ランチのご褒美付き通院(検査と診察)の際に撮った、受付・清算の省力化の機器。患者の診察から清算までの流れを把握し、業務効率と診療の精度を両立できるよう、院内の業務と人の流れがきちんと設計され、機械化が可能な部分は機械化されていっている。ここ2年でかなり進化した。人員の削減にも成功している。バブル崩壊時の人員削減とは、最早人員削減の意味が変わってきているのだ。

かつてFA(Factory Automation)が工場の生産現場を大いに変えたように、他の分野でも少子化をプラスに変える取り組みは次々と進行している。近所のサミットは清算が自動化された。コンビニの無人清算化も2~3年で実現するだろう。

全自動フォーカスのカメラが出てきて、写真にきちんと撮れることより感性が求められるようになったように、人が、人らしい、人にしかできない仕事に集中できるようになる、というメリットを少子化はもたらしてくれるような気もするのだ。……AIには間違いなく限界がある……

Photo_3

通院のご褒美の焼き肉ランチ(1000円)。焼き肉のプレートの掃除もやがて簡単にできるようになるに違いない。焼け焦げを削り取る労力たるや、もう………。

      Kakky

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ここをオイラの家にするっ! その④

小さな救い

毎日の散歩が苦行のようにも思えた日々…。

でも、ご近所の方々は優しかった。

いくら雨戸を閉めていても、家の中で大きな声で吠えまくるので、きっと近所迷惑になっているに違ない…。
ある日、意を決してKakkyと両隣と裏のおうち3軒に、お詫び行脚に出かけた。
保護犬で、まだ人との暮らしに慣れていないこと。レッスンを受けているので、もうしばらくご容赦ください、と。
左隣では、「うちでも犬がいるし、子供もうるさいし、気にしないでいいわよ。犬は吠えるものだから」と。
右隣は、「そうなの、全然気が付かなかったわ」(後日わかったのだが、老夫婦2人暮らしでどちらも耳が遠かった?!)
裏のおうちは「ああ、吠え声が聞こえるとは思ったけれど気にならなかったわ」
「まあ、犬がいるの?いいわねえ」
と、杞憂していたほどでもなく、ほっと安心。特に「犬は吠えるものよ」という言葉には思わず泣きそうになった。

私たちも引っ越してまだ半年ちょっと。新参者の2人と1匹は近隣とのトラブル回避になんとか成功したようだった。


その頃の佐助は犬を見れば突進!本犬は挨拶をしたくて行くようなのだが、あまりにハイテンションなので、相手の飼い主さんから敬遠されっぱなし。私は佐助を抑えるのに必死。

ただ、チャオちゃんというワンコだけは、突進していっても動じず「おい、若いの。まあ落ちつけや」と言わんばかりの大人の対応をしてくれていた。
チャオちゃんは佐助がうちに来て初めて会ったワンコ。
聞けばチャオちゃんも雑種の保護犬で、今は落ち着いているけれど、なかなか活発な子だったらしい。
飼い主さんは雑種が好きで、出会うと佐助をとても可愛がってくれた。
私にはチャオちゃんに会えることが小さな救いでもあった。


Photo


こうして少しだけ、気持ちの落ち込みが軽減され始めた時、事件は起きた!

つづく

by Kappar

| | コメント (0) | トラックバック (0)

環境と生活習慣も人次第……

自宅近くのマンション形式のケアハウスに引っ越したナナじいちゃん。ナナちゃんが新しい環境になかなか馴染めないこともあり、自宅とマンションをほぼ毎日行ったり来たりしていた。

しかし、一人っきりの時間が長くなることは、92歳を大きく超えたナナじいちゃんにとって決していいことではない。おまけに日は短くなり、寒さも増してきた。できれば、人の目と意識がいつも届いている場所で、一日のほとんどを過ごして欲しいという思いを、折に触れてナナじいちゃんにKapparが伝えていた。

が、奥さんと二人で長年過ごした家はさすがに去り難く、かつナナちゃん共々落ち着けるとあって、夜も自宅で過ごすことがあった。

ところが昨日、ナナじいちゃん弁当の運び先が初めてケアハウスになった。ケアハウスの部屋でゆっくり弁当を楽しむ方向へ意識が変わってくれたようだ。

ナナちゃんが慣れたこともあるが、同じ施設に知り合いが入居していることがわかったこと、ボランティアで足を運んできている人にも知り合いがいることが、大きいようにも思える。

新しい環境に馴染むための最大の要素は、やっぱり“人”。人との交流があってこそ、新しい環境下で新たな生活習慣も構築できるというもののようだ。ナナじいちゃん、また一歩前進である。

20171116

昨日の“ナナじいちゃん弁当”。メニューは、“鱈とキノコの酒蒸し”“さつま芋の天ぷら”“ピリ辛こんにゃく”“さつま揚げ焼き”“肉じゃが”“カブの挽肉味噌合え”“ブロッコリーとゆで卵のサラダ”“トマト”“根菜(ジャガイモ、玉ねぎ、ゴボウ)のポタージュ”“ご飯”“ラ・フランス”。以上

               Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久々の失笑……

そのニュースをyoutubeで目にした時、思わず二度見をして久しぶりに失笑してしまった。

“共産党の志位委員長が「トランプ米大統領の歓迎晩餐会に招待されなかった」と不満を表明”というもので、“二人で記念写真を撮りたかった”といった意味のことも述べたという。おかしいと言うよりも可笑しい話だと思った。大学生の頃からVAN倒産までの間のいくつかの体験も思い出した。

その中の二つ。一つ目は、ノンセクトラディカルの黒ヘル(アナーキスト集団と自分たちで言っていた)のリーダーと二人で飲んだ時のこと。

彼の運動理念や参加要請をことごとく聞き流していたところ、「君には一般大衆の怒りや苦しみが理解できないのか?」と言われた。聞き捨てならないと思った。

「一般大衆って?その言い草はなんですか?自分は違うと思ってるんだ」とやや怒った口調で言い返した。何しろ相手は超武闘派のリーダー。殴られるだろうと思い、身を固くして備えた。

しかし、意外なことに彼は「俺だって一般大衆の一人だと思ってるぞ」と静かに言っただけだった。それをもって、その夜の会話はほぼ終了した。以来、議論を吹っ掛けられることはなくなった。

二つ目は、VANが倒産に向かってまっしぐらの頃のこと。商社からやって来た社長に突然、席を社長室のドアの横に移動させられて以来、毎日苛めにやってきていた“総評系の労組のK委員長”(彼とは入社間もなくから3~4度二人で飲んだことがあった。その度に組合に誘われていた)と廊下で出くわした。

コーヒーの自販機の横で出くわした時は、熱いコーヒーを肩から掛けられたこともあったので、辺りの様子を確認した。大丈夫だと思った。が、すぐ横の会議室に“空室”という札が掛けられているのは見逃してしまった。

K委員長に腕をつかまれ、無人の会議室に引きずり込まれた。「早く辞めろ。お前がいると会社の立て直しができないんだよ!」と怒鳴りつけられた。「その理由を教えてください」と応じると「へらへらいい加減なこと言ってんじゃないよ」と顔を殴られた。

他の社員には知られたくない行動だとわかっていたので、「Kさんが殴った~~!」と大声をあげた。彼は途端にうろたえた。「何言ってんだよ。俺がいつ殴った?」と言いながら、一歩下がった。「だって、今殴ったじゃないですか、Kさん」ともう一度大声をあげた。

「まあまあ、ゆっくり話そうや」と彼は言い、仕事の話を始めた。具体性はなかった。そして、ふと一言漏らした。「俺だって、花形の部署で楽しい仕事やりたかったよ」と。

数少ない経験ではあるが、左翼活動に邁進している人は、概して言うと、プライドが高く、支配的で(男尊女卑の傾向も……)、目立ちたがり屋であることが多いような気がする。

誤解してるのかなあ。

Photo

昨日は、絵に描いたような小春日和。甲州街道沿いの歩道は暖かい日差しの中を落ち葉がゆらゆらと舞っていた。

          Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

“今”のはかなさと大切さ

“今日を生きる”と文字にすると、日々の努力があってこその人生だとか、逆に今が楽しければいいという刹那的な人生もいいものではないかとか、人によって解釈の仕方が違うかもしれない。

最初にそんなことを考え始め、「“石の上にも三年”と“臨機応変”のどっちがいいの?」とか、「“今”っていつ?“今”思った瞬間?“今”なんて、すぐ過去になるもんね」といった答に窮するような質問を親父に投げつけるようになった中学2年生の頃、隣の庭で野犬が死んでいくのを2~3時間、ハエが集まり始め、最後の鳴き声を上げるまで、窓から見つめ続けていたことがある。ぼんやりと“今”のはかなさと大切さを感じることができた初めての体験だった。

P_20171112_154836

長時間の散歩で痛くなった膝をいたわりつつも、多少の散歩はしなくてはならないと、昨日日曜日は、遠くまで出かけたKappar、佐助と裏の公園で待ち合わせをすることにした。

待っている15分間、公園の休日の夕方には温かく楽しくのどかな“今”の光景の中にいた。

こんな光景がいつまでも続いて欲しいなあ、心から思った。

               Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京、大阪、宴会出席できず、の一日

Kapparのワン友の一人に“カラオケ3時間無料券”が当たった。Lineで連絡を取り合った10数人のうち6名がスケジュールを調整できて、今日午後1時からカラオケ大会がスタートしている。女子会のため、当然出席できない。佐助とお留守番。

P_20171111_141135

脳出血発症まではよく歌いまくっていたが、後遺症で声が出にくくなりカラオケもご無沙汰だ。

そして今夜は、大阪尼崎で出席の予定だった高校の同窓会が……。こちらは一か月前、20年ぶりの癲癇発症の直後、急遽欠席することに決めた。大阪在住の友人と会うチャンスも逃すことになった。

しかし、だからといって、人と会う、共に飲み語り合う、ことが好きなことに変わりはない。

大阪には改めて足を運びたいし、カラオケにも機会があれば行きたい。声が出にくくても構わない。

Kimg0279collage

近所の散歩でも去年と今年で微妙に異なるように、“明日の自分は今日の自分ならず”なのは当たり前のことなのだから……。

                Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

“またね~~”が禁句になる?!

高校時代の友人が二人(一人は東京在住、一人は松江から)、訪ねてきた時のこと。夜10時半過ぎ、東京在住の友人が“電車がなくなるから”と帰って行った。玄関まで送ると、「楽しかったよ、ありがとう。君と会うのはこれが最後になるだろうけどね」と言った。「何言ってんだよ。また会えるさ」と、僕は肩を叩いたが、彼の台詞が妙に心に残った。

近いうちに彼は田舎に帰り、母親の面倒を見るらしい。我々の年齢も年齢だ。考えてみると、彼に会えるのは本当に最後だったのかもしれない、と見送った後に思ったからだった。親しい存在、近い存在にも、今後は“一期一会”の気持で接していかなくてはならない、とさえ思った。「またね~~」と口に出したとしても、心の中では“最後だったのかも…”と思っておくべきなのだろうか……。

20171104

先週末、二人と一匹で散歩をした。世田谷と杉並の田園風景を楽しんだ。ワン友ともでくわした。楽しい1時間半だった。

翌日から左足の膝が痛く、屋内の移動も容易ではなくなった。昨日あたりから痛みは薄らいできているが、近所の景色でさえ、“一期一会”のものになる可能性があるんだなあ、と思った。

20171109

ナナじいちゃんが自由度の高い施設に入居し、三食温かい食事ができるようになったので、“ナナじいちゃん弁当”は木曜日の晩ご飯のみ。翌日分も意識していた時より分量も少なくなっている。楽しみにしてくれているナナじいちゃんは、木曜日の夜は帰宅。弁当を運んだKapparに近況や心配なことや思い出話をする時間も持てている。

昨日のメニューは、“ロールキャベツ”“がんもどきの含め煮”“カリフラワーのマヨチーズ焼き”“さつま芋の甘煮”“ほうれんそうのお浸し”“しらすおろし”“味付き玉子”“トマト”“玉ねぎと揚げの味噌汁”“リンゴ”“ご飯”。

                Kakky

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ここをオイラの家にするっ! その③

犬飼い初心者の苦悩


最初に、これは!と思って買ったのがこれ。テゥーリッド・ルーガスの「カーミングシグナル」。

犬語の解説本といってもいいかもしれない。 
が、が、が~!!写真付きとはいえ難しい…。
Photo
そう、ちゃんと犬の表情を見られなければ理解できないことが多いのだ。
ところが犬飼いの初心者は、一瞬のうちに変化する犬の表情(シグナル)を見逃してしまっているようなのだ。
室内はともかく、散歩中はなかなか表情をとらえられない…
ぐんぐん引っ張って先を行く佐助についていくのに精一杯なのだもの。
でも、犬には犬の言葉がある、というのを知ることができたのは、とても興味深かった。
これをマスターできれば佐助とのコミュニケーションに役立つはず。
ちょっとだけ、光が見えたような気がした。


落ち着いて、ちゃんと観察しよう。まずはその前に散歩の引っ張りを改善しなくちゃ。
どうやって???


その間もMIKI(ドッグトレーナー)さんとのトレーニングは続いていた。
もちろん、引っ張りを改善するためのトレーニングもしているが、MIKIさんのリードワークには“良い子”でついていくのに、私がリードを持つと…。
くじけそうな私…。
苦悩はまだまだ続くのだった。


Photo_4



by Kappar

| | コメント (0) | トラックバック (0)

仕事、料理、仕事、料理、散歩、仕事‥‥‥

これまで、仕事が嫌いだと思ったことはない。忙しさを呪ったこともない。仕事に関して困ることは、仕事に関連する人間関係だけだったと言ってもいい。ただ、“飽きた”ことは数多くある。飽きることのないように工夫すれば、仕事への集中力は思いの外持続する。

「だって仕事はやりさえすれば終わるものだから」というのがKapparの口癖。たまにこの口癖を吐き出すのは、概ね“飽きている”ことを表している。“疲れ”と誤認しがちだが、余程体力のない者以外は、“疲れ”でクタクタになることはそんなにはない。多くは“飽き”と“不満”が“仕事に疲れた”言わせる。

Kapparにとって料理は仕事ではない。むしろ楽しみだ。仕事の合間に、ある時は“下ごしらえ”ある時は“煮込み”と、料理を進めていくことが趣味の一端を成してもいるようだ。

料理の良さは、考える楽しさ、予想通り出来上がる喜び、食べる喜び、語り合う喜び、感謝される歓びと、一時的なものではなく線として継続する。もちろん、それでも飽きることはあるが、そんな時には外食や出前などで対処すればいい。その時にも情報交換や味の評価など、いつもとは異なる楽しみがある。

そしてさらに、Kapparには“佐助との散歩”がある。日によって勝手にコースを選ぶ佐助との散歩は、毎日新鮮な刺激と楽しみをもたらせてくれる。

仕事に追われているKapparが仕事をこなしていけるのは、そんなリズムを自分でコントロールできるからだ。……と思っている。そのリズムを狂わせないこと。それがおそらく僕にできる最大の協力だ。

3

28日夜、ワン友の女性同士仲良し3人会が、それぞれ(3人とも仕事あり)のスケジュールを合わせて行われた。おつまみと食事は持ち寄りだったらしい。Kapparが用意したのが上の写真のメニュー。4時間半、大いに盛り上がったようだ。不平・不満を吐き出し合う場にはならない点が、3人会のいいところ。よかった、よかった。

Photo

昨日は、前日夜から下ごしらえが始まっていた“マロンペースト”がまず完成。佐助には“鍋を舐めていいよ”というプレゼントがあった。

_20171102_2

その後出来上がった“ナナじいちゃん弁当”。メニューは、“鶏の照り焼き”“ぶり大根”“玉子焼き”“カボチャの甘煮”“水菜のお浸し”“マカロニサラダ”“ブロッコリー”“トマト”“具だくさんのミネストローネ”“洋ナシ”“ご飯”。納骨の旅の疲れが出ていたナナじいちゃんも、少しは元気を取り戻したようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年10月 | トップページ | 2018年1月 »