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蓋然的思考

「竹林だった場所は地面がしっかりしているんだぞ」と近所のおじさんが教えてくれた。小学校の頃のことだ。「どうして?」と訊いたら、「竹はびっしり根を張ってるからな」という答だった。なるほど!と思った。以来、ずっとそうだと思い込んでいた。

竹の張る根は浅く、まさに根こそぎ崩れ去る危険性があると知ったのは、随分と後、20代中盤を過ぎてからだった。しかし一方で、思考や洞察は、竹林が育っていくような過程を踏むものなんだなあと気付かされた。あちらで顔を出す竹の子とこちらですくすくと伸びている竹の子が、地面の下でつながっていることがわかり、それはさらに向こうに新しい竹の子が生まれてくる可能性をも示唆するものだと気付くこと。それが思考するということであり、洞察するということだと思った。近所のおじさんが言いたかったことも、本当はそんなことだったのかもしれない、と思った。目の前の竹の子だけに囚われてはいけないぞ、という警鐘だったのかもしれない。

事実(ほとんどは、事実“らしき”ものに過ぎないが‥‥)を掻き集め、並べてシミュレーションを繰り返すよりも、事実の根元でつながっているものの何たるかを知ることの方が、はるかに現実認識と未来予測に肉薄できる。そして、それこそがマーケティングというものの本質であろう。‥‥と、悟った。それからは、蓋然的思考がもたらした結果を、臆面もなく人前に提示できるようになった。

蓋然的思考‥‥憶測よりもはるかに確かな、確率の高い結果を導き出せる思考、とでも言えばいいのだろうか‥‥。早い話が、直感的アプローチだ。“勘”で得たものを言葉化していく作業と言ってもいいかもしれない(道具は言葉でなくてもいいが‥‥)。

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佐助は、目と仕草で“勘で得たこと”を表す。理屈もシミュレーションもいらない。ほぼ確実な結論を“勘”で得ている。そして、それが間違いだったとしても悔やまず、自分が得ていた結論に拘泥もしない。次のチャンスを待つ。‥‥こうありたかったなあ、と僕は、その姿を見て悔やむのである。

これからの10年、もっと“勘”を大切にしよう!!

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”終了)

*“昭和少年漂流記”に関して

*第二章~第五章は、引き続き加筆修正作業を進行中。第一章は既に加筆修正を終了し、来年3月中旬頃の出版を目指して準備中です。

新しい連載も開始するつもりです。今しばらく、お待ちください。

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