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春はご機嫌!

桜の開花宣言が出されると、多少風は冷たくても心はしっかり春めいていく。

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一昨日の散歩。公園で待っている僕を発見した佐助の歩みもゆったり。

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6年半前、佐助のトレーニングをしていた(意味なかったが…)近所の団地の公園も、夕方の光景に暖か味が出てきたような気がする。

そして昨日の夜は、T夫婦とAさんが来訪し、ワイナリー解説を目指す僕の同級生から送られてきたワイン2種を5人で飲み、Kapparが用意した料理に舌鼓。11時過ぎまで楽しく語り合った。ワインも好評だった。

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そして今日のナナじいちゃん弁当。筍ご飯が登場した。心も舌もうきうきする季節の本格到来だ。

           Kakky(柿本)

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”の連載を始めています。No.22アップしました。

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満足一杯、お腹一杯、おでんパーティ!

ワン友の中でも“食いしん坊&お酒好き”の3軒で、なんとなく“持ち回り開催”になっているパーティが、昨日のお昼からはAさん宅で開かれた。名付けて(後から勝手に‥‥)“本格的な春直前!季節の変わり目をおでんでどうだ!?”パーティ。

前回、Tさん宅での“ウッドデッキでガンガン焼くぜ、バーベキュー”パーティの時は、“BBQマイスター”として大活躍をしてくれたAさんは、元コック。その腕とセンスと気遣いが、ご自慢のマルチクッキング・ダイニングテーブルに着くと、もう眼前に現れていた。

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早速乾杯し、手前のオードブルからおでんへと、どんどん箸が伸びていく。

「おいしい~~」「おいしい~~」の連呼を耳にしつつ、Aさんはうれしそうにおでんの具を追加してくれる。下準備も、さすが完璧だ。

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ビール、お酒、会話も弾み、「持ち回りで“週末だけ開催、メニューお任せ食堂”でもやろうか」などという話まで飛び出したころ、筍投入。おでん鍋にも一気に春が来た。

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当然のことながら、おいしかった。「次回は我が家で。エスニックパーティだよ~~」と宣言したKapparの横顔がうれしそうだった。

こうしておいしさは、引き継がれていく。いいなあ~~。楽しみだなあ~~。

           Kakky(柿本)

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最初に直面した半身マヒの不都合と今

それは意外なことだった。リハビリ病院での日々が、いかに患者に都合よく組み立てられていたかを実感することになった。

身体に麻痺の残る左側近くにあるTVのリモコンを手に取ることができないのだ。まずは、“これもリハビリの機会だ”と、左手を精一杯開き(きちんと開きはしないのだが)、そのまま腕を延ばそうとした。無理だった。そこで次は、左腕の肘を右手で掴んで押し出し、孫の手を使うように、左手の指先に目的のものをひっかけて引き寄せようとした。左の尻に力が入りにくいせいか、転びそうになったので止めた。

やむをえず一旦立ち上がり、右手で掴めそうな場所にまで移動(移動距離は1m程度)。慎重にしゃがんで右手を床に付いて座り込み、それから右手でリモコンを掴むという方法を取った。問題はないが、時間がかかる。面倒くさいなあ、と思った。何かをKapparに取ってもらう時も、右側か正面に置いてもらわないといけないなあ、などとも思った。

それから約10年、左側の物を取ることは相変わらずできないが、身体は安定しているので、多少左側に右手を延ばすことはできるようになっている。

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散歩に出かける直前、佐助は必ず「散歩に行ってくるからね。ちゃんと待ってるんだよ」とでも言うように、頭を下げてすり寄ってくる。

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そして、身体を預けてくる。コタツに入ったまま、そんな佐助を撫でることができることを、時々“進歩だなあ”と思う。佐助と僕、お互い様にである。

           Kakky(柿本)

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”の連載を始めています。No.21アップ済み! No.22は月曜日アップ予定。

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言葉から学ぶわけではない……

“子供は大人の言葉から学ぶわけではない。人となりから学ぶのだ”と、ユングは言っている。“親父に言われたことより、親父の背中に学んだことの方が多い”と言うのと同じである。

子供をイヌに置き換えても同じ。言葉は人の信頼、評価、愛情を得るための決して大きな要素でもない。子供もイヌも、大人でさえも、人となりを見て、感じて、その人の価値とその人との関係値を見定める。

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佐助にも言葉はきちんと伝わっているわけではない。「ちょっと待っててね」などと気を逸らそうとしても通用などしない。

「何かおいしいもの作ってるでしょ」「僕に少しくれてもいいんじゃない?」と、周りをうろうろした挙句、お座りして力のこもった目で見つめてくる。

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そりゃそうだ。ナナじいちゃん弁当が出来上がっている。

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メニューとメモも完成しそうだ。

さあ、今度は佐助の番だぞ~~。って、僕たちのビールが先かな?

           Kakky(柿本)

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これで最後にして~~

今夜半から真冬並みの寒波がやってくるという。明日午前中の雨は、雪になるかもしれないらしい。打ち合わせに出かけなければならないKapparには申し訳ないが、明日はコタツに潜っていよう。となると、今日午後の散歩には行かずばなるまい。

というわけで、雨の上がった午後3時半、散歩へ。

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たわわ目前の夏ミカン。「マーマレードの素が~~。このまま落ちていくのは勿体ないよ~~」と立ち止まり、

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中央高速の下で信号待ち。

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1時間近く歩いて自宅まで300m。分譲住宅の公園で輪になって座る子供たちを発見。

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「別に悪い相談をしているわけでもなさそう」と報告した後、

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急に寝転び甘え始めた佐助。ウ●コも終わっているので、もうちょっと外を楽しみたかったらしいのだが、折悪しく雨が降ってきたので、おだて、すかしつつ、急いで帰ってきた。

いつも最後は帰るのを逡巡し、路上で甘える佐助だが、冬の寒気団は逡巡せず、最後と決めたら潔く北へと帰ってほしいものだ。

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”の連載を始めています。昨日⑳をアップ。明日21をアップ予定!

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“量子”って?

半世紀も経つと、常識も変わっていく。一旦身に着けた常識を後生大事に抱え続けていると、物事の本質から遠ざかっていく。過去の事実の本当の姿は、多くの解釈を経ることでどんどん見えにくくなる。冷徹な事実の積み重ねで出来上がっているはずの科学でさえ、ある日突然根幹から覆されることがあるほどだ。コペルニクス的転回は、基礎となるべき科学の常識にも起きる。

最近、そういう意味で気になってならないのが“量子力学”。そもそも“量子”というものの何であるか、もよくわからない。よくわからないのに“量子コンピューター”という言葉にもよく出会うようになった。スピリチュアルなことも“量子”によって解明される可能性がある、という見解にも出会う。

撫でるように表層的な理解をしてみたところで、どうしても掴み切れない“量子”と“量子力学”。“物質”から離れ、光や波を概念的に理解することが前提となるのだろうが、本格的に学ぶには重すぎる。自分なりに得心が行くまで、気にし続けてみるしかないのだろう。

五感的であるだけに、“物質”の方が現実的で愛おしいのは当然だとしても、だ。

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昨日できあがった“八朔のマーマレード”。夏ミカンより、か弱い香りと味だが、その分上品な感じもする。

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同じく昨日できあがったナナじいちゃん弁当。本来は今日の予定だったのだが、今日はKapparがグループホームの両親を訪ねる予定でもあったので、一日早まった。

予告を聞いたナナじいちゃんはうれしそうだったらしい。温かい物、美味しい物、旬の物は本当にうれしい。……そんな“物”とは異なる“量子”って?

              by Kakky

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新パソコンと手作りと散歩の連休

この週末は、Kapparには珍しい連休。

この間にまず解決しておかなくてはならなかったのが、パソコンの不調だった。数週間前から不穏な動きをみせていたKapparの仕事用パソコンに見切りをつけることを決意したのが先週中頃。以前から新調するのであればこれ、と目を付けていた小型デスクトップに、27インチのワイドモニター、ワイヤレスキーボードを提案し、仕事に影響の出ない週末にパソコンのお引越しを済ませてしまおう、ということになった。コスパも考え、トータル5万円~6万円で揃えることにして購入。土曜日半日でセッティングとお引越し。テストも済ませて、気分よく散歩に出た。

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そして今日、昨夜下準備をしてあった“八朔のマーマレード”作りとナナじいちゃん弁当作りにKapparは入っている。

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一昨日から陰干ししてあった佐助用のオヤツ“鶏の胸肉のスライス”も完成。コトコトとマーマレードが煮込まれている間に、佐助の洗濯も行われた。

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春めいてきた好日。日差しが穏やかになると、暮らしも変わってくる。今日の散歩ものんびりとしたものになりそうだ。

              by Kakky

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通院すれども痛飲せず

昨年10月に広島で開催された高校の同窓会。3時間椅子に座りっぱなしだったため、腰が痛くて立てなくなった。そのため、同じホテルの最上階での二次会は欠席。心配してくれた同級生のほとんどは、「飲み過ぎだよ~~」と酔っぱらった結果起きたこと、と思っていたようだが、実はその時、そんなに酔ってはいなかった(‥‥つもり)。むしろ、長旅の後の長時間の椅子が、麻痺の残る左半身、特に腰にこたえたのだと思う。腰痛のために座っていることができなくなったのは、これで4度目だ。

もちろん、だからといって飲み過ぎていいわけはない。連夜の痛飲が脳出血の大きな原因の一つであることは疑いないからだ。腰痛は、いいタイミングでやってくる「そろそろ飲み過ぎ領域に入るぞ~~」という警告だと考えた方がいいのだろう。

バイタルチェックと処方箋のための定期的通院で身体をコントロールしなくてはならない状況にあって、痛飲はあるまじき行為だとも言える。

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“通院すれども痛飲せず”‥‥でなくてはならないのだ!‥‥が、“たまにはいいんじゃないの?!”という悪魔の誘惑には、まだ100%抗しきれてはいないような気もする。調子に乗りやすい性格だからねえ……。

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昨日のナナじいちゃん弁当。小さなステーキが入っている。噛み切れたかなあ‥‥。

              by Kakky

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三寒四温

暑さ寒さも彼岸まで、と言う。今年の彼岸は3月17日だから、寒さも後10日。数日前に日本気象㈱が発表した全国の桜開花予想によると、東京は開花が3月19日で満開が29日だそうだ。

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昨日の散歩も汗ばむほどだった。佐助はのんびり。夕方の日差しは強かった。

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昨日のナナじいちゃん弁当。ほんの少し、春の旬の味が入り始めている。

ナナじいちゃん弁当も、もうすぐ2年。突然やってくる三寒四温の“”に気をつけて、一緒に無事でいたいものだ。

              by Kakky

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言い方ひとつ‥‥

ある調査によると、夫婦喧嘩のきっかけTOPは“口の利き方”だそうだ。さもありなん、である。

同じことであっても、怒らせようとしているのではないか、と思われる言葉をいつもわざわざ選ぶ人もいれば、その時は聞き逃してしまいそうな言葉が、後からしっかりと響いてくる人もいる。人と人の間の距離や空気は、意外と言葉で出来上がっているのかもしれない。

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最近、佐助と散歩中のKapparが、通りがかった人と交わした言葉。

「この子、おじいちゃん?おばあちゃん?」

「?!……………7歳なんですよ~~」

まず、「男の子?女の子」くらいから初めてもらいたいところだが、こうしてソファから降りるでもなく落ちるでもなく寝ているのを見ていると、老犬であることを前提とされるのもやむを得ないか…………。

              by Kakky

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持ちつ持たれつ

昨日夕方甥っ子がやってきた。兄弟揃って来るはずだったのだが、弟の方はバイトを休むことができず断念。お兄ちゃんだけとなった。

来訪の最大の目的は“カニ鍋”を食べること。「ナナじいちゃんに頂いたカニがあるけど…。食べに来るかい?」と正月に会った時に伝えて以来、楽しみにしていてくれたものだった。

今年大学2年生になる甥。Kakkyとしては、格好の酒飲み相手(?)。いつも二人の食事が三人になることで、おいしく無駄なく、賑やかに、〆の雑炊まで楽しんだ。ワインがきっちり1本。ビール、日本酒少々でちょうどいい感じ。12時前に一斉に眠りについた。楽しい夜だった。

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朝の散歩では匂い嗅ぎで忙しかった佐助。甥っ子が気に入ったようで、しきりに甘えていた。

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そして今夜は、ナナじいちゃん弁当をお届け。昨日、今日と、持ちつ持たれつの我が家とナナじいちゃんだったのだった。

              by Kakky

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