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自主規制中の小遣いの行方

自分の収入と言えるのが障害者基礎年金だけとなって7年余になる。「欲しいものは自分で稼いで買いなさい」と言われながら育ったせいか、自分で稼いでいないとお金を使うことに躊躇がある。小学校4年生の時に楮・三俣(コウゾ・ミツマタ…和紙の原料)の皮むきという初バイトをして以来、ささやかなバイトを繰り返してきた。しかし、その結果手に入れたのは、極めて乏しい。バドミントンセット、お袋への誕生日プレゼント、修学旅行資金、レコードくらいしか、役に立ったものはなかった。欲しくてたまらないものがほとんどなく、コレクション趣味もないため、少額のものをちょこちょこと買ってしまい、いつのまにか消えてしまったらしい。以来、浪費しているつもりのない浪費癖が身に付いてしまった。

だから、というわけではないが、Kapparに「自分の年金は使っていいのよ」と言われても、いやむしろ、そう言われれば言われるほど、小遣いを自主規制しなくては、と思ってしまう。

自主規制の金額は勝手に月1万円としているのだが、意外と使い道がない。ほとんどが誰かに何かを買ってあげる資金として消えている。最も多く入手したのがipod。ヤフーオークションで8個も手に入れた。僕のパソコンのitunesにレンタルCDから溜めこんだ約2000曲から相手によって選曲し、プレゼントするためだ。

しかし、小遣いではどうしようもないものもある。パソコンを筆頭とする電子機器だ。パソコンもヤフーオークションで入手した中古のものを使っていたが、入手した買い物券を元手に、2年前店頭展示品に買い替えた。新古品だが、うれしかった。今でも元気に働いてくれている。

大失敗は、ipadだった。これは、月額換算ではお小遣いの範疇に入ると考え、iphoneとの相性も試してみたくて契約したが、使用価値は極めて低かった。iphoneもipadも、いかにもアップルらしいおもちゃに過ぎないとわかっただけだった。携帯はガラケーに戻し(使わなくなったiphoneもwifi利用で、Lineは使っている)、パソコンとタブレットの合体を模索することにした。早くマイクロソフトが頑張ってくれないかなあ、とずっと思っていた。officeが使えなければ意味がないからだ。

だから、Surfaceには期待した。しかし、今一歩だと思った。Surface Proになったが、まだ使用価値は低いと判断した。

ところが!Surface Pro2は、いいぞ!と思った。ちょうど今使用中のパソコンの元気にも陰りが見えてきた。久しぶりに、お小遣いの目標が明確になった気分だ。それでも、もちろん、様々な手段で入手(アンケートやポイントサービス)するアマゾンのギフト券を可能な限り集めてからだと思っている。

来年の目標の一つである。

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佐助は、とにかく食べ物がいいようなので、プレゼントも楽だ~~~。

“Dreams”by Fleetwood Mac

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日も更新できず!日曜日を目指します!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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身体も心も平穏な新年になりますように……今年最後のリハビリ

月2回、隔週木曜日のリハビリも、今年最終回となった。

今日は、一歩早くKapparが打ち合わせに出発。着替えに手間取っている間に、バスに乗り遅れてしまった。電車を乗り継いで行こう(芦花公園~明大前~下北沢~成城学園前)としたが、電車は出たばかり。間に合わないと判断し、タクシー利用に切り替えた。診察、リハビリと、いつものように進行。しかし、さすがに年の瀬、利用者もスタッフも心なしか少ない。

リハビリを待っていると、リハビリ仲間のIさんが来られた。彼女は、発症直後から皮膚に触れるだけで痛みを感じるという症状に苦しんだ人。当然リハビリもままならなかった。今は少しは良くなっているとはいえ、気圧、気温、湿度によっては、痛みに悩まされているとのこと。心から、大変なことだなあ、と思う。「周りに嫌な思いをさせないよう、痛い、と口に出さないようにしている」とおっしゃっていたが、終わりのない痛みを抱えた生活は、心を萎えさせるもの。自分の心の活力が失せてしまわないよう、しっかりとコントロールしていこうとなさっているのではないか、と思った。

痛みを除いてあげられるといいのだが、それができないとなれば、何かしてあげられないものか、とついつい考えてしまった。

帰りは、薬局に寄り、電車の乗継を選択。小田急線祖師ヶ谷大蔵駅までの間に3人、電車の中で2人、杖を片手の同病と思われる人に出会った。車椅子の人にも1人遭遇した。

身体の痛みや心の痛みをどこかに抱えて1年が暮れ、新しい年を迎える人たちに、平穏な明るい新年が訪れますように……。

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一瞬の日差しに出会えた佐助。身体全体を包むぬくもりは、誰でも欲しいよね~~~。

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新年には、玄関ドアなどに付いているはずの“猫フック”。間にいるのは“猫箸置き”。

“I Wish”by One Direction

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新できず!次回は??)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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誕生日のお仕事

昨日は、Kapparの誕生日だった。かねてより、いつも仲良くさせてもらっているワン友T夫婦と宴会をすることになっていた。開始時間は、午後2時の約束。僕は“酒が飲めるぞ~~”と待っているだけだったが、お祝いされる張本人は忙しかった。

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まずは、ミニ大掃除。仕事が忙しい上に、両親のための小田原実家通いが月に3~4度必要とあって、掃除にまでなかなか手が回らなかったからだ。僕が少しやったところで、きれいになったなあ、というところまでは至らない。しかもコタツが登場しているとあって、掃除の切り札ダイソンも活躍しきれない。

「この際だ~~」と椅子を運んで、エアコンや窓の掃除までこなしていくKapparを佐助と見ているだけだった。

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ひと通り終わると、今度は宴会のための料理スタート。簡単メニューとは言いながら、約2時間。できあがるのとほぼ同時に、チャイムが鳴った。

おめでとう!お疲れ様~~!で、夜8時半まで。T夫婦からお祝いもいただき、楽しい夜となった。……大阪の友人EBUちゃんから届いた“おいしい焼肉セット”は、30日にT夫婦と齋藤夫婦を招き、いただく予定!ありがとう!また、よろしくね~~~~~~!!

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は12月25日!?)

 60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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昨日の朝届いた、悲しいお知らせ

ワン友の女性が亡くなった。近くの団地(orマンション)で一人暮らしの、上品で優しい方だった。12~13歳のシーズーのマルテちゃんの健康をいつも気遣っている人だった。

佐助には、散歩中に出会うと必ず「まあ、佐助ちゃ~~ん。ちょっと待ってね」と、おやつをいただいていた。佐助は、遠くから見つけると、何が何でも突進して行くようになっていた。

10年ほど前にご主人を看取り、その後面倒を見続けていたお母さんも2年ほど前に看取った後の一人暮らしだった、と今朝知った。今は枕元でマルテ君がずっと番をしているらしい。

明朝、ワン友が公園に集合し、出棺に立ち会うことになっている。Kapparには何度か、「さあ、この子と私、どっちが先かしら。置いていけないから頑張らないとね」とおっしゃっていたそうだ。

残念だったことだろう。……昨晩は、ちょっと悲しい夜だった……

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火曜日は、Kapparのご両親に会ってきた。自宅~病院~グループホームと一緒に移動したお父さんの顔が、お母さんを見た瞬間にほころんだのが印象的だった。

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彼が似合う佐助。秋は足早に去って、もう冬なんだよ~~~

“The Autumn Leaves”by Nat King Cole

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は12月21日予定!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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傷は過去のもの

過去蒙った被害や受けた傷のことを語り続けていると、未来を見失う。

「人間のエネルギー一定説」を僕は採っている。どこにエネルギーを注ぐかによって、生き方や暮らしの質は大いに変わるから、気を付けなくちゃ。

だからと言って、徒労に終わりそうなことや不愉快な思いをしそうなことには手を出したくない、とは思わない。そんなこと、結果論だから。

ただ経験値から、徒労に終わる確率が高いと思うことや不愉快な思いをする頻度が高いことには、努めて手を出さないようにしようとは思っているのだが、なにしろ過去の傷や痛みの記憶が長続きしない身体になっているので、うまくいかない。すぐに、アッ!と気付くのだが……。

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昨日老人ホームにボランティアに出かける時の佐助。いい子に見えるが、そうでもなかったようだ。ご老人たちの前ではいい子だったようだが…。そして、それでいいのだが…。

老境に差し掛かると、考えることも微妙に変化していくものなんだなあ、と感じている昨今、無理はしたくないものだ、とは思っているが…。

“Jimmy Brown”by Browns

*ジミーが生まれて死ぬまでの、淡々として幸せな人生を謳った曲

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は12月18日!?)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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来年の計を年の瀬に立てる

先週末から突然考え始めた。まだ早い。鬼が笑うらしいし……。などと一方では思いつつ、来年の計を立て始めたのだ。

いつも心のどこかに引っかかっている、ジグソーパズルの最後の1ピースの正体を見極めたいと思い始めたような気もする。おそらく、どうしても受動的になってしまっていた過去の残滓が、発酵し始めたのだと思う。もうできなくなくなったことを淡々と受け止めていたはずが、小さな諦念や自棄を積み重ねていたのかもしれない。

今からでも改めて自分にできるチャレンジを、真正面から考えてみたい。……て言うか、考えている…ような気がする。さて!?

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今日の佐助は、故あってオシッコを漏らし、散歩には不満が残り、夕方からずっと「なんだか僕、気分が悪い」状態。明日まで続くとはとても思えないが……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は12月13日予定!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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肉体天気予報

昨日の昼のこと。昼食をとっていると、突然膝に電撃が走った。膝下から腿にかけて、それはピリリとした痛みを伴ったものだった。

「寒波が来るよ~~」。すかさず、宣告した。生半可な天気予報よりも、気圧と気温の変化に敏感な脳出血男の天気予報は精度が高い。

果たせるかな、“寒波がやって来る”という天気予報があり、気温が下がってきている。ところがどっこい、いち早く“肉体天気予報”で察知していた脳出血男は、すっかり備えができている。膝にはサポーター、身体にはダウンベスト。“来るなら、おいで~~”といったところだ。

ただ、腰の痛みに耐え兼ねて早朝4時には起きてしまった。原因は、佐助の“膝乗り”だと思われる。困ったものだが、かわいいからしょうがないか……

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“Right Here,Right Now”by Fatboy Slim

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は12月9日予定!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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失敗の種

豚もおだてりゃ木に登る、と言うけれど、人生最大の体重63㎏を記録したお調子者の僕などは、最早その“豚”を全うしたのかもしれない。

56歳の終わり頃、脳出血を発症し、緊急入院してから一か月後、初台リハビリテーション病院の5階のベッドから窓の外の秋空を見た時、ふと思った。“これまでのすべての失敗の種は、悉く自分の中にあったんだなあ”と。そして、“そのほとんどは甘言に反応し、諫言を聞き入れなかったことから来ているんだなあ”と。

不思議だったのは、口惜しくもなく、滅入ることもなかったことだ。頭の中ではずっとサッチモが“What  A  Wonderful World ”を歌っていた。まだ左半身はほとんど動かないのに、妙に解放された気分だった。失敗の種の在庫が切れたのかなあ、と思いたくなるほどだった。

ところが、それから7年半近くが経って気付いた。健康な体には失敗の種が宿るものなのだと。人の活力には、いつも失敗の種が付着しているものなのだと。ということは、失敗を恐れないということが、活力があることの証なんだと。

“My Heart Stood Still”by Rod Stewart

(Oscar Petersonもいいけど…)

佐助を見ていて気付いたのかもしれない。なにしろ、失敗という概念さえないんだもの、佐助には。挫けない、懲りない、落ち込まない、で生きてるっていいなあ。

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最近、コタツで居眠りしてるといい夢見ないのは、佐助のせいのようだが……。

昭和少年漂流記 第五章“パワーストーン”:本日更新済み!次回は12月7日予定!)

 60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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小ざっぱり

どうしても、何が何でも“な~~んもしたくない~~”っていうことは、誰にもほ

とんどないことなのではないか、と思っている。きっかけがあれば、心の奥底にあ

る“やってみたいこと“や“やりたいこと”に、ふっと踏み出せるものだと信じて

いる。昨日触れた、中学氏の時親父に課せられた“日記を書くこと”という日課に

どうしても手が付かない時、僕はひたすら小刀で鉛筆を削った。手持ちの鉛筆を全

部削ってしまうと、反対側から削った。そして、そうこうしているうちに、開いた

大学ノートが嫌な存在に見えなくなるのを待った。鉛筆を削りながら、頭に浮かん

でいたことを書いた。大したことが浮かんでいたわけではないが、課題は消化でき

た。

“やらなければ!”という抽象的な強迫観念は、人を動かすエネルギーにはならな

いものだと思う。念じて続けて、ふわっと始める。スタート前から力むといいこと

はないのだ。

“昭和少年漂流記”の第五章をやっとスタートできたので、そんなこと言ってま~

~~す。すんなりスタートできたから、これからはサクサクかな?そんなことはな

いんだろうな!

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“People Will Say We Are In Love”by So

nny Stitt 

佐助も僕も男ですが、まるで恋しているかのような感じでしょ?!

コタツで寝てると、ほぼこの形になってま~~す。苦しいっす~~。

昭和少年漂流記 第四章“ざば~~ん”:第五章“パワーストーン”。スタートしました!次回は12月5日予定)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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“ものぐさ”一週間

小さな頃から“ものぐさ”だった。努力を好まなかった。友達の輪に入るのも得意ではなかった。小学校2年生の時やってきたお袋は、学校から帰るとランドセルを脱ぎ捨てたまま“本の虫”と化してしまう小生意気なガキに随分と気を揉んだらしい。

そしてやがて、親父と結託し、「外に行って遊んで来なさい」と外に追いやるようになった。何しろ追い出されてしまうので、仕方なく丸太橋の上から渓流を眺めたり、校庭で遊具にぶら下がったりして時間を潰していた。

しかし、そのうち友達ができた。声を掛けてくれたのだ。戸惑いはあったがうれしかった。なんでも一緒にやった。メダカを掬って飲み込むという荒業にも挑戦した。蜂の子を食べるのも平気になっていった。ショートパンツのお尻にはすぐ穴が開き、肘や膝には生傷が絶えなくなった。

転校して4年生になった春、立派な学習机をあてがわれた。しかし、勉強嫌いの“ものぐさ”少年には無用の長物だった。本もとんと読まなくなっていた。

中学生になった時、親父は危機感を持った(…んだと思う)。ある日、「毎日、一日を反省して日記を書け。ちゃんと書いてるかどうか、チェックするからな」と厳命した。なかなかの剣幕だったので、渋々書いた。楽しくもなんともなかった。が、ともかく2年半書き続けた。

親父は、厳しく添削はするものの、内容に関して語ることはなかった。親父が意図した“息子に、机に付く習慣を身に付けさせる”という目的も達成されることはなかった。

「うまくいかないものだねえ。本を読んでばかりいるからと外に出したら、本に目もくれなくなったんだもんねえ」。高校を出た時、喫茶店で親父にそう言うと、「元々“ものぐさ”だからなあ、お前は」と言われた。

先々週末の土・日を一泊二日のペット同伴旅行で楽しく過ごした。すると、その後の一週間、またその“元々”ってやつがでてきた。そして、“ものぐさ一週間”になってしまった。“アレしなくちゃ、コレしなくちゃ”と思うのだが、心と身体が動かない。「そんな時もあるさ」とKapparは言ってくれるが、彼女は仕事漬け。“ものぐさ”でいることはできない。「こりゃいかんぞ」と、アレやコレの周辺情報をぼんやりと集め、整理をした。すると!ちょっと“ものぐさ”の出口が見え始めた。よかった~~~!

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キッチンで音がすると、「それって、僕関係あります?」状態になる佐助。直前まで寝ていてこうだから、その切り替え力には感心させられる。

“ものぐさ”は、英語では“lazy”でいいのかな?

“Lazy”by DEEP PURPLE

昭和少年漂流記 第四章“ざば~~ん”:第五章“パワーストーン”。書き始めました。明日から連載開始します)

 60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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