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同窓会、本番を待つのみ‥‥

明日から8月。8月初旬までには、と考えていた“同窓会の最終案内”の準備もほぼ完了。明後日には、同窓会の会場であり、宿泊希望者の宿泊所でもある“島根イン”に6名が集合。宛名書きや封入作業をすることになった。肩の荷が下りた感じだが、同時に10月下旬の本番がにわかに楽しみになってきた。

同窓会参加者数70名。翌日のはとバスツァー36名。いずれも想定していたよりも多い。うれしい限りだ。なにかサプライズでも考えようかなあ‥‥。

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同窓会が盛会になりそうな予感にうれしくなったせいか、昨日曜日、千歳烏山の“路上ビアガーデン”イベントに行ってきた。コロナ・ビールを飲んで夏気分を楽しもうと思ったが、あまりの暑さに30分も経たずに退散。なんとカラオケで涼むことになった。

脳出血以来、8年半で2度目。出なくなった声を絞り出そうという魂胆。喉のリハビリというわけだが、思っていたよりも声は出た。歌としては?ではあるが‥‥。これからは時々“一人カラオケ”でもしようか、と思っている次第。

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一方、佐助には災難が待っていた!雷だ!なんだかへらへら楽しそうにも見えるこの表情。実はビビリまくっているのです。この時は、最近、仕事の合間に父親の件で小田原通いをすることが多いKapparがいてくれてよかったが、これからの本格的な夕立の季節、どうなることやら‥‥。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”終了)

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章は、引き続き加筆修正作業を進行中。第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています。

新しい連載も開始するつもりです。今しばらく、お待ちください。

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どれがどれだか‥‥

部品はすべて同じなのに、一つひとつの部品に大きな形状の差もないのに、どうしてこんなに人の顔は違って見えるのだろう。そして、その美醜にこだわり、気にするのだろう。美醜の感覚や基準は10年で変わるのに。

最近、人の容姿に関して“劣化”という言葉がよく使われる。“劣化だと~~!!”と思う。“老化”ならまだわかるが、それにしたところで使いたくない言葉だ。“経年劣化?”。当たり前のことだ。変わらないとむしろ不気味というもの。熟成肉のように、味のある人は付き合う度に噛み締めたくなる。

「あんなジジイになりたい」と思う人が数人いる。もちろん、元気で若々しい、という単純な基準ではない。

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10年前、ブランド立ち上げの時作ったTシャツ。ギター小僧は、それぞれのギターのブランドを見分けられるはず。‥‥発案者の僕にはできないが‥‥。味のあるものは、ディテールにも持ち味が出る。もちろん、劣化などしない。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”終了)

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章は、引き続き加筆修正作業を進行中。第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています。

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プロの演技

中学生の頃、朝刊の片隅の小さな記事に驚いた。

“ローマで起きた事件。クリスマスイブも近い寒い朝、老婆が路上で行き倒れになっているのが発見された。浮浪者生活が長かったらしく、その身体はボロボロの古着で包まれていた。しかしなんと、その幾重にも重ねられた古着の下には、高価なアクセサリーとドレスがあった。その総額は1千万円以上になるとみられている。”というもの。当時(50年前)の1千万円である。

この御婆ちゃん、“物乞いのプロ”だったのだ。物乞いを始めたきっかけは知る由もないが、一旦プライドを捨て物乞いを始めてみるとむしろ心地よく、物乞いで得た金品の一部を最初は“何かあった時のために”と貯めこんでいたものが、やがて貯めることそれ自体が楽しくなっていったのだろう。

本当に物乞いをせざるを得ないほど困窮している状況ではなくなっても、きっと彼女が物乞いする姿は、傍目には“なんて哀れなんだ!”と映っていたに違いない。

女形の歌舞伎役者の所作の方が、本物の女性のそれよりも女らしく見えるように、自分で自分を仕立て上げ、それを演じている方が本物らしく見えるものだ。元々自己欺瞞的な悲しいストーリーも、自己憐憫の情に埋没している間に心地良くなり、やがて本物のストーリーかのように錯覚し、それは信念へと変わっていく。嘘も演技も繰り返していればどんどん本物らしくなっていくものなのだ。‥‥印象だけで見分けるのは難しい‥‥。

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佐助に、演技はない。演技があるように思うのは、そんな世界に生きている人間の一方的な深読みだ。この目は、「そろそろご飯かな?」と期待している目。他意は、ない!と、思う‥‥。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”終了)

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章は、引き続き加筆修正作業を進行中。第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています。

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‥‥●●が、止まらな~~い!

4日前の深夜から1日数度、同じメロディが頭の中で繰り返し鳴っている。それは、杏里のヒット曲“悲しみが止まらない”。浮かんでくるのは最初の部分だけ。“I cant stop the loneliness.こらえきれず、~~~~。I cant stop the loneliness.どうしてなの、~~~。”と繰り返されるのだが、僕がこらえきれず、どうしてなの?と思っているのは、お腹を下すこと。一日中続いているわけではないが、日に2~3度、やってくる。そのせいで、遂に昨晩は断酒の憂き目に会った。そこに、今朝散歩から帰ってきたKapparから、下痢が治らなかったワンちゃんの訃報。こりゃ、気にせず食った方がええわい、という気分になった。そろそろ杏里も頭の中から去っていくだろう。

それよりも厄介なのは、毎年恒例、この時季に拡大する麻痺痛。ざわざわと責められ、苛立つ。睡眠もうまくいかない。対処法もないに等しい。とにかく早く梅雨が明けて欲しい。‥‥という状態なので、むしろ“昭和少年漂流記第二章“の書き直しは進んでいる。何かに集中すれば、どこかが痛いなんて忘れるだろう、という魂胆が成功しているようだ。

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雨続き。高温多湿は、佐助の気力も奪うくらいだもの。僕にだって多少のことは起きるというものだ。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”終了)

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章は、引き続き加筆修正作業を進行中。第一章は既に加筆修正を終了し、出版されています。

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セカンド・エフォート

もう死語なのかもしれない。セカンド・エフォート‥‥Second Effortのことである。

最初に耳にしたのは中学生の時。卓球部の練習中だった。素振りやうさぎ跳びでへとへとになり、体育館の外周部で座り込んでいたら、厳しい先輩に言われた。

「うさぎ跳び、もう一周!セカンド・エフォートだ!」

なんとなく意味は理解できた。“もうダメだ、と思った時こそ、もう一度努力だ!”ということなんだろう、と思った。やむを得ず、体育館をうさぎ跳びでもう一周した。

結果は最悪だった。翌朝、しゃがむと立てない。歩くと腿が震える。午後になっても、階段の上り下りが苦しい。といった状態。その日の練習は、動きが取れなかった。精神論だ、と思った。無理は無駄につながる、と思った。後輩にはこんなことさせないぞ、と心に決めた。

しかし、長じて考えが変わった。“自分で限界を決めない!もうダメだ、と思った時も、もう一度やってみる。自分の限界を見極めるために”。Second Effortとはそういうことなんだ、と思うようになった。僕のようなズボラ体質の人間にこそ必要な、戒めの言葉だとわかってきたのだ。言葉を変えると、“もう一息、やってみようよ!”ということ。“もうちょっと粘ってみないか?”と言い換えることもできる。‥‥どれも僕にはなかなかできないことだが‥‥意識するようにしている。特に、病気になって以降は‥‥。

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佐助のSecond Effort。「おしまい!」と言われたオヤツを、「そこをなんとか!」と、待つだけだが、その体勢と視線に負けてしまう人は多い。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”終了)

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“SIDE BY SIDE”の平和

正面から動物と向き合うといいことはない。襲われる危険性があるからだ。犬の場合は、目線をすっと横に逸らせてあげると相手も安心する。それは、勝ち負けではない。勝ち負けになんかこだわってなんかいないよ、というシグナルに過ぎない。

「なに見てんねん!」。学生の頃、時には市電の駅で、時には銭湯で、時には交差点で、コワイお兄さんに何度かすごまれた。それがきっかけで仲良くなったこともあるが、そんなことは稀。ほとんどの場合、「いえ!別に。申し訳ありません」と謝罪して事なきを得た。若干屈辱的だが、人の顔を見てしまう癖があるのも確か。深い意図はないにしても、興味がある

から目が行く。その視線は愉快なものではない。不快感の元を発していたのだから謝ることになるのは致し方ないというものだ。

動物の世界では(人間界でも同じだが‥‥)、そこには命の危険が宿っていることがある。だから、正面から見つめあうということは、「なんだ?」「なにが?」と探り合うことになり、はっきりと相手の意図がわからないまま「やんのか?!」「そっちこそ!やんのかよ!」と、自らの危険回避のために威嚇することになる。威嚇の多くが自己防衛意識から生まれる所以だ。威嚇しあう前に目線を逸らすことが大切な理由でもある。

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朝の公園に集まった12頭のワンちゃん。誰がおやつを持っているのかをよく知っているから、みんなの目線は集中している。お互いが向き合うこともない。平和だ。そして、こんな平和を積み重ねているうちに、ワンちゃん同士も知り合いになっていく。それぞれの個性をなんとなく理解しながら。得手不得手もわかりつつ‥‥。

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過去への遡上‥‥三江線の旅⑥

小学校1年生の時の三江北線の終点は、浜原だった。しかし、三江線が全線開通している現在、浜原も沢谷も三次までの通過駅に過ぎない。無人駅で乗降客数は極めて少なく、上下線とも一日4本しかない。行ってみたとして、一旦下車したら、上りの列車を相当待ってから帰ってこなくてはならない。それが、今回の旅の一番の難点だった。ところが、広島在住の高校の同級生が、「墓参りに帰るタイミングを合わせて送ってあげるよ」と申し出てくれて、この難点は一気に解決。粕淵駅で、広島からやってくる彼女のクルマを待つことになっていた。すっかりきれいになった駅前のベンチでしばらく休憩し、僕は記憶に頼り、粕淵の町の方へと歩いてみることにした。

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*単線、一両の三江線。かつては機関車で、数量編成だった。

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*粕淵駅前の山は切り開かれ、道路もでき、アパートか公営住宅か、一群の住宅が目の前にあった。

おそらく山陽と山陰を結ぶ街道があったと思われる、江の川の支流沿いの小じんまりとした町粕淵に小学校4年生の春引っ越した時、田舎から町へ戻ってきたような感覚を僕は抱いた。僕が生まれ育った浜田市も決して大きな町ではなかったが、人口約5万人の漁港の町。水産加工業も盛んで、活気があった。中国山地山あいの町とは、賑わいにおいて比ぶべきもない。

しかし、山肌が眼前に迫る駅前に降り立ち左に目を転じた時、坂の上の方に見えたわずかな家並みは、それが瓦葺だということと数軒とはいえ軒を連ねているということだけで、それまで二年間を過ごした沢谷よりも、はるかに町という名にふさわしかった。

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坂を上がると、遠くに学校らしき建物が見えた。今は左右に拡がっているのかもしれないが、50数年前、町はほとんどこの通りだけだった。道路は舗装され、遠くに二つ並んでいるはずの小学校と中学校も新しくなっているが、町の風情には微かに当時の面影がある。横断歩道の先に見える引き戸の奥では、かつてアイスキャンデーが売られていたような気がする。その先には駄菓子屋があったはずだ。

ガソリンスタンドの場所はかつては空き地で、その先を右に曲がり、小川沿いに少しだけ歩き小さな橋を渡ると、教員用住宅が二軒並んでいたはず。2DKの戸建ては、親子3人にとって充分すぎるほどの広さで、濡れ縁と小さな庭が豊かな気持ちにしてくれていたことを思い出す。小さな電気屋さんと、学校の前にあった本屋さんを覗くのも楽しかった。

杖に頼らずゆっくりと、学校を目指す。当時のままに見える駄菓子屋さんの店先に出てきて、そのまま中のおばあさんと話しているおじいさんに会釈をして通り過ぎる。親父の教え子かもしれないなあ、と思う。小学校4年生は、はるか遠い昔だ。

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ボランティアさんに保護されていた頃の佐助。自覚せざる心の奥には何があったのだろう。

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この冬の佐助。その顔付き、眼差しには保護されていた頃の面影があるような気がする。昔も今も変わらない心の揺れや向かう先が、佐助にも僕にもきっとあるのだろう。

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