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因果応報

脳出血発症から丸5年。発症後に集中して起きざるを得なかった様々な出来事に、時には打ちひしがれ、時には戸惑い、怒り、嘆いていた時間も、今や妙に切なく懐かしい。そして、病中・病後にできた負債もKapparのおかげで解消されていき、心の負担も軽減されてくると、週に何度か親父とお袋を思い出すようになった。悔恨ばかりである。それも僕がしたことではなく、いかに何もしてあげなかったか、ということばかりだ。

特にお袋に対して“してあげなかった”ことへの悔恨の情は深く重い。もっと笑顔にさせてあげたかった。言い古された言葉だが、まさに“親孝行したい時に、親はなし!”だ。おいしいものを食べた時、楽しい時間を過ごした時、心に沁みる時間を過ごした時……、“お袋が生きていたらなあ”と思う。後妻としてやってきて、お袋なりに可愛がってくれていたことを、小さな思い出から気付かされる。いちいち、悔やまれる。お袋も親父いなくなり、病気になってから、あるいは病気になったからこそ、こんな想いに駆られるとは……。後悔先に立たず、と言うより、因果応報と呼ぶべきか……。

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佐助とチビが屈託ないのは、おそらく“負の記憶”がないからかもしれない。ひょっとすると、あっさり克服したのかな?それとも、今を生きているから、関係ないのかな?因果や恩讐なんて……。う、う、う、うらやましい~~~~~~~!

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

第三章、連載中!“昭和少年漂流記”

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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コメント

親孝行、したい時には・・・、さんざん聞いてきたこの言葉、そうですよね。
実は、数ヶ月前、母が突然亡くなる!しかも喧嘩別れしたままに!という衝撃的な夢を見ました。夢の中では、後悔ばかり、ああすればよかった、こうすればよかった、と涙涙で叫んでいたんです、自分が。
目が覚めた瞬間、「夢か、あぁ良かった」と本当にホッとしたんです。しかし、時の経過とともに、その思いもどこへやら。
ブログを読んで、また改めて思い出しました、夢の内容を。そして今度の連休には、母を連れて旨い魚を食べに出かけます。

投稿: ひとり娘 | 2011年9月30日 (金) 19時15分

ひとり娘さん

ご無沙汰~~。お母さん、お元気なようですね。
本質的には、切っても切れない“仲良し母娘”だもんねえ。口うるさい時って、本当は甘えたいのかもよ~~。
お元気な間に、小旅行などしてみるのもいいかも……。
おいしいものは心を和ませてくれるけど、お出かけすると、ふと日頃出せない本音が出てきて、かわいいお母さんを感じることができるような気もするけど……。

遊びに来てね~~~。

投稿: Kakky | 2011年10月 7日 (金) 18時39分

 昨晩、偶然、60sFACTORYを知り、今朝、こちらに伺って「昭和の少年たち」を拝見。目の前がぼやけてしまいました。
 私は温泉津で生まれ、中二から兵庫県に出て、学校を出てからはずっと神戸に居たものですから、島根での記憶は昭和40年代初めで途切れています。それでも、近い話は見聞きした覚えがあります。
 仰るとおり、当時の日本人は、貧しい中に誇りを以って生活をしていたのではないか、と思っています。
 ただ、みんなそうかというとちょっと怪しいもので、転校先で、石見弁を真似された事はともかく、先生に対する言葉遣いには驚かされました。
 そこには「(私如きに)勿体無い」という家庭での教えは全くみられませんでした。
 あ、思わず長々と。またお邪魔します。

投稿: 再起(せき)SR400 | 2011年10月22日 (土) 14時18分

再起(せき)SR400さん

温泉津のご出身なんですね。友人に一人、温泉津出身の男性がおります。フリーライターです。島根県出身と聞いた友人が引き合わせくれて以来、20年以上の付き合いになります。
田舎の匂いでもするのでしょうか、なんとなくお互い安心できるようです。

大都市は別の国なんじゃないか、と思います。アメリカをニューヨークで判断しないでくれ、とアメリカ人から言われたことがありますよ。

また、覗きに来てください。

投稿: Kakky | 2011年10月24日 (月) 12時45分

 ありがとうございます。温泉津出身のフリーライター、・・・・。
 そんなカッコいい仕事の人がいる、なんて話は知りませんでした。小さな町ですから知っているかも、ですね。
 温泉津といえば、難波利三氏が一番有名なくらいで。
 私は、あの色々なこと(万博、安保自動継続、三島氏の自殺)があった70年には、高校二年でした。だから、4歳ほど年下じゃないでしょうか。
 そのまま、着る物にも頓着なく過ごして来ましたが、やはり、それなりの歳になるとみすぼらしい格好は、と思うようになりました。
 ずっとバイクで過ごして来ましたが、偶には普通のジャケットにアスコットスカーフでもして、出掛けるのも良いかな、なんて思い、車の運転の練習を始めたところです。(筋金入りのペーパードライバーですから)

投稿: 再起(せき)SR400 | 2011年10月24日 (月) 15時58分

再起(せき)SR400さん

フリーライターの彼は、津田浩司(下の名前は自信ありませんが…)。今年50歳のはずです。
一度だけ温泉津土産をもらったような気がしますが、どんなものだったか、憶えていません

ちなみに、僕は昨日62歳になりました。

投稿: Kakky | 2011年10月25日 (火) 18時29分

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