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久しぶりに出会った、素敵なおじさん

土・日と、一泊二日で慌しく墓参帰省。土曜日から「お墓参りに雨はつらいよね」とばかりに晴れ渡ってくれた空は、月曜日の午前中もそのまま。初夏の香りさえ漂わせていたので、「今日は、溜まっている雑事を片付ける日」と決めた。

効率よく7箇所を回るための経路と手順を考え、出発したのが10時半過ぎ。気になっていたことを順調に4件片付け、メニュー開発やポスター作りをしていた頃を思い出しつつ、久しぶりにデニーズで遅い昼食。

雑事片付け行脚第2部も順調にこなし、最後は新宿でKapparがクライアントを訪ねた帰りを待つことになった。

新宿駅地下、人通りの多い一角に見つけたスモークガラス張りの喫茶店。小奇麗な店内は混んでいない。少し先にあるエクセルシオールはいつも混んでいるらしいので、躊躇することなく自動ドアを踏んだ。

二箇所に分割された喫煙スペースの広い方へ、誘導されるまま足を運び、くぼんだ一角に腰を落ち着けた。

地下通路の曲がり角に当たるその喫煙スペースは、席数約20。広いのに、地下通路からの目線があるような気がするためか、先客が1名あるだけ。

くぼんだ一角の左右に隣りあわせで座り、アイス・カフェラテを一口飲んだ時、ふと気付いた。先客の白髪のおじさん、「なんだか、カッコいいぞ!」。

黒の綿タートルに黒のジャケット、スラックスの先のウォ-キング・シューズもシンプルでいい。左手には文庫本、時々ページをめくる指先も動きが穏やかに見える。

1mgを言い訳に復活した煙草に火を付けようとして100円ライターにほとんどガスがないことがわかり、おじさんの方を見ると右手の先に吸殻2本が入った灰皿。

「すみません。ライター、貸していただけませんか?」。お願いしてみると、付きそうで付かないライターに苦戦していた僕を感じ取っていたようだった。「おお!」と小さく声を出し、左の内ポケットから100円ライターを出して渡してくれた。指先の動き同様、穏やかな笑顔だった。

それから、30分。午後5時。おじさんは、静かに文庫本を閉じ、静かに席を立った。レジに見えた横顔は、常連の笑顔だった。

そして、直後に入ってきて携帯電話で話し始めた中国人の男性二人連れを筆頭に、広い喫煙スペースは、瞬く間に10人ばかりの客で埋まっていった。

雑踏の中にぽつんとできた穏やかで静謐なエアーポケットは、おじさんという核を失って消えてしまっていた。

Photo

そんなおじさんを、iPhoneでこっそりパチリ!

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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地方都市の街作りの見本!?仙川。‥①

暮らし変えを始めたのは、京王線芦花公園駅から徒歩8分の北烏山という所。杉並区に近い世田谷区で、西に調布市、北西に三鷹市とほぼ接しており、言わば東京24区の端。世田谷区のはずれに位置する。

かつて公団住宅を探している頃、北烏山団地という名前を目にしたような記憶があり、当時(約30年前)は、開発途上のエリアとして認識していたような気がする。

引越しして間もなくその団地を見つけた。芦花公園駅から数分。甲州街道からわずかに入ったところに低層階が連なっており、近隣に次々とできていった比較的新しい住宅群の中、こじんまりとした団地ながらも「パイオニアは、おいらだ!」とばかりに毅然とした風情だった。ケアがいいのか、さして古めかしくもなっておらず、穏やかな生活感が漂っており、郷愁を誘う。

幸い好天に恵まれた数日間、引越し後の混乱も80%は片付いた安心感から、近所を散歩。約2km先の蘆花恒春園まで足を延ばし、花見客に混じってそそくさとおにぎりを食べたりした。そして、この長距離散歩で長時間歩行に自信が湧き、「じゃ、次は仙川にでも行ってみようか」ということになった。

「仙川は行ってみた方がいいよ」と友人に言われていたこともあるが、30数年前、VAN入社して間もなく、酒代の必要性に迫られ始めた家庭教師の先が仙川だったことも大きな理由だった。

午後7時過ぎ、さして多くもない乗降客と一緒に降り立った仙川駅のホーム。家庭教師先へ向かう仙川の小橋。様子を伺いに家庭教師先にやってきた、紹介者でもあるVANの先輩と立ち寄った居酒屋‥‥。どこかに田舎の風情と私鉄沿線の下町の匂いを残しつつ、家庭教師先が典型とも言える豪邸群が、じわじわと町の空気を変えていきそうな、そんな印象が、記憶のディテールに絡みついたまま残っていた。

「変わったんだろうなあ」と呟きながら、北烏山団地の中庭に感じた時と同じ色合いの郷愁に、ちょっぴり明るい期待が混ざり合う。

といった感じで、少しワクワクしながら仙川に行った。今週の日曜日の午後のことである。

驚いた。まさに、今は昔、である。しかも、実にいい。益田市を憂い、その間違いだらけの街作りを嘆いていた身には、「この作り方、手順をトレースしてみよ!」という啓示が降りてきたかのようだった。

                    ‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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Moving‥‥!住み替え、暮らし変え、意識変え‥‥。

お久しぶりであります。引越しと片付けに追われておりました。

1年前に考え始め、半年前から動き始めた“住まい&事務所一体化計画”。Kapparがふと目にした中古物件情報をきっかけに、瞬く間に具体化した。

11月初旬に物件を見に行き、一目で感じるところのあったKapparが、その場で仮押さえ。様々な準備を始めたかと思うと、12月中旬には、もう本契約。決断と行動の人Kapparらしい手際のよさだった。変わることなく忙しい仕事の合間を縫った住み替えの準備、さらには事務所の引越しの準備と手配‥‥。そのほとんどすべてを心配や不安を感じさせないスピードと明るさでこなしていくKappar‥‥。

そして、何人かの友人たちの手を借りてサポートしつつ、目標だった2月末の引越しに、なんとかこぎ着けた。一日で、事務所と住まい2軒の引越し。引越しを頼んだのが、赤帽さん。と言うより、4台の“赤帽隊”!

そして当日。男女5名の“お手伝い隊”と共に朝8時過ぎにスタートした引越しが終了したのは、午後7時だった。

事務所となるフロアは、ダンボールの森。食べる、寝る、少しくつろぐ、のスペースを確保し、ケロヨンママ差し入れのおでんをいただきながら、早速ビールで乾杯!ややほっとしたものの、友人たちが帰ってしまうと、あちこちに積み上げられたダンボールが嫌でも気にかかる。

しかし、兎にも角にも住み替えは完了!これからは、暮らし変えだ!失ったものに囚われず、無駄な力を抜いて、ふわりと新たな暮らしを楽しみながら、またやりたいことに手を染めて生きたい。‥‥そう!暮らし変えが、意識変えにつながっていけばいい。

などと思っていると、ふと永平寺の高僧の言葉を思い出した。「難しいのは、死ぬことが平気になることじゃない。“平気で”生きることだ」。

確かに、難しいことだが、折角の住み替え(e-poohは、“転地療養って大事よねえ”と言っていた)を生かしていきたい。ん?そう思うのも力み過ぎ?

というわけで、4月末の墓参り帰省が終わり、連休が明ける頃に新しく始めることを企み中なのであります。

85%片付いたダンボールの山や森も、きっとその頃には消えていることでしょう。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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