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昭和の少年たち…“中国山地の寒村、沢君兄弟”⑤

「ごせえ=ちょうだい」、「おぞい=こわい」といった沢谷村の日常会話レベルの方言を覚えるのと、友達が出来ていくのは同時進行だった。小学校2年生の1学期の間に、数人の遊び友達が出来た。僕の家に毎月配達されてくる少年誌の存在が、田舎の少年たちにとって魅力的だったことも手助けとなり、学校帰りには、ほぼ毎日誰かが僕の家に立ち寄るようになっていた。「ぼくら」「少年」「漫画王」「小学2年生」の定期購読は、親父が再婚するにあたっておばあちゃんから「いきなり取り上げたら可哀想だから」とお願いしてあったものだった。やがて家計を圧迫するからと、4年生になる時2誌に減らされるまで僕は、雑誌に関しては極めて贅沢だった。ただ、山村の小さな小学校には、遠くから通っている子供が多く、帰りに僕の家に立ち寄っても、縁側で勢いよく漫画を読み、ささっと帰っていく者がほとんどだった。その後の、夕飯までのお袋と二人きりの時間には、なかなか慣れることができなかった。

田辺昭吾君(だったと思う…)は、遠くから通っている元気な少年だった。いかにも少年らしい少年だった。鼻からうどんを一筋飲み込んでみせるのが特技だった(と思う…)。そんな彼にある夏休み前の日、ふと「僕の家に来る?」と誘われた。どんな所に住んでるの?どんな家なの?などと、僕が質問を浴びせていた直後だった。彼の家が遠いことだけは知っていた僕は、傍らで二人のやり取りを聞いていたお袋の表情を覗いた。意外にもお袋は、「いいわよ。行ってくれば?暗くなる前に帰ってくるのよ」と微笑んだ。すると田辺君は、一瞬困った表情になった。そして、つと立ち上がった。と思うと、「じゃ、行こうか」と僕を急かすように歩き始めた。

それからの時間は忘れられない。

渓流沿いの県道(だったと思う…。バスの通る道路)を随分と歩いた後、山の方へと右に曲がり山道に入った。周囲の景色をきょろきょろしながら、物見遊山感覚の僕。それを敢えて無視するかのような、いつものやさしさに欠ける田辺君。やがて僕は、黙々と田辺君の後を追うだけになっていた。息も次第に荒くなっていった。が、田辺君の足は衰えない。道は険しく山肌を縫うようにつづいていた。集落にはまったく出くわさない。生い茂った木々の枝が道に垂れ下がり作り出している暗く涼やかなトンネルを時折潜り抜け、山から沢へと吹きぬける爽やかな一陣の風に、額の汗をぬぐったりした。しかし、着かない。黙々と歩み続けるのみだ。「まだなの?」と声を掛けるのは、ためらわれた。やがて、山間が少し切り開かれた空間が遠くに見えてきた。人家らしきものもがその空間の真ん中にあった。僕は、あそこでなかったらどうしよう、と内心思った。しかし、振り向いた田辺君の表情がほころび、その足が速まった。あれは田辺君の家だ!と確信した。旅を終えた気分だった。

藁葺の家だった。土間に入ると、ひんやりとした空気が沢谷村の農家共通の匂いを伴って身体を包み込んできた。その奥から、田辺君の母親と思しき人が、驚きの表情を隠さないまま現れた。一歩先に駆け込んだ田辺君から事情を聞いたようだ。「よく来てくれましたねえ」という意味らしき挨拶の後、「さあ、これを持って早く帰りなさい。遅くなるからね」という趣旨のことを真顔で言われた。そして、背中を押されるように家を出た。奥の方から、ちょっと笑いを噛み殺したような田辺君の「またね~」という声が聞こえてきた。「またね~」と応えながら、僕は暗い気持ちになっていた。田辺君のお母さんから手渡された二つの柏餅が、帰りの旅の厳しさを物語っているようだった。

鳥の啼く声が時折谷間にこだまし、木々は風にざわめいていた。夏の日も次第に蔭ってゆき、山道は急激に暗くなっていった。竹藪の笹の音に怯え、小走りになることもあったが、遠い道のりを思いセーブした。帰りは行きよりも多少は近く感じたが、県道に出る頃には、もう日が暮れていた。どっぷりと暗くなって家に着くと、待ち受けていたお袋に怒鳴りつけられた。もう遠くにある友達の家には遊びに行かない。と、まだ小さく震えている心に誓い、やっと着いてほっとしている僕を怒鳴ったお袋を恨んだ。

それからの2年間に、僕はハチの子もイナゴのつけ焼きも食べられるようになったが、校庭から見える所にあった多久君の家に一度行ったきり、友達の家を訪ねることはなかった。

Photo
こんなに真っ直ぐ延びた道路は、島根県益田市横田に引っ越すまで、ついぞ見たことがなかった。

 60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

第三章、連載中!“昭和少年漂流記”

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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