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最初に直面した半身マヒの不都合と今

それは意外なことだった。リハビリ病院での日々が、いかに患者に都合よく組み立てられていたかを実感することになった。

身体に麻痺の残る左側近くにあるTVのリモコンを手に取ることができないのだ。まずは、“これもリハビリの機会だ”と、左手を精一杯開き(きちんと開きはしないのだが)、そのまま腕を延ばそうとした。無理だった。そこで次は、左腕の肘を右手で掴んで押し出し、孫の手を使うように、左手の指先に目的のものをひっかけて引き寄せようとした。左の尻に力が入りにくいせいか、転びそうになったので止めた。

やむをえず一旦立ち上がり、右手で掴めそうな場所にまで移動(移動距離は1m程度)。慎重にしゃがんで右手を床に付いて座り込み、それから右手でリモコンを掴むという方法を取った。問題はないが、時間がかかる。面倒くさいなあ、と思った。何かをKapparに取ってもらう時も、右側か正面に置いてもらわないといけないなあ、などとも思った。

それから約10年、左側の物を取ることは相変わらずできないが、身体は安定しているので、多少左側に右手を延ばすことはできるようになっている。

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散歩に出かける直前、佐助は必ず「散歩に行ってくるからね。ちゃんと待ってるんだよ」とでも言うように、頭を下げてすり寄ってくる。

Photo_2

そして、身体を預けてくる。コタツに入ったまま、そんな佐助を撫でることができることを、時々“進歩だなあ”と思う。佐助と僕、お互い様にである。

           Kakky(柿本)

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”の連載を始めています。No.21アップ済み! No.22は月曜日アップ予定。

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