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この子どこの子?

今朝のことである。ワン友が突然の来訪。「この子、どこの子かご存じないですか?」と柴の若いワンコを連れていらっしゃった。。

仕事の打ち合わせでもない限り一日2回の散歩を欠かさないKappar。50頭以上のワンコの名前と顔と飼い主を認識しているが、そのワンコの名前や飼い主に思い当たるところがない。やむをえず、近所のHさんの家に連れて行った。

Hさんは、町内会の“ワンワンパトロール”の世話人。近所の“イヌに関する駆け込み寺”のような方。「預かって、近所を散歩でもしてみるわ」と、とりあえず預かっていただいた。

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“ワンワンパトロール”は、随分以前、近隣で放火事件が相次いだのを機に結成されたもので、イヌの散歩をする時はこの腕章を身に付けようね、という活動。いつもこの腕章を身に付けているヒトが街中をイヌ連れで歩いていることによる犯罪抑止効果を期待してのものらしいのだが、まさに予期した通り放火はなくなり、軽犯罪もほとんどなくなったとのこと。とてもいい活動だ。

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我関せず、の佐助がベッドで寝ている間に、警察、保護センター等とも連絡をしていただけたようで、探し回っていた飼い主さん(かなり離れた場所のお寺のワンコだった。散歩中の逸走で、5度目とか‥)の元に、お昼過ぎには無事戻っていった。

Kapparが遭遇した迷い犬事件は、これで4度目。一度は、たまたまいた小学生のグループの協力を得て保護。一度は、何かに怯えて植え込みの中に逃げ込んでいたゴールデンレトリーバーを、警察官に犬の扱い方をアドバイスしながら保護。もう一度は、ワン友Tさんと街中で保護。すべて無事に引き取られていったからいいものの、中にはそのまま会えなくなった人もいる。気を付けなくては‥‥。

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一昨日のナナじいちゃん弁当。我が家の二日分のメニューでもある。

              by Kakky

“1969年。僕たちの宵山 ―昭和少年漂流記第二章―”の連載を始めています。現在⑰まで掲載中。

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これもプレミアム・フライデー?

「吉祥寺に行こう!」と決めていた昨日。

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ベッドで寝ている佐助に気付かれないように、こっそり出発。まずは久我山。眼科で受付を済ませ、Kapparは銀行へ。

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振り込み等を終えたKapparが診察待ちの僕と合流。1年1度の僕の定期検診は、「100点満点と言っていいでしょう」という先生のお墨付きをいただいて終了。

吉祥寺での目的は、僕の眼鏡の修理と新調およびチノパンの購入‥‥だったのだが、眼鏡市場が閉店してしまったようだったので、眼鏡の修理と新調は諦め(以前、二度も無料で眼鏡を直してもらっていたので、新調する時は眼鏡市場と決めていた)、東急百貨店へ。

“きちんとしたチノパン”を探したのだが、これといったものがない。どの売り場も色を絞り過ぎてカラーバリエーションが貧困で、探してみようという意欲も殺がれてしまう状況。頭の中では「1万数千円から2万円強するチノパンをこの貧しい商品展開の中から無理やり1本選ぶくらいだったら、ファストファッションで2~3本買った方がいいんじゃないかなあ」という思いが強くなっていく。「こうして百貨店は負のスパイラルに陥ってしまっているんだろうなあ」などとも思ってしまう。

目的を “Kapparのお出かけ(打ち合わせ)用ワードローブ”の発見に切り替えた。が、これもまたなかなか見当たらない。

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ところが、諦めて帰ろうとする下りのエスカレーター正面に、Kapparに似合いそうなパンツを発見!試着を勧めたところ、いいではないか。

しばしの思案の後、Kapparも“買うぞ”と決断。結果としていい買い物になった。

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帰りの商店街、TAKA-Qを少し覗いた。VAN倒産後、29歳の時、突然電話がかかってきて、初めて契約した会社が“高久”。業態変更などを経て、昔の面影はない。……やむをえないことだが……。

いい買い物をして、ドトールでお茶して、昔を思い出して‥‥。プレミアムなフライデーではあった。

*世の中、プレミアム・フライデーの初日。ちょっとピント外れなこの制度。定着するのかなあ。とりあえず120社くらい導入したようではあるが……。

              by Kakky

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ワイン漬け(?)5時間~休息~皮膚科

日曜日、高校の同級生がやって来た。前日には、先行してワインとパンが到着していた。

父親が島根県益田市で営んでいたブドウ農園を20代後半で引き継ぎ30年以上、同級生の彼の次なる夢はワイン作りだった。数年前から同窓会で会う度に計画の進捗状況を耳にしていた“初めてのワイン”も、遂に昨秋完成。早速送ってもらった2種を飲ませてもらった。一緒に届いたのが彼の娘さんが営むベーカリーのパン数種。

「同じ土地、同じ場所で作るパンとお似合いのワイン、というのが目標だった」と彼が言うだけのことはある、なかなかお似合いのパンとワインだった。友人たちも飲んでもらい、食してもらった結果も「うん。いいねえ」ということだった。そこで「応援しよう!」と話し合い、数年後の本格的な発売に向けて事前準備の協力をしようということになった。

そして、まずは、プロからのきちんとした評価を得ようじゃないか。ラベルやネットでの発信の準備はそれからじゃないの?と、友人が仲の良い“サンパチ食堂” (千歳烏山のフレンチレストラン)にワインとパンを持参して、オーナーシェフに味わってみてもらおうと考えた。ちょうどそこに所用があって伊豆に行く、同級生の彼から連絡があったので、「じゃあ、ついでにウチにおいで。一緒に話を聞こうよ」となったのだった。

日曜午後5時半で予約。合計7人で店に行き、持参したワインとパンを出してもらった。「ワインにはこだわりがあって、産地にはよく出かけるし、生産者の方とお話しするのも大好き」と言っていたシェフと同級生の話は大いに盛り上がり、これからやっていくべきことを同級生と話すこともできた。

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最初に出てきたサラダの写真を撮るのがやっとだったくらい、シェフお勧めのワインも楽しみ、その夜は我が家に宿泊する同級生と僕たちで帰って来てからもワインを飲みながら“あるべきこれから”を話し合った。楽しくて有意義な夜だった。

翌日朝、彼を見送った後、休憩。妙に同級生に懐いていた佐助も休憩モードだった。

そして昨日は、午前中に皮膚科へ。乾燥対策のクリームを処方してもらった。

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こっそり出かけたからか、不在に気付かなかったらしい佐助は、「ベランダに出るよ~~」と要求し、出たらすぐ「入るよ~~」と要求‥‥。あれ?気付いていたのかな?

そして夕方、仕事を切り上げたKapparは、ナナじいちゃん弁当を作ったのだった。(弁当の写真を撮り忘れた~~)

同級生のブドウ園“田中ブドウ園”&娘さんの店“monukka”(モヌッカ)

              by Kakky

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アクティブ~~~?

4月の墓参帰省に絡めて、鳥取と松江に立ち寄ることを決めた。

鳥取では、昨年夏に難病で亡くなった友人の霊前へ。松江では、高校の亡き恩師の奥様を招待して“ミニ同窓会”を。そして、益田へ移動。両親の墓参りや従弟夫婦との会食等々で丸三日を過ごし、東京へ帰ってくる。というスケジュール。

飛行機は貯めておいたANAのマイレージを利用して既に予約。これから、いつも泊まっている駅前のホテルを予約する予定。

今日は好天。4月の陽気。いきなり冬眠から目覚めたような気分だ。明後日には田舎から同級生がやってきて一泊するし、今月末には甥っ子兄弟もやってくる。

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佐助も裏のベランダで気持ちよさそうだ‥‥ったが、

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コタツの横にやってきた。まだ外気には油断できない冷たさでもあるのかな?

              by Kakky

              by Kakky

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SASUKE HISTRY

佐助はもうすぐ7歳。

思い立ってルーツ(一族の)犬種を調べてみようじゃないか、ということになった。

以前は北米の専門機関にDNAサンプルを送らなければならなかったが、最近は日本で代行してくれる会社があるのだ。

12月の末、ドキドキしながらサンプル採取(人間と同じで口の中の粘膜を採るのだ)。結果が届くまで2カ月くらいかかるとのことだった。

 

そして先週、その結果が届いた。

三代前まで遡ったそのルーツからは、なんと11種類以上の犬種名が!!

佐助の祖父母の一方は、柴×日本スピッツと、シェトランドシープドッグ×チャウチャウ(?)。この4犬種のMIXが片親となる。

そしてもう一方の祖父母は、柴×チャイニースシャーペイ(?)と、ビーグル×雑種。この4種MIXがもう片親。

ここまでですでに7種。そして、この祖父母で出てきた「雑種」が、なんと5種以上のMIXときたもんだ…。

 

注目すべきは、この5種以上の中で筆頭(%が高い)に挙がっていたのが「カナーン ドッグ」。原産はイスラエル方面。昔からいた野犬だったそうだが、写真を見たら、佐助そつくり!!ホンマかいな(爆)

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カナーンドッグ(netより)

佐助の吠えのうるささはスピッツ?首から胸のふさふさ毛はシェルティ?探索に夢中になるのはビーグル?と、想像するのは楽しい限り。

 

ということで、いずれにしても、犬種は超希少種「SASUKE」ということになりましたとさ。


by Kappar

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継続のコツ?!

何かを始める時には、少なからず意志の力が必要になる。行動すべきとわかっていても、いざ始めるとなると、“気合いだ!気合いだ!”と自分を鼓舞しなくてはならないことさえある。しかし、一旦始めた行動を継続していくために意志の力が必要不可欠かというと、そうとは限らない。“続けなくちゃ!続けなくちゃ!”と強く思わなくてはならないことは、概して挫折する。

“やらなくちゃ!”と毎回思わないとできないようなことは、苦手なことか嫌いなこと。そんなことを継続しようとすること自体に無理がある。苦手なことや嫌いなことを継続しなくてはならない時は、まず得意なことか好きなことへと転化させることが先決となる。家庭教師としていい結果を生み出すことができたケースは、すべてその手順がうまくいった時のものだ。

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昨日のナナじいちゃん弁当。“よく続いてるねえ”とか“えらいねえ”などと言われることもあるが、そんなことはない。Kapparは料理が好きで得意だし、晩御飯は毎日作っているのだから。ただ、年齢や健康を考慮に入れた素材やメニューを若干プラスオンしているだけ。それでも仕事が忙しい時などに負担にならないようにと、4日に1度と決めている。継続することの方が大切なことを意識しているからだ。

 一方、日々同じことが同じスケジュールで継続していくことが安心と落ち着きの素となるのが動物(人間も基本的にはそうだ)。サプライズは、ごくたまにあればいいもの。佐助には散歩の時に出会う匂いだけでも十分なのだが、“あ!おいしそうな匂いがする~~!”と怪しい物へ向かって行こうとする時もある……ほぼ毎回‥‥ネコのウ●コとか、チキンの骨とか‥‥。それを押し留めると始まるのが、この“なんで?なんで~~?”の臍天。

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ささやかなレジスタンスだ。

              by Kakky

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ポリティカル・コレクトネス

直訳すると“政治的正当性”とでもいうことになるだろうか。使用されている意味としては、“誰も意義を唱えることのできない公平な表現”といったところだろう。

“誰も不快にさせることのない穏当な表現”なのだが、それが正しく意図を伝える表現となっているかどうかは怪しい。言葉に問題がありはしないか、と目を光らせている人たちの目をかいくぐることに注意を払い過ぎ、言おうとしたことが表現もされず伝わりもしない。という結果になっていることが多いようにさえ思う。

また、ポリティカル・コレクトネスが行き過ぎると、“正義”や“良心”の仮面を被った非難が、表現の趣旨に対してではなく使われた言葉に集中し、問題の所在や本質さえ見えなくしてしまうこともある。

その結果、紋切型の表現が横行し、心のない平板な言葉が世を満たしていく。誰もが、“本音はきっと違うんだろうな”という疑いを隠し持ったまま‥‥。過激な発言者が上りつめていく格好の温床だ‥‥。多様な意見や表現を許容できる、クレーマーに鈍感な社会になるといいのになあ。

「こう言っておけばいいんでしょ」としたり顔の人が増えるのは困ったものだ。

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6年半前ジャンプの訓練をしてみた頃の佐助。

少し高くすると必ずくぐり抜け、決してジャンプをしようとしないので、どんどん下げていったところ、ひょいとまたいでしまった。「こうすれば満足なのね」という気持にはなかなかなってくれなかったので、ジャンプ訓練は諦めた。必要性もほとんどないし……。

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昨日のナナじいちゃん弁当。届けた時、「寒い中をありがとう」とうれしそうだったらしい。よかった、よかった。

              by Kakky

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もう大丈夫!

人間同士が本当の信頼を築くことだって難しいのに、ある日突然やってきた保護犬と信頼関係を築くことなんてできるのだろうか。できるとしても、相当な時間を覚悟しなくてはならないだろう。……佐助がやってきた頃、そんな風に思っていた。

ましてや。お互いのコミュニケーションも容易ではない“ヒトとイヌ”。思うところを伝える手段も確かではない。

イヌは本来人に従う動物という思い込みを捨て去り、イヌの側の思いや考えを尊重し、従属的な同居ではなく互恵的な同居を目指す。そうして、平和で穏やかな共生を得ていく。……そんなことをKapparと話し合い、イヌの行動やコミュニケーションについて、ネットで調べたり、本を読んだりした。とりわけKapparは熱心で、“ヒト目線での決めつけ”をできるだけ排除し、“イヌにヒト都合の行動のみは求めず、お互いの妥協点を見出す”ことを心掛けていたようだった。

それは、“求め、許す。しかし、求め過ぎず、許し過ぎない。”という、自立した人間同士の付き合いでも肝要なスタンスなのだが、何しろ、相手は種の異なる動物。心の有様が正確にはわからない。わからないから、また学ぶ。あるいは、トレーナーの判断を仰ぐ。といったことを繰り返していた。

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佐助が“うちの子”になって2か月が経とうとしていた頃、突然、相互理解が進行していることを確信できた瞬間があった。その直後に撮った写真が、上のショットである。

三人で散歩に出た夕方、ふとリードが手を離れた瞬間、佐助が逸走。瞬く間に走り去り、角を曲がって見えなくなった。Kapparが後を追いかけしばらく姿を探したが、見当たらない。

皮膚の下に埋め込んであるICチップを頼りに探すことはできるだろうが、交通事故に遭わないだろうか……。その場に佇んだまま、二人でしばし話し合った。

ところが5分以上が経った頃、突然、佐助が帰ってきた!角を曲がって現れ、Kapparの横にチョコンとお座りした!僕たちの驚き、安堵、喜びは大きかった。

そして、二人の心の奥底に「もう大丈夫!」という信念の種が埋め込まれた。まるで、恋愛の第二ステージへ進んだような気分だった。6年2ケ月前の年の瀬のことだった。

              by Kakky

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それぞれのご褒美?

土曜日夜、Kapparは仲良し悦ちゃんとワインバーへ。年数回の女子二人会。いつも話は尽きないようだ。

 

一方、その間に“グリコ福袋”(正月にネットで購入!)を楽しもうというKakky。アンガス牛のステーキを焼いて食べ、グリコをつまみにお酒を‥‥という魂胆。

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ほんの少しお裾分けに預かった佐助は、さっさと寝てしまった。が、午後11時前、Kapparの「帰ったぞ~~!」というご機嫌な言葉に跳び起きた。お土産の“吉田ベーカリー”のパンを、また少しお裾分けして一日は終わった。

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翌日曜日のナナじいちゃん弁当。そのお裾分けで晩御飯。それぞれが、なんとなくご褒美をもらったかのような週末だった。何のご褒美?かはわからないが……。

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              by Kakky

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身体のチェックに経堂へ

昨日は経堂へ。高校の同級生石原さんが営む治療院にほぼ1か月ぶりに出かけた。他の同級生に教わりコンタクトを取ってお世話になり始め、もう3年近くになる。

麻痺痛が酷く耐えがたいくらいになった時や体調が思わしくない時、予約を入れて伺っている。月に1回くらいのペースだが、調子が思わしくない時は、隔週でお世話になることもある。少し頼りにしている。

昨日は予約時間を間違え小一時間早く着いてしまったので、経堂コルティを探検した。

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4階レストランフロアにある屋上庭園。遥か向こうには富士山が。

いつか近いうちにKapparとランチを食べ、1階の小田急OXで鮮魚を買って帰ろう、という計画を思い付き、いくつかの店のメニューと料金をチェックした。さて、いつのことになるだろう。

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5~6時間のお留守番はまるで問題のない佐助。いつもあくびをしながらのお迎えだもんねえ。

*石原さんの治療院‥‥“いしはら療術研究所”(予約が必要です)

              by Kakky

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Happy Birthday!!

5日前の“ナナじいちゃん弁当の日”。Kapparが弁当を届けた時、その日が“ナナじいちゃん誕生日”だったことが判明した。そしてもう一つ、その日に92歳を迎えたこともわかった。

「じゃあ、何かお祝いしてあげないと‥‥」「噂よりも1歳若かったんだね」「次回、何かプレゼント持って行く?」などと話し合った。

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すると昨日、“ナナじいちゃん弁当”作りがいつもより少しだけ早く始まっている。理由を聞くと、「お赤飯作ろうかな、と思って。初めてだけどね。茹で小豆の缶詰見つけたから」とのこと。

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そして、弁当完成!

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いつものメニューも、誕生日仕様になった。ナナじいちゃん、「わあ、お赤飯だ~~。何十年ぶりだろう~~」と喜んでいたとのこと。

おかげで温かい気持ちになりながら、僕もお赤飯のご相伴に預かったのだった。ナナじいちゃんのお蔭だ。

              by Kakky

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麻痺痛という厄介もの

映画“マラソンマン”に、椅子に縛り付けられた主人公が前歯に歯科用ドリルで穴を開けられる、という拷問シーンがあった。観ていてゾッとした。僕ならきっと、ドリルの歯が迫ってきた瞬間、「なんでも言います、話します~~!!」と、訊かれていないことまでベラベラと喋ってしまうだろう、と思った。

痛みは人の心理に大きな影響を与える。今でこそ、痛みの軽減に医学的にアプローチしてもらえる“ペイン・クリニック”が存在しているが、かつては「多少の痛みは我慢しなさい」などという台詞は当たり前。時には「痛いのは生きてる証拠。よかったじゃない」などと言われることさえあった。……親に、である。

脳出血の後遺症で困っているものの一つが、“麻痺痛”。麻痺しているのに痛いという言わばアンビバレンツな状態は、なかなかにストレスフル。いつもじくじくと痛んでいる麻痺部分に時々ピリッと疼痛が走ったりすると、「動きもしないくせになんで痛くなるんだ?!」と恨み事さえ言いたくなる。

気温と気圧の変化の影響が大きいのだが、概ね気温や気圧が下がる時に痛みが強くなる。……ものだと思っていた。が!一昨日、4月中旬並みに気温が上がったというのに、麻痺している左側、肘や肩や肩甲骨などが痛くてたまらなくなった。「おいおい、話が違うじゃないか!」と言いたいくらいだった。

麻痺痛。10年に及ぶ長い付き合いだが、まだまだ付き合い方がわからない面倒な奴だ。

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寒くなるはずだった今日は、また痛みが強くなるのかと警戒していたが、気温はそんなに下がらず“いつもどおりの痛さ”に留まっている。

佐助は二階の和室だろう、と上がっていくと、案の定のんびりと日向ぼっこをしていた。

              by Kakky

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本日⑪アップデート済み。

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