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その名は、オフィス・フライデイ ①

土曜日、“昔やっていた会社の同窓会”で懐かしい顔に会ってきた。懐かしかった。かなり、飲んだ。カメラマンのS氏が徒歩2分の所だとわかり、一緒に帰った。ついでに、自宅で続きを楽しんだ。

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日曜に疲れが取れ、何人かから「会社はいつ?どういうきっかけで作ったんですか?」との質問を受け、きちんと答えていなかったことを思い出した。

そのフォローとして、書く。……3回くらい?かな……

28歳の春、VANが倒産した。広報を任された。笑ってしまうような取材を受けながら、しばらく動かないことに決めた。次いで、管財人室に入れられた。再生は不可能だと思った。

一段落して、辞めた。アメフットチームのヘッドコーチをしていた先輩に請われ、テレプランニング・インターナショナルという会社に、1年の約束で入った。アメリカ駐在1人を含め、男性社員は4人しかいなかった。ミラージュボール、7か国陸上、エメロンカップ等の仕事に追われ、ほとんど会社に寝泊まりした。3か月後、一区切りしたので辞めた。

今度こそ、ただただ人に会って過ごそうと決めた。なけなしの貯金70万円を、すべて飲み代と交通費に使った。不義理していた人たちと酒を酌み交わしている間に、商社と契約することになった。29歳になろうとしていた時だった。「食べていくくらいはなんとかなるかも…」と、チョコチョコと頼まれる、コピー、企画、レポート作成等々の仕事をした。

秋に、VANの先輩から呼び出された。「事務所くらい持て。金なら貸してやる」と言われた。1ルームの事務所を持った。麻雀仲間のカメラマンT氏が「一緒に使わせて」と言うので、OKした。ステレオと電話のみ、机も椅子もなし、という状態で、渋谷に事務所はオープンした。

件の先輩が訪れてくれた。抱負を訊かれ思っていたことを話すと、「そんなキレイごとでは、事務所は維持できないぞ」と言われた。「できるだけキレイごとで生きていたい」と抗い、“お金は早く返そう”と決意した。半年後、利子を付けて返済した。そして、考えた。「俺には経営はできない。誰かに任せるか、誰かと組むべきだ」と。しかし、毎日のように遊びに来ていて、いつの間にか“アシスタント”を名乗るようになっていたI君ではない。

そこで、東京に来てから、すなわちVANに入社して以来の、知り合いを思い浮かべた。できればVANの同期がいいと思った。そこで目を付けたのが、Kだった。ゲームセンター運営会社の人事にいた彼を呼び出し、口説いた。3~4回話し、やっとOKをもらった。

お金のことはすべて彼に任せ、働いた。楽しい仕事ばかりだった。広告代理店と付き合う気はなかった。

やがて、骨董通りに事務所を移転した。会社登記をすることになった。社名は“株式会社オフィス・フライデイ”。時は、“花金”の時代。“Everyday,We think it friday”と入れた挨拶状を送った。そうして、毎日を“花金”のような気分で過ごしたい、と“株式会社オフィス・フライデイ”はスタートした。30歳、34年前の春だった。

*明後日金曜日に、田舎(島根県益田市)に墓参帰省する。3泊の予定で、同級生や従兄弟と酒を飲んでくる。楽しみだ。……という訳で、次回は4月22日。

ナミヘイ!よろしくね。

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暖かくなってきて、朝の散歩の帰りを裏の公園で待つ日が多くなりそうだ。今朝は、公園に入ると、佐助が遠くから一目散に駆け寄ってきた。かわいかった。そして、うれしかった。佐助大好きのジンジャーちゃんもやってきて、足元で楽しそうだった。

昭和少年漂流 第五章“パワーストーン”次回は4月23日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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ドコモの定額制……

NTTのお役所体質は、仕事を通じてたっぷり味わわせていただいた。その基本は“事なかれ主義”。予測される問題には動かず、問題が露呈してきてから動き始めるというもの。しかも、顔を立てなくていけない人物が多いので動きはのろい。

それなのに、今まで率先して取り組むことのなかった値下げ競争に踏み切ったのだから、相当な危機感なのだろう(持って当たり前だが……)。しかしそれでも、そう思い切った料金体系ではないように思えてならない。きっとすぐに追い抜かれるだろう。ここは、数なくとも秋以降まで待つべきだと思われる。スマホ利用が7000円/月・人、なんてまだまだ高い、と思うのは僕だけだろうか……。Wifiの普及も東京オリンピックを目指して急激に進むはずだしなあ。

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ところで、佐助の飲み込んだ(?)“串”。残り半分の一部が“竹屑”となって、本日排泄物の中から発見された!きっと、あと少しだ!のんびり寝ていられるのだから、心配する必要もないだろう……。それにしても、佐助の内臓はエライ!

かく言う僕は、水曜の夜、魚の骨を喉に引っ掛け、大変な思いをした。中学以来の大骨だった!う~~~~~~!

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”本日更新!次回は4月14日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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郷に入らば,郷に従え……

When in ROME、do as the Romans do.という諺を知った時、違和感を覚えた記憶がある。随分上から目線だなあ、と思ったのだ。もしローマ人が権力者サイドでなかったら、どうなったのだろう、という気がしたのだ。アフリカに行ったヨーロッパ人がアフリカ人のようにふるまっただろうか、などと余分なことまで考えてしまった。

ふるまいや言葉は文化と密接なつながりがあるもの。強要されてはたまったものではない。礼儀レベルで実践するのは必要なことだと思うが、上下感覚や差別意識とつながっているのは困る。

いつでもどこでも起こりがちな“言葉狩り”にも同根の匂いがすることがある。意味にまで踏み込むこともなく、言葉にだけ反応し、正誤や価値の有無を云々するのは、児戯に似て嘆かわしい。好悪で価値観は問いたくないものだ。

などと思っているのだが、本当は意味が違うと思っているテンションという言葉やモチベーションという言葉を、周囲に合わせた用法で使ってしまい、後で悲しくなってしまうことは、よくある。

Titosekarasuyama

そう言えば、佐助がやってきた頃、あまりのハイパーぶりに、日本語は通じないだろうからと、「ワン!ワン!」とやってみたことがある。すると、「ワンワンワン!ワンワンワン!」と倍返し以上の犬語が返ってきた。こちらも犬語を知らないことを実感させられ、犬語は諦めた。そして、自分の言葉で時間をかけた方がいいと思ったのだった。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”本日更新!次回は明後日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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串はク●と共に……

いやはや驚いた。“江戸の仇を長崎で討つ”ではあるまいに、土曜日に佐助が盗み食いした焼き鳥。所在が不明だった串が、今朝になって佐助のウ●チから発見された!半分だが……。明け方、地下から激しく聞こえた鳴き声は、佐助の“産みの苦しみ”(?)だったらしい。 *地下室に敷いてあるトイレシートで、排泄する習慣になっている。

それにしても、野生の内臓だ~~。串がお腹の中を通り抜けて出てくるとは!一瞬にして半分に食いちぎり、鶏肉ごと飲み込んだスピードもさることながら、二日後に串だけ排出してみせる内臓の力強さには、笑うほど驚かされた。……ただ、残り半分はまだ体内に留まっていると思われるが……。串のせいで手術にまで至った例もたくさんあるようだし、あの忠犬ハチ公も、死後の解剖の結果、何本かの串が胃の中に発見されたと聞く。まだまだ油断はできない……。

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叱られた直後、神妙に伏せしていた時、既に串は胃の中に……。どこも傷つかなかったのだろうか……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”本日更新できず!次回は明日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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大賑わいの芦花公園

明日が花見の最後のチャンス、と誰しもが思っていたはずの週末。天気予報を見て驚いた。今夜半に、雪だるまマークが付いているではないか。寒の戻りだ!「よし!じゃ、今日は花見でもするか」と朝食後に急遽決定。午後一番に出発することにした。出発時の雨は晴れ男が撃退し、僕はバス、Kapparと佐助は徒歩で、向かうは芦花公園。

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すっかり晴れ渡った久しぶりの芦花公園で、まずは記念撮影。ドッグランを横目に奥へと進んだ。

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と、突然の人混み。屋台が並び、フリマの列も。ワン友にも遭遇。「こりゃ、花よりビールだ!焼き鳥だ!」と、チューリップ畑の前に偶然できたベンチの空席に陣取った。

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しかし、そこに油断が生まれた。ベンチの隙間から佐助が焼き鳥を一本盗み食い!「こら!だめ!出しなさい!」とKapparが口に指を突っ込むと、出したくなくて指をガブリ(軽くだが…)。しかも、串が見当たらない。ま、ま、まさか、飲んだ?

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帰りは徒歩。そこかしこにある桜の古木を眺めつつ、裏道をそぞろ歩きして帰ってきた。腰は限界だが、膝はロング歩行にも悲鳴一つ上げていない。……いい3時間だった。が!行方知れずの焼き鳥の串は……?熟睡中の佐助を時々観察している午後6時である。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”昨日更新!次回は4月7日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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おや?調子いいぞ!

春が寒気団のモグラ叩きにあっている。その間隙を縫って、花冷え、桜の雨と続く直前、佐助の動物病院行き(狂犬病予防注射等々)に同行した。往復40分強なのに、なんと!膝が痛くも痒くもない。しめしめと、昨日は傘を片手に経堂へ。“いしはら療術院”の施術を受けてきた。帰りは雨が強くなったので、やむをえずタクシーにしたが、折角だから買い物も済ませて乗った。膝は相変わらず問題なし。

1日おきに散歩しようと決めた後押しと、来週の“同窓会”(僕がやっていた会社の)&再来週の“墓参帰省”の応援でもしてくれているのかなあ、僕の膝。

と思っていたら、今夜の気温低下予想。旧友と会い、淡々と生きることの大切さをまた考えさせられた僕への“おめおめ油断めさるなよ”という天の声ようでもある。

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診察中ずっと静かでおとなしく「本当にいい子ですねえ」と褒められた佐助も、調子に乗ることが少なくなってきているし……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”本日更新!次回は4月7日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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