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垣間見た中国人(とのビジネス?)の実態 ③…の10(おしまい)

指定された店は有名なようで、タクシーの運転手もすぐにわかってくれ、10分ほどで到着した。聞いていた通りの“日本語ペラペラのマスター”が「いらっしゃいませ!」と迎え、「Kさん、お見えですよ」と友人に知らせてくれる。店内は“日本語だらけ”。しかし、日本人ビジネスマンだけではないことは一目瞭然。服装と所作で見分けがつく。満員の店内、カウンター席を含め20名以上はいると思われる客の半分程度は中国人だと思った。

K君と「久しぶり~~」とグラスを交わす。K君は、広告代理店のマーケッター。上海支店勤務を命じられ、中国語を短期間にマスター。上海にやってきて2年、入浴剤を中国に浸透させる仕事を主に行っていた。

話はいきなり弾んだが、もう深夜。お互い酒好きだけに気を付けなくてはならない。お互いの仕事のことを話題の中心に絞った。

K君曰く、中産階級がすごい勢いで増えている。入浴剤は有望だと思われたが、まず入浴習慣を広げなくてはいけない。テレビCMはもう少し時間が必要だ。バス広告や街頭広告の方が即効性がある。一番大切なのは販促だが、業者が広州に多いので、付き合い方が難しい。危険なこともある。人の見極めが一番大切だ。柿ヤンも気をつけて欲しい。騙される心配はあまりしてないけど、ビジネス的な被害のないように……。必要な情報があれば、メールしてもらえれば、可能な限り伝える。………示唆に富んでいる有り難い話だった。

機会があれば東京で会いましょう、と約束してタクシーでホテルに帰った。午前1時前だった。西ヤンは飲みながら待っていた。僕は、帰りのタクシーの中で決めたことを伝えた。

ビジネスとして成立する可能性は希薄だと思う。でも、もし西ヤンが賭けてみたい気持ちがあるのであれば、ビジネス感覚は抜きにして西ヤンに付き合う。ただし、我々以外に依頼しなくてはならない作業が生まれてきて、費用が発生せざるを得ないような事態になるようだったら、申し訳ないけどその時点でもう一度判断させてほしい。話を先に勧めることができるレベルまでの仕事は約束するので……。店としての概要、運営計画、スタッフのオペレーションプラン、メニュープランまで、半月くらいで上げて、西ヤンの設計作業にバトンタッチということでいい?

答は、「もちろん!設計に入っても、素材やディテールに関して相談するかもしれないけど。ありがとう!」だった。お互い、ちょっといい気分だった。翌日は帰るだけだ。さあ飲もう!ということになった。

そして翌日、明け方からの大雨の影響で欠航が相続く中、我々の便は辛うじて出発。成田到着後は僕の事務所に直行し、Kapparに報告・相談。これからの手順と大雑把なスケジュールを決定して、近くの行きつけの店で“飲み直しだ~~”と飲んだのだった。

1か月後、平面レイアウト、一部のイメージボード、メニュープラン、オペレーション計画、運営計画等は無事完成。DVDに録画して中国に送った。ママとコンサル君は喜んでくれたが、その後が進展しない。春先になってやっとコンサル君がやってきたが、「日本で経営母体になる企業を見つけてもらえないか。中国には母体となる企業がない」と言う。

中国企業との合弁でなければ会社の設立ができない、という規制の存在は知っていたので、西ヤンとそれぞれが知っている中規模の企業に声を掛けた。合計4社が興味を示したので、日本に滞在していたコンサル君そのことを伝えると、「大企業が望ましい」と言う。それがいかに望むべくもないことか説明をしたが、聞き入れてくれない。しかも、「自分にはルートがある」と言う。では、頑張って!ということにして、その時点で決定的に諦めた。「悪かったねえ。ゴメンね」を繰り返す西ヤンを「作品ができたからいいじゃない」と慰めたが、徒労感は大きかった。

自己負担していた渡航費とホテル代に関しても“ナシの礫”。ママの携帯の番号も変わってしまった。僕たちの“ほぼ完成プラン”はどう使われたのだろう‥‥。

20170605

昨日のナナじいちゃん弁当。弁当を運んだ時、少し具合が悪そうで、Kapparに「ナナちゃん、お願いしますね。病院に行くと、そのまま入院になるかもしれないので…」と弱気だったらしいナナじいちゃん。ちょっと心配していたが、今朝は元気な姿を見せてくれたようでひと安心!!
                Kakky(柿本)

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”は、NO.28をもって終了しました

*”昭和少年漂流記第三章”を、書き始めています。が!書き直しの連続で進んでいません。6月上旬頃連載開始予定ですが……。

「告知」:番外編として、タイトル「風に揺れる蛹」の連載を開始しています。上記リンク“1969年。僕たち………”からどうぞ…

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