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要注意!介護保険

正確に言うと、介護保険を利用するときには、条件、手続き、手順等々をよく調べましょう!ということになる。出先機関で“聞いた”ことが正しいとは限らない。担当部署に足を運び、要望事項は何なのかをきちんと宣言し、必要な書類と関連する印刷物を目の前に出してもらい、これからどのような手続きを、どんな順序で、いつまでに、どこに亭主出しなくてはならないか、を確認した方が無難である。それが難しい状況にある人は、ケアマネージャーに相談し、ケアマネージャーにどこまで頼めるのか、自分では、いつまでに、どんなことを、しなくてはならないのかを確認すべきだろう。

基本的に、地方行政の窓口は制度の立案・管理をしている中央機関の出先で、“判断業務を禁じられている巨大な受付ネットワーク”であると考えておいた方が無難である。住民や利用者に“よかれ”という目ではなく、いかに問題なく規定通りに“受付業務”をこなし、しかるべき書類を、しかるべき場所に、しかるべき期限に届けるか、という目で我々の相談内容を見ている、と考えておいた方がいいだろう。

よく言うならば、“自己責任”が前提……個人情報保護法制定以降、自己責任領域は面倒なくらい広がっている。制度を悪用する人の存在、クレーマーの増大も、その傾向に追い打ちをかけているような気がする……なので、聞いたことだけで動くのは、危険だ。必ず、書類やパンフレットに詳細が記されており、何かが起きた時は、それを論拠にして押し切る仕組みになっているからである。それはまさに、保険会社が不払いの時、契約書の注意事項の読めないほど小さな文字で書かれている事項を盾にするのと一緒である。

などと、ちょっといきりたっているのは、実は昨日、そんな目に遭ってきたからである。事の顛末は、明日。参考になると思いますよ~~~。僕たちには、ちょっとした損失でしたが……。

階段の手摺工事から、すべては始まったのでした!

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転居の際のローンの条件、工事のタイミング、“安心すこやかセンター”でのヒヤリング……。すべてが手摺を巡ってのものだったのです。ああ、それなのに…それなのに……。

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坊(ぼん)さんが、屁をこいた!

昨日に引き続き、やや尾籠な話に見えるテーマだが、これ、実は子供の遊びのお話。京都で浪人生活を始めた時、最初に驚いたのが子供たちの遊びだった。鴨川の堤防で見かけた“だるまさんが転んだ!”に興じている数人の子供たち。にこにこと傍らを通り抜けようとしたとき耳に飛び込んできたのが「ぼんさんが、屁をこいた!」という声。なんと?なんと、言った?と、立ち止まり確認したが、間違いない。へ~~~~、さすがお公家さんの街。ちょっくら坊主を小馬鹿にしてるのかなあ~。などと思ったが、どうも腑に落ちない。しかも、このフレーズ、耳について離れない。なにしろ、「ぼんさんが、屁をこいた!」のだから……。で、ついつい考え続けていて、ある日ふと閃いた。これはきっと実話で、実話をもとにした遊びが子供たちの間に広まったんだ、と。

ある日、法事に高僧(でなくてもいいが…)がやってきて、ありがたいお経をあげてくれていた。参列者は高僧の後ろに並んで座り、手を合わせ、頭を垂れていた。中には子供も混ざっている。すると、朗々と響く読経の合間に突然異様な音が混ざった。“ぷぷう~~~~”。「あ!誰や?屁こいたんは?」と誰かがそっと隣をつつく。「ちゃうちゃう、わしちゃうでえ」「え?じゃ、お前か?あかんやないか。こんな時に屁こいたら!」「なんや!わしちゃうで。…ちゃうて!前の方からやったと思うけどなあ」……。ざわざわと犯人探しのひそひそ声が広がっていく。と、突然!高僧が勢いよく振り向く。その目はギロリと一同をねめまわし、仏壇へと向きを変える。隣や斜め前や後ろを向き突つき合っていた参列者の動きはピタっと止まり、一瞬にして静寂が戻る。

その後は何もなかったかのように読経が終わり、お布施を持って高僧が帰って行く。その背中が見えなくなった瞬間、誰かが言い始める。「さっきの屁やけどなあ。あれ、あの坊さんちゃうか~~?」「え?!え~~~?!…せやけど、確かにあの振り向き方はないわなあ。わし、こっそり饅頭食ってて見つかったおじいちゃん思い出したわ」……。てなことで、高僧犯人説で丸く収まり、あの時の全員の固まり方を再現したら、おもしろい遊びになるぞ、ということで、“ぼんさんが、屁をこいた!”遊びはできあがった。…のかな?

“だるまさんが転んだ!”は、達磨大師が実際に転んだのを見てしまったんじゃないかと思う。達磨大師は勢いよく立ち上がり、袈裟もはたかずに颯爽と立ち去ろうとし、立ち去りつつ、時々誰かが後ろで笑ってないかを確認したくて、ささっと振り向いたりしてたんじゃないかなあ……。というお話。

一体、どこの国の食卓じゃ~~?!

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ラザニア、オニオングラタンスープ、そして、おでん。ポリシーは?コンセプトは?狙いは?と聞きたくなるような昨日の食卓。「食べたかった~」と思っていたものを、時間があるときに作っちゃえ、の結果でした。ハーフの嫁と純正日本人の旦那の共同作業……には見えないか……

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天下無敵!“見殺しの術”

とあるブランドのクリスマス・パーティの夜のこと。主催者側の外部ブレーンだった僕は、パーティが終わった時の運営スタッフの疲れ切った表情に、“よし!ここは一肌脱いで、ミニ慰労会をしてあげよう!”と思った。会場のホテルを出て「ちょっと飲みなおして帰ろうか」と提案。たまたま見かけた不思議な店に5人で入った。客はゼロ。カウンターにママと思しき中年の女性が一人いるのみ。「ここでいい?」と小声で確認して、だだっ広い店の一角、向かい合わせのテーブル席に腰を下ろした。

全員バーボンで、「お疲れさま~~」と、まず乾杯。グラスに口をつけて下ろすと、いきなり反省会になった。が、出てくるのは、“困った”“慌てた”“いい加減にしてほしい”という話ばかり。直後だからしょうがないとはいえ、楽しくない。30分ばかり我慢したが、“よし!ここは一肌脱いで、楽しくしてやろう!”と、僕は「ちょっとオシッコしてくる」とトイレに立った。そして、トイレの中で、僕は“本当に”一肌脱いだ。便器の蓋を閉め、ジャケット、パンツ、ドレスシャツを順に畳んで置き、その上にパーティだから珍しく締めていたネクタイを置いて素っ裸になり、密かに持っていた女性用のパーティプレゼントのパンティを穿いた。そして、トイレのドアを開け、「イエ~~イ!」と注意を引いてから、トンと飛び出した。

なんと、無反応!“え?!聞こえなかったのかな?声が”と思い、もう一度トイレに入り、またトンと出てきて、「イエ~~イ!」。すると、全員がこちらを見た。“やったぜ!”と思い声を張り上げ、もう一度「イエ~~イ!」。両手にはもちろん、ピースサイン。すると、全員、何事もなかったかのようにまた向き合い、話の続きを始めた。

これぞ、必殺“見殺しの術”。まともにくらった初めての経験だった。トイレの中でまた着替え、ネクタイを締める時の侘しさったら……。

無視が一番のお灸になるようですねえ。

チビの日課

ほとんど動かない我が家の老猫“チビ”の、ただ一つの日課。それが、キッチンの通風孔から外の匂いを嗅ぐこと。

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何を思ってのことかわからないが、長い時はこのまま10分ばかり。名前を呼んでも、反応するのは耳だけ。「いいことなんかないよ。また野良に苛められるだけだよ」とKapparに言われても、動かない。なんなんでしょうねえ……。

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新明解辞典、何度でも笑えるおもしろさ!

昨日の“池澤夏樹講演”の後、「池澤さん、確か自分の価値観で選ぶ世界文学全集を編纂したい、って言ってたよね、以前から」「楽しみにしてるのよ」などと話していて、「誰か個人の見識や価値観に、権威なんてものも依存しがちだよね。盲目的に信用してかかるのは、考えものだよね」と発展していった。で、時間をおいて、今朝突然思い出したのが、赤瀬川原平著“新解さんの謎”。随分以前、事務所で購入した本なのだが、これは笑った。

それからは、酒の肴に新明解辞典を出してきて、「“愛”と“恋”を引いてみて。この子、新解さんの性格がよくわかるから」と言って、性格分析をして遊んだ。

そう言えば、英語の電子辞書に「タクシーを呼んでください」が“Call me a taxi.”と出ていて驚き笑ったこともある。私をタクシーと呼んで、って!笑われるぞ~~~!

まあ騙されたと思って、新明解辞典で“恋”を引いてみましょう。

体重体組成計に乗ってみた

ポイント男の成果物が、また一つ到着。オムロンの体重体組成計である。

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体重を測ることさえ3年半ぶり。体脂肪率となると、10年ぶりくらい。結果は、体重58.6㎏、体脂肪率21.2%、骨格筋率34。身長は、おそらく縮んで169㎝くらいかな?健康なようだ。

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平成22年のスカートめくり

僕は少年の頃、スカートめくりをしたことがない。あまりしたいとも思わなかった。恥ずかしかった。友達がスカートめくりをして「きゃっ!」と睨まれ、にんまりしているのを見るのも恥ずかしかった。もし同じ状況で目が合った時、おそらく僕は顔を赤くして目をあらぬ方に逸らすだろうと思った。そう思うだけでも、十分に赤くなれた。

よく言われるように、“好きな女の子”か“気になる女の子”のスカートをめくっている男の子がほとんどで、それが屈折した愛情表現であることが、もっと嫌だった。しかも、関心や好意を得ようとするその行為が、明らかに逆効果しか生みそうにないとわかることが、ばかばかしかった。

しかし、長じて振り返ってみると、僕のやり方のスカートめくりを、一杯してきていることに気付いた。単純ではない“手の込んだスカートめくり”の対象は、女性に限らず男にも向けられていたことに気付いた。思い出すだに、穴があったら入りたい気分になる(親切に穴を開けてもらわなくてもいいですが…)。

で、ふと考えた。“老舗三越、最後のあがきか?!”と書いた心理に、似通ったものはなかったか、と。どうも、ちょっとありそうだ。“好きな…”という感覚では決してないが、“気になる…”という感覚として。近いうち(実際に店舗を見に行く前)に、そのことに触れてみたい。

ポイント男の成果物

アンケートサイトやショッピング等々で溜まるポイントが、多くのものをもたらした(頑張ったのだ~~)。おそらく、生活家電、キッチン家電の品だけで、15点は下らない。4年でだぞ~~~!ポイント上手のポイント男は、森永卓郎だけではないのだ!と、威張りながら出したのが、ミシンとアイロン。ただし、アイロンは丸々ポイントだが、マイコン搭載のミシンは、2万円足さざるを得なかった。

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のどかな日曜日のはずが、Kapparは「今日はミシンだ~~~」と腕まくり。ズダダダダ~~~と、カーテンなどを縫い上げておりました。……今夜は、おでんらしい。においが充満しつつある。

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ちょっと“文化な”、“ガテンな”午後

思わずエアコンを暖房にしてしまった朝が終わり、日差し煌めく午後、近くの世田谷文学館にお出かけ。

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目当ては、“池澤夏樹の講演”。“加藤周一ウィーク”のイベントの一つなのだが、「たまには、文化な午後でもしようよ」ということで、行ってみた。あの“南の島のティオ”の作者が、加藤周一の何を語るのだろう、という興味もなくはなかった。が、秋の午後のお出かけは“食”か“読”だろうと、理由が欲しかっただけなのも確かだ。

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まあまあ楽しんできた。帰ってきてビールを飲みながら、話の反芻もできた。いい午後だったなあ、と思っていると、Kapparが覆面をして登場。「さあて、ひと仕事してくるか~!」。「なぬ!今朝ひと段落したんじゃないの?」と中腰になると、「もう限界だ!草刈りだ~~!」と飛び出していった。覆面はすぐに外すことになったが……。

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今夜は、中国産松茸ご飯、らしい。ご苦労さまでございますです~。

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猫のお引越し

2日間の気温差、なんと10度!暑さがきっちり彼岸までだったのはよしとしても、この急激な気温の低下は、どうなのよ?!しかも!だ。僕のリハビリの日を狙った雨!どう?どう?どうなのよ~~?!

などと言っている同居人などにはお構いなしで、チビばあさん、相変わらず寝てばかり。さすが、人生(猫生?)の7割は眠っているとも言われる、平気で生きている生き物でらっしゃる。と、ビールの箱の住処を撮っていたら、暑いさ中にはちょこりと顔を出し、心なしか息も荒かった。

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ところが!今朝のこと。もうセーター着ちゃうぞ!まったく~!と寒さに身震いしながらひざ掛けにくるまって居眠りをしていたら、いつの間にかチビばあさん、住処を出て引っ越しをしてらっしゃった。最初は体温を求めて僕の足元へ。

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立ち上がると、ぬくもりの残った座布団の上へ。その姿、秋の到来と言うよりも、冬近しを思わせる。

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最近姿を見せていない野良猫のノタ君が、ふと心配になった。

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秋の長雨か?

“暑さ寒さも彼岸まで”って言うけど、今年はどないなっとんねん!と毒づいていたら、この雨。昨日“今日は、私に任せろ~”と、銀行&買い物にチャリで出かけたKapparだったが、今日の3ヶ月ぶりの美容院は雨支度。

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向かったのは、代々木八幡駅前の“ヘッドライン”。美容師の福永さんは、楽しい飲み仲間でもある。店から外を見張っていた彼に見つかり、「柿ちゃ~~ん、上がっておいで~~」と呼ばれ、7時頃から11時頃まで飲んだこともある。美容院なのに、手作りのしめ鯖が出てきた。店から友人に「ミラーボールが回っていて、出てくるのは手作りの和食で、ホッピーもある、そんな美容院で飲んでるんだぞ~~」と電話したら、後日「例の“美容院”という店に連れて行ってよ~~」と言われた。「残念!今、改装中なんだ。今度ね」と答えておいた。福永さん、ヘアメイク出身で腕はいいので、誤解なきよう…。

Kapparの、もらい物と借り物の雨装束

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Kapparの合羽は、15年前、脳梗塞で倒れた時にお世話になったお礼にと、お母さんが“通販生活”で買ってくれたもの。その下のシャツは僕の60sFACTORYのギンガムのボタンダウンシャツ。長靴は、Kapparの友人でシューズ・デザイナーの“ゆかり”から先日届いたもの。本人のものは、スパッツのみ。さすが!雨には安上がりできているわい!

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昔はものを思わざりけり

なんと僕は、10年前まで“こむら返り”を“こぶら返り”だと思っておりました。さらに!つい6年前まで、“ふくらはぎ”を“ふくろはぎ”だと思っていて、さらに!さらに!昨日の昼から今朝まで“彼岸花”を“季節外れのつくしんぼ”などと思っていたのであります。

百人一首の一節を借りるような話ではないが、いくつになっても知ってみると、知らなかった頃ってな~に?なんだったんだろ?と思うもの。些細なことでも教え合い、意見をぶつけ合える人たちって、いいものですね。

食事中にテレビで懐かしの映像を見たりすると、あの頃、何を考えてたんだろう?って、ふと漏らすことがある。Kapparに無茶と知りつつ同様な質問をすると、ほぼ100%同じ答えが返ってくる。「な~~んも。……なんだったと思う?」である。質問に質問で返すのは、卑怯なり!

間違いなく!「な~~んも」の日々のチビ。

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お気に入りのねぐら“ビールの箱”から出てくるのは、ごくわずかの時間。日が当たっているのに、暑くないのかなあ。家猫の起源はリビア山猫だというが……。

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季節外れの“つくしんぼ”?

今朝は、9時始動!コンビニでアスクルの支払い、銀行1軒、ちょっとお買いもの…、とお出かけ。昨日はめでたくKapparの丸1日休みとなったので、居眠り、録画鑑賞、お昼寝……と、お出かけなし。その前日の夜はお休み前とあって、久しぶりにe-Poohに「ビーフストロガノフあるよ~~~。あ、そうそう、ヒラメも届いたかな~~~。栗ごはん、作るみたいだよ~~~~~~」と誘い水を出したら、バスに乗ってご到着になり、食べて、飲んで、話して、飲んで、話して、楽しく過ごした。その時のお酒の余韻、仕事の蓄積疲労、実家通い疲れ(本人曰く“運動会の翌日もたい”)などが重なり、昨日は睡眠中心の一日。休むと決めたから、“ええい!あれだってこれだって後回しだい!”としたから、今朝はちょっとだけ焦ったのだった。パタリコ、パタリコ(麻痺側の足は踵からの着地ができないので、足の裏全体のいきなりの着地で音を立てる。なかなか喧しい)歩いて甲州街道に出ると、街道脇の街路樹の根元に、こんなものを発見!

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帰ってきてKapparに写真を見せ、「季節外れの“つくしんぼ”?…なわけないよねえ」と言うと「あたしゃあ、“アスパラガス”に見えるねえ」と、さすが八百屋の娘、野菜のソムリエ、食い意地女のご発言でありました。ということは、季節お構いなしの“食いしんぼ”?……。

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次々発見し、こんなに伸びた子まで。なんだろ?街路樹のお子さんたち?

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巧言令色鮮し仁

街宣車に出くわすと、お酒を飲みながらやっていた遊びを思い出すことがある。その遊び、名付けて“褒め殺し街宣”。不正や天下りの目立つ省庁や、取引で弱い者いじめをした企業などの玄関口に押しかけ、ともかく褒めちぎる。美辞麗句で飾り立てたチラシを、道行く人たちに「こちらの方々に、いつもお世話になっている者です。みなさんにも、その善行の数々を是非知っていただきたいと思います」などと言いながら、ニコニコと配布する。というのが“褒め殺し街宣”。その演説を、起きている事件を題材に即興でやってみるという遊びだ。この遊び、しかし、わずかの間で終わった。酔った頭には荷が重すぎたからだ。

遊びのきっかけは、とあるスナックで遭遇したサラリーマン・グループの話からだった。7~8名のそのグループは、言い争うこともなく楽しげにカラオケに興じていたのだが、やがて僕は気持ち悪くなっていった。交わされる会話に皮肉や批評がほとんどなく、妙に褒め合ってばかりいたからだ。仕事仲間としての、あるいは友人としての深い信頼で結ばれているようには見えなかった。僕の頭に浮かんだのは、“巧言令色鮮し仁”という言葉だった。

気持ち悪さはやがて忌々しく膨らんでゆき、じっとしていられなくなった。帰ろうと思い、タイミングを計っていると、ふとそのグループの中の一人が気になり始めた。彼だけは異次元の人間に見えたからだった。彼の口から巧言が吐き出されることはなく、仲間や上司と思しき人物に接する態度に令色も見られなかった。揶揄する言葉や制する言葉をタイミングよくわずかに発し、後は笑ってやり過ごそうとしているように見えた。褒め合ってばかりでは、問題点や本質に分け入っていくことはできない。そんな忠告をしているかのようだった。カッコ良かった。そんな話をしていて生まれたのが、褒め殺しゴッコ。褒め殺し街宣遊びは、その延長線上に生まれたのだった。

僕は、実はおだてに弱い。おだてられると、木にだって登りかねない。しかし、褒め合うのは嫌いだ。気持ち悪い。対象から逃げるに等しい行為だと思っている。対象や人に分け入り、嫌な所や問題点を認識した上で、すべてを飲み込み評価し愛でる。それが対象に対する本当の好意であり、愛情だと思っている。

心の中に戦いが生まれ、それが終息していく間が、一番考え理解へと向かっている時間だと思う。癖になる味には、舌や喉に一瞬不快を与えることもあるものだ。そう言えば、巧言乱徳という言葉もあったような……。

Kappar、4か月ぶりの“丸1日休日”なるか?!

お母さんの退院、お父さんの退所、二人のための食事、当面の洋服と寝具の入れ替え等々を金曜日にこなし、たっぷりの睡眠補給をして、仕事に励んだ土曜日。今日夕方まで頑張ったら、明日は丸一日お休みだ~~、と仕事コックピットに入っていったKappar。その合間に、栗ご飯の下準備とビーフストロガノフを作るのだ~、と宣言。しかも、ビーフストロガノフ完成の暁には、友人宅に運ぶと言う。本当に、明日丸一日休めるのかなあ。

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お神輿型組織運営は可能なのか?

エイト型の組織運営よりも、お神輿型組織運営の方が、僕は好きだ。優れて“日本的”で、“持続力”があり、少なくとも楽しい組織が作れると思う。エイトと言っても、エイトマントは関係なく、競馬エイトとも無縁。あのボート競技の華と言われている“エイト”である、念のため。…当たり前か…コックスの掛け声に合わせ、クルーが一斉に同じリズムで漕ぎ、力強くかつ滑るように水面を進んでいくボート。その姿は実にカッコよく、美しいのだが、ガレー船のオールを必死で漕いでいるチャールトン・ヘストンを、僕は思い出してしまう。全員が同じリズムで同じことをする、っていうのも、どうもいただけない。

ところが、組織運営となると、このエイト型を好み、評価する人が多いような気がしてならない。

それぞれがそれぞれの力と個性と事情によって、時には担ぎ、時には休み、時には水をかける…。掛け声と行き先だけは忘れずに。担いでいるのはご神体。言わば全員が、それぞれ深度が異なるとはいえ、敬い大切にしているもの。言葉を替えるなら、ポリシーあるいはビジョン、フィロソフィー。……そんなお神輿型組織運営が、僕は理想なのだが…。なかなかうまくいかなかった。残念!

トイレが珈琲の香り。

毎朝、豆を挽いて淹れている(淹れてもらっている?)珈琲は、いつも決まった店からお取り寄せ。その名は澤井珈琲。山陰の会社である。

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なにしろ、安い!味と香りは……フツウ!ということで、コスト・パフォーマンスはいい。おまけに付録が付いてくる。それが、この“珈琲袋”。珈琲豆の脱臭効果を使ってね、というもので、下駄箱などにどうぞ、ということだが、我が家ではトイレに常駐。1か月くらいは、トイレに珈琲の香りが漂っている。「トイレ借りま~す」とトイレに行ったお客さんの何人かは、帰ってくると「珈琲飲みた~い」とおねだりする。

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“哀れ蚊”と“哀れな蚊”

ニュースで知った。今年の夏は、蚊が少なかったんだそうだ。そう言えば、蚊の羽音に敏感な僕が「あっ!蚊、蚊、蚊~~~~」と騒ぐ夜が少なかったような気がする。自称“モスキートウ・キラー”Kapparが両の手を開き、目をぎらつかせ、追いつめ、パチン!ヤッタ~~!と叫ぶ姿もあまり見かけなかったような……。

あまりの暑さに水溜りの水も蒸発し、ボウフラが育つ環境がなかったためらしい。しかし、ここのところの雨と適度な暑さを好機に、これから頑張る蚊が多くなるかもしれないんだそうだ。

秋の蚊は“哀れ蚊”と言う(んだった、と思う)。命を未来へとつなぐために、越冬する雌の蚊のことだ。これを殺すのは、さすがによろしくない。哀れと思い、見逃してあげよう、というとても仏教的な考えが背景にある(んだった、と思う)。しかし、この秋はそんな仏心を出していると大変なことになるのかもしれない。気を付けるべし!である。

“哀れ蚊”とは異なる“哀れな蚊”の話……。僕の随分年下の友人尚ちゃんは、いささか毛深い。そんな彼が、ある日密集した腕の毛をなんとなく見ていた。すると、ジャングルの奥に異物を発見。掻き分け、掻き分けて奥に指を進め、その異物を取り出してみると、なんと、蚊の亡骸だった。尚ちゃんの皮膚に辿り着いたまではよかったが、密集する毛に“ヤバイ!食事どころじゃないぞ!退散だ~~!”と、とるものもとりあえず引き返そうとしたものの出るに出られず、非業の死を遂げていたのだ。哀れな蚊である。教訓に溢れた話である。

10数年続く“置き薬”

少年の頃、“越中富山の薬売り”のおじさんがやってくるのが楽しみだった。紙風船が必ずもらえること、妙な和製英語の名の薬に出会えること(ネツトールとかセキトマールといった…)、遠くの地の噂話が聞けることなどで、縁側がひと時の演芸場のようだった。

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事務所の“置き薬”は、10数年の歴史。ずっと定期的に訪ねてきてくれている。ただ、当世のご多聞に漏れず、社名は3回変わった。商売の方法は地味で堅実なのにねえ。

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レロレロ Tuesday

アホな話でちょっとだけ不快だった月曜日を乗り切り、爽やかに迎えるはずだった火曜日。

朝から呂律があやしい。声も出にくい。

小田原の病院と施設に両親のご機嫌伺いに出かけるために、早くから起きて仕事をしていたKapparが、パンと珈琲の用意をしていることに気づき、手伝おうと立ち上がると、よろけた。「これはきっと、天のお知らせ。予報では晴れだが、雨が来るぞ」と思っていたら、案の定だった。

細やかに気圧や湿度に反応してくれなくてもなあ、と思うが、もはや面白がるしかない。痛みのない限り、話のネタにしよう、と思っているのだが、哀れを誘ってもいけないしなあ。と、しばしバカなことを考えてしまったレロレロ Tuesdayでした。

ちょっと高い初サンマより、なかなかサンマだった1尾99円!

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昨日、すご~~く久しぶりに一緒に買い物に出かけると、見つけました!100円を切ったサンマ。一度だけ“初物ということで”と、1尾だけ280円で購入したが、脂も乗っていなくて“なんだかね~~”だったが、この値段になったということは、むしろおいしくなった、ということかな?と2尾購入。なかなかサンマでした!しかしまだ、きっちりサンマではないかな~~?

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低周波治療器、活躍開始か!?

ポイントも利用して5200円で購入した低周波治療器。粘着性のあるパッドを身体に貼り付けて使用するのだが、皮膚の油脂で粘着性が弱まり劣化するとパッドの買い替えが必要となる。だからというわけでもないだろうが、使用開始の前に貼り付ける部位を拭いてね、と説明書に書いてある。交換用のパッドの価格を調べてみると2000円以上はすることもわかったので、これは気をつけなくてはならんぞ、と丁寧に拭いてから使用することとなった。

しかし、こんなちょっとしたことが、なかなか面倒だ。タオルを濡らす、絞る、拭く、乾くのを待つ、という一連の作業だけでも片手麻痺にはそこそこの手間。くるくると動いて、やっとパッドを貼るのにも成功し、さあツマミで強度の調整だ!と本体を手に取ろうとすると、背後に置き去り。またもくるくると動いてやっとコードの端を捕まえ、そっと引き寄せ本体の端に手が届き、ほっとして持ち上げようとしたら、ボトリ、ゴトン!落としてしまった。大切に、丁寧に、と思っているのに~~~。

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などとドタバタがあった挙句、使い方にも慣れて、数回使用。それなりの効果を実感。少なくとも、コリにはいいようだ。仕事漬けKapparの肩こり・腰痛にも効果を発揮している。今のところ、5200円は無駄になる危険性が低いようだ。

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老舗三越、最後のあがきか?

老舗三越が、賭けに出た。200億円以上と言われる巨費を投じた増床改装オープンだ。初日の今日は、オープン待ちの行列ができたが、どこがオープンしても列はできるもの。物見遊山の人たちと考えた方がいいだろう。高級路線を行く、と改めて宣言をしているが、他に路線はあるだろうか。高級路線で行くしかない、はずだ。自主編集などと言う古色蒼然たる言葉を新しい試みのように言わざるをえないところに、置かれている立場の苦しさが垣間見える。

しかし、長期にわたって伝統に胡坐をかいてきた“同窓会グループ”的学閥集団に、優れたフィールドワーカーはいるのだろうか。プライドと驕りが空回りをしていたという自覚を持っている人はいるのだろうか。うちの看板が利用できるんだからいいと思わんかい!といった仕入先に対する姿勢は、顧客を選別するような空気を売場にまで醸し出していた。本当に、そのことを反省している人がいるのだろうか。…疑わしい。伝統は過去に築かれたもの。三越が新しい伝統を築いたことがあっただろうか?もし、伝統の力と実体が希薄になってきても、「どうだ!」と威張りたいのだとすれば、高級品の自主編集の行き先は心許ない。中国人観光客を正面から見据えているのなら、いいのだが…。落ち着いた頃に、一度見て来ようかな?期待できそうにないけどなあ……。

淡路島から、玉葱をお取り寄せ~~。

“旬の瀬戸内の海の味覚”を時々お取り寄せしているのが、淡路島の“海の商人”さん。先日の鱧に引き続き、かねがね“おいしい!”と噂の玉葱をお願いした。小田急OXの店頭でばら売りの大粒玉葱が一個100円だったのを見て、決心。おそらく単価に差はないだろう、だったら、噂の玉葱がいいぞ~、というわけだ。

で、ちょっとどきどきしながら開けてみると、1、2、3、4、……20個。送料込みで200円。計算通りだ~!さて、味は期待通りかな~?

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リハビリの転換期?

脳出血発症から丸4年。初台リハビリテーション病院退院から3年8カ月。成城リハビリテーションクリニックに通い始めて3年7カ月。最初はトントンと階段を上るように進化していた(回復していた?)機能も、ここ3年余りは目覚ましい変化を見せてはいない。

今日の診察で「リハビリ通院の間隔、どうしますか?」と訊かれ、「隔週にします」と答えた。OTを担当してもらっている女性の療法士と、昨週話しあっていた結果だ。リハビリに対する基本的な考え方。日常生活の中での問題の有無。問題解決の方法論を持っているか否か。その解決法の正誤と効果は?等々を話しあい、これまで僕を観察し身体の様子を見てきた結果と感想を聞いて、「隔週でいいんじゃないか」という結論に達していた。

かつて国保の適用を規制しようという動きがあり、90日あるいは180日で国保の適用を終了するとか、テストを行い機能回復が見られなくなったら終了する、といったようなことが次々とお役所仕事として試験運用されたようだ。ディテールまでは知らないが、リハビリの現場での変化を感じると、診察の際に「今度は、厚労省はどうしようって方針なんですか?」と担当医に尋ね、概略を教えてもらったりした。

国のお金とその運用、その援助が必要な患者と病院経営、さらには様々に関わりその関わり方を生業としている人々……。多くの人の生活と生きがいが、脳卒中という病気を取り巻いている。それを実感してきた4年間だった。そして、極めて緩やかな、ほとんど平坦だとしか思えない機能回復の坂を上り続けてきた3年半だった。

転換期だなあ、と思う。ただ、制度改革により強制される転換ではないことが、うれしい。方向を自分で選び、その向かう先を自分で見つめて行う転換であれば、不満も問題もない。“回復”の2文字をやや後退させ、“改善”とか“維持”という2文字に置き換えて、身体機能を考えるようにしていきたい。……制度の不備や冷たさに強制され、無理やり転換させられている人たちも多いことだろう。…それを考えると腹立たしく、胸が痛む。

さて、血圧管理だが、降圧剤を止めてもいいですよ、とは、医者は絶対に言えない。医者が言わないことを勝手にやるわけにもいかない。となると、一生飲み続けるのかい?ということになる。生活改善により安定してきているのか、薬に依存している部分が相変わらず大きいのか、それを判定する方法はないもかなあ、と思う。ずっと飲まなくてならない、ということは、忘れると危険、ということだもんなあ……。

Kappar、水にやられる!?

ん?水とキュウリがあってこそのKapparなのでは?と親しい人たちは訝るかもしれないが、「過ぎたるは及ばざるが如し」なのですよ。

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暑い中、お母さんの入院の付き添い・お手伝いに出かけた月曜日。

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水曜日は一転、今度は雨の中をお母さんの手術に立ち会う(待機だが…)ためにお出かけとなった。すると、Kapparが水との親和性が高いからか、折しも訪れていた台風が、小田原方面で大活躍。どかどかと雨水をプレゼントしてくれた。で、危うく帰れなくなりそうだった、という次第。結局、なんとか無事にご帰還。来客との打ち合わせも無事終了。ほどほどだと貴重なものも多過ぎると邪魔になる…というお話でした。

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バリア・アリーのすすめ?

誤植ではありません。バリア・フリーではなく、バリア・アリーなのです。

初台リハビリテーション病院は、よくできていた。設備・内装の快適・安全への配慮は行き届き、一般病室のレイアウト・設備にも使う人への心配りがあった。車椅子で病室に入るなり、思わず笑みが漏れ、「よ~し、歩いて出るぞ~」と思った。食事もおいしく、食器が陶器なのがうれしかった。まるで、別世界だった。

そして、退院。“本当に、別世界だったんだ!”と実感した。社会全体をバリア・フリーにしていくことなど、不可能だと思った。しかし、それにブツブツ不平をもらし、危険だ!怖い!と出かけることを拒否していてはいけない、と思った。過保護の子供や深窓の令嬢のようになってはならない、と思った。現実や社会に危険はつきものだ。必要なのは、察知する力と回避する能力だ。それに、最も困るのは物理的なバリアではない。心のバリアの方だ。それを少しでもなくすためには、積極的に日常の社会に身を晒していくべきだろうと考えた。

そこまでは、よかった。…んだろう…。しかし、現実は厳しかった。倒れる直前まで進めていた企画の打ち合わせに行くと、「あんな恰好で来られてもなあ」というひそひそ話が耳に届き(あえて届けられたのかな?)、満員電車では転倒しそうになり、どうしても外側にやや曲がってしまう肘に自転車のハンドルをぶつけられ、……たりした。

小さな怒りや悲しみを飲み込みながら、ふと思った。“あれ?心にバリアがあるのは、僕の方かもしれない”と。健常者(それにしても、嫌な言葉だ!!)であっても感じることを感じているにすぎないんじゃないか。殊更に、身障者に冷たいと思うべきことでもないんじゃないか。れれれれれ~!すっかり深窓の令嬢になってるじゃないか。

そう思い見方を変えて見ると、“バリアのある所にリハビリのチャンスあり!”だと実感した。入院中からそんな考え方をしていたはずなのに、現実の前で緊張し、忘れ去っていたようだった。

もちろん、無理は避けなくてはならない。危険察知の能力は人それぞれ。しかも、以前とは異なる身体状況だ。察知から予測へ。ちょっと先回りしてイメージしておくべきだろう。初めての所に行く時は、サポートしてくれる人と行った方がいい。通い慣れた道も、もう一度新しい身体で通い慣れるために、サポートしてもらうべきだろう。そしてその時、どこが危なそうか、摑まる場所はあるか、人の流れはどうか等々を観察し、できるだけ頭に入れておくべきであろう。そして、社会の中へとに歩を進める!マーケティングは、何をするにも大切なことだ。

ちなみに、現在の住まいは、バリアを取り除くことはせず、必要不可欠な手摺を設置しただけだ。ただ、あちこち動いてみて、「ここはちょっと不安だなあ」という場所のチェックをして、そこに手をかけた。

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お風呂の出入りの段差が、最も怖かった。入る時に上がる高さはなんとかなるが、出る時に下りる高さとしては、厳しい。というわけで、小さな取っ手を付けてもらい、床にはスノコを敷いてもらうこととなった。

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*コミュニケーションをネタにあれこれ書いている間に、昭和という時代を生きてきた軌跡を書いてみよう思い立ち、開設したブログです。会った人、見てきた事件などを、いろいろ書いていこうと思っています。

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脳出血記念日に寄せて

昨日は“脳出血記念日”。Kapparは、朝早く小田原の実家へ向かい、お母さんの入院の付き添いをした後、ショートステイしているお父さんの様子を見て帰ってきた。暑い中、荷物を抱えての往復約4時間の行程。睡眠時間も少ないとあって、帰ってきたら“お疲れ様~!”をしなくては、と、日課のクイックルワイパーを丁寧に。ついでに、テーブルも拭いて、“一番搾り”を多めに冷やしておいた。午後6時、ほぼ予定通りのご帰還。すぐに、プシュ!ご両親の様子を聞きながら飲み始めた。

あれよあれよ、で500ml4本。食事もすっかり後回し。と、冷えたちっちゃなシャンパンが出てきた。祝!脳出血記念日のために、冷やしてあったらしい。「よかった、よかった。助かって」と乾杯!いい記念日になった。

いつものように遅い晩ご飯を食べると、Kapparはソファ脇で眠ってしまった。僕はちょっと4年前にワープ。いろいろと思い出し、様々に想いを巡らせていた。すると、出版企画の仕事をした時に調べたことや考えたことに辿り着いていった。一時小さなブームだったDNAと脳に関することだった。

脳は身勝手、という話を、その頃よくしていた。脳の本質は臆病で保守的。生命維持ための保守・点検と、快適に生きながらえるための不快への対応と除去が仕事だからだ。だから、走り続けて苦しくなると、自ら麻薬物質を放出し、いい気分になるように仕向けたりする。ランナーズ・ハイだ。いつも“快”であるために、脳はその類の活動をいつも、している。DNAがそれを望んでいるからだ(と断言する人もいた)。記憶も、成功の記憶よりも失敗の記憶の方が、より鮮明に残っていることが多い。基本的に、保守的なのである。しかし、どんなに鮮明な記憶もやがて薄らぎ、綻びていく。時間が経過すると失敗の記憶も「もう大丈夫」の箱に入れられていくからだ。数多い失敗の記憶をすべて留めておくのが、面倒になるからだ。そして、また同じ失敗をする。脳出血の再発確率が高いのは、そんなことも要因としてあるように思われる。

記念日は、毎年やってくる。その度に、「よかった、よかった。助かって」と喜びつつ、「くわばら、くわばら」と怖さを思い出すべきなのだろう。同じ失敗をしないように…。

……僕は、健康のために、とか、身体にいいから、といったことが長続きしません!どうも、嫌いなようです。「“健康でいられるんだったら、死んでもいい”とか“死ぬ程健康でありたい”なんて馬鹿なことはしたくない」とか、「肉体的に多少不健康な方が、精神的には健康なんだ」などと、ずっと嘯いておりました。そもそもが、失敗だったんですねえ。気を付けましょう。

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脳出血記念日

昨晩午後9時半。いつものように、「今日のノルマ達成!」と帰ってきた(と言っても、半地下のオフィス・スペースから1階に上がってきたのだが…)Kappar。晩ご飯のテーブルに着くと、「さあて、明日は、何の日でしょう?」と覗き込んできた。日付と人名に関する記憶容量が極端に小さい僕は、「ん~~~」と首を捻るばかり。「ごめん。皆目思いだせない」と降参した。「脳出血になった日。ちょうど4年だねえ」。「そうか。こんな季節だったね。早いねえ、4年経つんだ」。……右視床に約40cc、直径4cmの出血だった。微量の出血がなかなか止まらず、「脳幹出血になる危険性があります。早く止まるといいんですけどねえ」とKapparは医者に言われていたそうだ。なかなか眠らず、あれこれ連絡や手配をお願いしている僕に、やきもきしたことだろう。

命が助かってよかった~、という実感は本人には、あまりない。当事者は、そんなものだろう。時間を経つにつれじわじわと現実が押し寄せてきたが、まだまだ楽天に支配されていた。少しずつ「これからをいかに生きるか」を思い描き始めて、愕然とした。入院した翌日早朝の頃だった…。

あれから4年。なんと!4年だ。でも、たった4年なのだ。「平気で生きる」という心境にはまだ達していない。サイド・バイ・サイドで…。平気に…。

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サイド・バイ・サイド・コミュニケーションのすすめ

コミュニケーションは、概ねサイド・バイ・サイド・コミュニケーションと“フェイス・トゥ・フェイス・コミュニケ―ション”に大別される。それは、個対個に限らない。個対群においても、同様である。後者の場合、“フェイス・トゥ・フェイス・コミュニケ―ション”が演説だとすれば、“サイド・バイ・サイド・コミュニケーション”はシュプレヒコールかな?

個対個のケースで、最も顕著なのはセールス・トークの手法である。“フェイス・トゥ・フェイス・コミュニケ―ション”は対面販売。“サイド・バイ・サイド・コミュニケーション”は、側面販売である。前者は高額商品や生鮮商品のような説得や説明の必要なものの販売に使われる手法で、後者はファッションや雑貨のような共感や同意を醸成した方が効果があるものの販売に多用される手法である。

お互いがお互いをまだ深く理解できていない同士が相互理解を深めようとする時、どちらのコミュニケーション・スタイルが望ましいか、既に答えは出ているようなものである。そう!サイド・バイ・サイド・コミュニケーションの方が望ましいのである。僕はそう確信している。

居酒屋のテーブルでの向かい合わせトークよりも、バー・カウンターでの横並びトークの方が、話すことへの強迫観念や話す相手との関係から受ける束縛から解放される可能性が高い。。話している人の目の表情や動きにも縛られず、自由に観察もできる。沈黙の時間にも、慌てる必要がない。目の前に気の利くバーテンダーか口数の多過ぎないママでもいれば、時は順調に次の話題へと過ぎ去っていく。

向き合っても大丈夫な関係になることが先決で、そうなれば、向き合っていても“サイド・バイ・サイド”でいることができるのだと思う。

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Kapparの小田原週間始まる!

お母さんの入院(ペースメーカーの電池交換のための手術)、その間お父さんの施設への一時入所と、小田原の実家のフォローでも忙しいKappar。昨日(土曜日)朝、4時間の睡眠でもろもろの準備へと向かった。

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これはしかし、始まりにすぎない。これから、入院、手術、お見舞い、退院と、小田原通いは本格化する。仕事でパンパンのスケジュールの合間を縫ってだからなあ……。

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そして、脳卒中後のコミュニケーション ③

いつも課題を与えられ、あるいは自らに与え、それに対する答えを導き出す。応えの正誤によって評価も得ることができる。その評価によって他者との相対的な価値や優劣も決められていく…。それが、社会生活というものだ。それは時として不条理なものだが、そこにあるルールに従っていくと決めてしまうと、それはそれで楽なものだ。何しろ、学校教育の“評価システム”とも奥深い所でつながっているからわかりやすい。自分が依拠する所も見出しやすい。ただ問題は、慣れ親しんだルールが消え去った時だ。相対的な評価も優劣もない所に置かれた時、何を見つめ続けていくか。価値基準がなくなり、比較するものや人が消え去った時、どこに心の居場所を求めていくか。……老境を迎えた者や、退職した者が行き当たる環境に、僕は脳卒中によって早々と押し込まれた。

変わってしまった環境では、以前の環境で立てた仮説など、ことごとく崩れ去る。与件も前提も変わるのだからやむを得ない。すぐに“それでは!”と袖を捲ってみても、環境把握が充分にできているわけでもないから、新しい仮説の一つひとつは心許なく、どこか薄っぺらだ。何かを想い、考え、志向してみても、まるでシシュポスのように、岩を上げては落とすを繰り返しているかようだ。ただ、挫けず繰り返していると、徒労の中からでさえ何かが生まれることがある。…と言うよりも、徒労とわかっていもそれを繰り返さざるを得ないほど、他にすることもない日が続く。おそらく、それが“徒然”ってやつなんだ。

などと思っていたせいだろうか、ある日徒然草の一節が、浮かんだ。それは、長時間向かった便箋に何も書けなかった空白の手紙の行間に浮かぶように、ふと浮かんだ。

“もの言わぬは、腹ふくるるわざなり”。…そうだ!口に出せばいいんだ。どんな些細なことであっても。…言わなくてもわかる、言葉にしなくてもわかって欲しい、は、なしにしよう。言葉を吐く時にルールを守り、余分な意味を込めずにきちんと語り合おう。“腹ふくるる”は、きっとお互いさまなのだ。…と思った。ごくごく当たり前のことなのだが、慮る心は、ストレートなもの言いを後退させる危険性も孕んでいる。気を使うべきは、言わないことではなく、言い方だ。…と思った。

やはり、本質はシンプルなものなのだろうか。そんな当たり前のことを改めて「…そうしようね」と提案し、疑問や要求や感謝などなどを口に出すようにしたら、ふわりと軽くなった。お互いの理解も深まった。…ような気がする。サイド・バイ・サイド・コミュニケーションにも、これから深みが増すかもしれない。…と思う。「いいの!俺は!」とか「私は、そうしたいの!」とか「わかってるよ、そんなこと!」といったコミュニケーション拒否の言葉は口にせず、そんな言葉でふくれた腹は、自分で治すことだね!

梅干しの副産物“紅ショウガ”

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週一回のリハビリと買い物を終え、パンの入った袋をぶら下げ汗だくで帰ってくると、「お!そろそろかな?」とKapparが駆け上がっていった。まだまだ続く怒涛の日々、ちょっと空いた時間に何かするといっても、鰯の味醂干し作りをするほどの時間は…と訝っていると、この夏フル稼働の笊を持って降りてきた。上には、スライスしたショウガが乗っている。「さ、紅ショウガだよ~」と、瞬く間に2瓶。梅干し作りの時にできた梅汁の二次利用だとか…。うまそうだぞ~~~。

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そして、脳卒中後のコミュニケーション ②

天候と気圧の変化に体調と麻痺部位の好・不調が容易に左右されるようになった。環境の変化に人の意識は揺らぐものではあるが、まるで“変温動物”のような変化には、時として度し難いものがある。因果関係を明確に意識できている時はセルフ・コントロールやセルフ・モチベーションに努めるのだが、無自覚に自らの感情変化と向き合ってしまっている時もある。傍にいる人には迷惑な話である。

普通のサイズの人であっても、小人達の中に入り込むとガリバーになる。それを自分が大きくなったかのように錯覚するのは危険だ。自信過剰や権勢症候群に陥った時、失うものは大きい。逆もまた、しかりだ。自信喪失や卑屈と綯い交ぜになった自己保全のための“負けじ魂”は、周りも巻き込む危険な行為を生みだす…。と、まあ、自らを見失いたくないと、あれこれ自戒するのだが、継続する肉体的な不快には、どうも抗し難いものがある。瞼に一滴ずつ水滴を落とし続ける、というナチスの拷問を思い出したりする。ふと気付くと、些細な感情コントロールさえ怠っている時がある。

しかし、これは一時のことではなく、ずっと抱え続けていかなくてはならない、僕の現実だ。お互いの現実を理解し共有するためにコミュニケーションがあるのだとしたら、コミュニケーションは天候や気圧に揺らめいてはいけない。

な~んて、ぐちゃぐちゃと考えていると、いつもののどかな景色にもフィルターがかかってくる。野良猫の日向ぼっこを目にして、俳句など詠まないのに「陽だまりに たゆたう猫の 寄る辺なき」などと頭に浮かび、しんみりと考え込んでしまう。身体に悪いことは心にも悪く、心に悪きことは身体にも悪い…。そんな状況をしかし、僕はふと突き抜けた。ある言葉が浮かんできて、それを僕だけではなく、コミュニケーションする相手にも当てはめてみるようになってからだ。…後は、実践してみることだった。

低周波治療器、買ったぞ~~!

ひょっとすると、市井の医者や療法士よりも情報が早いのでは?と、時々覗かせてもらっているブログ“脳卒中サバイバのゼンデラ”に、「低周波治療とCI療法を組み合わせた療法が試され一定の効果を上げたようだ」という話が出ていた。かねがね、僕にとってのリハビリは、①安全の確保、②痛みの緩和、③過緊張の軽減、と人に語ってきた身には、絶好の情報に思えた。そこで、「低周波治療器、僕のへそくりで買ってもいい?」とKapparに相談すると、「私も使うから、へそくり出さなくていいよ」ということになった!やりい~!

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で、ネットで調べて買ったオムロンの製品“¥5200”。本日、到着!肘と脇が待ってるぞ~~! *CI療法は、有資格者になるまでのハードルが高い。あくまでも、マッサージのみのオムロン君である。

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