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バンドル販売とメメント・モリ

変わらぬ人気のセール手法の一つに、“詰め放題”がある。所定の袋に一定の金額で、詰められるだけ詰めていいですよ、というやつだ。歳末セールの福引景品で、小銭の“掴み放題”というのが流行ったこともあった。

かつてほど一つの商品で大きな売上が期待できない現在、多く見かけるようになったのが“バンドル商品”。○個入り、という複数個セット販売だ。これも、かつては人気ゲームソフトに不人気ソフトをセットにした“抱き合わせ販売”などがあったが、今や核となる人気商品不在のため、抱き合わせで“お得”を訴求するしかなくなってきている。

そんな中で異彩を放っている“バンドル販売”がAKB48だ。同じ商品のセット販売のように見えてそうではなく、異質な商品の抱き合わせのように見えてそうでもない。商品が少女だからこそできる技だが、どこかカードコレクションに似てなくもない。

商売としては見事だと思うが、射幸心の煽り方は尋常ではなく、あくどい。いいのかなあ……、こんなことしてて……。いつか突然やってくる“死”を連想してしまうのは、老いた証拠かもしれないが……。

 

メメント・モリの概念さえないペットたちは、意識してない分だけ、死の迎え方が自然でありのままだ。生も死も周りの者にとっての重大事にしか過ぎないんだよ、と教えてくれる。

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2年前の秋、覚悟して病院から連れ帰ったチビ。動けなくなっていても、手を顎の下に入れると、気持ちよさそうに目を閉じ、顎を伸ばした。翌日静かに旅立ったが、僕の掌にはいい思い出を残してくれた。……というようなことを思い出す今日一日。理由はわかっているのだが……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:次回更新は未定)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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ウェアラブル端末

NTTドコモが誕生する2~3年前だったと思う。ある調査レポートの依頼を受けた。それは、“札幌地下街でのPHP(Personal Handy Phone)テストユースと、それに伴う利用実態に関するレポート”といったものだった。当時、郵政省は、携帯電話社会への発展は段階的(段階論が、あらゆる分野で技術やノウハウの発展を阻害してきた歴史が日本にはある……)と考えており、コードレスホンの普及→PHP(当時、こう呼ばれていたのはホームテレホンの子機の高度なもの、だった)の普及→自動車電話の普及→携帯電話の普及、といった順に携帯電話社会になっていくと考えていた。

疑問に思いつつも調査・分析を進めていくと、生活者はローエンドのものから順に手にするとは限らず、ハイエンドのものをいきなり手に取りたがる傾向が強い、ということがはっきりとした(もちろん、年齢、ライフスタイル等によって大きな差はあるが…)。要するに、ハイエンドのものはローエンドのものを一旦は駆逐してしまう、とはっきりわかってきたのだ(ローエンドのものも、やがて一部は見直され復権することはあるが…)。

想定した段階などすっ飛ばして、すぐに携帯電話社会へと移行するだろう、と結論付けたが、あまり受け入れてもらえなかった。

ところが、驚いたことに、NTTドコモが誕生し、弁当箱のような携帯電話が発売されて間もないある日、NTT社内で「オモチャのようなもんだけど」と見せられたのが、腕時計型携帯電話だった。電子技術の世界では通話、ネット、ゲームの機能の小型化は既に実現されていたのだ。約20年前のことである。

意外と技術的な進化に戸惑っていたのは、電池。電池の小型化、軽量化に随分と時間を要した。ウォークマンの開発の時、ミニジャックの開発に時間を必要としたことに似ているかもしれない。

ウェアラブル端末が続々と発売される。“新しいモノ好き”をターゲットにするだけで、全世界で1億台は軽く売れることだろう。しかし、使用価値はどうなのだろう……。コスパはどうなのだろう……。自分では購入せず、しばらくの間様子でも見てようかな?

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様子見どころではなかったのが、ヒョウが降った日の佐助。うろうろした挙句、クレートの中に入って外を横目で見たり、

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膝の上にしばらくいて、やっと降りてくれたかと思うと、きちんとお座りして耳だけピクピク。目の前に差し出したオヤツにさえ気づかない有様だった。……音が止んだらケロリと忘れ、“遊ぼうぜ~~”とオモチャ持ってきたけど……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:次回更新は未定)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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常識という偏見、常套句の罠……

ひねくれ者だからだろうか、常識や常套句というものがどうも気に入らない。もちろん、すべてではなく、いつでもというわけではないが……。「こうしておけばいいんでしょ?」「こう思っておけばいいんだよね!」「こう言えば問題ないのかな?」「こんなこと期待してたんでしょ?」といった匂いぷんぷんの台詞がまかり通り過ぎている。

“夢”と“元気”は不当に多用され、“本当に”は軽々しく扱われ、“かな”が接尾語としてやたら顔を出し、句点できちんと終わることが少ないまま、“とか”“みたいな”で、主旨さえ曖昧模糊とした靄の中へ……。といった話し方が定着してきているのは、それぞれが保有している常識に十全たる自信を持ちえない状況が長く続いているせいだろうか。常識は疑うべきものではあるが……。

スポーツ中継で多用される“運命の”という言葉を苦々しく思いつつ、ワールドカップは“飛ばし飛ばし”観てしまった。

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佐助は、こちらをずっと見ていて、ついには寝てしまい、Kapparは、2度「どうよ?」「やっぱダメか~~」と覗きに来ただけだった。

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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先達はあらまほしきものなり……

多くの人から少しずつ、いろいろなことを学んできた。

学生の時、肉体労働のバイトが好きで、夏場に工事現場で穴掘りをした。その時のこと。汗だくで金色の大薬缶から水を飲もうとすると、先輩に叱られた。「兄ちゃん、何しとんねん!今飲んだらあかんがな!」。仕方なく、次第に出なくなる生唾を飲み込みながら、夕方5時まで頑張った。終わると、僕を叱ったおっちゃんがにこにこやってきた。「ほな、行くか?」。

連れて行かれた先は、屋台。「これや、これや、これやでえ。せやから、水飲んだらあかんねん」。そう言うやいなや、コップ酒を一杯、一気にあおる。「か~~~~!五臓六腑に沁み渡る、言うんはこのことやで~~」と、ご満悦だ。

僕も真似をした。効いた!くらくらした。それをおっちゃん、楽しそうに見ていて、「な!安上がりやろう?水は我慢した方がええ、ちゅうんはこのことや」と言った。酒の飲み方の一つを教えてもらった一瞬だった。

事務所を持って間もないある朝、深酒のせいで気持ち悪く、布団代わりの段ボールから起き出して、吐いた。印刷屋さんがそこにやって来た。「大丈夫ですか~~?」と笑う。「いやあ、反省してます」と応えると、真顔になった。「お酒の失敗は、あるもんです。反省するくらいなら止めた方がいいですよ。反省なんかしなくていいんです。飲む相手だけ選べばいいんですよ」。救われた。よし、と思った。いいことを教えてもらったと思った。それから、酒の失敗は多くなったが……。

それも、これも、良き先達だったと、今は思っている。なんだかなあ、でもあるが……。

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昨日は、小田原にお出かけだったKappar。朝の玄関まで着いて行った佐助。なんと、午後2時までそのまま。玄関先から動かなかった。誰に教わったわけでもないのに、Kapparの帰りを待つことにしていたのかな?……いや、きっと、心地よかっただけなのだろう……

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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成功には人が群がり、失敗からは人が掻き消える。

「ああ、あれね!あれ、俺がやったんだよ」と言う人を、僕は信用しない。「ああ、あれね。少しは関わらせてもらったよ」と言う人を、僕は信用する。まあ、冗談で大口をたたくのは構わないが……。

自分がどの部分にいかに関わったかを意識できている人は、他人が関わり成し遂げてくれた部分も忘れない……ことが多く、評価と感謝がきちんとできている……ことが多い…。

「全部、俺がやった!」と言う人、あるいは言わんばかりの人は、実務やチームワークに必要のない部分の意識が無駄に肥大している……と思っていいはずだ……。いずれにしろ、僕にとっては付き合いたくないタイプの人ではある。

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こちらは、下半身が無駄に肥大した疑いのある男、佐助。ここ半年近く、体重は13.5㎏で安定しているが、得意の〝ヒラメ“状態の体勢を下方から見ると、〝ん?”と言いたくなる。〝小デブ“と呼ぶ人もいるし……。食べ物の総グラム数は、かなり厳しく管理しているつもりなんだけどなあ~~。

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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求めよ!さらば、………?

求めれば与えられる、と思ったことはほとんどない。小さい頃は、求めるとほとんど怒られた。一方、待っていると突然与えられることも、たまにあった。だから、その時の驚きを伴った喜びの方がいいなあ、と思うようになった。

そのうち、欲もこじんまりとしてきた。モノよりもコトの方に目が行くようにもなった。やがて、欲の質と量が、変化した。そしてそれは、いまでも微妙に変化し続けている。求める気力は確実に減退しているが……。

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“求めても無駄”と思ったことなどない佐助は、求めて満たされないことにも挫けない。嫌になったりなどもしない。だから、賑やかだ。「あれ?僕には~~?」「それ、チョーダ~~イ!」「遊んでよ~~~!」……すべてが、ワンワンだからな~。

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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何かの報い?

「俺に任せろ!」「じゃ、俺がやる!」などと意気込み、挙句に後悔したことは数多い。事の成否に関わらず、引き受けてしまった覚悟や、やり遂げるための汗水が評価されることは稀で、感謝されることなど、まずない。

しかし、大見得を切らず、苛立ちもせず、黙って静かに引き受けた結果は、うまくいけば感謝され、失敗しても労われる。結果より、それに至るまでの言動を、人は見ているものなのだろうか……。手伝おうともしない人でさえ……。

2週間ばかり以前から、右肩が痛い。健常な方の肩である。肩の痛さに負けて目立たないが、腕も痛い。所作によっては激痛が走る。

「え~~!?それも俺?!そんなことも俺?!」と、何でも引き受けざるを得ない日常に、時々ささやかなストライキを起こすことはあったが、今回はゼネスト並み。柔軟な対応をしなければ、活動をストップされかねない。

なんとか騙しだまし、パソコン作業とダイソンの使用までは活用できたが、そろそろ長期休暇を欲しがっている風情だ。酷使は必ず報いを受けるものだが、代りがいない。頑張ってもらいたいものだ。

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自分で何も背負う気のない佐助。小さな雷鳴に警戒を始め、大きく轟くと脱兎のごとく地下室へ。仕事中のKapparのデスクの下に、長時間ご滞在だった。僕はいつも無視?

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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習い、慣れる、から習慣?

「自分でしなさい」「自分で手に入れなさい」と言われ続けてきた子供は、自分でできることの限界を目の前にして初めて、習うことを覚え、自分で手に入れることができる物事の限度を思い知って初めて、慣れることを覚える……ものなのかもしれない。そうして、新しい習慣が身に着いていく……のかもしれない。

心はそうして少しずつ変化を遂げ、時には激し、時には穏やかになっていく……ものなのだろう。

そんなことを考える今日この頃だが、雨にはどうしても慣れることなんてできない。だって、肩や肘が痛くなるからね~~。

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朝食のヨーグルト。最後の一匙を口に入れ、振り向くと佐助のこの顔!「そのスプーン、舐めるのは僕の役割でしょ!?ね!?」とお座りしている。メリットのあることは、すぐ習慣化~~!!

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一日一善、一膳、一○○

4月末、墓参帰省をした時に気付いた。64歳という年齢やそれにまつわる数字に隠されているかもしれない、僕の運命の符号に。

お袋が子宮癌で死んだのが、64歳の秋。2年後、親父は再々婚したが、その時の年齢が64歳。さらに8年後、再々婚相手がお袋と同じ子宮癌で死ぬことになるが、その時なんと64歳。そして僕は、脳出血を発症して丸8年で、64歳を終え、65歳になる。

思いの外、足の調子がよく、活動的だった墓参帰省の3泊4日の最後の日。そんな符号に気付き、酒を飲みながら考えた。「活動的でいられる間に、何かせねばならない。それは、なんだ?何か気になっていることはないか?」と。

そして浮かんできたことが、二つ。一つは、“昭和少年漂流記”を、納得のいくものに仕上げること。そしてもう一つが、生まれて高校を卒業するまでに過ごした9か所を訪ね歩くこと。その二つのことで、経験に流され続けていく日々を、過去を辿って見つめ直すことができるかもしれない……。

そんなことをKapparに話し、さあ!と一つ目から始めた。一方で2キロは多い体重を減らすことにも取り組むことにした。なんとか60㎏以下をキープし、9か所を訪ね歩く肉体的環境の整備もしておこう、というわけだ。

ところが、これが容易ではない。“昭和少年漂流記”をもう一度読み始めると、気に食わない部分に次々と出会う。手直しも簡単ではない。コピーライティングでは、そんなに悩むこともなかったというのに……。しかしまあ根気よく続けよう、と日々パソコンに向かっている。

暮らしが楽しいものであり続けるように、一善。体重をコントロールするために、一膳。そして、ワード一枚か一段落かを書き改める……。そんな日々が1カ月続いている。

早過ぎる暑さの次にやって来る梅雨の湿気に挫けないようにしなくちゃ……。

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夏日がなんだ!真夏日がどうした!ビタミンDの生産にはもってこいじゃないか!とばかりの佐助の、力みのない気合でも学ばなくちゃ!

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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