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行ってきました!同窓会‥‥島根県立益田高校 ③

マリちゃんがブティック「パステル」を開店したのは、約30年前。主婦業に専念していたはずのマリちゃんがブティックを開店した動機を直接聞いたことはないが、おそらく“好きなことをやりたい”という気持ちと“自立したい”という願いが重なり合ってのことだったと思われる。そして、元々あった素質は、その機会に開花したのだ。

瞬く間に「パステル」は年商1億の店へと成長。人口約5万人の益田市にしっかりと根を下ろした。

「一度、店を見に来てや」と言われ訪問した僕は、店に入ってしばらくすると、「パステル」が“売らんかな”の店ではないことに気付いた。心地よいソファ、たくさんの雑誌、淹れ立ての珈琲、そしてマリちゃんとの楽しい会話‥‥。そこは、“サロン”だった。

田舎町益田市に、“女性が通える店”は多くない。男たちのためには、飲み屋、パチンコ屋から日本最小の競馬場(閉鎖されたが‥)まで用意されているというのに、である。

トレンド情報を入手しながら、ゆったりと心地よく過ごす‥。顧客の主婦たちの日常にとって、それがどんなにうれしく貴重な時間かが、ひしひしと伝わってくるようだった。

マリちゃんはファッションをネタに、心地よい時間と空間を提供していたのだ。僕は、思わずにこにこしてしまうくらい“素晴らしい”と思った。

“売る”ことを第一義とするのではなく、顧客の心の満足を第一義にする。“売れる”というのは、その結果とし顧客自身が選択する行動に過ぎない。

マリちゃんがそう考え、そうしようとしていたかどうかは定かではないが、「パステル」はそんなブティック(サロン)になっているように、僕には思えた。それは根を下ろすはずだ!成功するはずだ!

そして数年後、「店、改築したけえ、見に来んちゃい」と言われて、また訪問。「パステル」の進化に目を瞠った。

2階建てになっていた。トレンドを採り入れたなかなかいい設計だと思った。しかし、目を瞠ったのは、2階だった。2階は売場ではなかったのだ。

広いフローリングのスペースにグランドピアノが1台。その一角に、ガラス張りのオフィス。それだけだのフロアだった。僕はぐるりと見回して、もう既に感心していた。とてもいい意図があるように思えたからだ。そこにマリちゃんの解説がやってきた。

「ちゃんとプロの人呼んできてイベントやろうと思うんよ。シャンソンとか、ジャズとか。ウチで洋服買ってもろうても着て行くとこないじゃろ、益田には。折角買ってもろうて悪いけえね」。

僕に言葉はなかった。「ふん、ふん、ふ~ん!」と頷くだけ。“この人、すごいなあ。いい考え方してるなあ”と思った。

マリちゃんは、アフターケアのために、稼いだお金を使っていたのだ。しかも、それは、新しい“着用機会”の提供と来店の動機付けも兼ねている。ファッションが楽しいものだとすれば、それは着て行く場所と機会もあるからに他ならない。

マリちゃんを中心に、楽しい同心円が広がっていく。そしてそれが、ビジネスとしても成立していく‥‥。とてもいい形だと思った。理想的だと思った。楽しそうだと思った。

そして、気付いた。マリちゃん自身が楽しんでいるからだ。人を楽しませることを楽しめる人だからなんだ‥。

                     ‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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行ってきました!同窓会‥‥島根県立益田高校 ②

ブティック「パステル」の中にある“カフェ・ダイニング”で、マリちゃんの働き振りを垣間見ながらお茶を飲んだ。マリちゃんは若い時よりも軽やかで、余分な力が入っていないような気がした。見ているだけでうれしくなってしまうのは、久しぶりだからだけではないだろう。

ぽつりとぽつりと近況を話して約一時間、「チェックインしに行かなくちゃ」と言うと、「そうかね。何時?‥。ちょっと待っとりんちゃい。送ってあげるけえ」と、クルマで送ってくれた。降りる時、後から「夜、店に来るんよ!野菜たっぷりの食事、用意しとくけえ」と念を押されたので、「魚食べさせてよ~!」と言っておいた。

約束の午後7時、再び「パステル」。店に入ると、テーブルがセッティングされていて、ソファも置かれている。

マリちゃんは、「どこにする?好きなとこに座りんちゃい」とにこにこしながらソファに近付き、「身体がいたしゅう(いたしい=しんどい、きつい)なったら、ここに横になりんちゃい。偉いじゃろ?あんたのためにわざわざ用意したんよ」と寝転がってみせる。僕の頬はゆるみっ放しだ。

お酒を我慢させられながら待つこと20分。とても懐かしい笑顔が、タクシーから降りてきた。ツルちゃんだ。心が浮き立った。

ツルちゃんがやってきてやっとお酒にありつき、マリちゃんが急いで買いに行ってくれた魚料理を囲んだ。

近況を話し合う。が、何しろ約30年分だ。駆け足で話すことさえ難しい。僕は、病気になった前後の話で手一杯で、とてもいい距離感を持った仲良しの二人、マリちゃんとツルちゃんの話を聞き、質問に答えることに終始していた。一緒によく笑った。そして僕は、二人のしなやかな生き様に、ほのぼのと感心していた。

男にはできない生き方だ、と思った。男はだめだなあ、と改めて思った。

                     ‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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行ってきました!同窓会‥‥島根県立益田高校 ①

昭和43年度卒業生の初めての同窓会は、“還暦”祝い(厄払い?)も兼ねたものだった。

卒業後42年にして初めての同窓会であるにもかかわらず、どういうわけか僕は、同級生たちの風貌に大きな変化があるなどとは思いもせずに、出かけた。

同窓会開催日前日、朝7時40分発のANA575便1便しかないという、村八分もどきの萩・石見空港行きに乗るために、早朝5時に起床。新宿まではタクシー、新宿からはリムジンバス、と、それだけでも小旅行のような道行き。キンと冷える11月終わりの朝の空気に目覚めさせられていた意識も、機内のシートに身体を収めると、瞬く間に睡魔に絡めとられていった。

目覚めると、もう眼下には、高島。鎌手小学校に転入した小学校5年生の夏休み、沖合いに浮かぶ高島をぼーっと眺めていた僕を、「あれ、朝鮮半島。手を振ってみ!誰かが降ってくれるけえ」とからかったものの、言われたまま大真面目に手を振る僕に戸惑い、「おかしいなあ。今日は誰もこっちを見とらんみたいじゃのお‥」と、そっと大きく振り続けている僕の手を押さえた友達の顔が、ふと浮かんだ。いがぐり頭のその顔は、日に焼けた少年のものだった。

その時、僕は初めて42年の月日を思った。みんなの風貌の変化を予感した。もちろん、足元に杖を転がしている僕自身の変化も、思った。しかし、とりわけその変化を感慨深く受け止めているわけでもなかった。僕は、ちょっとわくわくしていた。

午前9時まえに到着後、私用を済ませるとすぐに、同級生が経営するブティック「パステル」に向かった。

経営者のマリちゃんを、僕は勝手に「僕の知っている3大女社長の一人」と呼んでいる。実にビジネスと経営のセンスのいい女性である。同級生の中でも、その資質と手腕はトップクラスだと、密かに認めているほどだ。

明るさと繊細さと率直さ、という良き経営者の3大基本資質を持つ人は、そう多くはない。面倒見がいい一方で、見切りの早さも持っている。となると、さらにその数は減っていく。しかも、優れた女社長に共通する声質とスタイルまで持ち合わせている。

おまけに、僕の親父の再々婚相手は、彼女と因縁の深い女性。既に親父も、3度目にしてめぐり会った生涯最愛の女性も鬼籍に入っているが、二人の幸せな8年間は、マリちゃんの暗躍(?)なくしてはありえなかったかもしれない。

要するに僕は、彼女の言うことは聞いた方がいい、のである。聞かなくてはいけないのである。

               ‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサー、Kakky(柿本)

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