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そういうところが、あの女に似てるんだよ!

僕が2歳半の時、生母は家を出て行った。肺結核を患っている親父の治療費を稼ぎに、親父の弟を頼って神戸に行く、ということだったらしい。山陰本線浜田駅に、おばあちゃん、おじいちゃん、おねえちゃん(生母の妹。女学校に入ったばかりだった)に連れて行かれ、見送りをさせられた。随分と泣いたらしい。‥‥憶えていないが。

やがてすぐ、生母は親父の弟と結婚して神戸に留まることになった。親父は僕を連れて神戸に行き、連れ戻そうとしたが叶わなかった。その時の列車での往復、最後の日に連れて行ってもらった動物園で見たワニや覗きカラクリ、帰りに米子で立ち寄った親父の戦友の家などを、僕はよく憶えている。よほど印象深かったのだろう。特に、暗くなって到着した米子駅から戦友の家までの道のりは忘れ難い。

後ろをほとんど振り向くことなく俯き歩く親父の後を、黙ってただ必死についていった。やがて少し離れてしまい心細くなった瞬間、親父が振り向き「よく頑張ったな。本買ってあげるよ」と言った。泣きそうになったが我慢した。付録つきの本がうれしかった。

しばらくして、右に曲がった。少し先の道路に、ぽっと赤く家の明かりが漏れていた。温かい明かりだった。

翌日から生母のいない暮らしが始まった。おばあちゃんは甘かった。カフェ経営から日雇いに落ちぶれていたおじいちゃんは、気まぐれだった。おねえちゃん(叔母)は優しく、おにいちゃん(叔父。高校生だった)は厳しかった。

僕が小学校入学の頃、左の肺を全摘出して全快した親父が帰ってきて、すぐ復職を果たし、山奥の中学の分校に赴任した。少しの間一緒に暮らしたが、僕は浜田に帰された。

2度“子連れ見合い”をした後、2年生の春に再婚。お袋がやってきた。その翌年、3年生の夏頃だったと思う。1度だけ、親父が僕に向かって吐き出した言葉だった。僕をしかった時だった。強い憎しみがこもっているように聞こえた。

高校卒業後の喫茶店で親父に発した質問の2つ目は、そのことだった。

「親父があんなこと言ったのを僕はずっと恨んでいたんだよ。母親のことを“あの女”って、子供心には堪え難い言い方だもんね。でも、ふと気が付いたんだよ、最近になって。親父。相当惚れてたんだね。今でも、そうなんじゃない?」

親父はしばらく無言で、僕を見つめていた。そして突然、微笑んだ。

「そうかもしれん。‥‥‥しかしお前、大人になったのう」

謝罪は聞かれなかったが、僕にはそれで充分だった。3年生の時のあの言葉は、親父自身にも向けられていた言葉なんだと思った。

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今朝、散歩に出た直後のKapparと佐助をテラスから見下ろすと、最近新たに散歩仲間に加わった“ガク”ちゃんと出くわしていた。“ガク”ちゃんは散々Kapparに甘えた後、ふと僕に気付き、じっと見つめていた。人間で言うと3年生くらいの月齢。不思議な気分だった。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関して:第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています(アマゾンや楽天ブックスで購入可能です)が、現在は第二章を大幅に修正中で、後6分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

新しい連載も開始するつもりです。が、当分の間、お待ちください。

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責任は眼力にあり!?

教師経験の長かった親父に訊いてみたことがある。高校卒業直後、初めて二人で喫茶店に行った時のことである。「3つあるんだけど‥‥」と順に質問した。今日は、その一番目。

「教師をやってきた経験と僕を育てた経験から見て、人の個性や才能を構成する比率は、“天分のもの”と“教育で得られるもの”とで、およそ何対何? 先天的なものと後天的なものの比率など、本当のところはわからないと思うんだけど。環境にも大きく左右されるだろうし‥。でも、勘で言ってみて」

いささか無理のある質問だったが、親父は即答した。

「7対3かな?」「どっちが7?」「生まれ持ったもの」「生まれた後に得られるものってそんなに少ないと思うの?」「3て少ないか?多いぞ」「教育する側としては虚しくない?」「教育はサポートするものであって、リードするものじゃないからな」

というようなことを話した。納得いく話ではあったが、親父は“多い”と言った“3”を、その時は少ないと思った。しかしやがて、“3”がいかに多いものなのか、“3”はいかにして磨かれるものなのか、そこには他人のリードよりサポートの方がいかに大事な役割を果たすものなのか、そして、自ら動いた結果の“失敗体験”がいかに寄与するものなのか、を節目節目で感じるようになった。

知識や経験を素養として蓄える力、覆い隠されたものの実体を見分ける眼力は、後天的なものを積み重ねても得ることはできないものかもしれない。特に眼力は、磨くことはできても高めることは難しいもののような気がする。“7”がなければ、多いとはいえ、“3”は所詮“3”に過ぎないんだなあ、と思うのである。

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経堂の小田急OX店内で見かけた商品サンプル。実によくできている。そっと触れてみたが、指先は少しおずおずとしていた。偽物もよくできていれば、時には芸術と呼ばれる。そんな市井の例の一つを見たような気がした。下手な偽物であっても、偽物の方に責任があるわけじゃない、とも思った。責任は眼力のあるなしにあり!なのだ。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関して:第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています(アマゾンや楽天ブックスで購入可能です)が、現在は第二章を大幅に修正中で、後6分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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BABYMETAL

昨年ネットで偶然見つけた“BABYMETAL”の名。なんだろう?ヘビメタの洒落でできたガールズバンド?秋元康の48シリーズの新手?と、初期のヘビメタは好んで聴いていた僕としては、不快な思いをするのが落ちだろうと予測しつつ、ユーチューブで検索してみた。出会ったのは、“イジメ、ダメ、ゼッタイ”という曲のLive映像。

驚いた!クオリティが高い。バックバンドの演奏は半端なレベルではない。調べてみると、“神バンド”というらしい。その名に恥じない力量だ。ボーカルの声ともよく合っている。いい年こいて、一発でファンになった。以来、時々ユーチューブでチェックしている。絶対にLiveがいい!しかし、観客が撮ったものがほとんどで、なかなかいい映像にはめぐり合わなかった。

ところが、オフィシャルLiveが観られるようになっていることを、今日発見!うれしい限りだ。

興味のある人は、こちらからどうぞ~。Live:https://www.youtube.com/watch?v=Ro-_cbfdrYE

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寒い!いつもより遅くまでベッドの布団に包まっていて、7時に1階へ。今年初めてエアコンのスイッチを入れコタツに入ると、佐助が潜るように膝上にやってきた。毛皮着てるくせに、寒がりな奴だ。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関して:第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています(アマゾンや楽天ブックスで購入可能です)が、現在は第二章を大幅に修正中で、後6分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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余人をもって代え難し

“余人をもって代え難し”という言葉がある。“人はそれぞれ代え難い存在だが、特に個性ある存在は他の誰をもっても代えることはできない”というような意味だろうが、今回の同窓会で、特に強くそのことを感じた。高校生の頃はそんなにも思わなかったことだ。

高校生の時は“高校生”を着させられ、社会人になると“会社”を着させられ、着たもののイメージにくるまれているからこそ見えなかった“その人らしさ”が、身ぐるみ脱がざるをえなくなった65歳ともなると見えるようになってきたのかもしれない。いいことだ、と思う。見栄や欲や下心から解き放たれ、少年・少女(良くも悪くも)のような付き合いが改めてできるとすれば、楽しいではないか。無理をしない。無理を認める。無理を許す‥‥。おおらかに、穏やかに、そして時には喧しく‥‥。あれ?佐助との付き合いと一緒?

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「恋人同士がいっしょにいて少しも飽きないのは、ずっと自分のことばかり話しているからである」というのは、ラ・ロシュフコーの箴言だが、同級生同士もお互い自分のことばかり話していて大丈夫なんじゃないだろうか。同じ環境、年代を思い描きながら聞いていればいいんだもの。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関して:第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています(アマゾンや楽天ブックスで購入可能です)が、現在は第二章を大幅に修正中で、後6分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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明日ありと 思う心の 仇桜

「“今”って何?」。中学2年の秋、そんな問いを親父に投げ掛けた。

窓から野良の老犬が死んでいくのを最後まで見つめ続けた夕暮れから数日経った頃だった。秋祭りのお土産を風呂敷いっぱいに包んで帰ってきて、窓辺で涙を流している僕から涙の訳を聞いていた親父は、僕の「“今”って何」という質問が生まれた経緯をなんとなく理解しているようだった。

「過去と未来の間じゃないか?」「“今”って口で言ったら、それはもう、過去になってるよね」「そうじゃのう。儚いもんじゃのう」‥‥‥。

わずかの間の会話だったが、僕の中ではあるイメージが浮かび上がっていた。水と空気が過去と未来だとすれば、“今”はその間に存在する表面張力のようなものかな?と思った。すると、命は表面張力の皮膜の上を漂っている木の葉のようなものなのかな?とも思った。そして、よくわからなくなっていった。

一昨日、同窓会の記録写真CDを送る作業に5人来ていただいた。次回はいつにしよう、という話になり、軽く“お花見”くらいがいいかなあ、ということになった。みんなが帰った後、春を約束することは魚が水面から跳ね出るように、“今”という皮膜を突き破り、未来という空気に身を晒してみるのに似てるのかな?と思った。意識して破ってみることで、“今”という皮膜を実感するのかもしれないなあ、と思った。あまり好きな言い方ではないが、「前を見る」とか「夢を持つ」ということも、“今”を実感するためにこそあることなのかもしれない‥‥。

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日曜日の夜は友人S夫婦と話しこみ、夜中の1時にダブルヘッダー終了。昨日は、興奮続きだった佐助と台所で忙しかった上にアルコールが入っていたKapparは、ほとんど眠り続け。僕もほぼ同じ。 “惣sBar”のママの来訪予定が延期になり、むしろほっとした夜を迎えた。おかげで、今日は元気一杯!

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銀行での用事を片付けに出かけ、匂いに釣られて蕎麦屋に入り、ドトール3Fでコーヒーとタバコを一服して帰ってきた。さあ、明日からは平常営業だぞ~~~。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関して:第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています(アマゾンや楽天ブックスで購入可能です)が、現在は第二章を大幅に修正中で、後6分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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ダブルヘッダー?!‥‥ん??

明日、日曜日、お昼に同級生5人がやってくる。同窓会の記録写真CD発送のお手伝いに、来てくれるのだ。Kapparは、既に「さて、今回はどんな料理にしようかな?」と考え、下ごしらえも始めている。ささやかながら、サプライズも用意してある。

そして、明日の夜は、友人のS夫婦が‥‥。「遅くなったけど、誕生日のお祝いに行くからね~~。肉を持っていくよ~~」ということで、しゃぶしゃぶ宴会。なんと、ダブルヘッダーなのだ。仕事(?)~食事会~宴会とは、なんともいい流れの一日だ。

おっと、翌日の月曜日には、同窓会の二次会でお世話になった“惣sBar”のママがやってくるんだった。「お礼をするのを忘れてたのよ~~」ということらしい。ということは‥‥トリプルヘッダーではないか!同窓会と同じ日だった誕生日の二回目の“追っかけお祝い”と“打ち上げ&反省会”の2日間。充実の三連休になること疑いなしだ。

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佐助はそんなことお構いなし。起きて二階から降りてくると、“朝のルーティン”。くっつき甘え、「お腹撫でて~~~」。

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写真を撮ろうと手を離すと、「なんで止めるの~~?」。の直後、「散歩行くよ~~」のKapparの声に走り去った。

*“昭和少年漂流記”に関して

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果報は寝て待て

「寝てりゃ、いいことがやってくるんかい!?じゃ、寝てよ。で、飯は?それ、寝て待てないんだけど‥‥」と、無駄飯食いにとって都合のいいように解釈されがちなのが、“果報は寝て待て”という言葉だが、さすがにそんなアホな話ではない。寝て待つに至る前提条件もある、そう単純な話でもない。

正しいこと、善きことを成し遂げたとしても、ただちに結果が出てくるわけではない。予期したとおりの“良き成果”が出てくるか、“思わぬ報い”を受けることになるか、寝て待つくらいのことしかない。‥‥といった意味の言葉(‥のはず)だ。

自分がいいと思ってやったことの結果を求めて焦っても仕方がないさ。いい結果が出るとも限らないし‥‥。 “え?!”と思うような仕打ちとして返ってくることだってあるし‥‥。ま、本当に良いと思うことを精一杯やったんだったら、寝て待ってればいいじゃん。といったところか。‥‥根っからのせっかちが災いして、僕にはできないことだ‥‥。でもまあ、仕事でプレゼンテーションの機会が多かったせいか、寝て待つことは多かった。寝る前に飲むのが常だったが‥‥。

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Kapparのお出かけの時、「何処行くの~~?」「僕は?置いてけぼり?一緒じゃダメ?」と、いいと思うこと(‥あくまでも、自分にとっていいことだが)を顔と尻尾でプレゼンした後、佐助はすぐに寝る。確かに、起きてるよりも寝てるほうが待つことには向いている。

*“昭和少年漂流記”に関して

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世の中は、ルーティンでできている!!

ラグビーのワールドカップ以降、ルーティンという言葉が流行っている。中には、五郎丸選手のポーズをルーティンと呼ぶのだと思っている人もいるようだ。

決まり決まった行為、いつもやる(やらなければならない)ことというのが本来の意味なのだろうが、僕などはどうしても“ルーティン・ワーク”を連想してしまい、毎日やらなくてはいけない“つまらない仕事”をイメージしてしまう。ルーティンは単調でつまらないことではなく、とても大切なことだというのは頭では理解できるが、なかなかきちんと続けることができない。

中華料理屋で住み込みをしていた時、決まった時間に届く鶏ガラを寸胴に入れることから朝は始まっていた。歯を磨く、顔を洗う、トイレに行く‥‥といった、人の暮らしの“朝のルーティン”同様、店の“朝のルーティン”がきちんと終わらないと、店の一日はどこかすんなりはといかなかった。

社会のほとんどのことは、飽きることなく繰り返されるルーティンで成り立っている。それぞれの人がそれぞれの持ち場で、それぞれの役割に応じたルーティンを過不足なくこなしていかなければ、どこかに不都合が生じ、場合によっては社会システムの機能不全を招くことにさえなる。

ルーティンに飽きないこと、いやむしろ、いつもそのルーティンの役割と目的を忘れず真剣に向き合うこと。その大切さを五郎丸選手は教えてくれたのだろう。

お昼のおやつの時間、「ハウス」と言うと、自分のクレーとに走りこんでいき、顔を出して、じっとこちらを見つめ、“待ち”に入る佐助。決して飽きることがないどころか、いつも楽しくうれしそうで、かつ真剣だ。見習うべし!なのかもしれない‥‥。

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ONE&ONLY

38歳の時だった。その頃は、赤坂に事務所を持っていた。社員数7名。小さなマンションの1フロア横並びで2部屋を企画ルームと制作ルームに分けて使用していた。とにかく忙しかった。それでも、夜中まで仕事をして飲みに行き、軽く眠って起き、また仕事をする、という生活だった。楽しかった。

その頃、専務をしていた男が「デザイナーを3人入れたい」と言ってきた。僕は、反対した。「一人でいい。将来性のある若い人だけでいい。社員数は10名までにしたいから、空席を確保しておきたい」と言うと、「会社は大きくした方がいい」と言う。それからしばらく、「この業種では大きさは負担にしかならない」「いや、大きさが安定を生む」「大きいことに価値はない」「規模は力を生む」‥‥と、何度か話し合ったが、意見が合うことはなかった。

僕は、心の中で決めた。“会社を譲ってしまおう。フリーに戻ろう。それからまた、会社を作るかどうか考えよう”。専務の男は、会社を作る前に僕が誘って仲間にした男。彼に“出て行け”というわけにはいかないからだ。

というわけで、再度フリーになるのを40歳と決め、それまで付き合っていた会社すべてに「これからは、専務に仕事の相談をしてください」と根回しを始めた。2年間でほぼ環境が整ったので、僕は去った。

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小さく狭い場所でもいい、しっかりと根を下ろし花を咲かせるONE&ONLYの存在でいたい。そんな夢をもう一度、と40歳で、10年ぶりにもう一度フリーになった。

会社設立に誘われたり、半契約状態である会社に引きずり込まれたりで、フリーとして動くことはなかなかままならなかったが、人の管理や規模を維持するための仕事がなくなったので、心はそこそこフリーでいることができた。それが大いなる欠点だ、という人もいたが‥‥。

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ずっと、一生懸命1点を見つめ続けていればよかった。と、50代になって思った。

*“昭和少年漂流記”に関して

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総領の甚六

惣領の甚六とも書くらしい。“お人よしで世間知らずの長男”といった意味だが、主に“ろくでなし”や“愚か者”の長男を指す。

他人に騙されたり、見込みのない事業に手を染めたりして親の財産を食い潰し、それでも“なんとかなるんじゃない?!”と、のほほんと暮らしている跡取り‥‥などというのは、まさに総領の甚六の典型と言える。

僕がお付き合いをした人の中にも、相当数の総領の甚六あるいは総領の甚六の長男を持つ人がいる。総領の甚六の長男を持つ人は、えてして、何かを成し遂げてきた人である。

仕事をする気力がない、あるいは仕事がとことんできない、それでいて憎めない。そういう人が最も困る存在で、できればお付き合いしたくないのだが、気付くと、意外と知り合いに多い。

いや待て!そういうお前は?と聞かれると困るのだが、僕は一人っ子。総領の甚六であるばかりか、甘えん坊で負けず嫌いの末っ子でもある!!!なんとも取り柄がない‥‥。

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佐助も次第に一人っ子気質になってきているような気がする。プレゼントに弱いし、依存心が強いし‥‥‥‥

*“昭和少年漂流記”に関して

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向こう三軒両隣

中学の後輩に京友禅の染色作家になった男がいる。彼が高校時代、親父の教え子だったこともあって、東京の百貨店で個展がある時は、よく食事を共にした。そして、彼とは様々な因縁があることがわかった。

彼のお母さんは僕が高校1年生の時、現代国語を教わった先生で、お父さんの再婚相手。そのお父さんは、僕の高校の用務員をしていた人だとわかった。彼が染色の道に進もうと考え始めたきっかけが僕の親父の言葉だったということもわかった。そんな彼が京都の染色作家に弟子入りした直後の話である。

言葉通り“雑巾がけ”から始まった内弟子生活。早朝、竹箒で玄関先を掃くのも大切な仕事の一つだった。が、一週間もしない頃、お師匠さんに怒られた。

「お前、染色の仕事やってもものにならへん。辞めた方がええ!」。師匠宅の前だけを掃くという掃除の仕方がその理由だった。

自分の持分だけをやっておけばいい、という根性が気に入らない。“向こう三軒両隣”の玄関先の道路まできれいにしよう、という考えがない奴にいい染色の仕事などできない。ということだった。

薄々感じていたとはいえ、“まあいいか”と手抜きをしていたことを反省し、彼はその後修行を積み重ねていく間、“他人にお願いせざるを得ない部分まで気を配り、手をかけておくべきことは手抜きをせずにやる”と心がけ、染色作家として独り立ちしていった。

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*近くにあるこの店のオーナーさんらしい

月1度のリハビリと診察に出かけた昨日、毎年出会う光景に、そんな話を思い出した。落ち葉掃除を毎年欠かさず女性の姿に、季節と“あるべき人の心”を感じた。毎年“偉い人だなあ”と思うだけだったが、今年から挨拶をすることにした。

「おはようございま~す」。通りがかりざま大きめの声で挨拶し、少し頭を下げた。すぐ「どうも~~」と返ってきた。ほんわかとした、いい朝だった。

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“向こう三軒両隣”にやってくるクルマの音に、耳をそばだてる佐助。我が家にやってくる宅急便を教えるのが“おいらの責務”と思っているらしいのだが、外れが多い。

*“昭和少年漂流記”に関して

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日本人だもの

生まれた時からお腹が弱かったらしい。医者に「この子は育たないかもしれない」と言われたそうだ。おまけに食が細いので、幼少時、おばあちゃんは食事にすごく気を使ってくれていた。親父が再婚してからは、料理が得意なお袋のおかげで好き嫌いもなくなり、次第によく食べるようになった。小学校の頃は、まだ時々お腹を壊して学校を休むこともあったが、中学~大学と次第に気にならなくなっていった。

お酒を毎日飲むようになって20年くらい経つと、しかし、お腹の弱さがまたぶり返してきた。尾篭な話だが、お昼に食べたサラダのキュウリが、午後3時頃には、そのまま出てきたりするようになった。スタッフを呼んで、「歯形が少し付いてるだけだからさ、洗えば食えるよ~~」とふざけたりしたものだから、“なまこ腹”と呼ばれるようになった。

脳出血発症後、リハビリ病院から退院すると、人生最高の食生活の日々が待っていた。健康すぎて瞬く間に7kg太った。お腹も快調だった。が、2週間前に風邪を引いたせいか、“なまこ腹”が復活(?)。「いやあ、昔に戻ったみたい。若返ったということ?」などと冗談を言っていたのだが、「お酒セーブする?」と言われて危機感を感じ、「冷たいお酒(ビール、ロックなど)をしばらく止めて、日本酒にしてみるね~~」ということにした。同級生からもらった日本酒がおいしかったし‥‥(ちょっとシメシメ感さえある)

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一昨日、“久保田”の特別限定品と千寿をカクヤスで購入。「これからしばらくは、日本酒一本槍だ~~」と飲んだ。3合半くらいで止めたが、おいしかった。それに、なんと!お腹の調子もダウンしなかった。これで、日本酒党党員の誕生だ~~。やっぱり、日本人には日本酒なんだね~~~。

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手がクロスしてるけど、「ダメよ、ダメダメ~~」って訳じゃないよね、佐助!?

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リードの長さ分の自由

散歩をしているワンちゃん達の多くは、誰がリードを持っているかによって、態度が異なる。「あのワンちゃん、人懐っこいねえ」とか「あのワンちゃん、人が苦手なのかな?」などと思った時は、リードを握っている人の性格や嗜好が乗り移っていることが多いのだ。それほど犬は、飼い主の性格や飼い主との関係を色濃く映し出している。

しかしこれは、犬に限ったことではない。人と所属している組織との関係も同じ。人を見ると、その人が属している仲間、家庭、会社の性格や持ち味、あるいはそれらとの関係値が垣間見えてくる。とっても自由に見える人は、彼または彼女をつなぐリードが長くて可動領域が広く、リードを持っている組織や人との信頼関係も厚い。‥‥と思っていいだろう。

“全き自由”つまり“ノーリードの自由”には危険と飢餓がつきまとう。誰かにリードを持たれていることを不自由で不愉快に感じ、それが行動力や思考力を妨げていると感じる時は、リードを持つ人あるいは組織との関係値に問題があると考えた方がいいのかもしれない。危険と飢餓のリスク承知で手に入れるほど、“全き自由”は魅力的なものではない。“全き自由”は、意外と不自由なものなのだ。

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リードの先でKapparとつながっている安心感が、佐助をのびのびとさせている。‥‥ように、僕には見える。

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良い「いいよ」、悪い「いいよ」、普通の「いいよ」

強引な“電話勧誘販売”のテクニックとして、かつてよく使われていたのが、「結構です」という言葉の悪用だ。

電話で商品の説明を強引に聞かされしつこく勧誘され、「結構です!」と断ったつもりの人のところに、後日着払いで高価な商品が届く。慌てて電話をして、「頼んだつもりはない!」と抗議をする。と、「“結構です”とおっしゃったじゃないですか」と反論される。“それで結構です”というのは合意ではないか、という理屈だ。「そんな~~!」と抗っても、相手は電話の向こう。押し問答をする間もなく、切られてしまう。といった手口だ。

怪しいと感じた電話、身に覚えのない電話はさっさと切るのが一番。電話はお金も時間も掛かるので、冷たい対応をする人にはしつこく掛けてくることはない。興味のある話であっても、「必要ない」「欲しくない」と思ったら、はっきりと「いりません!」とか「お断りします!」と言えば大丈夫。電話でできる悪さはしれているのだ。

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「いいよ」という言葉も「いらない」という意味で使われることもあれば、単なる“許可”や“認可”の意味で使われることもあるが、一番良い「いいよ」は受容の「いいよ」。理解と愛情が内包された「いいよ」は、言われた者の心を温かくしてくれる。

「タッチ!」と言っているのはKapparだが、「いいよ」と応じているのは佐助。「いいよ」に喜んでいるのもKapparだ。

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スイッチバック、ちゃんと上ってる?

2週間前に落ち込んだ“風邪の谷”。元いた場所に戻ろうとしているが、急峻な山を登るかのような気分だ。箱根登山鉄道のように、スイッチバック方式で上っているつもりなのに、上り下りのスイッチがうまくいっていないらしく、上った分をまた下っているようにしか思えない。このままだと医者に連れて行かれそうで嫌なのだが、幸いにして(?)Kapparは忙しく、お仕事の手伝いもあるので、事なきを得ている(?)。

スイッチバックの点検をして、改めてきちんと上っていかなくては‥‥。

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散歩の途中、たびたび佐助が見せる“臍天”姿。うれしかったり、ただただ動きたくなかったり、駄々をこねたり、と理由は様々だが、僕のスイッチバックは、そのどれでもない。ひょっとすると、エンジンにやる気がないのかもしれないが‥‥。

*“昭和少年漂流記”に関して

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小春日和

同窓会が終わった直後に引いた風邪が、やけにしつこい。もう2週近くになるが、まだ咳と洟に悩まされている。使ったボックスティッシュ3箱!鼻の下が痛い。

その間2度の宴会がよくなかった、などということは断じてない。楽しげに暮らしている僕を羨んだ風邪の悪霊が、ここぞとばかりにしがみつき、意地悪をしているのだ。

とは言っても、大事をとってほとんど動かない日々はよろしくない。幸い外は、小春日和。Kapparもハードワークに追われている。“お使いに行くなら今日だ!”と、昨日はお出かけをした。心地よい日差しの中、約3000歩。汗びっしょりで帰ってきた。

歩きながら思った。小春日和と言えば11月20日頃のイメージなのだが、何故そんなイメージが植えつけられているのだろう?英語では“Indian Summer”と言うが、英語では何故“夏”なんだろう?

帰ってきて汗が引いてから(風邪も汗も“引く”を使うが、“を”と“が”で主体が異なると、こんなにも関係が違うんだなあ‥‥)、調べてみた。が、よくわからなかった。風土、気候の違いや変化、あるいは感性の違いや変化なのだろうか。

それにしても、“小”を使う言葉っていいなあ、と関心の方向が変わり、小1時間近く、“小”が付く言葉を大量に使った小話を考えた。小気味のいい話や小粋な話は思いつかなかった。

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今日も小春日和が約束されたような朝。夜中にお腹が痛くて起きてしまい、眠気真っ盛りの僕を叩き起こし、散歩にやる気満々の佐助だった。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関しては、第一章は既に加筆修正を終了し、出版されていますが、現在は第二章を大幅に修正中で、後5分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

新しい連載も開始するつもりです。が、当分の間、お待ちください。

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へーベルハウス誕生の頃

へーベルハウス誕生の頃

 

1979年か1980年だったと思う。旭化成の住宅部門の仕事をすることになった。新聞広告展開を見直したい、とのことだった。

大手町の事務所を、話を持ってきた友人と訪ねた。3人のスタッフが待っていた。全員ほぼ同年齢。きちんとした対応で、話も明快でわかりやすく、きっと優秀な人たちなんだろうなあ、と思わせた。相談の内容は、以下のようなものだった。

・住宅としての質には自信があるが、受注が伸びていない。

・大新聞での広告展開に依存しているが、コストパフォーマンスがよくない。

・売り上げを上げていくための今後の施策を考えてもらいたい。

そこでまず、現状をつぶさに教えてもらいたい、とお願いした。すると、即座にデータが出てきた。媒体(新聞)別成約者数と1契約当たりの広告費用。媒体別成約者特性(職業、年収、家族構成、居住エリア)。資料請求をしてきた潜在顧客の特性。等々である。

それらを並べて目の前にしていると、いくつかのことがわかってきた。

・成約者には中央官庁の役人と大企業の部長以上が多いことから、コストの高さは住宅としての質の高さに見合ったもと認められているようだ。そういった人たちを初期ターゲットとして明確に意識し、より効率のいい媒体戦略を構築すべきであろう。新聞であれば、朝日よりも日経ではないか。また、経済誌での内容理解型の広告の継続展開も視野に入れていいのではないか。‥‥年間予算の中で組み立ててみてはどうか。

・初期ターゲットあるいは次期ターゲットが居住を希望するエリアでの住宅開発を将来のプランとして今から想定しておくべきだろう。

・早期に売り上げに結び付けようとするなら、“建替え需要”の取り込みを図るべきで、そのために最も有効だと考えられるのは“ローラー作戦”であろう。

といったことを話すと、「なるほど!すぐやりましょう!」という返事。彼らに決定権もあるようだった。間もなく、媒体戦略を提出し、ローラー作戦の方法を提案。「できれば自分の足を使ってやってください。不動産の勘も身に付くはずですから」と、どのエリアから順につぶしていくかを一緒に検討した。

それ以降、彼らが旭化成の中でもエース級の若手で構成されたチームであることや、彼らが自らの足でローラー作戦を行ったことなどが、耳に届いてきた。

今は“ロングライフ”を売り物にブランドとしての地位を築いている“へーベルハウス”も、そうした一歩ずつ堅実な歩みを経てきたのだ。よくないのは、組織の仕事になっていったこと。熱意ある優秀な若い社員の手と足の実感がなくなってしまい、書類での管理に走ってしまうと、必ず虚偽や手抜きが入り込んでくる。

「面倒くせ~な~~。こっちは現場で忙しいっていうのに。急げ、急げって言っておいて、書類も一杯書かせるんだからさ。いいよな、椅子に座ってばっかりの奴は」

旭建材の現場の人は、こんな愚痴をいつも言っていたのかもしれない。それにしても、営々と築いてきたブランドの信頼やステイタスを潰すのって、本当に簡単なものだ。

“組織ってやつは!!”というところだろうか。

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遠く、理想を見る目を忘れちゃいけないってことだよね!佐助!

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関しては、第一章は既に加筆修正を終了し、出版されていますが、現在は第二章を大幅に修正中で、後5分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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まだまだ続くかな?楽しい日々‥‥

事務所を持っていた8年前まで、年に何度かは宴会を開いていた。富ヶ谷に事務所を構えてからは恒例化。年4回と決めて、春夏秋冬それぞれ理由をつけ、毎回Kapparが料理のテーマを決め、腕をふるっていた。無料招待ということもあって、毎回30~50人がやってきて、ワイワイ朝まで飲んで食べた。日々訪れるお客さんとのミニ宴会は、さすがにつまみはコンビニに頼っていたが、「いつ仕事してんの?」と心配する人がいるくらい、飲んで話すことの多い日々だった。

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昨日は、午後から“誕生日”というきちんとした理由のある宴会。テーブルには2軒のお宅ご持参の料理が並び、冷蔵庫には、やはりご持参のビールがどっさり。午後3時には誕生日が2日違いのマー君も駆けつけ、二人でケーキの蝋燭を吹き消した。

Kapparの料理も加わり、同級生から届いたお酒を飲み干す頃には、僕はすっかりいい気分で、ちょっぴり眠くなっていた。

午後6時頃、「またね~~」「プレゼントは届くからね~~」「頑張ってね~~」(マー君は仕事の途中だったのだ)などと言葉を交わし、散歩に出かけるKapparと佐助も見送ると、ころりんと眠ってしまった。心地よかった。

年内に、こんな日がきっとまだまだあるぞ~~、とわくわくした。

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お客さんに「何かちょうだいよ~~」と要求吠えの激しかった佐助は、もうすっかりいつも通り。「宴会はいつまでも続くもんじゃないんだよ」とでも言いたげだが‥‥。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関しては、第一章は既に加筆修正を終了し、出版されていますが、現在は第二章を大幅に修正中で、後5分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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すんでのところで‥‥

ヤバイことが降りかかってきそうな時、あるいは現実に降りかかってきた時、“すんでのところで”身を避けることができたり、ヤバイことが身をかすめるように通り過ぎていったことが、多々ある。楽しいことがありそうな時、それを邪魔しかねないことがタイミングよく避けて通り過ぎて行ってくれたことも、多々ある。

事故に遭ったり、急な仕事が舞い込んだり、台風が近付いてきたりしても、僕が楽しみにしていることの邪魔はできない!‥‥と思っている。仕事より宴会を大切にしているからだ、などと言う人もいたが、そうではない!運がいいからだ!‥‥ということにしている。

昨日までの雨や風‥‥そう!今回は風邪も微妙に避けてくれている。

先週T兄弟が訪れた時も、風邪は彼らがいる間はそっとしておいてくれた。その分、その後ひどい目にあったが、また今日はそっとしておいてくれるらしい。

理由は、午後1時から誕生日パーティがあるからだ。近所の仲良し夫婦2組が料理を持参してお祝いをしてくれる。その中の1組のご主人マー君(カナダ人)は誕生日がほぼ一緒で、ここ4年一緒にお祝いしていたのだが、試験(マー君は大学の先生)の準備等でお酒が飲めないらしいので、ケーキカットの時だけやって来ることになっている‥‥らしい。

雨は止んだし、寒風も止まった。マー君とは飲めないけど、男二人女三人で、さあ、宴会だ~~~。これで風邪も懲りて、去って行くだろう。

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佐助同様、楽チンな、とてもいい運命の自転車の後ろに乗っけてもらっている人生なのかなあ。‥‥頭に乗るな!甘えるな!漕いでる人間だっているんだぞ!という声が聞こえてきそうだが‥‥

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関しては、第一章は既に加筆修正を終了し、出版されていますが、現在は第二章を大幅に修正中で、後5分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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3種類の“距離”

いつ頃からだろう?距離を訊かれた時、時間で答えるようになったのは。

先週木曜日に訪ねてきたT兄弟から事前に電話があり、「今はどちらにお住まいなんですか?」と訊かれた際、「芦花公園駅から歩いて9分くらいのところだよ」と答えながら、ふとそう思った。

山陰の山深い小学校に通っていた2~3年生の頃、田辺昭吾君という同級生と帰路に付いたとき「学校から家までどれくらいなの?」と訊くと、「2里半」と答えた。どれくらいの距離か見当も付かなかった。親父に大体10kmと教えられたが、よくわからなかった。

後日、土曜日に田辺君が立ち寄ってくれて遊んだ時、「今度、遊びに行っていい?」と言うと、「う~~ん、いいけど‥‥」と生返事だったので、「遊びに行かせて!」とお願いした。

そしてまた後日、土曜日の下校時、彼について家まで行った。遠い山道だった。着くやいなやお母さんが目を丸くしながら出てきた。「よく遊びに来てくれましたねえ。でも、もう帰った方がいいわよ」と、柏餅を3個持たせてくれた。すぐ帰路に付いたが、家に着く頃にはもう日は没していた。2里半がおおよそどれくらいの距離かを体感した半日だった。

距離には、“空間距離”と“時間距離”がある。しかし、○○○mなどと空間距離を使うことはほとんどない。○○で××分といった風に、乗り物利用での時間で表現する。その方が生活実感に近いからだろう。

そして、もう一つ加えるとすると“心理距離”かもしれない。「遠くにいるのに近い人」や「近くにいるけど遠い人」は誰にでも存在する。遠くにいる人の遠さは、もはや“あの世”のことさえある。ただ、心理距離を測る単位はない。

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相思相愛の佐助と瑠奈ちゃんだが、この姿が二頭の心理距離をよく表している。瑠奈ちゃんには佐助よりも好きなロジャーという存在があり、近付き過ぎると怖い一面があることを佐助は知っている(?)からだ。‥‥犬は、こういった距離感を認識し、守っていくのが人間よりはるかに上手い‥‥ように見える。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関しては、第一章は既に加筆修正を終了し、出版されていますが、現在は第二章を大幅に修正中で、後5分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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もっと日溜まりを!

人はしばしば、他人の言葉や行為を、勝手に意味づけする。そして、そのほとんどは考え過ぎか勘違いだ。人はえてして自分が解釈したいように物事を解釈し、見たいように事象を見ているものだ。別れの不安や予感を抱えて付き合っていると、相手の一挙手一投足に“別れ”の兆候を見出しがちで、長く続く付き合いだと信じていると、小さな仕草や言葉にも希望を見出しがちなのと一緒だ。

ゲーテは今際の際に「もっと光を!」と言った(らしい)。“暗く絶望に満ちたこの世に、せめて一条の光を!”と言いたかったのだ、という解釈を高校の頃教えられたが、疑問だった。“他ならぬゲーテが言ったのだから”と過分に買いかぶった解釈じゃないかと思ったのだ。「ちょっと暗くない?もうちょっと明るくしてよ」といった程度のことじゃなかったんだろうか、と思った。なんの意図もなく語られた言葉も、周囲の人たちがその人の肩書きや経歴や背景を重ね、それらしき意味のある言葉に仕立て上げてしまう。そんな例の一つのような気がする。

その後ゲーテは「格子戸を少し開けてくれ」という言葉を足していた、という説もある。そうだとすると、“他ならぬゲーテが言ったのだから”と、その部分は割愛されて伝えられていったとも考えられる。本当のところはわからない‥‥。

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「もっと日溜まりを!」と思っているに違いない、と外に出そうとすると、佐助にとっては大きなお世話だったりもする。“出たい時は吠えて要求しますから!”そっとしておいた方がいいのだ。

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章に関しては、第一章は既に加筆修正を終了し、出版されていますが、現在は第二章を大幅に修正中で、後5分の1かな?という状況です。かなりページ数も増え、テーマもはっきりしてきていると思います。

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