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怪我の功名!…寄り道の楽しさ

深夜に屋内ですっころんでヒビの入った左手薬指と小指。今日の3回目の診断で、目出度く「くっついてますね~~」とギプスが取れた。3回目ともなると、待ち時間の長い総合病院の受診の仕方もこなれてきて、朝8時の受け付け開始にKapparがチャリで受け付けを済ませて一旦帰宅。1時間半ばかり仕事をしてから二人で徒歩で向かい、さっさと受診を済ませるというテクニックで、前回の待ち時間3時間、診察5分、往復30分(帰りはタクシー利用)、合計3時間35分という所要時間を大幅に短縮。1時間も経たないうちに、病院を出ることになった。そこで、ちょっくら寄り道。「久我山駅と病院を往復しているシャトルバスに乗って、久我山駅辺りを見学しない?」ということに。「本屋に行きたいな。急行停車駅だから、大きな本屋があるはず」「せっかくだから、お茶しようか」「おいしそうな店があったらチェックしておきたいし」などと即席プランを出し合い、シャトルバスで向かった。

ドトールで、1月以来の“外お茶”。「外食(ほとんどしないが…)は、やっぱり仙川かな」「この辺りの地格は、浜田山並みかなあ」「フードコート、発見!井の頭通りの方にあるんだ」などと話しながら、「ところで、本屋は?」とiphoneアプリ“around me”で探してみると、京王系の啓文堂が7mの距離にある、と出てきた。「な、なぬ!7mとな!」と窓外を見ると、久我山の駅ビル。

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「エキナカか~~。そりゃそうだ~~。本屋は改札近くがいいもんね」と、本屋に行き、「帰りは富士見ヶ丘から歩いてみようか」と、一駅で下車。「これ、神田川だよ~~」と教えてもらって「あまり好きじゃないけど、かぐや姫のアパートの近所か~~」と写真を撮り、

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20分ばかり歩いて帰ってきた。寄り道はいつの間にか“ご近所小旅行”になっていた。楽しかった。たまには、軽い怪我もいいもんだ?!

玄関で待っていた佐助は、ご褒美におやつがもらえそる僥倖に、きょとんとしていた。

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第三章、連載中!“昭和少年漂流記”

(原則、月曜日&金曜日に更新予定)

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幸せが備蓄できればいいのになあ……。

いい時代は意識することもなく過ぎ去る。「幸せだなあ」と鼻の脇をこすりながら言いたくなる時よりも、「幸せだったんだなあ」と歯噛みしながら思い出すことの方が多い。どうも、幸せには鈍く、不幸せには敏いのが、人の感性らしい。幸せには鈍いものだから、欲深くなるのかもしれない。ひょっとすると、欲深くなることが生き抜くためのノウハウの基本としてDNAに組み込まれているのかもしれない。だから、欲を削ぐことが難しいのかもしれない。他者のために自らの欲を削ぎ落すと、いざと言う時にはとことん困ることになるからかもしれない。幸せは備蓄できないし、移ろうからなあ……。

佐助の貪欲さを、僕は叱れない。満腹感に浸っていると、次の食糧にありつくチャンスを失うかもしれないって、身体に沁み込むほど知ってるんだもんねえ。

鰯が安い!と発見すると、ほぼ必ず始まるKapparの味醂干し作り。スーパーの魚売り場のサービスで三枚に下してもらってきた鰯を30分ばかり漬け込んで、さあ、ベランダへ。

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干すと同時にやってきた食い物探検隊がペロリ!と味見。お気に召したようで、ご執心だったが、強制隔離。おかげで、無事完成!今夜は、おいしい出来立てが味わえそうだ。

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リーダーは“後姿”と“頼りなさ”で決めよう?!

パック入りのイチゴを買う時、僕は必ず一度持ち上げ、下側を覗き込む。上からはきれいに赤く熟れているように見えても、下側は白っぽい部分が多いものを避けるためだ。イチジクを買う時も同様だ。西瓜は切ってみるわけにもいかないので、割高を承知でカットされたものを買うことが多い。

“見栄えのいいもの”に、どうしても人は動く。そして、“見栄えのいいもの”で失敗を重ねると、敢えて見栄えの良くないものを選んで失敗を重ねたりもする。僕もたくさんの失敗を重ねてきた。だから、見栄えで動いた後に、再確認をするようにしているのだが、それでも失敗をする。

これからのリーダーは、“後姿”と“みんなで支えてあげたくなる”ような“頼りなさ”を持った人が望ましい。という説がある。「正しいこと考え、きちんと実行しようとしている人だけど、どこか心配だから手伝ってあげなくちゃ。いつも見てあげてないと……」と本気で思わせる人なら、確かに、意識が寄り添ってしまう。結局、共に歩むことになる。「俺についてこい!」的な所謂“強烈なリーダーシップ”は、本当はもう求められてはいないはずだ。反発する人は多いし、甚大な被害を蒙る危険性も高いからだ。

後姿は、なかなかうまく作れないしねえ。そこはかとなく人柄や能力が滲み出るもんだしいねえ。正面からは頼りなく見えても、意外な逞しさを感じさせたりもするからねえ。

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細くて情けない顔してますが、

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後ろ姿は、意外としっかり!尻尾の根元に秘密の渦もありますが……。

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「これでいいや!」から、「これがいいよ!」へ!?

リーマンショック以降の“節約疲れ”に、「節約頑張ったから、少しくらいいいよね~~」と高額品やレジャーへと消費が動き始めて間もなくの大震災。家族や人と人のつながりの大切さ、今ある命の営みの尊さを痛感した人は数多い(はずだ)。一時の狂乱的買い溜めなどが収まると、それは、ライフスタイルや購買行動の変化となって現れてきている(ように感じる)。コンパクトで内容の充実した暮らしへ…。家族や親しい人たちと過ごす時間と空間の充実へ…。多くの人たちのマインドは動いている(ような気がする)。

合理的な節約はむしろ、充実のための費用を生み出すための楽しい行為と考え、安くて十分なものと高額なものを“心理的ニーズ”に応じて巧みに使い分け、両方とも楽しもうじゃないか、という傾向が強く出てきそうな気がする(もう、出てきている?)。重厚で本格的なものや確実に必要な機能(単一よりは数種の)のみを持ったものなどが、来年になるともっと注目されることだろう。……“断・捨・離”(ダンシャリ)は、それに先行するブームのような気がするが……

“空からの打ち水”(にわか雨とも言う…)はうれしいものだが、度が過ぎるのはどうも……。雷に初めて怯えた佐助は、膝に潜り込んでくるし。

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麻痺側の肘、肩、胸は痛むし。膝はふにゃふにゃになるし。最近よく耳にする“前を向く”という言葉とは縁遠い気分になるし。しまいには、“おめおめと生きていても…”なんて言葉が浮かんでくるし。秋になるのはうれしいが(まだまだ、夏の粘りはありそうだが…)、秋雨前線は嫌いだ~~~~~~!

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“介護とリハビリのネットコミュニティ”について……⑪

仲介者であるリハビリ医の方は、「いい企画ですねえ。何かできることがあるようだったら、僕にも手伝わせてください」と言ってくださり、件の通信キャリア経営者の親族の方からも「おもしろい企画ですねえ」という感想が届いてきました。ただ、お渡ししたお手紙企画書には、具現化に至るまでのロードマップも運営システム図も事業計画の概要も書いてなかったので、「できればお会いしてお話しさせていただきたいんですが…。ご要望があれば、その際事業計画やシステムの概念図をお持ちします」との伝言をお願いしました。

最も不安だったのは、僕自身がこの企画をビジネスにしようと意図しているものではないことを理解していただけているか、ということでした。関わる人たちの労力と意欲を継続的なものにしていくためには、ビジネスとして成立するものでなくてはならない一方、誰かの、あるいは特定の企業の利潤のためのものであってはならない種類の活動だと考えていたからです。

そして、そんなことを考えながらお会いできる機会を待ち、やがてお会いできないことが分かった2011年初春。それまで頭の片隅にあった“これは、NPOが行うべき活動ではないだろうか”という考えが強くなってきました。“NPOが運営主体者としてまず活動開始を宣言することからでなければ、この企画は始まらないのかもしれない”と思うようになったのです。そして今度は、NPOに関してのヒヤリングを開始しました。

世界がどう映っているか、ではなく、映っているのが世界なんだ。

とかく人は、考え、イメージ、理論に、現実を合わせようとする。その方が楽だし整合性がとれて、納得しやすいからだろう。で、ついつい現実や真実(これもまた、難しいものだが…)を曲げたりもする。悪気もなしに、である。

ところが!こいつは、違うぞ!そう、佐助だ。見たままを世界として認識している(きっと!)。そして、刻々と移り変わる世界を見つめ続けている。

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未来や死への恐れを知らないからだろう。…なんだか、羨ましい~~……。

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名は体を表わす!?

いつも歩いている道なのに、辺りの景色は殆ど把握しているはずなのに、ふと気付く“見知らぬ景色”。慣れは堕落の始まり。見ようとしていないものは見えず、見えないものは残らない。知ってる“つもり”が感性を萎えさせる。……などと大袈裟に言いたくなるほど、「え?!こんなアパートあったんだ~~!」と立ち止まった。写真も撮ってしまった。

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その名は、“陽気ハイツ”。陽気な人しか入れないのか、入居すると陽気になれるのか、建物自体が陽気なのか、大家さんが陽気なのか、本当は妖気が漂っているのか……。3秒立ち止まって考え、ちょっとだけ笑いながらその場を去った。ネーミングの仕事のいくつかを思い出した。どこかでほんの少しずれてしまったり、ボタンを掛け違えたり、誰かの無謀な主張があると、ネーミングは狂っていく。そして、そんな実体をネーミングを通じて晒すことになる。良くも悪くも、名は体を表わすんですねえ。

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エレキと酒と救急車……蒲田の夜

昨日(日曜日)、蒲田へ行った。謙坊と麻生さんに「志ん七がライブをやるので、来ない?」と誘われていたからだった。4時スタートにやや遅れて到着。アロハシャツ姿が多い会場は、中・高年でぎっしり。二人をやっと探し当て、抱きしめられて席に着いた。ステージ上ではベンチャーズ・メドレーの真っ最中。

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志ん七ちゃん(左端キャップ姿)、なかなかの腕前。こちらに気付いて手を振る余裕まである。テーブルの向かいには、僕の事務所の宴会に来たことがある、という男性2名。そして、謙坊の奥方(素敵な方だ)。あれやこれやで盛り上がっているうちに志ん七バンドの演奏終了。次は“下町のザ・ピーナッツ”・バンド。ん?二人のピンキーとキラーズ?

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この間、ずんずん麻生さんが運んできてくれるビール、焼酎、ワインを飲み続け。ボーカルが始まると、調子の出てきたKapparは、「イェ~~イ!」「アンコール!アンコール!」と叫んだり、誘われるままフロアに出て踊ったり、「何かを取り戻した気がする~~」と喜んでいた。……までは、よかった。

演奏がすべて終了しトイレに行こうとしたら、立てない。麻痺側の足首と膝にからっきし力が入らない。麻生さんにおぶさり、一気に仲良くなった村上さんに支えられ、Kapparも付いてきて、何とか用は足したが、相変わらず一歩も歩けない。「どぅあいじょうぶ!どぅあいじょうぶ!テァクシーでかえろ」という自分の言葉に、自分のヘロリ具合もわかるくらいだ。そして、ちょっと休憩、と座っている間に救急車到着。「え?!」ぬぁんで?どぅあいじょうぶらのに~」と抵抗しようとしたら、「目が怪しい。脳出血の時の目になってたから、とりあえず検査してもらおう」とKapparにたしなめられ、“酔っ払い” 慣れしている若い救急隊員のお兄さんにも優しくたしなめられ、近くの脳外科病院に運ばれた。脳の写真を撮り、「明日の午前中に気を付けてください」と言われて、タクシーで帰宅。

まだ10時だった。

教訓:酒は毎日飲んで慣れるべし。……じゃなくて!教訓:外で飲む時は、量は控えめに。……でもなくて!教訓:お酒は、いつもほどほどに。

お泊りから今日帰ってきた佐助は、そんなことは露知らず(当たり前だが…)。はしゃいだ後は、おっさん風にソファでまったりしていた。

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昭和少年漂流記は、明日から頑張りま~~~す。

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ライカ直送便!!

お盆休み終了!Kapparの仕事が再開した翌日水曜日は、久我山病院。ヒビの入った左手薬指と小指よりも腫れている中指に、「これはおかしい!何か起きてる!私が言うたる~!」とKapparが同行。9時前に受付機で受け付けし、終わって帰ってきたら午後1時前。結果はあやふや。

病院で機内モードにしていたiphoneを見ると、e-poohからメールが入っていた。“明日午前中、いる~~?”。電話も2本入っていた。“札幌から帰ってきたのかな?”と電話してみると、なんと旦那Kennzoと娘のライカ(雷花と書く)と新潟県粟島にいた!「ライカが、友達になった漁師の“としお”が獲った“わらさ”(子供のブリ)を送るって言ってるよ~~」とのこと。「いるよ~。よろしく~~」。「北海道土産も送るからね~~」。「わ~~~い。ありがとう~~」。ということで、翌日木曜日。この夏最強の暑さの日。お使いから帰ってきて汗を乾かしていると、着ました、着ました、宅急便!

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かわいいメモ付きの伝票はうれしいが、名前の“洋一”は“陽一”になっていた。笑いながら開けて、びっくり!もうブリじゃないの?と言いたくなるような“わらし”が2本。小鯛が10数尾に、かわいい鯵が1尾。

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チーズ各種に富良野の名産品など、

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お土産も~~。写真は、一部。

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そして、仕事を中断して始まった、魚捌き。

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家庭用の出刃包丁2種を駆使して始まった、5枚下ろし。

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2本の“わらさ”は骨だけになり、

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小鯛はウロコ処理の後、簡便に捌かれ、

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丸干し用と、

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酢で〆るものに分けられ、

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味醂干し用に漬けておいた“わらさ”と天日干し。

こうして、6種類の魚料理になっていったのだった。所要時間1時間半。魚屋さんKappar、お疲れ様~~。

そして今日、e-poohとライカから電話があり、「今日、岩牡蠣送るからね~~」。充実の週末の食卓が約束された。

ライカ~~~。冬には粟島からイクラ(筋子でもいいよ~~)送ってくれ~~~!!

明るく、屈託のない行動力と繊細な感受性を持ったライカのブログは、e-poohのブログの“+R”からどうぞ。…楽しいですぞ……

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安心立命?!

“安心する”という、普通に何気なく使っている言葉の本来の意味は深い。“安心立命”という儒教の言葉に由来するものだからだ。天命を知って、心安らかに、自立して、自らの命を全うする、というようなことだから、“安心”の裏には悟りや確信があり、自立があるべきものなのだろう。簡単には安心もできないものなのだ。…大袈裟?…

人の期待に応えようとしたり、不安や怖れに突き動かされて行動すべきではない。…と、誰か西洋の賢人も言っていたような気がする。他者や環境に目的や動機付けを依存して始めたことは、やがて自分自身を裏切ることになるだろう、ということか…。天命を知り、心安らかに在る、ということは、それだけ難しいことなのだ。…僕には、無理だ…。

などと、考えさせられた昨日の夜。きっかけは、なんと裏の公園方面から聞こえてきた花火の音だった。のどかに寝そべっていた佐助がピクンと起き上ったかと思うと、うろうろした挙句、テーブル下で怯えた目で蹲ったのだ。食事(お酒?)を中断したKapparがソファに移動すると、後ろに隠れる。まだテーブルにいる僕を見つめつづける。「大丈夫?一人でいていいの?」と言わんばかりだ。抱きしめてやると、心臓は早鐘。心許なさげに体重を預けてくる。少し笑ったが、あんな音でも壊れるのが“安心”てヤツなんだ!と思った次第。天命を知ろうとすること自体が、人間の難しさなんだなあ、とも思った次第。だって、佐助にはそんな気なんかないもんね~。今を生きてんだもんね~。

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可愛いヤツよのお~~!

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労働の遺伝子!?

人は大別すると、働き者と怠け者に分けられる。ここにもおそらく、2:8(ニハチ)の法則は適用できるだろう。集団での大掃除の様子を見ていると、セルフ・モチベーションが自然にできている2割の人の動きは、抜きんでて見える。

僕は怠け者である。期待に応えようとする気持ちや役割に対する責任感がなかったら、おそらくのたりのたりと過ごすことだろう。2割の働き者の動きに追随していくタイプと言った方がいいかもしれない。

Kapparは、明らかに働き者の遺伝子を持っている。でなければ、「4日連続のお休み、久しぶりだ~~」と喜びながら、“念願の資料と本の片付け”で1日、“1年半前から気になっていたクッションカバー作り”と“ふと見かけたいい出来栄えの紫蘇でのジュースと「ゆかり」作り”で1日と、半分を労働には費やさないだろう。そして、作業が終わって「気持ちいい~~~」とは言わないだろう。

残念ながら僕は、何もお役にたてないまま、佐助とごろごろしていたのだった。

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しかし、地下では、

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Kapparの蔵書の一部と資料が整理されて収まり、2

日後には、

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型紙作りからミシン掛けへ。

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ヌードクッションを入れて完成。その間干しておいた紫蘇ジュースのを作った後の紫蘇を取り込み、

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それは瞬く間に「ゆかり」になっていたのだった!……まだ気になっていることがあるようだが……。

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“介護とリハビリのネットコミュニティ”について……⑩

事ある毎に、“ipadが介護とリハビリ家族の命のツールになる可能性”について語るようになりました。寝たきりでも、片麻痺でも利用しやすく、回線契約やプロバイダー契約も必要としないipadは、若い人のパーソナル・エンターテインメント・ツールやビジネス・パーソンの必携ツールであるばかりか、介護やリハビリの生活を送る人や高齢者にとっても、極めて親和性の高い情報ツールであり、コミュニケーション・ツールだと確信していました。できれば、そういった人たちを真っ直ぐ見据えた“専用機とアプリ”は出てこないものか、と思いました。余分な機能とサービスを排除して、少しでも安く、介護とリハビリの家族に提供されるようにならないものだろうか、考えるようになりました。機会に恵まれた時のために、企画書も用意しました。

2010年10月末、ひょんなことから小さな機会が生まれました。リハビリ医の先生から提供されたものでした。何度も診察の合間に上記のような考えを語っていたおかげでした。「いい企画だと思うので、通信キャリアの経営者の親族の方にお話ししてみましょうか?」ということでした。僥倖だと思った僕は、早速、企画に至った経緯と企画の概要をまとめ、2部お渡ししました。“どこかで実現すればいいなあ”と、そこはかとない期待を抱いていました。

始まり方が終わり方を規定する。…終戦(敗戦って表現しないのも変?!)記念日が近付くと、VAN倒産と重ね合わせて、上手な幕引きって難しいんだなあ、といつも思う。始まり方が終わり方を規定するんだなあ、とも思う。……いつかきちんと、語っておかなくては……。

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こんな状態で死を待っていた佐助が、今の佐助になることができてよかった!

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酷かった始まり方の修正ができたんだね、やっと……。

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寄り道主義?!

“主義”という言葉には失礼かもしれないが、寄り道が大好きで、ついつい寄り道をしてしまう癖がある。今すぐやっておいた方がいいことにせっかちになることもあるが、それもどうも寄り道のための時間作りのような気がする。ゆるゆると目的地に近づいていることさえ確認できれば、できるだけきょろきょろしたい。

しかしもちろん、いつでもそうだというわけではない。ゴールや制限時間を決められてスタートするのが、仕事というもののことが多い。でもでも、それでもツツッと走って時間を作って寄り道したい。メリハリというものだ……か?

佐助の散歩のようだ。……最近、音に驚きおびえたことがあって、“帰心矢の如し”状態だったが、少し恐怖の記憶も消えつつあるようだ。“まったり寄り道散歩”復活か?!

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思い出は作るもの?できるもの?

脳出血発症後、最も大きく変化したのが時間の過ごし方。一人で過ごす時間が圧倒的に増えた。事務所に夜な夜な現れていた予期せぬ客や友人たちに会うことも滅多ない。最初の頃は、目の前のリハビリとこれからどう生活していくかに意識を取られていたお蔭で、過去を悔いる余裕もなく、寂しさも感じることはあまりなかった。

ところが、“この経験を活かし、これから何を成すべきか”などと“前を向き始めた”途端、そのゆとりと意気込みが、かえって“一人”を感じさせるようになった。不思議なものだ。おそらく大震災の被災地の方々も同様なのではないだろうか。不幸や事故に逢った時は感じることのなかった寂寥感に、夜な夜な胸が締め付けられている人は多いのではないだろうか。人それぞれの寂寥感を慰める手段は乏しい。同情を禁じ得ない。

それでもやがて、苦しさや寂しさも思い出になっていく。時間という浄化装置を通過して……。思い出は、作ろうとしなくてもできていく?!多くは、“いい”思い出となって……。

“いい思い出を作ろう”と意気込まなくても、“今”を“らしく”生きていればいいのかもしれない。“今”には、自分の力ではいかんともし難いことが多いけど……。

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そんなことを考えさせてくれる“今を普通に生きる”2匹。僕の目線も同じようになっていけばいいんだろうな……。

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“介護とリハビリのネットコミュニティ”について……⑨

2010年1月、2008年の日本での発売以来気になり続けていたiphoneを、キャンペーン終了間際に購入。そこから、少しずつ当初から考えていたことが変わり始めました。iphoneは、“ハンディ・パソコン”として使える、と思ったからでした。

まず、ネット環境を構築すること自体がネット利用者になるためのハードルになる人が多いのでは?という危惧が解消できそうな気がしました。片麻痺や機能障害を持つ人にとって厳しいキーボード操作も、タッチ&ドラッグであれば大いに軽減できると思いました。また、使用時の体勢の自由度が高く、寝たきりの人であっても利用可能なのではないか、と希望が膨らみました。そして、次々と提供されるアプリを利用しているうちに、介護とリハビリに特化したアプリの開発の可能性が見えてきたような気さえしました。ただ、画面の小ささはいかんともし難く、長文を読むことや資料の閲覧には骨を折ることもわかりました。しかし、wifiポイントが増え、家庭にもルーターが設置されるようになれば、低コストで多面的な利用が可能になる、という期待は強くなるばかりでした。

そして、2010年4月末、ipad発売。介護家族、リハビリ家族にとって“福音”だと思いました。Webサービス、ラジオ番組、書籍による三位一体型のサービスが、まさに“これ1台”で可能になるばかりか介護者がiphoneを携帯していれば、常に見守ることさえ可能なのではないか、とわくわくしました。企画の方向性が定まった!と思いました。

陰影の夏本番!?……いつから真夏なのやら、とりとめなく歯切れの悪い夏だなあ、と思っていたら、暑さだけはいきなり一丁前!……困ったもんだ……お使いの開始も早目、早目にしたのに、10時過ぎに帰ってくる頃は、うだっていた。

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出迎えに飛び出てきた佐助の影も陰影が強い。……今夜は公園で“夕涼みビール”だ~~~~!

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負傷をプラスに!?久我山病院に通院してみようかな?

脳出血発症後、初台リハビリテーション病院~成城リハビリテーション・クリニックとリハビリに取り組んできた。初台には入院2か月。成城には通院4年半強になる。成城に通院を始めた頃は、週3回往復タクシー。発病以来のKapparの負担は通院となってもあまり軽減されなかった。「もっと自分のためにお金を貯めておけばよかった」と言うと、「それがKakkyなんだから、いいんじゃない?」と言ってくれるが、心苦しかった(男意識ってヤツは、つまらないものだが……)。なんとか費用の軽減を、と一人でバスを使って通うことができるようになるのに、2年かかった。今では月2回のバス通院になっている。心苦しさも軽くなった。

そんな折、転んで左薬指と左小指にヒビが入った。久我山病院で診てもらった。久我山病院は、徒歩約20分の距離。帰りにふと思った。「散歩と通院を兼ねることができるし、今は休むことになりがちな雨の日も、この距離だったらタクシー利用でもいいかも……。いや、久我山駅と病院を往復するシャトルバスがあるから、通えるかも……」

今に不満があるわけではないが、成城リハビリテーション・クリニックは初台リハビリテーション病院と同じ医療法人の系列。療法士の交流も多い。要するに僕は、“初台方式”(?)のリハビリをずっと受けていたことになる。他所の空気を吸ってみるのもいいかもしれない。という気がしてきている。それが、負傷というマイナスをプラスに転化することにつながるのかもしれない。可愛い左手に旅でもさせてみようかな……。

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公園の夏祭りに行くような格好で、病院通いしちゃおうか~~~。

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健全な精神は、健全な肉体に宿る?!

Sound mind in a sound body……でよかったかな?中学生の時、最初に覚えた英語の格言だが、soundがサウンドではなく“健康”を意味することに驚いたので、よく覚えている。

しかしやがて、あまりにも健全な肉体には“健全に思える”精神が宿るのではないか、と疑い始め、少し不健全なくらいの肉体こそ健全な精神の土壌にふさわしいのでは?と思い始めた。無病息災ではなく一病息災だ、という理屈である。“常識を疑え。かのバーナード・ショーも、「常識とは、18歳までにため込んだ偏見の塊に過ぎない」と言ってた(はず…)ぞ”などと思い、いささか不健全な暮らしを身勝手に意味づけして(遊んで)いた。ただ楽しいからそうしていただけなのに……。

しかし!左手薬指と小指にヒビが入っただけで、どうもいけない。改めて少しは使えていた左手君(ツトム君と命名している…)に感謝しつつ、痛みが心の負債にならないようにしなくては、などと考えている有様だ。健全という概念は明確ではないが、痛みは明快だ!少なくとも、“痛みのある肉体には、健全な精神は宿りようがない”とは言えるようだ!…痛いほどわかった!

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キーボード操作用アームレストを、右手からツトム君に一時レンタルした。少し楽になった。

 

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プチ家出の顛末

月曜日の夜、プチ家出をした。お金もなく、目的もないままだったので、2時間半程度の“ヨロヨロ散歩”(ビールと焼酎が体内に入っていたので……)をしただけだった。すごすご帰ると、佐助が心配そうに(?)玄関で伏せをしていた。11時半になっていた。

それからまた、飲んだ。いろいろ考えて、眠れなかった。そして、……転んだ!麻痺側の手(左手)を強打した。今度は痛くて、眠れなくなった。「まずい!内緒にしておこう!」と思ったが、翌朝、すぐばれた!Kapparは「これは、いかん!病院です!」と言って、すぐにネットで調べた。久我山病院に行くことになったが、火曜日は休診日。水曜(今日)の朝の受付に行くことにされた。火曜の深夜、メモ帳10枚くらいに“病院、行きたくない!”“行かないよ~~!”“使えない手だから、もったいない!”などと書いて、あちこちに置いておいたが、無駄だった。連れて行かれた。朝のちょっと長い散歩の距離だった。

薬指と小指にヒビが入っていた。「ほら!来てよかったでしょ!?」と言われた。後2~3回行くことになった。

教訓:家出は、1.準備、2.最低の資金、3.行き先、なくして決行することなかれ!さもなくば、恥ずかしく痛い報いが待っているであろう……なんて……ネ!

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病院に行っている間留守番していた佐助。玄関を出てお迎え。「もうアホなことしないでね」と言ってるような、言ってないような……。

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初めての“簡易ギプス”だ~~!ってんで、記念撮影!!

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“介護とリハビリのネットコミュニティ”ついて……⑧

行動へ?! ②

 

同級生の女性でした。以前にも本ブログで書いた二人の、行動してきた今までと、これからも行動していこうとする意欲に、つんと背中を押されたような気分だったのです。特に鶴ちゃんの“40歳で大学に入り直し、栄養士の資格を取り、現場経験を経て管理栄養士になり、アレルギーっ子を抱える母親の役に立ちたいと目標を定め、数年後にNPO法人“チーム・アレルギー”を立ち上げ、現在着実な活動を展開中”というお話には、聞き入ってしまいました。「人が喜んでくれる笑顔に会えるって最高よ~~」という言葉には、「そうだろうね。僕もそうありたいだけなんだけど」と言うしかないほどでした。

「できないんじゃないか、という負のスパイラルに嵌まり込まないようにね。とにかくまず動いてみればいいんじゃない?駄目だったとしてもいいじゃない」という素敵なアドバイスまでもらって帰ってきた僕の頭には、NPO法人を自らの手で立ち上げること、というはっきりとした命題が出来上がっていました。ただ、この時点ではまだ、“ラジオ番組”“出版”“Webサービス”を三位一体で提供できればいいな、という考えから抜け出せてはいなかったのです。2009年は、こうして暮れていきました。

共同幻想という魅力的な魔物。…会社の実体ってなんだろう、とわずか3年のサラリーマン生活の間、ずっと思っていた。「会社のために……」という言葉に実感はなかった。“愛社精神”の何たるかもよくわからなかったが、仕事は気に入っていた。石津謙介さんも話すたびに好きなっていた。そして、倒産の時に、気付いた!“会社は、共同幻想だったんだ~~!”と。家族だって、そうなのかもしれない。会社も家族も、時には魅力的な、決して醒めたくない共同幻想なのかも……。

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0sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

第三章、連載中!“昭和少年漂流記”

(以降、月曜日&金曜日に更新予定)

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