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すっかり忘れていた、二百十日

立春から数えて210日目を二百十日(大体9月1日頃)と言い、そろそろ台風がやってくるから気を付けようね、とかつては言っていたものだが、すっかり聞かなくなった。元々は稲の開花期に当たるので、台風で収穫減になることへの警鐘だったのだが、子供の頃「二百十日だからなあ、そろそろ」とか「今年はどうなんだろう」などと、大人たちやお百姓さんが時候の挨拶のように言うのを聞いては、「何を準備するんだろう?」と思っていたのを思い出す。

毎年、何名かの高齢者が、強風と大雨の中を外に出て亡くなっているが、「危ないから家の中にいればいいのに」と言いつつ、百姓としての血が騒ぐんだろうなあ、とも思う。豪雨の中、田圃や用水路の様子をチェックに出かけて行くお百姓さんを、僕は何度も目撃している。その人たちは、外で見かけた子供たちには決まって「家に帰りなさい。雨戸をしっかり閉めるんだよ」などと注意をし、一人で雨の向こうに急いで行った。ずぶ濡れになりながら、用水路や用水口に詰まった流木を取り除いている姿を目撃したこともある。「稲は大丈夫なんですか?」と訊くと、「流されなければ大丈夫」と教えてくれた。

台風を災害をもたらすものと思っているようには見えなかった。「今年はちょっとやられた」とか「今年はいい台風だったねえ」と言っているのは聞いたことがあるが……。自然の恵みにはいつも少し危険がつきまとっていることを承知した上で、うまくつきあっていく術を知っているように思えた。

そんなことを感じる機会はとんとなくなり、今や麻痺側の身体に痛みや痺れを覚えて、本格的な秋を知るようになった……。などと思いつつ今日は、膝の痛みを我慢しながらリハビリに行ったのだった。

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佐助の“スナック”、干からびたみみずを途中で見つけた。持って帰る気にはなれなかった。

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リハビリが終わって見上げる空は、高かった。

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帰ってくると、早速「何かくれないの?」と目線ビーム攻撃を食らった。

なんとなく田舎を思い出したので、Tom Jones“Green Green Grass Of Home”

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昭和少年漂流記 (第二章“とっちゃんの宵山”短期集中再掲載中!)

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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ipadって、モバイルツール?何に使う?

NHKのBSの番組で、押切もえがタブレット端末(多分ipad…)を持ち歩きながら取材しているのを目にしたことがあるが、大きさばかりが目に付き、便利そうにもおしゃれにも見えなかったことがある。

ipad体験もしてみなくちゃ、と入手して10か月。持ち歩いてみたことも何度かあるが、写真やニュースの閲覧に使用した程度。さして役には立たなかった。iphoneの画面が大きくなってくれれば必要ないな、と思った。

いやいや、それではもったいない、とpagesを使って書類作成をし、それをパソコンに転送する、という使い方も試してみたが、wordとの互換性はあるものの、細かな修正は必要となる上に、keynoteのpowerpointとの互換性は覚束ないとあっては、ビジネス利用には無理がある。一体どんなシチュエーションで、どんな使用目的に利用するものなのか、と改めて考えてみながら、色々やってみた。

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bluetooth利用の専用キーボード(2000円で入手)で、作業効率も上げてみた。

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結局、1.電子書籍リーダーとして使う、2.パソコンから離れている時(屋内で…)のネットサーフィンに使う、3.動画・写真を家族と閲覧する、といったことにしか使用価値は見当たらず、ゲームには飽きてしまっている身には、やはり無用の長物のように思えてならない。全てが中途半端な気がする。どうせなら、ウルトラノートがいいんじゃないか、と思っている今日この頃だが、これもまた2年縛り!ああ、これからの1年2か月がもったないよ~~~~~。

 

自分の望む機能すべてを一つのツールで満たそうとは思わないが、せめて失敗購買はしたくないなあ、と改めて思う。Backstreet Boys- I Want It That Way

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iphone5欲しい?

iphone2~iphone3S~iphone4Sと持ち替えてきた。スマートフォンの楽しさは、よくわかった。“便利であろう”こともわかったつもりだ。しかし、iphoneのよさを認める一方で、対費用効果を考えるのであれば、“必要ないのでは?”という結論に至っている。

ipad発売の報に接した時は、iphoneとipadが“介護家族”をつなぐ“命のツール”になるのでは?と考え、企画書を書いて少し活動してみたりもした。体験してみなくては、とipad2も入手し使ってみた。そして、期待外れであることを実感した。

使用機会は少ないがあると便利そうな気がする機能(アプリ)と、動画やゲームをどこでも楽しみたい人のための機能は、iphoneとipad双方にあるが、一般の中高年の日常にはあまり必要はなく、ましてや“介護家族の命のツール”となるべきものでもないように感じた。スマートフォンとタブレット端末の連動には、“介護家族の命のツール”となる可能性は大いにあると思うのだが、若い人たちに視線が向いている限り、その実現へのなかなか遠そうだ。

などと思いつつも、前借金で始めた2年の年季奉公がなかなか明けない丁稚のように、後1年数か月はiphone4Sを使わねばならない。iphone5はいらない。速くなったといっても、iOS6にアップグレードしたら速くなったし、軽くなったといっても、今重いと思ったことないし……。それよりも気になるのはGoogleタブレットなのだが、ipad2の年季奉公が……。あああ、早く足抜けしたいなあ~~~。

仕事で忙しいKapparに申し訳ないもんねえ。Rod Stewart - It's A Heartache

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午前9時過ぎ、打ち合わせに出かけたKapparを、玄関でしばし待つ佐助。

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やがてソファで、つまらなさそうにしていた佐助。iphoneでメールでもする?メールだったらiphoneでなくても……。と仮想問答……。

 

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目線を変えるっていいねえ!!

きっかけは雨漏りだった。ひどくはないのだが、時々同じ場所に漏れてくる。調べてもらったが、場所をピンポイントで特定することはできないという。二階のベランダあたりから外壁をすべてチェックし、場合によっては外壁のタイルを剥がしてみなくてはならないらしい。それから二重の防水塗装を施す……。ということらしい。

な~~んだ、それだったら元々外壁は、引越しする時から気になっていたことだし、屋根も含めて全部補修した方がいいんじゃない?見積り取ってみようか。ということになった。6月中頃のことだった。

なんとか梅雨を問題なく乗り切り、3社の中から選んだ1社にお願いすることになったが、見積りが予定を少し下回っていたので、「表側のベランダを開放的なものに変えて、広くしない?見積り取ってみようよ」と提案。「いいねえ」ということになり、見積りを取ってみたところ予算内に収められそうなので、決定!「窓も“掃出し”にしたいんですが…」と打ち合わせを重ね“仕様”も決まった。

そして、今日が工事開始。道路側が高く立ち上がり、囲いのようになっていたベランダが壁側の土台だけになった。午前中に終わり、閉めていた窓を開けてみると、思っていた以上の解放感だ。風通しも格段に向上している。社会との風通しさえよくなったような気がする。少なくとも、視界が良くなっただけでも気持が違っていくような気がする。

目線を変えてみる、って大事なことなんだなあ。

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朝早くから“何か不穏だぞ~~”と思っていた節のある佐助。

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窓からの景色の変化に、珍しく外を眺めていた。

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お祝いするかのような、烏山神社のお祭りの行列。太鼓とお囃子の軽トラックが行くと、

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小さな神輿がその後ろから通り過ぎて行った。

itunesでも手に入らなかった懐かしい曲をyoutubeで発見!今日はいい日らしい。モンキーズのメンバーの一人が放った中ヒット。Silver Moon -  Michael Nesmith

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いつの日にか復活する?!アジアンマダム

Kapparは知る人ぞ知る“アジアンマダム”。20歳の時のインド旅行を皮切りに、合計20回以上。韓国とブルネイ以外にはすべて行き、そのトータル旅行日数は1年を優に超える。ツァー旅行は最初の一度だけで、後の多くは一人旅。遺跡を巡る極安旅行だ。

そんなKapparが、初めての中国旅行に行ったのが25年前。リュックを背負って3か月の一人旅だった。総費用は30万円。大阪から船で上海へ。上海から揚子江を遡っていき……という、なかなかハードで楽しい旅だったようだ。

帰って来て中国の印象を訊かれ「このままじゃ、共産革命が起きるぞ~~」と言ったのが、Kapparらしくておもしろい。長旅の途中、多少は話せる中国語と筆談で青年や女性たちと交わしたという話も、いつ聞いてもおもしろい。

偏った少ない情報と言論統制、漢民族による少数民族支配の実態、道徳観や生活習慣などを、Kapparは現場で感じてきた。大好きなチベットに行った時は、帰って来てからも怒りが収まらなかったようだ。

それ以来、アジアンマダムは、ほぼ休業状態が続いている。仕事に追われていることだけが原因ではなさそうだ。しかし、またいつの日かきっと、アジアンマダムは復活することだろう。その時は一緒に行けるといいのだが……。

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チビがいなくなり、甘えん坊全開状態の佐助。そっとくっついてくることが多くなった。胡坐の足先に手を乗せてみたり……。

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涼しくなってテンションも上がらない。寝そべっていてKapparの声が聞こえても少し目を向けるだけ……寂しさもあるのかなあ。

引き返すことはできないんだけどね。Cornelius Brothers & Sister Rose -“ Too Late To Turn Back Now”

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益田高校同窓会&横田中学ミニ同窓会

10月中旬、高校の同窓会出席のため、帰省することになっている。これを目標に頑張って貯めたANAのマイレージ利用により、往復の航空運賃は無料になったので、せっかくだからと、三泊することにしている。

帰省と言っても最早実家はなく、親戚も一件のみ。それでも“帰省”という言葉を使いたくなる大きな理由は、中学時代を過ごした横田にある。益田市の西部、益田から津和野に向かう途中にある横田は、川沿いの田園地帯。小学校6年生から中学卒業までを過ごした僕の“横田時代”は、豊かで幸せだった。毎日暗くなるまで仲良く遊んだ友達との思い出もいっぱいある。僕の故郷は、“横田時代”だと言ってもいいくらいだ。故郷は、場所というより“時間と人”なのだ。……きっと。

その“横田時代”の友人と横田で会うことなしに帰京するわけにはいかない。というわけで、会うことになった。楽しみだ。90歳を超え、一人で施設で暮らしている叔母に会う予定も組んでいる。いい帰省になりそうだ。

Kakky

帰省するから、というわけではないが、こうして髪を切りに行ってから一か月。また切らなくちゃ……。という僕を差し置いて、

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Kapparにシャンプーしてもらった佐助。お尻がふわふわだ~~。

Burt Bacharach / Herb Alpert ~ This Guy's In Love With You

静かに恋しているような気分になれるのが、故郷だ。……と思う。

 

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昭和少年漂流記 (第二章“とっちゃんの宵山”短期集中再掲載、第2回!)

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変わり目の日々?!

古顔の住人(?)が虹を渡って行き、家の中の空気が少し変わった。すると、歩調を合わせるように一気に秋めいてきて、雨も「お待たせ~~」とばかりにやってくる。最初に反応したのは、僕の身体だ。しばらくオーバーユースが続いた膝がしんしんと痛み、頬は痺れ声は出にくく、肩や肘は固まっていく。おまけに、麻痺側の脚まで痛くなり、室内を歩くのさえ覚束なくなってしまった。気圧と気温の変動は、緩やかに願いたいものだ。

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佐助のテンションも上がらないが、散歩途中で猫を見かけると一気に上昇する。木に逃げ上った黒猫(写真ではわかりにくいが…)を、下から見上げて動かなかった。しかし、一昨日、芦花公園で自主製作映画の撮影に参加。なんとか期待されていた役をこなし、ロジャー君や瑠奈ちゃんとドッグランで遊ぶ姿には、いつもの活気が感じられた。

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ロジャー君、体重半分の佐助と上手に組んずほぐれつ。

 

この間、いいニュースも見つけた。一つ目は、シャープとインテル提携の話。シャープがこれまで進めていた、中国本土に生産拠点を持つ、台湾の巨大な“部品会社”との資本提携の話に「長年培ってきた高度な技術を、格安で持っていかれちゃうってこと!?いいの?そんなこと許して!焦り過ぎてヤキが回った?」と怒りを覚えていた身には、シャープとインテルの高度な技術のコラボレーションの話は、うれしいものだった。

二つ目が、アップルの部品調達ルートの見直しで、日本のメーカーが随分リストアップされているらしいというニュース。これもまた、うれしい話だ。「いい変わり目がやってきたなあ」と思わざるを得ない。

ファッションの世界で、“いいものは国内で”という動きが出てきて数年、ハイエンドなものの生産で見直されつつある日本、というのはとてもいいことだし、当たり前のことだとも思う。

大工は棟梁を超えられない。たとえ腕が良くても、だ。見事な柱を何本並べても、家はできないもんねえ。仕上がり状態のイメージの確かさ、独創性にこそ、知恵はあるんだもの。

などと、いいニュース(他にもいくつかある……)を目にし、耳にしていたら、現金なもので、今日の昼頃には脚と膝の痛みは随分と緩和されていたのだった。

 

今日は、佐助とロジャー、2頭の男の子と遊ぶ瑠奈ちゃんを見ていて思い出した曲。織田哲郎&近藤房之助“Bomber Girl”。失礼かな?でも、佐助は勝てないもんね~~。

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「瑠奈ちゃ~~ん」としがみついても、すぐに組み敷かれる佐助なのです。

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チビがいなくなった日。

午前2時に目が覚めた。ベッド脇の佐助の小さな寝床は空っぽだ。階下に降りると、廊下に寝ころんでいて、こちらを見上げた。傍を通り抜け居間に入ると、チビのいた方を見てしまう。佐助は入ってこない。まさか、夜中にチビの所在の確認に降りてきたのでは?と思った。
Kapparがいつもより静かな佐助をなんとか連れ出し、朝の散歩が終わる。帰って来てから聞くと、佐助のテンションは低いままだったらしい。朝ごはんも静かに進んでいく。「なんだか、力が抜けたねえ」とため息交じりのKapparに、「そうだねえ。元気になると思ってたしね」と応えるが、具体的な話をする気にはなれない。話題にすると涙が出てきそうだ。それでなくても、元々涙もろい上に脳出血後遺症の感情失禁の男、気をつけなくてはならない。

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のろのろと7時半過ぎに朝ごはん終了。ぼんやりしていると、ついついチビの亡骸に目が行ってしまう。ぴょこんと突き出た耳がまだ生きているかのようだ。Kapparは触ってみて「もう固くなっちゃった」と言い、頭を撫でて鼻先を触った僕が「鼻はまだ柔らかいよ」と言うと、鼻先に触れて「ほんとだ~」と微笑んだ。

向き合って、残ったコーヒーを啜っていたら「だめだ。仕事する気になれな~~い」とKapparが小さく叫ぶ。「どうする?裏庭に埋葬する?」と、僕はチビの葬式の話題を出す。「ずっとここに住むんだったらいいけどね。S夫婦との共生住宅、本気で考えてるでしょ。だから、一緒に移動できるようにしたいんだよね。どう?」というKapparの意見に「同じこと考えてたよ。じゃ、そうしよう」と、僕はすぐにネットで調べ始める。

「もう一日、一緒にいたいんだけど、暑いからねえ」と言いつつ、パソコンの画面を覗きこみ、Kapparは僕が選んだ候補(“ペット訪問火葬サービス”)を確認。他のところともささっと比較して、「そこにしようか」ということになった。

24時間対応とのことなので、8時過ぎにKapparが電話。「今日だったら午前10時だって言ってるけど、いい?」と聞かれたので、「いいよ」と答える。この時、ささやかな覚悟が出来上がる。少しだけの準備が終え、バタバタとした、しかし希望を持っていた一週間を振り返る。

10時半頃、渋滞で遅れた“ペット訪問火葬サービス”のクルマが到着。Kapparがさっと対応し、チビを抱えて出て行く。遅れて出ていき、開けられたクルマの後部から姿を現した焼却炉と、その中に横たえられるチビを見つめる。過度に儀式っぽく、語尾を敢えて不鮮明にしながら弔意を示す担当者(Kapparが短時間の会話で得た情報によると…どうも、一人ですべてをまかなっているようだ)に、戸惑いつつ見送る。人気のない所に移動し焼却してから戻ってくるとのこと。

ダイニングに戻ると、さすがにどこか空虚だ。Kapparが「ビール飲む?」と言うので、「飲もう!」と立ち上がり、コップを用意。それぞれコップを差し出し、「チビに!」と献杯した。

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「佐助、どうしてる?」と見ると、ソファで横になっていた。ひばり動物病院に連絡。報告と謝辞を順に述べて、僕達はビールに戻った。500ml缶の2本目を空けた頃、クルマが帰ってきた。急いで外に出て行ったKapparの後をゆっくりと階段を下りて行く。

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空はくっきりと青い。秋の雲が浮かんでいる。横たえられた時のまま骨になっているチビは、小さかった。「小さくなっちゃって」とKapparが呟いたが、二人とも涙はない。説明を受けた後、淡々と骨を拾った。

と突然、はらはらと霧のような雨が落ちてきた。「雨だ!」「ほんの少しだけど。…降ってきたねえ」と僕たちは目を合わせた。少しだけ癒された気分だった。そうしてチビは、小さな骨壺に収まった。

僕達は、ビールを飲み続けることにした。Kapparは頭の中で、仕事の段取りを組み替えたようだった。午後3時過ぎ、5本目を空けた頃、少し疲れてソファと床に横になった。と、Kapparが突然「チビ死んじゃったよ~~。寂しいよ~~」と泣き出した。“私は泣かない女。可愛げがないの”といつも言っているKapparの涙はしばらく止まらなかった。そして、寝入っていった。

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二人とも目覚めたのは、午後6時過ぎ。佐助は静かに待っていた。お昼ご飯をとっていないことを空腹が思い出させてくれたが、晩ご飯もあまり進まなかった。

こうして、僕達の“チビのいない日々”は始まった。翌日夕方、佐助を連れて裏の公園に行き、ビールを飲んだ。ひばり動物病院からお花が届いた。

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これからは、思い出やぽっかり空いた空間にチビを感じる日々になるだろう。

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忙しく目まぐるしい一週間でした。徐々に日常を取り戻しつつあります。命は、それを愛おしく思う者のためにあるんだ、ということを痛感した日々でした。自分を愛おしく思ってくれる人や存在のために、自分の命を大事にしなくちゃいけないんだなあ、とも思いました。貴重な思い出になりそうな一週間でした。

Klymaxx“I Miss You”  

 

*明日から、平常のブログに戻ります。

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9月13日、午後9時45分。チビ、死す。

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9月13日(木曜日)は、二週間に一回のリハビリの日。いつものように深夜に一度目覚め一階に降りてくると、チビと目が合った。そのまま一階で眠り、いつものような朝を迎えた。

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リハビリに行き、OTの療法士にマッサージを受けながら、チビの話をした。一番いい写真を見せると、「美人ですね~~」と目を丸くしてくれた。ちょっといい気分でリハビリ終了。メールが届いたので開いてみると、ベランダで平和に寝そべるチビと佐助の写真。“連れて帰ってよかった~~。きっと元気になるぞ~~”と気分よく買い物へ。

帰って来て見ると、穏やかに眠っている。インジェクションでの食事も数回目。手慣れてきたKapparが、ひょいと抱き上げ「ほら、元気になるんだよ~~」と口の端から差し込み、何度かに分けて食べさせた。「さ、次は夕方だからね~~」と抱いていた手を放すと、ぴょんと跳び降りる。「いいぞ~~。元気になるんだよ~~」と声を掛けてしまうほど元気に見える姿だ。

それからチビはベランダ~室内~ベランダと何度か行き来をし、夕方を迎えた。佐助の散歩帰りを待ちつつ食洗機の中を片づけたり、パソコンに向かったりしていると、左足元で寝ていたチビの寝息が気になり始めた。吐く息の音が濁り、苦しそうに聞こえる。しゃがんでそっと喉を撫でるとゴロゴロと鳴らすので、「頑張るんだよ~~」としばらく撫でた。

「ただいま~~」と元気な声がして、Kapparと佐助が帰宅したのが午後6時半前。佐助のご飯の準備を始めると、「後ちょっとだけ仕事して、片づけてくるね~~」とKapparは仕事場へ。チビはというと、ご飯を食べようと焦る佐助に一瞬尻尾を踏まれ、いつものように怒りウニャ!と言って、いつものようにいつもの場所で寝そべっていた。

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7時半前、Kapparの仕事終了。手早く作ってくれた晩ご飯を食べようとテーブルに着いたが、「今夜は飲む気しないね」とビールは中止。「息が気になるんだけど……」「酸素不足なんだねえ。苦しそうだねえ」とチビが気になり、食事が進まない。8時半頃。チビがベランダに出ようと立ち上がり、体を支えきれずに倒れる。ゴトンと頭を打つ音が響く。僕は中腰になり、Kapparは駆け寄った。

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「ベランダにいたいんだね。今出してあげるからね」とベランダにタオルとシートを敷いて、その上にそっと横にした。窓を開け、様子を見ながら食事を、と思うが進まない。秋の風が吹き込み、昼の暑さが嘘のような涼しさだ。しばらくして、「チビ、寒くないかなあ」と中に入れる。

そして、9時過ぎ。またチビが立ち上がろうとして倒れた。体を動かすが横に少し回転するだけ。息苦しそうだ。「もういいよ、チビ。頑張らなくていいよ」。Kapparが、突然言った。「頑張れ、なんて言えないね」と、僕はその言葉に応えた。

それから二人でチビの傍にしゃがみ込み、ただじっとチビを見つめ続けた。時折苦しそうな息を吐き、そのたびに「もういいよ、チビ。もういいからね」とKapparが声を掛ける。僕はウンと小さく言うだけで、ただ黙って見つめ続けていた。

そして、2~3度走るように四肢を激しく動かし、チビの呼吸は止まった。体を触って確かめたKapparがポツリと「止まったね」と言った後、「まだ心臓は動いてるよ。心臓の強い子だったんだねえ」と頭を撫でた。

それから数分後、心臓も止まった。それを確認したKapparが「よかったねえ。家に帰って来て」と声を掛けると、突然チビの右手がパタパタッと動いた。それを見たKapparが僕に顔を向けた。微笑んでいた。「手を振ってくれたみたいだね。バイバイって」。時計を見ると、9時45分だった。

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こちらを向いて、見えない目で見つめているようだった。

静かにしていた佐助に、Kapparが「チビ、死んじゃったよ」と告げ、僕は気にしてくれている友人夫婦にメールした。二人とも、ここまでは涙はなかった。しかし、メールの返信を読むと、いきなり嗚咽がこみ上げてきた。そんな僕を見て、Kapparも涙がこらえきれなくなった。

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そうして、チビのいない静かな夜が始訪れた。Kapparは「チビの毛、欲しい?」と少し毛を切り、小さなガラス瓶に入れ、チビの通院用に買った籠に保冷剤とタオルを敷いてチビを置き、いつもチビがご飯を食べていた場所に安置した。

「それでもちゃんと眠くなる~~。嫌だね~~」と言って、二階に上がっていったのは、11時半過ぎ。チビも連れて上がった。その様子を見ていた佐助は、なかなか上がってこなかった。

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こんな光景の復活を望み、期待していたのだが……。やっぱりこの曲かなあ。Clapton“Tears In Heaven”

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昭和少年漂流記、第一章“親父への旅”の短期集中再連載は、一昨日が最終回でした。興味のある方は、こちらからどうぞ! …20日頃から第二章の短期集中再連載をします。

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QOL(クォリティ・オブ・ライフ)は?……チビ帰宅

なぜ?と思うようなことが起きるのはこんな時。水曜日中にアップする予定だったKapparの仕事のスケジュールが半日縮んだ。「今夜は徹夜になると思うから、チビをよろしく。でも、寝るんだよ」と言い残し、Kapparは地下の仕事場へ。小刻みな呼吸をしながら横になっているチビが見える場所で、僕はパソコンと向き合うことにした。

12時前、僕は居眠り。Kapparが様子を見に上がってきたのには気づいたが、そっと降りて行ったので目を閉じたままでいた。そして、リビングの床で眠ってしまった。佐助は僕の隣とKapparの足元を行き来していたようだ。

目が覚めたのは5時過ぎ。Kapparの上がってきた気配でだった。「お疲れさま~~」と声を掛け、アイスティーを用意する。「少し寝るね」とKapparは眠りについたが、佐助の散歩で6時半に起床。いつものような朝を迎えた。チビは変わらず静かに横になっている。時々頭を撫でてやると、喉を鳴らす。喉をそっと撫でると、目を閉じ顎を出す。喉は鳴らし続けたままだ。

午前9時半過ぎ。佐助用に買ったカートをセット。チビはスリングに入れると体勢が苦しそうだから、病院までカートに乗せて行くことにする。芦花公園から千歳烏山まで一駅電車を利用しようということになった。

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連れて出ようとすると、自分の居場所に戻ろうと抵抗し、カートに乗せるとしきりに鳴く。「どこにも行きたくないよう~~」と言っているように聞こえてならない。駅の待合室でカバーを開けて覗くと出ようとする。「嫌なんだよね。でも、行って血液検査してもらわないと、ね」などと声を掛ける。「嫌だ、嫌だ」という抵抗になけなしの体力を使って欲しくないなあと思うが、カートから出ようとする努力は止まらない。

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カートのネットを壊そうとするくらいの勢いだった。

病院に到着して待つ間、鳴き声と出ようとする動きは激しさを増す。「何度も来てるから、嫌なことが起きるってわかるんだよねえ。ね。すぐ帰るからね」とKapparは微笑みながら、声を掛けている。これまでの時間が、“家でそっとしておいてあげよう。自分たちでできることを精いっぱいしてあげよう”との気持が固まってきているのがわかる。

順番が来て診察台に乗せると、元気になったのかと見まがうほど騒ぐ。痩せ細った足首からの採血が痛々しい。「高カロリーのものを与えることはできるんでしょうか?」と訊くと、「うちでは一日三度、インジェクションであげてましたよ」ということだったので、同じものをわけていただくようお願いすると、「準備してますから、大丈夫です。今、食べさせてみましょうか?」と、目の前で与えてくれた。

検査結果を待つ間に、これまでのご尽力にお礼を言い、自分たちの決心と想いをお伝えする。僕は一歩先に出て、チビのためのささやかな買い物をした。店の前で待っていると、数分でカートを押すKapparの姿が見えてきた。結果を聞くと、赤血球の量が3分の1を切ったまま。低位安定とも言えるが、再生不良貧血であることは変わらず、楽観的な要素は何もない。帰りの行程だとわかったのか、カートの中のチビは静かになっている。「さ、早く帰ろうね。辛かったねえ。嫌だったんだもんねえ」とKapparは語りかけている。

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帰って来て門扉を開けるとウニャウニャうるさくなり、カートのカバーを押し開けようとする。Kapparがそっと抱いて玄関を入ると、降ろそうとした瞬間に腕からするりと飛び降りた。小走りに自分の場所あたりに向かう後姿を見て、「よかったねえ。家がいいんだねえ」と、僕達は微笑みあった。

それから小一時間後、ノルマを果たし終えお疲れのKapparは深い睡眠に入っていった。チビもベランダに出たり入ったりをした後、Kappar同様深い睡眠に。佐助もKapparの傍に蹲っていたが、眠りに入ったようだ。静かで平穏な午後だ。夏休みのようだなあと思いつつ、それぞれの寝姿の写真を撮り、時々チビの様子を伺いながら、僕はパソコンの前に座った。

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9月12日(水曜日)は、こうして暮れていったのだった。

             Kakky(柿本)

*音楽のリンクは、お休みさせていただきます。

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昭和少年漂流記、第一章“親父への旅”の短期集中再連載は、今日が最終回です。興味のある方は、こちらからどうぞ! …明日からは、第三章の続き。20日頃から第二章の短期集中再連載をします。

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QOL(クォリティ・オブ・ライフ)を考える日々。

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引っ越してきた頃(約3年前)のチビ。

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今年初めのチビ。突然“
箱入り婆さん”になった。


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昨日の朝、病院に行く前のチビ。

我が家のチビ婆さんのことである。甲状腺ホルモン異常の薬の副作用(…らしい)で、骨髄での造血ができない状態が続き、一方で赤血球が壊れ続けていたらしく、結果として体への酸素供給が思うに任せない状態になっている。「輸血をして体力を回復しないと、今のままでは……」と言われて、3日が経った。その間、ひばり動物病院で血が適合する猫ちゃんを各所に問い合わせ探してもらいながら、朝は病院へ、夜は自宅へ、という状況が2日続いた。

そして昨日、Kapparが両親の通院の付き添いに小田原に行く直前にチビを連れて行き、検査結果が出る頃に僕が病院へ行く、ということになった。

結果は低位安定。赤血球の数が通常の3分の1しかない状態が続いている。ただ、13日か14日いずれかの日に、それぞれ場所は違うが、輸血が受けられるとのこと。早い方がいいとのことで、13日にお願いすることにし、場所や時間を伺って帰ることにした。帰る前に面接に行き頭を撫でている時、しかし、ふと思った。

「ん?輸血は治療ではないぞ。しかも、リスクがないわけじゃないらしい。家に帰るとうれしそうで、心なしか朝には元気になっているような気も……。副作用の影響がなくなるまでの体力を獲得するために、小さな体にいろいろな負担をかけるというのはどうなんだろう?」

面接が終わり帰る間際、「相談しますが、輸血を止めて自宅で…、ということは……」と訊いてみると、「輸血することをお勧めしますが、最終的には飼い主さんのご判断です」とのこと。「それはそうですよね」と病院を出た。

そして、シミズヤでお寿司を買い、他に必要なものを探している時に、メールを入れておいたKapparから電話があった。輸血をすることを前提に事情を説明し、「でも、病院にいると必ず元気を失くし、家に帰ると本当にうれしそうにしてるしねえ。チビにとってはどうあるのがいいんだろうなあ、と思うとねえ」などと言うと、Kapparも「そう、私もチビのQOLのことを考えているのよ。病院で朦朧とした状態になっているのと、家に帰って穏やかにうれしそうにしているのを見比べるとねえ」とのこと。恥ずかしながら、売り場の真ん中で涙が出てきた。そして、「なんとか早く帰って、今夜も連れて帰る。置いておくのは忍びない」ということになった。ちょうど仕事も忙しく、負担の大きいKapparだが、そうしてもらうことにした。

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病室のチビ。気づくと、こちらを見る。「帰る?」と聞きたくなる。

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3日前まで使っていたこのスリングでは体勢が苦しいようなので、籠にした次第。

そして、千歳烏山の100均でチビ用に籠とバッグを買って、それにチビを入れてタクシーで帰ってきた。午後7時だった。チビはうにゃうにゃ鳴きながら、テーブルの下を探索。いつもの場所に落ち着いた。その直後、佐助も一日預かりからご帰還(連れて来ていただいた)。ダーッとチビに駆け寄るが、そっと匂いを嗅いだだけだった。

そして……

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昭和少年漂流記、第一章“親父への旅”の短期集中再連載が始まっています。興味のある方は、こちらからどうぞ! …連日掲載です。

チビの体力次第だが、きっと大丈夫!と思いつつ、見つめている。“夢をあきらめないで”といった気分だ。

 

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より良くあろうとする“符合”…。

昨日午前、半日入院となった老猫チビ。午後6時過ぎ、佐助の散歩を兼ねて千歳烏山のひばり動物病院まで様子を見に行った。膝の調子が今一歩の僕にとっては、久しぶりのロング散歩だ。

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振り向きながら前を行き、匂い嗅ぎに忙しい佐助。

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病院に着いたら床で“涼”を取っている。

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点滴で少しは頭を上げられるようになったというチビの様子を見に行くと、気付いてニャアと言った。

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もう一日様子を見ましょう、という言葉に「よろしくお願いいたします」と頭を下げて、夜の京王線の踏切を渡って帰ってきた。

帰ってきてからクローバーさんのブログを訪問してみてびっくり!ご主人が緊急入院とのこと。なんという“符合”だ!こちらは老猫だが、あちらはこの夏回復ぶりが目覚しかったご主人。心配な夜となった。

そして今日、お昼にチビの様子を電話で聞いてみると、食欲も出てきて元気になってきたとのこと。フニャニャ~~、と威嚇もするようになってきたらしい。安心なことだ。平穏な日々が戻ってきそうだ。

そうだ!きっとこれも“いい符合”に違いない!クローバーさんにも、平穏な介護の日々が戻ってくるはず!…戻ってきますように……!

なぜか、今日はWANDS“もっと強く君を抱きしめたなら”。バブル後期の頃だったか、崩壊の頃だったか……。

……今、クローバーさんのブログが更新されていた。お二人とも、元気になっていただきたい。見守り、ささやかに激励することしかできないが……。

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不在の重み

我が家の老猫チビが、どうもよろしくない。食欲増進の薬を飲ませたのに食欲がまったく出てこず、顎か口から少し出血もしているようだ。う~~~ん、と気にしつつKapparは仕事に没頭。僕はまた“VANの倒産について”書き始めていた今朝。獣医さんから電話が入った。その後の様子を気にしてくれているらしい(薬の問題もあったから尚更だ…)。

そこで、「電話頂いたということは、病院混んでないな、今なら。気になって仕事の能率が悪いから行ってくるね~~」とKapparは立ち上がり、さっさと準備を始めた。5分後には、玄関の開く音。

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準備ができたようだ。あれ?!また僕のシャツ着てない~~~?

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「行きたくないよ~~」と顔と声が出てくる。少し安心。

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自転車で向かうのを見送って小一時間後。

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帰ってきたKapparのスリングは空っぽだった。「なぬ!入院!?」と訊くと、「半日入院で、精密検査を念入りににするらしいよ~~」とのこと。6時半ころにはお迎えに行くことになったのだった。

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ダイニングの端のチビのベッドがポツンと、チビの不在を表している。ちょっと寂しい。帰ってきて欲しいな、と思う。不在が存在の証になり、存在の大切さを教えてくれるんだなあ、などとしみじみと思った。

そう言えば、失恋の痛手を直してくれるのは新しい恋だって言うもんね。“別れても好きな人”より、“別れたら次の人”ってことなんだよな~~~。

パープルシャドウズの“別れても好きな人”。別れたら次の人、と歌詞を変えながら聴いてみよう!作詞・作曲は佐々木勉で、ロス・インディオスのものと歌詞が少し違うのも見つけてね。  さ、病院行ってこなくちゃ!

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命を愛おしむ

もう丸3日間、我が家の老猫チビが何も食べていない。ウニャとも言わない。心配していたが、幸い(?)にも、今日は診察予定の日。午前9時半、Kapparがスリングに入れて出かけていった。

その間に“VAN倒産の要因”の続きを書こうと地下へ行く。と間もなく、チャイムの音。仕事熱心な佐助が、吠えながら階段を駆け下りてくる。「佐助のおやつが届くはず」と聞いていたので、ささっと受け取り、片付けておこうと一階へ。膝が痛むのでソファで小休止すると、佐助の鼻が手に持った封筒に近付いてくる。

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「それ、な~に?」「ねえ、それ、な~~に?」「なになんでしょうね~~~」としつこいので、「ダメだよ~~~」と封筒を胸に抱いた。すると、

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「お座りしてるいい子ちゃん&見つめるつぶらな目攻撃、受けてみよ~~~!」ときた。そっちがそうなら仕方ない。「じゃ、ほのかに香るおいしい匂い攻撃だ~~~!」と、封筒から出して並べて見せた。

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「さあ、蛮勇を奮って、食いちぎってみるがいい!さあ、さあ、さあさあさあ」と見ていたが、やはり諦めた。「どうした?いいの?いいのかなあ?」とおやつを手に取ると、

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「興味ないもんね~~」とばかりに余所見。「はは~~ん。やせ我慢ってやつだなあ」などと、ついつい遊んでいると、Kapparから電話。「ちょっと検査で長引きそう」とのこと。途端に、あれやこれやと心配が募り、最悪のケースまで浮かんできて悲しくなってきた。

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30分後、ウニャ~~~!の声と共にチビご帰還。うれしそうに目を見開いている。にわかに部屋も明るくなっていく。

甲状腺ホルモン異常の薬の影響と考えられる。血圧も低下しているので、まずは食欲の回復を目指そう。…とのお診立てだったとのこと。胸を撫で下ろす。

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お疲れのチビの前に座り、頭や喉を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らし、顎を出し、うれしそうだ。それよりもうれしいのは、こっちの方だ。“情は人の為ならず”という言葉が浮かんでくる。それがたとえどんなに小さな命でも、“命を愛おしむ”ことは、“自らの命を愛おしむ”ことにも通じているんだなあ、と思う。

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Kapparが打ち合わせに出かけるというので、そっとチビの喉から手を離した。Kapparが出かけた後見てみると、そのままの形のチビがいた。

“愛”とか“愛する”とか“愛される”とか…。僕にはよくわからない。語る言葉も持ち合わせていない。でも、“愛でる”とか“愛おしむ”ならわかるような気がする。と、ふと思えた一瞬だった。Immortality(不死)という概念はあまり好きではないが、Bee Gees&Celine Dionの“Immortality”という曲はいいと思う。きっとEternalityと同じ意味なんだろうなあ。

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脳出血記念日!

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昨晩、晩ご飯の前にこんなグラス(開口部の直径約4センチ)に冷酒が入って出てきた。なんだろう、と思っていると、「今日は記念日だよ~~」とのこと。「え!?なに?」。記念日という言葉を聞くとビビる身体になっている僕の手は止まった。なんだろう~~~~~。

「脳出血の……」と聞いてひと安心すると同時に、時の流れを感じた。「もう6年か~~」。いろいろなことがあったような、なかったような……。「生きててよかったねえ」と言われ、生きてることの意味や価値をふと考える。悪い癖だ。“生きてることが丸儲け”じゃなかったのか。

月曜日、歯医者に向かっている時、初台リハビリテーション病院前の信号で、向こうから入院同期の人が渡ってきた。ゆっくり、ゆっくり、一歩一歩を慎重に出しながら。右足の膝から下には、ガッチリと装具が付けられている。

僕は立ち止まり、にこにこしながら彼が気付くのを待っていた。しかしすぐに、気付かないかもしれないと思い、彼を見ないようにした。4ヶ月ばかり前に会い、いろいろお話した時との変化に気付いたからだ。

半分だけ白かった髪がほぼ真っ白になっているのが、帽子の下に感じられ、その表情は透明になってきているような気がしたのだ。そっとしておいてあげたい、と思った。

彼は50代半ば。お母さんと二人暮らしだったはず。「父親譲りの超高血圧なので、この病も仕方のないことなんです。僕の運命ですから」と言っていたのだが、ヨガに触れて人の役に立とうとする意欲が生まれてきていた人だった。礼儀正しさに前向きな明るさが加わり、とてもいい変化だなあ、と思っていたのだが……。

時間は公平だが、その彩りは人によって異なる。同じ色合いに見えている者は、意外と少ない。彼には、世界と時間は、今どんな色合いに移っているのだろう、と後姿をしばし見送った。

歩けるようになっていく頃の輝きが、彼の顔のもどればいいのだが……。

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変わらない力は“今日を生きる”ことがずべて、から生まれるのだろうか。ヨーグルト作りに使った牛乳の空パックをちぎり倒し、舐め倒してつまらなくなっている佐助。いいなあ~~、とつくづく思う。

あ!チビはベランダに出たままだ~~。と雨模様に慌てて覗くと、こちらものんびりしたものだった。

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吉田拓郎“全部抱きしめて”……康珍化の作詞、僕は好きだ。他の曲もいいよ~~。

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ダッチロールで低空飛行って……!

危険であることはわかりつつも、いかんともしがたい気分の行方。気分は、気分を取り巻くすべての状況を映し出すものだが、どうも、天候、肉体、環境といった、現在の状況要因ではないようだから始末が悪い。

バウムクーヘン(?)のように、引き剥がし難く積み重なり合ったことが、定かではないが確かに思える一つの方向に向かって蠢いているような……。

物体は、内力では動かない。気分だって、内力で動かすには限界がある。ここは一番、外からの力に頼るべきか。しかし、快刀乱麻、すっきりと断ち切ってくれるものがあるのだろうか……。

射出角の小さな狂いはすぐにきちんと是正しておかねば、時間が経つと極めて大きな狂いになるものだ……。

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いかん!気分が転移したのか、チビのこんな姿が見られなくなった。食べてくれない。

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僕のケツは、白くほわほわしていないせいかなあ。

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毎日一度、こんな時間を持てばいいのかなあ……。

低い時はどうせなら思いっきり低く……もいいかな?と思っていたら、思い出した曲。この低音はなんだ!?凄い!!と中学生の時に驚いた。The Platters“16 Tons”

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“今”って、なに?

小学校の高学年頃から中学生にかけて、よく親父に質問した。多かったのが、「“今”って、なに?」や「死んだらどうなるの?」で、一つひとつ丁寧に答えてくれた。一緒に考えてくれたと言った方が正しいかも知れない。親父が笑ったのは、「一つ目小僧ばかりが住んでいる所に行ったら、僕たちが妖怪ってこと?」と訊いた時だった。「そりゃあ、そうなるのお。いいことに気が付いたのお」とうれしそうだった。

マーク・トウェインが「お互い異常だと認め合って付き合えば、争いは起きない」というようなことを言っているようだが、正常な状態に関して、一方が明確にイメージを持っていると、押し付けや非難や支配が起きてくる。あまり好ましいことではない。

人はこうであるもの。こうでなくてはならない。という場合の“人”は、そう思っているその人自身であるからだ。

リンカーンも言っている。「五分の理が自分にあると思う程度のことは、譲るべきだ。たとえ自分に10分の理がある場合でも、些細なことは譲るべきだ」と。融和の人だったんですねえ。見習いたい……。

Kakky

昨日は残暑の中を出かけた。麻痺の左腕は歩くと勝手に曲がり、後から筋肉痛になる。どういうこっちゃ~~い。

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夏の終わりだ。蝉の声が数種類混ざり合っている。玄関先で成仏している一匹を見つけた。

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でも、佐助はヨーグルトを舐め続け、チビは“銀のスプーン”だけは飽きずに食べてくれている。……これがきっと“今”なんだ……

昭和少年漂流記、第一章“親父への旅”の短期集中再連載を始めました。興味のある方は、こちらからどうぞ!   というわけで、今日は“One More Time”by Daft Punk

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嘆きの5段階

雨宿りをしようと決めて、まず一つ禁を犯した。……煙草を買ったのだ。「お茶をするのに、一人で時間をつぶそうというのに、煙草なしにできるものか!」という勝手な理屈と、昨日の夜から頭に浮かんでいた「死ぬ瞬間」を著した“女性の哲学者”のことがあったからだ。

彼女は、多くの死に行く人たちをインタビューしながら見つめ続け、最後は自らの死も見つめ続けた。そのドキュメンタリーを観た時、確か、何度目かの重い脳卒中の病床に合っても、好きな煙草は手放さなかったよな。と思い出したのだ。

調べてみると、彼女の名前は、エリザベス・キュープラー・ロス。「死の受容の5段階」や「嘆きの5段階」で知られている人だった。そして、著書「死ぬ瞬間」がきっかけになって、ターミナル・ケア(終末期医療)という分野が確立されていったらしい。

否認→怒り→取引→抑鬱→受容 という5段階を経て、人は死を受け入れ、あるいは嘆きを乗り越える。……確かに!と思う。そして、怒りを表出しなければ、開放は得られない。そう、取引に進めないからだ。

てなことを思い、調べ、考えていた午後。帰りの電車の冷房が利いていたせいか、“自分一人では、結局自分を保てない”ことを改めて痛感させられ、取引から抑鬱へと進んでいるような気がしたのだった。

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雨の上がった、オペラシティの中庭から空を見た。幼稚園の時見上げた4階建てのビルを思い出した。

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こんな時はなぜか、全体より部分が気になる。……というわけで、佐助の前足の肉球。

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2~3ヶ月間ベランダに通って来ていた野良猫“ノタ”。今はもうきっと……。

今日のクローバーさんのブログにあった、越路吹雪の“誰もいない海”。彼女のご主人の作曲だとは知らなかった。心に沁みた。

回復期における情緒不安定な時期に関して。……気になる人はどうぞ……

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初台だ、雨だ、お茶してみた。

歯医者の帰り、雨が降ってきたのをいいことに、オペラシティの喫茶店でアイスカフェラテを飲みながら、iphoneでブログを書いてみた。
見えにくくて大変!
ちょっとのわビリしたら終了だ〜。
続きは、帰ってから〜。

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慈雨

いないと来て欲しくなり、いざやってくると少し面倒な……。人や雨って、そんな存在のようだ。人はそれぞれわがままな存在なので、いつもどこか緊張を強いられる存在からは逃げたくなるものらしい。だが、これからどうして過ごすのかがイメージできて、それがリラックスして楽しめる時間を約束してくれるのであれば、もちろん大歓迎!ということになる。

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照り続ける日差しに緊張を強いられていた目や身体に、突然の雨はいかにも優しい。まさに、慈雨だ。

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なぜか突然、チビはご飯を食べ始め、

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佐助はソファに飛び乗り、丸くなった。慈雨は、い続けないからこその慈雨。適度な時間で通り過ぎてくれるのがいい。

今日は、慈雨のような友人夫婦がやってくる。楽しみだ。

すぐ上がってしまう雨だが、Rainy days と言えば、GAZEBO“I Like Chopin”

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「リハビリと介護NET」のブログがスタート。現在は、「Kapparの“ゆる・はや・ごはん”」「脳卒中とコミュニケーション」「保護犬佐助、セラピードッグへの道」の不定期連載中です。

ご質問、ご要望等がありましたら、是非お寄せください。真摯に対応させていただきます。http://ashita-harerukana.cocolog-nifty.com/blog/

昭和少年漂流記、連載中!

(本日夜、更新予定!明日も、更新予定!)

 60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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