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ポリティカル・コレクトネス

直訳すると“政治的正当性”とでもいうことになるだろうか。使用されている意味としては、“誰も意義を唱えることのできない公平な表現”といったところだろう。

“誰も不快にさせることのない穏当な表現”なのだが、それが正しく意図を伝える表現となっているかどうかは怪しい。言葉に問題がありはしないか、と目を光らせている人たちの目をかいくぐることに注意を払い過ぎ、言おうとしたことが表現もされず伝わりもしない。という結果になっていることが多いようにさえ思う。

また、ポリティカル・コレクトネスが行き過ぎると、“正義”や“良心”の仮面を被った非難が、表現の趣旨に対してではなく使われた言葉に集中し、問題の所在や本質さえ見えなくしてしまうこともある。

その結果、紋切型の表現が横行し、心のない平板な言葉が世を満たしていく。誰もが、“本音はきっと違うんだろうな”という疑いを隠し持ったまま‥‥。過激な発言者が上りつめていく格好の温床だ‥‥。多様な意見や表現を許容できる、クレーマーに鈍感な社会になるといいのになあ。

「こう言っておけばいいんでしょ」としたり顔の人が増えるのは困ったものだ。

Photo

6年半前ジャンプの訓練をしてみた頃の佐助。

少し高くすると必ずくぐり抜け、決してジャンプをしようとしないので、どんどん下げていったところ、ひょいとまたいでしまった。「こうすれば満足なのね」という気持にはなかなかなってくれなかったので、ジャンプ訓練は諦めた。必要性もほとんどないし……。

20170209_

昨日のナナじいちゃん弁当。届けた時、「寒い中をありがとう」とうれしそうだったらしい。よかった、よかった。

              by Kakky

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”の連載を始めています。現在⑭まで掲載中。

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