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島根県益田市、高津川漁業協同組合からの手紙。

僕の故郷、島根県益田市の高津川漁業協同組合から、今朝手紙が届いた。

「随分以前にご注文いただいたのに、天然鮎がお届けできなくて、申し訳ない。天候不良が続いた上に、現在は大変な増水のため、鮎漁がまったくできない状態。7月中の発送は無理なので、8月までお待ちください」という趣旨のもの。

天然であるが故のこと。待ちましょう!と言うしかないことだが、やがて到着すると思うからこそ、食品スーパー店頭で見かけても「養殖モノなんか食べないもんね~」と、せせら笑っていた気分は萎え気味。買ってきちゃおうかな、と思い始めている雨の午後である。

初夏は、稚鮎の天麩羅。鱧の湯引きを食べて夏を迎えると、鮎の塩焼きと岩牡蠣を‥。などと目論んでいた“旬の食卓”プランも、“画龍点睛を欠く”状態になる危険性あり。

ゲリラ豪雨などと呼んでいるが、あれは間違いなく“スコール”。亜熱帯気候になってくると、こうして“日本の旬”も楽しみ難いものになっていくのだろうか‥‥。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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CVS(コンビニエンスストア)物語-ビジネスモデルの変遷③

CVS同士の競合がひと段落すると、個店売上の伸び悩みが問題になってきた。

既に一店当りの商圏設定は有名無実になっている上に、“町の便利な雑貨屋さん”という業態の限界あってのことだが、なにしろ本部に支払うロイヤリティが高い。売上が高い店、売上が伸びている店はいいが、頭打ちになってしまった店や減少している店は、まさに死活問題。本部としても、せっかく競合を駆逐したのにライセンシーが離脱するというのでは意味がない。

そこで、個店販促が急務となった。しかし、様々なキャンペーンを実施するなど来店促進を図ったが、思ったほどの効果を生まない。キャンペーンをやってるからといって、わざわざ出かけるような店ではないのだ。

やはり、商品だ、ということになり、まず効率アップを図ることになった。狭い店内スペースを効率よく運用するためには、一つひとつの棚の効率を追求しなくてはならない。回転率の悪い商品を回転率のいい商品に換えていけば、売上増が図れるという考えだ。

そこで、棚毎、商品毎に効率チェックを行うこととなった。POS(Point Of Sales)システムの導入である。

販売時点で売上情報を管理するPOSの導入は、本部で各店の情報も管理できるという側面も持っているため、一気に進行した。もちろん、ライセンシーの負担も大きかったが(売上増、利益増につながるから、と)‥‥。

棚毎の効率、商品毎の効率をチェックしてみると、しかし、大きな問題があることがわかった。業態としての役割と経営効率が矛盾するのである。

例えば、トイレットペーパーやボックス・ティッシュ。“町の便利な雑貨屋さん”としては、家庭で急になくなったものを買いに行ける店という機能がなくなっては、存在理由が希薄になる。しかし、滅多に売れず、単価が低い、それでいて場所を占有する商品は効率が悪い。できれば排除したい。しかも、そのような商品は数多い。効率追求の立場からすると、大きな矛盾だ。検討を重ねたが、結局、多くの商品はそのまま残ることになった。

ところが一方、売上低迷、厳しい労働、帰属意識の低下など、問題は解決されないままである。脱落店増への対策は急務だ。で、次々と策は打たれる。

カウンター・ビジネスの強化、新ジャンル商品の導入、メーカーの新商品開発との連携などである。

しかし、そのどれもが、どこかに負担を強いるものだった。  ‥つづく

*ローソンが全都道府県への出店一番乗りを果たせた背景には、当時、直営店が多かったことがあると思う。自前でやりたいという考えがダイエー体質にあったこともあるが、急ぐのなら自分で、ということだとも思う。バブルが弾け金融状況が厳しくなったために、それまで軽く見ていた2兆円を超す有利子負債が経営を圧迫していたダイエーにとって、CVSは起死回生になりうる可能性を持ったビジネスに見えたのであろう。

やがて、他社同様のフランチャイズ・システムになってしまうが、直営店も相当数経営している、という状況の方が健全だと思えてしまうのは、僕だけだろうか‥。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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CVS(コンビニエンスストア)物語-ビジネスモデルの変遷②

小型店出店の必要性を感じていたスーパー各社は、70年代前半からそれぞれの戦略を構築し、トライアルを始めていた。

海外との提携という方法を採ったのがイトーヨーカドーとダイエー、独自の戦略を構築しようとしていたのが西友だった(西友だけが海外との提携を選ばなかったのは、多分に堤清二氏の美学に拠るものと思われる‥‥このことについては、最後に付記する)。ほんの少し先行し小型店を実験出店した西友を、すぐイトーヨーカドーとダイエーが追いかけることになるが、前者が独力での実験出店であったのに対して後者は提携ノウハウを生かした出店。効率と勢いにおいて、分がよかった。

最初の頃は、マーケティング的な仮説に沿った出店(半径500メートル商圏に1店舗)を重ね、フランチャイジー希望者が現れても、同一商圏内に既存店舗がある場合は断わっていたほどだった。

しかし、やがて競合が激化し始める。自社ブランドのショップは500メートル商圏内1店舗としていても、他社が同一商圏内に出店してくると条件は変わってくる。利益を享受できる条件を超えてしまうのである。接近戦の開始である。

時には、あえて競合潰しを意図した接近戦を仕掛けられることさえある。「あそこのセブンイレブンはローソンに負けて閉店したらしい」といった悪評が立てば、競合相手の勢いを止めることができるからである(ハンバーガー・チェーンで、マクドナルドがロッテリアに仕掛けて勝利し、ロッテリアの反撃の兆しを摘みとってしまった“池袋戦争”というのもあった!?)。

競合が採ってくると予測でき、かつ一部では既に始まっている戦いに、イトーヨーカドー(セブンイレブン本部)が採った対抗策は、得意のドミナント戦略。エリア毎に集中出店し、当該エリアでの絶対的優位を確保しよう、というものだった。

勢い、フランチャイジー希望者の審査も緩くなっていく。同一エリアに2店舗、3店舗というケースも出てくることになる。中には、本部のフランチャイジーを無視した無謀な出店(約束が違う!)に怒り、売り上げの低下に耐え切れず、退店するケースも出てくるようになった。

しかし、その頃の本部の判断は「強い店が生き残ればいい。強い店が残っていれば、競合が出てきても負けない」というもの。まさに、カニバリズム容認。いやむしろ、カニバリズム推進の考え方だった。そして、その作戦は功を奏していった。もちろん、いくつかのフランチャイジーの犠牲の上に成り立った成功ではあったが‥‥。

     堤清二氏のこだわり‥‥大手スーパー3社のトップの中で、中内功氏と堤清二氏は魅力的な人物だった。二人ともワンマンであることは共通していたが、中内氏の商売人的個性に対して堤氏の文化人的個性は、好対照と言えるものだった。おそらく、お互い強烈に意識されていたように思う。

堤氏は、「事業は、僕の作品」と公言して憚らず、事業にもクリエイティビティやユニークネスを求めた。

「簡単に儲かりそうな店は作りたくない。赤字スタートくらいの方がいい。おもしろい店を考えろ」と、スタッフに命令している姿は、経営者と言うよりクリエイターそのものだった。そんな彼からすると、海外で他人が作り育てたシステムやブランドをそのまま日本に移植するという、人の真似でできあがっていくシステムやビジネスは唾棄すべきものであったに違いない。儲かることのみを成功とは考えない、という美学を持った経営者は、経営者として評価されないことが多いが、経営やビジネスのイノベーションは、そういった経営者のみが成しうることだと、僕は思う。VANの石津謙介氏もそういう人だった。

失敗すると、美学を優先していた分だけ「きれい事、やってるからだ」と叩かれがちだが、それはそれだけ目立っていたがゆえのこと。失敗に終わった例は、「儲けたい、儲けられそうだ」と始めたことの方が、枚挙に暇のないほど多いはずなのである。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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