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平和と退屈

必要条件と十分条件のような関係と言えば思い出されるのが、ソクラテスとクサンティッペ。奴隷によって経済活動が支えられていたギリシャでも、多くの弟子を抱えて日がな一日、生活の足しにもならない哲学を語っているソクラテスは、言わば“甲斐性なし”。クサンティッペが癇癪を起すのもわからなくはない。

「せめてお隣のご主人のように、世のため人のため家族のために働いたらどうよ!」とか「勝手に弟子を抱えるのはいいけど、弟子たちの飲食の費用だって馬鹿にならないのよ。考えてるの!」とか「自分さえよけりゃいいとでも思ってるの?!」とか「自分のしたいことだけやっていたいなんて、ほんと我儘な人ね、あんたって!」とか、ガミガミ言いたくなってもおかしくはない。しかしそんな小言にも馬耳東風を決め込み、知らんぷりのソクラテスの頭に水をぶっかけたとしてもわかるような気がする。そんな目に遭ったソクラテスが「雷の後には雨がやってくるもんだよ」と、ちょっと小粋な台詞を吐いたというのだって、後世の作り話かもしれない。

かくして、悪妻が哲学者を作るのか、哲学者は妻を悪妻にしてしまうものなのか、どちらがどうなのかに答えはなくなり、答えなどなくて当たり前、ということにもなるのだ。

平和と退屈を同様には語れないが、平和が退屈の温床であることは疑うべくもないことのように思われる。平和はえてして人によからぬことを考えさせる。退屈を紛らすための行為によって平和が崩れたりすることさえある。

“平和は退屈の温床”であると同時に“退屈は平和の敵”でもあるのだ!

Photo

Kapparが両親の様子を見るために出かけた今朝。玄関でしばらく寝そべっていた佐助。

Photo_2

「こりゃ、しばらく帰って来んな」と思ったのかどうか、場所を変えて“退屈ポーズ”に移行。このまま小一時間、寝てるような寝てないような状態で過ごした。欠伸が出るような出ないような退屈な時間と空間。平和の姿は、そんなものなのかもしれない。

                 by Kakky

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コメント

コメントありがとうございます
こちらこそご無沙汰しておりました

このように平和なワンコをみると癒されるもんです
それでもワンコとしては
腹へった~だの
散歩行きたいだの
いろんな事情があるのかも

退屈そうですが
そもそも退屈という感情があったとしたら
ワンコは一日の大半を退屈してそうですね
とりあえず見た目は平和そうです

投稿: ゴルのママ | 2016年7月22日 (金) 13時47分

こちらこそ、コメントありがとうございます。

佐助は今日も平和に散歩待ち体制に入っています。
毎日、同じような時間に、同じ楽しみがあるのが一番安心なんですね~

投稿: Kappar | 2016年7月22日 (金) 15時26分

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