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春近し!街には香りが溢れて……

BGM鳴りっぱなしの一日だった。どうも寒さは音楽を遠ざけてしまうらしく、コタツやエアコンのお世話になっていると音楽を聞こうという気になれない。

今日は窓も開けた。音楽も鳴りっぱなしだった。気持ちよかった。心地よい陽射しにはメロディが、強い陽射しにはリズムが、冷たい空気には静寂が似合うようにできているのかもしれない。

空気にメロディが沁みる季節になると、香りもそこかしこに漂い始める。

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散歩から帰ってぐったりの佐助。歩くことよりも様々な情報ぎっしりの香りを嗅ぎ続けたことに疲れたらしい。

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鼻に疲れの痕跡は見当たらないが……。

さて、僕は明日、久しぶりのリハビリ通院。何に疲れて帰って来ることになるのだろうか……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回、2月28日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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見る側の心

それぞれの世界にはそれぞれの心が反映している。何も思わず、何も喜ばず、何も悲しまず、ただ淡々と生きている人を不幸だと思うのも幸福だと思うのも、それを見ている人の心が感じることに過ぎない。ご本人が幸せか否かは、誰にもわからない。不幸だと思っている人が、不幸にまみれてしまわないよう、「幸せだなあ」と口にしてみることだってある。幸せのレシピと味わいは、人によって全く異なるものなのだ。

Kapparのお母さんが入居しているグループホームにお父さんも入居することが決まった。お父さんは年が明けてから、ほとんど入院していて、意識があやふやなことが多くなっている。が、リハビリの効果あって多少は歩けるようになったらしい。一方お母さんは、「久しぶりにお父さんに会える。また、面倒を見てあげられる」とウキウキしていたらしい。

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金曜夜、Kapparは夜なべして、お父さんの衣類の寸法調整をしていた。そして目出度く、翌日土曜日に引っ越し無事完了。足の骨折が完治したら、訪ねてみるつもりだ。

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Kapparの夜なべの間、僕の膝に顎を乗せてテレビを見るふり(?)をする佐助。つまんないのか、うれしいのか、はっきりとはわからないが、僕が動くと嫌がったので、心地よかったのだろう。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は、2月26日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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EPSON、もう買わないぞ!!

パソコンを使い始めて、僕もKapparも25年以上になる。最初はMacのClassicだった。それから新品、中古、友人が経営するオリジナルパソコンの店のオリジナル等々、10台近くを使ってきた。不具合が起きたことも2~3度あった。

昨年11月、Kapparが使用中のパソコン(Dellの中古をクリーンアップしたもの)が悲鳴を上げ始めた。なにしろ、一日約10時間労働を続けること5年。さすがの強者にも疲労が見えてくる頃だ。

そこで、次は国産の新人にしようと、EPSONにした。Office、Norton、Photoshop Essentialをインストール。順調に働き始めた。ところが、プリンターとつながらない!ということで、ジタバタすること約1週間。3年の保守契約をしていたので、指示通り返送し、直った(はず!!)のものが昨日届いた。

しかし、開いてビックリ!まっさらなハードディスクに入れ替わっていた。これじゃ、まるで使えない!ただの箱だ!と、問い合わせをした。すると、再インストールしてください。出荷時には何も問題なく、ハードの問題ではありませんから。の一点張り!

保守・修理でソフトを完全にアンインストールされた経験はなく、パソコンなしで仕事が滞っていたので、頭にきた。電話で説明したり、怒ったりもしたのだが、「多大なご迷惑を……」と言いつつ、「責任はそちらに……。ソフトの問題じゃないかと……」とおっしゃる。

言った言わないの話にまでなって、それに関しては「記録が残ってますから」と強弁。困ると「ちょっと上司に相談を」と待たせる。きっと、電話をちょっと離しているだけだと思いつつ、これからどうするかと考えたりしていた。そして結局、木で鼻をくくったような対応に、苛立ちと使えないパソコンだけが残った次第。

EPSON DIRECTが、メーカー直販だからだろうか、小売店の対応にはほど遠く、メーカーとしての開き直りが目に余った。

さて、一からやり直しだ!EPSON製品は二度と買わないぞ!!みなさんもお気をつけあれ!!EPSON、どうかと思いますぞ!

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憤慨はすぐに冷めるが、怒気は残る。佐助は膝に乗り、様子を窺ってくる。でも、眠気には負けるのだった~~。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:そんなこんなで本日更新できず!次回は、2月21日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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リハビリの新たな道!?

やっと電話した。高校時代の同級生の女性が運営する“○○?研究所”。リハビリに関連することを営んでいる、と他の同級生から聞いていたのだ。年明けに電話してみようと思いつつ、何しろ、4?年ぶり。なかなか電話に手が伸びず(意外にも?照れ臭いのだ……)、先延ばしにすること1か月半。やっと昨日電話した。留守電だった。しかし、また先延ばしにしてはならじと、今日再度電話してみた。

案ずるよりは産むが易し、だ。気軽にお話しできた。そして、訪ねてみることにした。話して、前向きで誠実な人だとわかった(高校時代の記憶は戻ってこないが……)。先入観も過度な期待も不必要な疑念も持たず、行ってみようと思う。

新しい道は、こんなことから見えてくるものなのかもしれないのだ。

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お父さんのグループホーム入居(お母さんと同じホーム……よかった~~、ラッキー~~)の件で小田原にKapparが行き、つまんなくて傍を離れない佐助。身体のケアをしてるかと思ったら、僕が食べたクッキーの欠片を見つけただけだった。片付け上手だねえ。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は、2月19日)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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揺れる医療制度…僕も揺れる……

急性期用病棟を減らすことが決まりそうだ。リハビリ、介護、保険制度と医療費、病院経営などを巡り、それぞれが絡み合った問題は容易には解決しそうにないまま、在宅介護を増やすということだけは動かずに、揺れ続けている。

そんな中、僕の足のギプスは正式に外れた。レントゲンの骨折箇所も痕跡が微かに残っているだけ。めでたいのだが、リハビリ通院先をどこにするかに関しては、医療制度同様、まだまだ揺れている。

通院リハビリは、健康保険で。ただし、期間的には限度が。それを超えると、介護保険の領域となる通所リハビリに。……ということはわかっているが、そのメリット・デメリットを計りかねているのである。ああ、ああ、どうしよう~~。

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「さあ、どうするのかな?」と、佐助の目線も泳いでおります。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日久しぶりに更新!次回17日予定)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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自力歩行再開!

 

骨折部分の回復がどの程度かは定かではないが、一昨日来、数歩の歩行に支障はなくなっている。足の裏全体を着地させると感じていた痛みもほとんどない。図に乗りやすく、煽てられると木に登るタイプの僕は、「もう大丈夫だよ~~ん」と言っては、Kapparに注意されている。

 

今日は、診察と処方箋発行・常備薬購入を目的に、成城リハビリテーションクリニックにタクシーで行ってきた。同行してくれたKapparは、診察等々の間に、小田急OXに買い物に。病院内、薬局までの約50mの往復を注意をしつつ歩いた。大丈夫!!ちょっと痛みはあったが……。

 

できること、できていたこと、家事の役割だと決めていたこと(些細なことだが…)を早く再開したい。その第一歩となる、自力歩行の再開だ。できないからしてもらっていたことに慣れてしまうのは、よくないこと。やさしさや気遣いに甘え、それが権利意識になっていくような人間にはなりたくないし……。

 

明日のレントゲン&診察も好結果だろう。

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大雪の土曜日。久々の半休でたっぷり睡眠のKapparに付き合わされる佐助。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:次回更新は、明日2月13日に延期)
60sFACTORY
プロデューサーKakky(柿本)

 

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艱難汝を玉にす!

室内を杖を突いて歩けるようになった。踵に体重を掛け、足首もできるだけ固定したままであれば、の話だから、時々痛みが走ることもある。だが、ADLの回復の基本は歩行にあり、ということを実感している。

ところが、一難去ってまた一難……いや、二難。キーボードを打つ右手中指が痛い!かつては、右手5本左手2本の指を使っていたが、左手が使用不能になって以来、基本は右中指、シフトキーを使う時だけ親指と小指が参加する、というスタイルで定着していた。しかし、久しぶりにあれこれ書いたせいか、休息明けの中指には過酷だったらしく、触れても痛いほどになってしまった。急遽人差し指にキーボード打ちの任務を託したが、慣れない任務にミスが多い。書きたいことは頭に浮かんでいるのになあ、と恨めしく思っていたら、昨晩深夜、クシャミ20連発。風邪らしい。

足が快方に向かっていると思うとこれだ!!しかし!これはのんびり過ごした一月の反動かもしれない。のんびりにはすぐ慣れてしまう僕への戒めかもしれない、と思う。“だらず”(僕の田舎の言葉で、“ずぼら”とでもいう意味)といつも闘っていなくてはいけません、ということだろう。

午後になってティッシュで鼻をかんでいたら、ふと“艱難汝を玉にす”という言葉が浮かんできた。……そういうことなんだね。

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僕と一緒で、人の気分が転移しやすい佐助。心配というより、“なんだかつまんな~~~い”モード。散歩から帰って来ても若干不機嫌だ。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新できず!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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リバースモゲージの可能性?!

東京都内の空き家は、約75万戸。その中、賃貸用が約50万戸だ。ということは、居住者がいなくなった所有物件が約25万戸もある、ということになる。僕の家の近所にも、蔦や生い茂った庭木の枝葉に覆われた無人の戸建てが何件かある。もったいない……。

悪い子たちの遊び場や動物(東京には意外なほどの数の狸が生息しているし……)の棲家になっているケースなどはまだしも、出火場所になると、周辺の被害は甚大だ。実際、空き家からの出火例は数多い。

なぜほったらかしになっているのだろう……。地価もそこそこ高い場所だというのに……。と思ってしまうが、放置の原因は明白だ。大別すると、所有者がいなくなってしまったか、所有者(相続者)が放置することを選んでいるか、の2つだ。

あくまでも私有物件だから、所有者の了解なしには、敷地内に入ることもできない。生死はどうであろうと、連絡が取れなければいかんともし難い。相続されたことも相続した親族の所在がわかったとしても、所有者に家屋の解体費用を負担するゆとりも気持ちもなければ、勝手に修理や解体することもできない。そして、無人の家屋はどんどん危険な廃屋となっていく……というわけだ。

一方で、保育待機児童や特養入所待機老人などが多くいて、施設の致命的な不足が問題視されているにもかかわらずだ。グループホームという、より自立的な集団生活には戸建てなどは最適だとも思うのだが(グループホームの開設には既存住民の反対も多いが……特に新興住宅地)……。個人の権利を大切にする行政システムでは、限界があるのだろう。

しかし、行政が提供するリバースモゲージ・サービスと古民家あるいは空地の有効活用による福祉施設の運営を有機的に結びつけたビジネスモデルが確立されれば、可能性が開けてくるような気がする。

住み続けながら家屋と土地を担保に借り入れをし、亡くなったか時に、家屋と土地が債権者のものになることによって、借り入れも生産されるというリバースモゲージであれば、債権者が行政であれば、無人の空き家の所有者も行政ということになる。有効活用も行政の判断でできるはずなのだが……。いくつかのリスクがあるから、できないのだろうか。日本では家屋は評価がなくなる、地下には変動要素が多い、所有者が契約時の想定以上に長生きする、とか、いろいろやりにくい部分もあるのだろうが、こうまく実現できないものだろうか、と思う。……動けないとヒマなのかなあ

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コタツにほぼ丸一日座っているものだから、隙を見ては膝に上ってくる佐助。13.5㎏はさすがに重く、頑張っても20分が限度だ。そこで、すっかり寝息を立てている佐助のケツを押す。と、すぐ横で丸くなり、こんな目を向けてくる。我慢したのになあ、限界まで頑張ったんだけどなあ、と言いたくなる。……ったく!

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日久しぶりに更新!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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脳卒中リハビリに関する一患者の考察……転院を考えるに至った理由  ②

確実に訪れる超高齢化社会の対策に、厚労省は早くから動いていた。リハビリに関係する背景もそこにある、と考えてよさそうだ。

超高齢化社会の最大の課題は、介護難民の増加。介護のための施設と人材の不足は危機的状況になり、孤独死が増大するであろうことは早くからわかっていた。しかし、需給バランスをよくしようとすれば多大な費用が必要で、大きな経済成長が見込めない中では国庫で負担できる規模ではない。保険制度、年金制度も雲行きが怪しい。となれば、いくつかの方向からアプローチして対処していかなければならない。大きな方向性の一つは、民間の施設と人材の育成・確保。そしてもう一つが、在宅介護の奨励だったと思われる。

ただ、後者の場合、家族の負担増は目に見えている。経済活動や保険制度・年金制度の過重負担となる危険性も高い。中でも、“寝たきり老人”の増加が大きな問題になる。ADL(日常生活動作)の可能な老人が多くなれば、すなわち寝たきりあるいは寝たきりに近い状態にある老人が減少すれば、在宅介護はより身近なものになる……はずだ。……

という戦略が、まずあったのであろう。

しかるに、寝たきりになる最大の要因が脳卒中(脳出血や脳梗塞)。脳卒中患者が寝たきりにならないようにすることが、介護難民増加の予防策として有効であるに違いない。脳卒中のリハビリで大切なのは、できるだけ早い時期から始めることと、発症後90日間の間に可能な限りの機能回復を図ることだ。リハビリ専門の病棟を増やすこと、それに伴う療法士の数を確保することは、したがって、急務となる。

ということで、介護の問題に現場で向き合うことになる地方行政もバックアップ体制を取り、リハビリ専門病棟(or病院)を作るプロジェクトが次々と進められていった。療法士育成のための福祉関連学科や専門学校の新設や増設も、同時に進行していった……のが、20数年前から10数年前のことだった(いつ頃、何が起きたか、細かなことは忘れてしまったが……)。

しかし、そういった戦略の具現化を支えるには、あまりにも日本のリハビリ界は遅れていた。骨折や捻挫のリハビリと脳卒中のリハビリの間にある差異に関する認識も低かった。したがって、海外(特にアメリカ、イギリス?)に学びつつ、とりあえず頼ったのが、スポーツ運動学だったのではないか。と、僕は思っている……。

ただ、ADLの基本となる歩行に関しては、スポーツ運動学は有効だった。“なんとか歩けるようにして退院させる”ことを求められるリハビリ専門病棟(病院)にとっては、それで十分とも言えた。

ただ、一患者からすると、そこで止まっているように思えてならない。脳卒中のリハビリは、もっと生活や生き方と密接にかかわるべきものだと思ってしまうのは、我儘なのだろうか。AK法、関節運動学といった新しい潮流を組み入れようとする積極性を持っていないリハビリ専門病院は、本来あってはならないと思うのは言い過ぎだろうか。

整体や武道や古武術の蓄積された技に、脳卒中リハビリの新たなヒントを求めていく努力などをしてみたらどうだろう、などと思うのは過度な期待というものなのだろうか。

今回、初台(リハビリテーション病院)出身の療法士に接して、また殊更にそんなことを考えた。初台リハビリテーション病院は、もうその役割(リハビリ専門病院の運営モデル、経営モデルの確立)を終えている。よく言えば、それだけ安定しているとも言えるだろうが、まだまだ謎が多く、方法論の模索が続いている脳卒中リハビリに、進化の停滞があってはならないと思うのだ。

残念ながら、成城リハビリテーションクリニックは、初台の系列。やはり、同じ場所にとどまっている感は否めない。最近は、病院経営の方に力点が置かれている感も否めない。やむをえないことではあるが、リハビリを探求する姿勢も感じたい。

であれば、リハビリのみならず、こちらが求めれば、身体や健康と総合的に付き合ってもらえる総合病院の方がいいのではないか。そう思った次第だ。ちなみに、リハビリルームでしばらく見学してみたが、そこで行われていることは、リハビリ専門病院となんら変わるところはなかった。

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足の骨折以来、ADLのかなりができなくなったことを実感。僕がほとんど動けないことを、佐助も実感しているようだ。

「何かちょうだいよ~~」と少し離れた所から見つめていたが、すぐに居眠りに入ってしまった。一週間待つのだぞ~~~~~~~。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:明日、必ず更新します!!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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