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15年後の揺り戻し?!(豊かな土壌と盛り土の共存へ?!)

移動と物流の主たる手段が鉄道だった時代は、駅が町作りの中心にあった。やがて、モータリゼーションの進行でクルマが輸送手段の主役になってくると、鉄道利用は廃れていき、それに伴って町の中核をなしていた駅前”の役割も小さくなっていった。

したがって、道路の整備とそれを核とした新しい町作りが、大型店の誘致を中心とした商業施設の郊外への集約へと移っていくのは、ある意味ではやむを得ない。しかし、休耕田が多くなっているとはいえ、豊かな田園地帯に盛り土をして呼び込んだ中央資本の商業施設が街を豊かにしてくれるとは、あまり考えられない。生産なくして、豊かな消費もありえないはずだからだ。医光寺へ向かう道すがら、「あ~~あ、あの下に埋もれた豊かな土地が復活するのは大変だろうなあ」と、僕はクルマの後部座席で溜息をついた。

しかし、750円のランチをお墓参りの後にとっている時のF子さんの話と帰りの空港で見た光景に、可能性も感じたのだった。きっと、残存している豊かな土壌(=豊かで逞しい田舎の人たちの感性)が再び町作りの主役に躍り出てくることだろう。15年後くらいかな?盛り土はいつだって仮の姿だし……。

F子さんの話:「昨日、半日かけて畑に玉葱を植えたのよ。そしたら、今朝見たら、全部猿に食べられてたの。」(え~~!もったいない!)「いいの、いいの。しょうがないもんね。また植えればいいんだもの」。

空港で見かけた光景:お土産を選んでいたら、少し離れたところに老女が…。空港まで送ってくれたF子さんが、僕に耳打ちした。「あれ、同級生のI君のお母さんよ。クルマでお昼ごはん食べに来たんだと思うよ。86歳よ。元気よね~~」。10分後、ラウンジでうどんを注文し横のテーブルを見ると、そのおばあちゃんがいた。前には小ジョッキ。F子さんに気付き、「本当はいけないのよね。でも、ちょっとだから」と肩をすくめた。

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うどんを食べ終わり待合室に出ると、おばあちゃんにまた先を越されていた。どっかと椅子に腰かけ、新聞を広げている。なんだか、うれしくなった。底力って、こういうものなんだろうなあ、と思った。

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1980年頃、大平政権下で打ち出された“田園都市国家構想”は、なかなかいい構想だと思っていたが、これから現実のものになっていくのかもしれない……。

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機内から、右に空港、左に益田市中心部。ちっちゃく見えても、人口5万人強。……ちっちゃいか……

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60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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