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“慣れないこと”の大切さ

人の感覚なんて弱々しいもの。強い刺激に対しては強く反応できるが、弱い刺激にはそれなりの反応しかできない。同じ刺激が続くと、反応さえしなくなる。生きていくための自己防衛本能ではあるのだろうが、痛いとか悲しいと苦しいとか暑い・寒いといった“辛い刺激”に対してのみ鈍さを発揮するわけではない。うれしいとか楽しいといったことにまで鈍くなっていく。

だから、“初めて”や“久しぶり”といった強い刺激がうれしいとか楽しいものだったら、それを継続的なものにしない方がいい。慣れてしまわないことだ。……というのが、Kappar&Kakkyの暗黙の掟。

美味しい食べ物に出会うと、「しょっちゅう食べないようにしようね」と戒め合い、贅沢な美味しさを2~3日連続で経験すると「明日からしばらくは粗食にしようか」と話し合う。“慣れてしまうと損だ”と思っているからだ。

佐助の“慣れない”素晴らしさを目にしていると、尚更そう思う。同じご飯、同じオヤツ、同じ散歩を、毎回新鮮に喜ぶ姿は感動的ですらある。良く生きるってこういう事なんだろうなあ。

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たまに“ここまで持ってきてくれたら食べてあげてもいいよ”的な態度のこともあるが、それはご愛敬。年齢のせい(佐助7歳半、シニアの仲間入りしてます)もあるかな……。

         Kakky(柿本)

昭和少年漂流記は、番外編として連載中だった、タイトル「風に揺れる蛹」も、終了しています。

本日、8月7日(月)より、新連載を開始いたしました。タイトルは仮題で「マゾヒズムへの階梯」ですが、連載終了までに決めたいと思っています。

ご覧になりたい方は、こちらへ!

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