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みんな“囚われ”の身?!

10年ばかり前、失くしてしまっていた中学の卒業写真を、同級生に頼んで送ってもらいスキャンしてパソコンに取り込んだ時のこと。約40年ぶりに見ることになった中学の卒業写真が、一目で僕に新たな発見と驚きを与えてくれた。

写真の中に眼鏡をかけている者がいない!…のだ。仲の良かった楠本君(2年生になった時、転校していった?)が眼鏡をかけていたせいか、周りに眼鏡姿はいつもあったように記憶していたが、卒業写真には皆無。写真撮影の際、眼鏡を外すように言われたのかとも思い、写真の小さな顔を一つひとつ念入りに眺め、記憶と照らし合わせてみた。が、眼鏡をかけた顔が馴染む者は一人も見当たらなかった。

元々河川敷だった場所にできた中学校。小さな川を渡った校庭の脇には桑畑、教室の窓からは遠くに山並みが見える、という自然に恵まれた環境だとはいえ、“眼鏡ゼロ”はすごい。

そして、卒業式直後、初めて眼鏡を掛けたという同級生がいたことを思い出した。彼の名前も顔も定かではないが、彼が語ってくれた“眼鏡を初めて着けた感想”は印象深く残っている。

「細かい所までよく見えるようになって怖い。違う世界に来たようだ。」

ぼんやりと捉えた外界を、漠然と認識している方が心は楽なものだ。ディテールまで観察できる環境で、目を閉じることもできなければ、情報が多すぎて身辺の事象の正体を見極めることが難しくなる。きっと、それが恐怖を生むのだ。

Photo_2

恐怖を感じないためには、さっさと自ら“囚われの身”になってしまうのが、いいかもしれない。いつも気になってならないことに囚われる。“ねばならない”という自分自身の意識に囚われる。 “だって、〇〇なんだもの”と自ら決めつけている自らの環境や心身の有り様に囚われる……複眼的に物事を眺めるよりも、単眼的に物事を眺める方が心穏やかにいられることは間違いない。囚われることは不幸とは限らないのだ。信仰だって一種の“囚われ”だと言えなくもないのだから……。

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”は、NO.28をもって終了しました

*”昭和少年漂流記第三章”を、書き始めています。5月中旬頃連載開始予定です。

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