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“介護とリハビリのネットワーク”作り ②

“ラジオ番組”+“webサービス(公的制度や手続き方法等々)”によって、介護家族とリハビリ家族の心に寄り添い、情報提供も行う……ということを目指したい、と考え、企画書を書いた。自分の体験を基にしたお手紙のような、かつてたくさん書いてきた企画書とは趣の異なるものとなった。

しかし、書いている間に、介護家族とリハビリ家族のネット環境が気になり始めた。そんな頃、ipad発売!「これだ!」と思った。利き手が不自由な人や寝たきりの人でも、操作ができる。ネットにもつながる。ただ見る、聞く、読むだけではなく、参加することも可能だ。次々と発売されるタブレット型端末は、ひょっとすると、介護家族とリハビリ家族の福音になるかもしれない、と思った。目の前が開けたような気がした。

あちこちで語り、数名の方にお手紙企画書を渡したりした。そして、自分の力でなんとかできないか、と考え始めた。

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突然、散歩中に穴を掘り始めた佐助のようだ。佐助ほどの勢いはないが、僕も狙いを定めて掘り始めたような気がする。友人たちの手助けを求めながら……。

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“介護とリハビリのネットワーク”作り ①

脳出血発症~リハビリ入院~通院リハビリで、4年半になる。その間、いろいろなことがあった。悲しいこと、悔しいこと、うれしいこと…………。そして、発見したこと……。

退院して4か月、ちょうど4年前。どうしても向き合ってしまいがちになる介護とリハビリの家族が一緒に耳を傾け、語り合うことができたら……と、「介護とリハビリの家族のためのラジオ番組が作れないかなあ」と思った。同じ思いや立場の人の声を聴き、自分の思いも伝える番組だ。番組の構成も考えた。番組タイトルも“明日、晴れるかな?”とした。

そして、ラジオ日本の古い友人に相談した。「いいですねえ。とてもいいことです。ラジオの方は大丈夫。僕が何とかするから。スポンサーですよねえ」と、彼は言った。スポンサー探しをジミジミと始めた。と、同時に、考えは進化していった。ラジオ番組と同時に、ネットでの情報提供サービスはできないか。ネットワーク形成もできるといいなあ……。

しかし、かつてのようには動けず、僕自身のネットワークも小さくなっていたために、なかなか前に進めなかった……。自分の生活のベースがKapparの頑張りに完全依存している中での、僕自身の収入を獲得しようというものでもない新しいチャレンジは、制限されざるを得ない……。それでも、企画を頭と心に抱えたまま、小さな努力を繰り返していた。やがて、一人、また一人と、協力してくれる人が現れてきた。なんとか前に進めそうな気がしてきた………。

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今朝、出社前に、ラジオ日本の友人、荒木氏が訪ねてきてくれた。これから何をどうしたいか、説明させてもらい、改めて協力をお願いした。「できることは何でもするから、“これ、やって!”と言ってもらえばいいですよ」と言ってくれた。また前に進めた気がした。

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コブシ咲く北国は……

斜め向かいの家の白い木蓮が満開だ。コブシを思い出す。“北国の春”で知ったコブシ。桜よりも一足早く春の到来を告げてくれる白い花。ヤチザクラとも呼ぶそうだ。

窓を開ける度に白い木蓮が目に入り、その度に震災に遭った人たちのことを想ってしまう。生まれ育ち、その土地や海を生業の場とし、そこにコミュニティがある人たちの、土地や海から追われた気持ちは日増しに痩せ細っていっているのではないか、と気にかかる。しかし、安易に遠くへの移住を勧めることはできない、とも思う。自分の匂いや思い出のある場所が、やはり安心なものです……。

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昨日、久しぶりに半日の休日だったKapparが座っていた折り畳み座椅子。

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今日は、佐助が寝ています。

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保護犬・佐助の“命をつなぐ手と手” ④

MIKIさんの訪問トレーニングの1stステップが4回。教わったことを実践。散歩の度に、道路を渡る時の“待て”と“お座り”(安全のため…)を実行(Kapparが、……)。要求吠えに対する“完全無視作戦”も怠らなかった。

そのうち、色々なことがわかってきた。何しろ、僕たちは犬をやったことがなく、佐助は人間をやったことがない。お互い、わからなくて当たり前。理解し合うことが大切なのだ。が、それがたやすいことではない。我慢したり、イライラしたり、じっと観察したりしている間に、じんわりとわかってくる。

そしてある頃、二人ともふと気付いた。佐助は“今を生きている”んだ。“恨むことを知らない”んだ。“諦めない力が、生きる力”なんだ。そして、“命は自立しているもの”なんだ。……そんなことに気付くだけで、可愛いと思う気持ちは一気に増した。すると、以心伝心か、少し大人になったのか、佐助の顔付も穏やかになってきたような気がした(気のせいなんだろうけど……)。

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食事の間の佐助との付き合い方も会得した。コングにドライフードをふやかしたものを詰めてあげると、30分くらいはしがみついている。中身を食べ終わったら、おもちゃを投げて持ってくる遊びをしてあげればいい……。

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すっかり大人になってやんちゃをしなくなったら、それはそれできっと寂しいんだろうなあ。今のうちだ~~~。と付き合っている間に、かなりのどかになってきた。本人(本犬)もきっとそうなのだろう。

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寝相が、どんどん変わってきている。

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引っくり返されることにも、ほとんど抵抗しなくなってきた。

芦花公園のドッグラン・デビューも、僕が散歩してあげられる日も、意外と近いかもしれない。……次は、一か月後くらいにお知らせしま~~~す。

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保護犬・佐助の“命をつなぐ手と手” ③

1.嫌なこと、困ることをした時は、きちんと怒る。2.あくまでも、“現行犯逮捕”型にする。さかのぼって怒らない。3.怒る時の言葉は、統一しておく。4.手は出さない。5.要求吠えには、基本的に“完全無視”で対応する。止まらない時は、二人ともその場から消える。6.起床時間、ご飯と散歩の時間、就寝時間などは、できるだけ規則的なものにして、安心感を早く与える。7.むやみに食べ物を与えない。8.とにかく、粘り強く、態度を変えずに付き合っていく。………といったことを確認し合った。

しかし、隣近所に迷惑を掛けてはいないか、と、特に深夜の吠え声(寂しいんだろうなあ、とは思いつつ…)は気になって仕方なかった。深夜と早朝には“鳴かないかなあ~”と、Kapparはピリピリとしてしまい、睡眠不足になるほどだった。

「じゃ、挨拶してこよう!迷惑をかけているようだったら、謝ってこよう。それから、もう一度対策を考えよう」ということで、お菓子を持って両隣と裏のお宅にご挨拶をしに行った。幸い、「気になるほどじゃないですよ~~」という言葉をいただき、一安心した。残る大きなストレスは、散歩の時の強い引っ張り(僕には、とても散歩できる状態ではない…)と食事の時の飛びつきだけとなった。

そんな時、MIKIさんのトレーニングが始まった。彼女の柔軟な考え方とトレーニング・コンセプトに大いに共感。必要なことをお互いがきちんとできるようになるための基礎的なことを、まず教わった。まずは、飼い主の自覚とトレーニングが必要なんだなあ、と改めて実感したのだった。

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まず、家の中で基本的なことをしっかりと教わり、外へ。

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近所の駐車場で、MIKIさんのお手本。不思議なくらい、うまく歩く佐助。なんでや~~?

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保護犬・佐助の“命をつなぐ手と手” ③

推定月齢9か月の保護犬君の名前は、Kapparの大お気に入りの小説の一つ“しゃばけ”の登場人物から、佐助と決まっていた。「早く名前を憶えてくれるといいねえ」と、いきなり「佐助!佐助!君は佐助なんだよ~、今日から~~」などと交代に言ってみたりしたが、当然のことながら、完全無視だった。でも、でも、すぐに楽しく明るい日々がやってくる、と思っていた。

ところが!そんな甘い夢はすぐに打ち砕かれた。なにしろ、吠える!その声が大きい!飛びつく!ついでに、手を甘咬みする!痛い!………

口には出さなかったが、二人とも内心「うへ!こりゃ大変だ!」と思った。ご飯も何を食べていたか聞いておいたものを用意。犬種と月齢の適量を調べたりしていた。「トイレはしゃがんで上手にします」と聞いていたので、場所とトイレシートの種類もあれこれ考え準備をしていた。が!そんなことすべてが消し飛んでしまうのかなあ、などという不安まで生まれたほどだった。

そしてその夜、晩ご飯は戦争になった。テーブルに飛びつき舌を伸ばす佐助に、食事もままならない。耳元で受け止める要求吠えの音量の大きさに、一々びっくり……という始末。すきっ腹のまま、早々に切り上げることになったのだった。

その夜、また話し合った。いくつか決めていたことを確認。これからどう佐助と付き合っていくか、僕たちの覚悟も確認しあったのだった。

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伏せ状態になると、“むささび”になることにも、まだ気付く余裕などなかった。

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食卓を横歩きするので、前に邪魔になりそうなものを置くことにしたら、料理を置くスペースが制限されたりした。

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保護犬・佐助の“命をつなぐ手と手” ②

自宅と事務所の一体化も落ち着き、暮らしにそれなりのリズムができてきた2010年9月。かねてから「犬と暮らせるといいなあ」と言っていた僕に、Kapparから「保護犬の里親になろうか?」と提案があった。彼女の忙しい日々にぽつんと空白が生まれた日だった。僕の“リハビリを兼ねた散歩”を楽しいものにしてあげようという優しい意図もあったようだ。僕はすぐにパソコンに向かい、“犬の里親募集掲示板”と首っ引きで調べ始めた。

「和犬の中型犬がいいなあ」「男の子がいいなあ。チビ(飛び込んできた野良猫…虐待されて野良になったようだ)が女の子だから、男女比が2対2になるしねえ」というKapparの希望に沿う候補を約10頭ピックアップした。写真を見ていると、どの子も飼ってあげたくなって困った。

そして、お見合いしてみようと決めたのが、佐助だった。電車で北坂戸まで行った。公園で小梅さんと待ち合わせて、一回り散歩をしてみた。とても上手な散歩だった。「いい子だねえ」とKapparはきらりと笑った。

約2週間後、“一週間のお試し共生”に佐助がやってきた。いろいろと準備し、「訪問トレーニングをきちんとしてもらおうね」などと話し合い、予約もした。月齢約8か月、体重約9㎏だということがわかり、「10㎏くらいまでだったら、何かあった時には、私が抱いて移動できるから大丈夫!」とKapparも安心したようだった。

そして、佐助はやってきた!10月19日のことだった。

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到着直後の佐助とKappar。まだ“ハイパーな子”だとは思ってもいなかった。

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すぐにソファに飛び乗り、カメラ目線。

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料理が始まると、「何作ってるの~~?」を繰り返していた……。

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保護犬・佐助の“命をつなぐ手と手” ①

佐助は、保護犬。保護センターで、周りから保護された仲間が次々と消えていく中、泣き声一つ上げず、係員の人になついていた。そんな佐助の命の期限が近付いた頃、不憫に思った係員の人が、“わんにゃん保育園・小梅”の小梅さんに連絡した。以下は、小梅さんの日記……。

8月5日(2010年)

この子は結局、飼い主が探してくれなかった子。

命の期限も切れた子です。

この子はセンターの方から「いい子がいるのですがどうですか?」と言ってきたのです。
だからセンターの方に命を助けてもらったようなものですね。

もし飼い主希望の方がいましたら是非ご連絡ください。

こちらで引き出すことを決めました。

この頃の佐助の写真が掲載されている小梅さんのブログ。……3歳くらいだと誤解されていたらしい……。係員のおじさんに、顎をつかまれている。

8月28日

ぼく、きゃんちゃんでちゅ。

きゃんきゃんいうから・・・きゃんちゃんでちゅ。

うるさいって、無駄吠えしちゃダメだって、いま訓練されていまちゅ。

この頃の佐助の写真が掲載されている小梅さんのブログ。

というわけで、名無しだった佐助は、二つの優しい手で命をつなぎ、“きゃんちゃん”として生き続け、やがて、僕たちと出会うことになったのだった。

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「倒産時のバタバタ」になぜか似ている、大震災後……

入社丸3年で経験した“VAN倒産”。振替休日の朝、親しくしていた外部の人たち数名から、“会社更生法の適用申請を今日行うようだ”と電話で知らされた。夕方近くなると、同僚や組合の幹部から続々と電話が入った。ほとんどが、「すぐ来てくれ!」というものだった。が、僕は行かなかった。本屋に行き、“小六法”を購入。会社更生法を熟読した。翌日出社すると、あちこちに人の輪ができていた。貼り紙が目立った。財産保全のためのものだった。

それから2日後、広報室にぽつんと座るようになった。そこで起きたこと、管財人室のメンバーになって経験したことの数々は、今でもよく憶えている。多くの醜態を見た。肩書のある人たちの方が、僕には醜く見えてならなかった。今でも許せないことが数多くあるほどだ。一方、現場にいる平社員の懸命さと賢明さが目立った。倒産の原因がはっきりしたような気がした。……大震災の報道や心ないデマや身勝手な行為を見聞きする度に、その時のことを思い出す……。

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虐待から逃げ込んできたチビ。僕が入院中にもらった(肘乗せ用に)ぬいぐるみに寄り添っていた。寄り添う人や手のぬくもりには、僕も救われたもん……。

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義を見てせざるは、勇なきなり!

両親が水害で家をほとんど流された時、東京に嫁いだ従兄妹の義父が、「男は一生に何度か褌を締め直して駆け付けなくちゃあいけねえ時がある!すぐ手伝いに行って来い!」と息子さんに言ったと聞いた。「さすが!元大工の棟梁!……でも、いいよねえ。わざわざ来てもらわなくても…」と、親父と語り合った。

昨日、ふとそのことを思い出した。“義を見てせざるは、勇なきなり!”なのだ。そして、“言うは易し、行うは難し!”なのだ。見えることの裏にある多くのことに想像力を届かせることができれば、待つことにも、見守ることにも、そして積極的に動くことにも、大きな判断ミスはないはず……。安全な場所にいる者の自己防衛反応や責任転嫁は、どうもいただけない……。

被災地の農産物、食べるよね~~。牛乳、飲むよね~~~。

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待つ!

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観察を怠らない!……佐助にだって、できるもんね!

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継続は、力なり!

一時の感情で動くことも、初速度を確保するためには必要だが、飽きることなく疲れることなく、継続していくことも大切…。リハビリもそうだが、被災地支援もそうだと思う。

そして、自分が目標としていたこと、小さくとも努力していたことにきちんと回帰し、努力を継続していくことも、とても大切だと、昨日つくづく思った。動かなくちゃ、みんなで。これからのためにも、ね。

原発に関しては、もう一度正しい知識と認識を持てば、バタバタ動きも減少するかな?このブログをざっと読んでみるのもいいかも……。

これからの日本、君たちに頼んだぞ!な~~~んて、佐助は思ってないのかなあ…。

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訪問リハビリの人たち、頑張ってますよ~。

成城リハビリテーションクリニックで約2年間、僕のOT担当だったOさん。半年ほど前に訪問リハビリの担当になり、毎日自転車で半径5キロメートルくらいの担当区域を走り回っている。話し相手になったり、少し片づけもしてあげたりしているらしく、彼女の訪問を楽しみにしている人も多いようだ。

先日、食事にご招待した時、佐助と遊びながらそんな話を明るく楽しそうにしている彼女を、心強く可愛らしいと思った……ちょっと、お父さん気分……。

地震の時は、自転車をこいでいたらしい。「停電で大変になったら、食事においで」とメールをすると、「その時はさっさと寝ます。それより、気を付けてください」という返事があった。

訪問リハビリ、訪問介護に従事する人たちはみんな、毎日明るく頑張ってるんですね~~。

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今日、銀行へのお使いのついでにスーパーに行った。カップ麺、袋麺の棚などが空っぽだった。刺身とパンを買って帰った。築地は、困ってるらしいよ~~~~~。

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“後方支援”でできること。気を付けたいこと……。

被災地に関連する報道に接しては、涙を流す日々が続いている。……脳出血後遺症の“感情失禁”のせいも大いにあるだろうが……しかし、涙の質は変わりつつある。

涙と一緒に出てくる言葉が、それを如実に物語っている。「可哀そう~~」「大変だな~~」から「すごい」「立派だなあ」に、ここ2~3日くらいは変化してきている。

避難誘導をしていて津波に飲み込まれていった人たち(駐在さん、町内会の会長さん、防災センターや市役所の職員の方々、看護士や介護士の方々……)。その行動と精神の高潔さには、思い出す度に涙が出てしまう。

そういった人たちの尊い命のためにも、救われ、逃れ、残っている命のためにも、できることをしていきたい、と思っている人は多いはず。

ただ、我々にできることは、あくまでも“後方支援”。今は、前線で必要な物資やエネルギーの買い溜めや無駄遣いをしないこと、支援のための準備をしておくこと、そして、募金だと思う。義援金詐欺グループも暗躍を始めている。気を付けたいところだ。芸能人や著名人が行っているものもある。使い方や管理に消えていく金額の多寡等、きちんと調べたい気もするくらいだ。

義援金募集の一覧サイト阪神淡路大震災の時のボランティア経験談著名人の募金活動の一例、です。

この時期に、天下国家や政治、行政のあり方など批判する人を、僕はチェックしておくつもりだ。信用ならない類の人たちだと思うからだ。

初台リハビリテーション病院で仲間だった人たちの一部が気になっている。足元の危うい人たちに怪我のないことを……。

Kapparは「遠くで元気な者は、仕事することだ~~」、「放射能、イメージで騒ぎ過ぎ~~」と、打ち合わせに出て行った。

被災地の避難所にいる子供たちに、“食べない、吐く”といったストレス症状が多く出てきているようだ。心のケアに一番いいのは家族と環境だけど……。佐助の散歩仲間のアクアちゃん、一人(一匹)での地震体験が、トラウマになっているようだ。

チビの見えない左目(我が家に飛び込んでくる前、虐待されていたらしい…)の眼圧が上がっている。地震は関係なさそうだが……。

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支援の気持ちを行動につなげるタイミング

被災者の方々は多くの支援を必要としている。しかし、優先順位とタイミングはしっかりと把握しなければならないだろう。それが善意であっても、いやむしろ善意であるからこそ、被災者の方々の大いなる迷惑になることもある。

被災者を想う気持ちを政治、行政、報道などの批判や怒りに置き換えるよりも、「できること、しなくちゃいけないこと」に目を向ける方がいいとは思うが、それが“いつ”“どんな”ものであれば本当の支援になるのか、については、しっかりと情報収集した方がいいように思う。

こんなブログを見つけた。是非、参考にしたいところだ。

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いつも、被災者の方々のことを考えてしまう。お寺の前のベンチに座って“大切な人を一瞬で失う”ことに関して考えていたら、佐助に見つめられているのに気付いた。

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被災者の方々と弱い立場の人たちへの気遣い……。

脳出血になった時に意外と困ったのが、送ってくれたり、贈ってくれた人には失礼ながら、病室の携帯に届くお見舞いメールと巨大な鉢植えのお花だった。相手の状況を慮ってこそのお見舞い。身勝手な判断でのお見舞い行為は慎みたいものだ。

報道関係の人たちもしかり、であろう。ニュージーランド地震の際も、日本からやってきた報道陣の中には、ホテルのいい部屋をしっかりキープして通訳探し(現地にいる日本人探し。その人たちもまた被災者なのに…)に奔走したり、傍若無人にマイクを突き付けたりして、顰蹙を買った人がかなりいた模様だ。水害で一階を水に流された時、僕の両親が嘆いていたのも、勝手に放り込まれていく段ボール入りの古着(僕がいた一週間の間に、4箱も届いた。全部が、ゴミとなった)と取材記者だった。

責任の所在を云々する事態ではなく、問題点を分析している暇もない。起きていること、起きてしまったことに、いかに迅速かつ的確に対応していくか、その確かなお手伝いとして何ができるか…。といったことの把握(現場取材はそのためのものであるべき……)と、救済や復興のお手伝いに参加する方法論をきちんと伝えることが、災害直後のマスコミの大きな役割だと、僕は思う。そのタイミングを失してしまうことのないように、願うばかりだ。

近所の小売店には、お客さんが殺到している。一人暮らしの老人や身体の不自由な人が困ることにならなければいいが……。二次災害は、ひょっとすると、意外な所にも生じるかもしれない……。

散歩に出かけることができる状況にあることを幸いに思うと同時に、申し訳なくも思うこの2日間だ。心なしか、佐助も物静かだ。

少し勇気づけられるお話、こちらと、こちら

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被災地の想い……

僕の実家は、水害に遭ったことが3度ある。一番酷かったのは、約30年前。一階の天井まで水没し、両親は何とか二階に逃げて無事だったが、一階は濁流に洗われ、すべてが流されたり、泥に埋まった。東京から駆け付けた僕は、どこが自分の家かわからないほどの悲惨な有様に、しばし呆然とした。夏の日差しが暑かった。不覚にも白のスニーカーだった。大量の泥と戦っている近隣の方々が、そんな僕を気遣い、作業の手を止めて板を敷いてくれた。「いいですよ~~。申し訳ありません。汚れても平気ですから」と身をすくめたが、結局ご好意に甘えてしまった。実家に辿り着くと、二階に迎え入れられた。お袋は「大変だったねえ、遠くから」と言いながら、知り合いが運んでくれたカセットコンロでお茶を淹れてくれた。近隣では、亡くなった方も数名あった。

悲惨な状況にあっても、人への気遣いや優しさがあることに感動すると同時に、不用意に帰省した自分自身が恥ずかしくてたまらなかった。生き残った後には、生き続ける苦しさが待っている。邪魔することなく援助・支援していくことの大切さを痛感した。

食事をしても、窓を開けても、東北地方の被災地の方々の大変さを想わざるを得ない……。「できることがあれば、してあげようね」と語り合うことくらいしかできないが……。

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寺町の入り口まで散歩した。お寺の前で、思わず手を合わさざるを得なかった。

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大きく揺れた地震!無事だったが……。

ブログを書いていた。2時過ぎ、揺れが始まった。最近ちょこちょことあった地震の一つと高をくくっていると、揺れは大きくなっていき、しかも長く続く。倒れるようなものは元々部屋の中にはないが、42インチのテレビの大きな揺れが気になった。佐助は慌てていない。ソファの上で寝そべったまま、頭を上げているだけ……。

というような状況で無事でした。ライフラインにも何も問題はなく、夕方にはご飯も炊いた。ただ、点けっぱなしのNHKから流れてくる被災地の状況に、災害の大きさを知り驚いた。生活基盤の家、生活の糧をもたらす漁船や田畑、ビニールハウスなどが次々と飲み込まれていく有様に言葉もなかった。暗く冷たい夜を迎えられた多くの方々にとって、暗く冷たいこれからの日々は長い……。月並みな言い方しかできないが、頑張っていただきたい……。頑張って…………。

何人かの人に、安否確認のメールをいただいた。ありがとうございました。これからは、被災地の人を少しでも応援しましょう。

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木は土を記憶している!

「お里が知れますわよ~~~~」と目の前で言われたら、どんなにショックだろう。と、昭和30年代の映画に出てくる“山の手言葉”のマダム達の台詞に背筋を寒くしたことが何度もある。小学生の頃だ。

高校を卒業した直後、初めて一緒に喫茶店へ行き、タバコを吸いながら親父に訊いてみた。「ずっと育ててきて、僕の今あるは、生まれ持ったものと後天的に教育で生成されたものと、比率はどれくらいだと思う?教育者として」。タバコに「いつから吸ってたんだ?うまくやったなあ」と反応した後、親父は「9対1かなあ。多くて」とほとんど即答した。「どっちが?」「もちろん、生まれ持ったものだ」「多くて、ってのは?」「教育で補える1のこと」ということだった。木は土を記憶している。植え替えても、手をかけても、伸びるべくして伸び、枯れるべくして枯れる。ということのようだったが、教育を諦めているわけではないようだった。限界を意識して精一杯手助けするものだ、ということのようだった。「盆栽を作るような教育は、わしにはできんのお」と、親父は最後に言った。

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“チワワン”から届いた「たんかん」に、そんなことを思い出した。南の島の柑橘類は、皮が薄く、甘い……。

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春宵一刻値千金!お出かけ準備完了!?

忙しい時ほど、旅やリゾートへのイメージは強く広がるもの。休みなしの状況が続くKapparも、休憩を兼ねてネットで探していたのは“お出かけ準備グッズ”。とは言っても、すべては“佐助グッズ”。喉を圧迫しない首輪(鑑札プレートも付けられるもの)。

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心なしか肩に肉が付いたような気のする佐助、早速首輪の衣替え。

もう一つが、電車移動するための“ドッグ・スリング”(ベビー・スリングの犬バージョン)。

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残業仕事に入る前、ビールを飲んだ勢いで「さあ、入ってみようね。ほれ、ほれ」と抱え、「さあ、これでお出かけできるぞ~~」とにこにこだった。どこに行くんだろう………?

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DINKS、DEWKS、NEET、……SIWI(?)

DINKS(Double Income No Kids)…子供のいない共働き夫婦。DEWKS(Double Employeed With Kids)…子供のいる共働き夫婦。NEET(Not in Education , Employment or Training)…な~んにもしてない若者、といった分類は、ターゲット論やコミュニケーション論を展開する時の、広告屋さん的マーケティングの常套手段だ。僕はどうも評価できないのだが……。

昨晩、突然Kapparが腹痛を訴え仕事を中断。午後6時頃から、ソファで横になっていた。何も口に入らないようなので、日本茶を淹れてあげたが、他にはほとんど何もしてあげられずにうろうろしていた。やがて寝息が聞こえてきたので、晩ご飯代わりに焼酎を飲みながら、とりあえず側にいた。佐助は、添い寝(?)。

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すると、「おや?我々をクラスター分類すると、どういうネーミングになるのだろう?」と思い初め、行き着いたネーミングがタイトルにある「SIWI」。WIFIと似てるでしょう。今っぽいでしょう。しかも、“サイワイ(幸い)”と読みます。Single Income With Impaired person(障害のある人を持つ一人だけ働いている夫婦)という、やや悲しく、情けない意味なんですけどね……。

Kapparは、朝には敢然と復活!何もなかったかのように、また激務に戻っております。

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幸せは比較の上に成り立つものではない。とはいえ……

GDPが中国に抜かれた。世界第2位になった、と少しばかり喧しかった。が、しかし、国民一人あたりでは、10数位の位置にある。しかも、すべてはドル建て換算の数値。実体は、よくわからない。目安のようなものだ、と思った方がいいかもしれない。

GNPやGDPで国民の生活レベルを量る、という国際的風潮に70年代初頭、「それが、幸せを測る基準なの?」と反論。GNH(国民総幸福度)という概念とその計測方法を提示したのは、ブータン国王だった。この国王、チベット密教系の仏教国で農業従事者90%というヒマラヤ山中の小国の経営に関しても、なかなかの能力を発揮しているようだ。豊富な水資源を有効利用。水力発電で生み出した電気を周辺国家に販売して外貨を獲得するなど、なかなかのセンスだと思う。

そんなブータンの首都ティンプーを、お気に入り番組の一つ「世界ふれあい街歩き」で観た。とてもいい街、いい人たちだった。「行きたいなあ。10日は必要だよね~~」などと、アジアン・マダムKapparと話が弾んだのだった。……ん~~~、坂が多いが……、でも!行ってみた~~~い!

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昨日、紅梅。今日、白雪。気温によって変わる体調は、気分も左右する。……こんな時は、やっぱり比較してしまう。「今日の方が幸せだなあ」なんて…。他人との比較はしないことにしているが……。

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足し算がプラスになるとは限らない!?

劇作家でなかなかの皮肉屋さんのバーナード・ショーに、こんな話がある。

あるパーティ会場。バーナード・ショーに近付いてきた高名な女優。妖艶に微笑みながら「バーナード。あなたと私の間に子供ができたら、どんなに素敵なのでしょう。あなたのその頭脳と私のこの美貌を持ち合わせた子供なんて、想像するだけでも興奮してしまうわ」と言った。微笑みを絶やすことなく聞いていたバーナード・ショーは、即座に答えた。「君のその貧しい頭脳と僕のこの醜い容貌を持ち合わせた子供のことを考えたことがあるかね?」。

ラ・ロシュフコーの箴言も好きだが、バーナード・ショーの深い洞察に裏打ちされたシニカルな名言も好きだ。興味のある方は、こちらでどうぞ。

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今日の散歩で会ったボルゾイのメリーちゃん。実に素敵だった。駄犬王子佐助とメリーちゃんの間にできた子供を想像してみたが、あまりかっこよくはなかった。

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意外な?文字の起源。本当か?嘘か?

漢検の知事長親子の脱税問題があったにもかかわらず、相変わらず続いている漢字ブーム。表意文字の楽しさも取り上げられるようになって、喜ばしい限りだが、もっと注目されてもいいんじゃないかと思うのが、漢文学者の白川静さん。中国起源の漢字の成り立ちを、奥深い洞察力で解き明かし、中国の通説さえ覆したというお方。その著書は、読み物としてだけではなく、漢字の絵本として見てもおもしろいもののようだ。……かく言う僕は、買おう、買おうと言いつつまだ購入していないが……。

一方、表意文字のアルファベットだが、僕がずっと気になっているのが“!”(exclamation mark)と“?”(question mark)の起源だ。学生の頃、誰かにこう教わった。「ビックリマークは、猫がびっくりした時、尻尾がピーンと立つやろ、それを後ろから見た形をマークにしたんや。点はケツの穴や」というものであり、「疑問符は、同じく猫が“なんだ?この匂いは”と何かを探している時のゆらゆらと動く尻尾や。ケツの穴があるから、尻尾とわかるやろう」というものだった。

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恥ずかしながら、佐助でご覧に入れると、“!”(exclamation mark)はこうなる!?佐助の場合は、びっくりしているわけではなく、夢中になっているのだが…。しかし…、あの説、本当なのだろうか????僕はすでに、何人かにおもしろおかしく語ってしまっているが……。

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浮世バス(時事放談路線バス)!?

一昨日、いつものバスに乗って成城学園の小田急OXに買い物に行った。その時のこと。

お年寄りの女性が、窓外を指差し「あのマンションも最近建ったのよねえ。景色が変わったわねえ」と独り言。たまに見かける“一人暮らしで、言葉が体内に溜まってしまいがちな寂しい人”だろうと思っていると、話は次々と“最近の芦花公園界隈”へと展開していく。しかも時々斜め後ろを振り向いたり……。バス停2つ行った時に気付いた。後ろの席にご主人が座っていたのだ。たまにしか返事をしないまま、穏やかな笑顔を浮かべている。足元には杖。夫婦仲はよさそうだ。

と、そこへシルバーカーを持ち上げ、覚束ない足取りで一人の老女が乗り込んできた。ご丁寧に杖も持っている。その後ろからは、杖を突いた初老の夫婦。僕と合わせて4人が優先席に並んで座った。杖が4本並んでいる。お構いなしに続く“最近の芦花公園界隈”の話は、景色の変化に対応して“最近の成城界隈”へと変化していた。下を向いて笑いをこらえていると、シルバーカー老女が話し始めた。

「NHKの集金会社なのよ~。大声でさあ。つ○ぼでも聞こえるわよ、あれだったら。びっくりしたんだから、まったく!喋り方も失礼だし!NHKに抗議の電話しなくちゃ」。思わず、相槌を打ちそうになったが、思いとどまった。“最近の成城界隈”が一瞬ストップする。

「蓮舫が都知事?総理大臣にするって話もあったけど、お金絡んでるわよ、きっと。誰かがありもしない話をして、何か動かしてんじゃないの?どうせ。役人も上官に言われたら何でも聞くんでしょ。いけないことだって、わかてても。尖閣だってさあ。上官命令か何かあったんだよ。流出って言ってるけどさ!」。こちらの方が話は大きく、ダイナミックだ。“最近の成城界隈”はどうするのかな?と思っていると、シルバーカー老女に聞き耳を立てていた数秒後に、また復活した。

それから約10分間、僕はシルバーカー老女の時事放談を聞かせてもらっていた。時々、“最近の成城界隈”にも注意を払いながら……。中東情勢の話の途中で終点だったのが少し残念だった。“浮世バス”は、今日もきっと走っている……。

2000

2000年10月。51歳の誕生日。色んな職種の人たち40名位が事務所にやって来て、11時頃、まだ残っている者20名程度。朝まで続いた浮世話。朝まで飲んでいたのは、僕を含めて5~6名だったような……。 

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寒気が来ると、膝に痣ができる!?

“風が吹けば桶屋が儲かる”的な話だが、それほど突飛でもなく複雑でもないお話。寒気が来ると、当たり前だが寒くなる。寒くなると、くしゃみが出る。くしゃみが出ると、麻痺側の脚がぴょんと上がる(腿の付け根から、かくんと曲がるのだ。咳をしても、同様だ)。で、膝をテーブルの下に思い切りぶつける。痣ができる。という次第。

リハビリ仲間と話していて、お互いに同じことが起きていることがわかり、大笑いした。路上でするくしゃみは、一瞬片足になってしまうから危険。人の後ろにいる時にするくしゃみは、前の人の脚を膝蹴りするから危険。……。くしゃみにまつわる話で10分間盛り上がった。腕もくいっと曲がる話は今度の機会にしようかな……。

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一瞬の晴れ間。成城学園前のバス停から、ずいぶん遠くまでが見とおせた。雄大な自然は、意外と近くにあるものなんだなあ、と思った。

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ロートル・ショーズって!?……紛らわしい~~!

老頭児と書いて“ロートル”と読む。高齢者が自虐的に使うことの多い言葉だ。元々“年寄り”や“力の衰えた男”を小馬鹿にする中国語だったように記憶している。子供の頃、よく耳にした。

そ、それを、なんと、ファッションの世界で目にした。お、驚いた~~~~。“ロートル・ショーズ”。最初は、“ロートル・シューズ”に見えてしまい、老人のための靴かと思った。あにはからんや、レディスのシューズ・ブランドだった!しかも、イタリアの!!

フランス語の“The Other Things”を意味する“L’autre Chose”がブランド名。カタカナで表すと、確かに“ロートル・ショーズ”となる……。既存有名ブランドとは異なる独自性を“その他”という言葉でブランド名にしたのであろうが、ロートルは“ロートル”という言葉に驚いたのだった……。若い女性のためのブランドのようだが……。

自分の状況で“見えるものは変わる”!と、つくづく思う。杖を突いて街に出るようになって、杖を持つ人の多さに気付いた。危ない思いをして、身体の不自由な人の数に驚いた。そして……、佐助が来てから、街の犬がやたらと目につく。気にかかる。

小田急OXの前できちんとお座りして待つワンちゃん。思わず、写真を撮ってしまった。ここまでできなくてもいいけど……よ~~、佐助~~。と心の中で叫んでいた。

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