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CVS(コンビニエンスストア)物語―ビジネスモデルの変遷 ①

記憶に頼った話だが、仕事等を通じて知った範囲内で、CVS(コンビニエンスストア)のビジネスモデルの変遷を顧みてみよう。

CVS(コンビニエンスストア)の第一号店が、どこにいつ誕生したのか、はっきりとした記憶はない。1970年代前半であったように思う。

VANの販促にいた僕は、新しい業態が誕生したこと、完全なセルフ・セレクション型だということ、住宅街に誕生したことなどを知り、“嫌な話だなあ”と言ったことだけは覚えている。

しかし、翌々年VANが倒産する頃には、CVSのオーナーにならないか?といった告知を散見するようになっていた。フランチャイズ・ビジネスが注目され、フランチャイズ・チェーンの仕組みと種類、成功の秘訣といった類の書籍も数多く出版されていた時期だったように思う。

ぼんやりとフリーになっていた僕にも、どういう縁か、ドーナツのフランチャイズ・チェーンの企画やフランチャイズ契約書の原案制作という仕事が舞い込み、2~3日缶詰になった記憶がある。

その頃からしばらくの間は、7~11(この店舗名は、業態の性格とメリットを明確に表しており、評価が高かった。やがて名前もシステムもイトーヨーカドーが輸入したものと知り、納得がいった)のフランチャイジー資格は、厳格に定められていたと思う。

特に厳しかったのは、家族経営が基本で、従業員を雇用してはならない、という条件。朝7時から午後11時までの営業ということは、開店準備から後片付けまでを考慮すると、労働時間は、ほぼ5~25(20時間)。家族で分担するとはいえ、朝5時から深夜1時までの労働を365日続けるのは容易なことではない。

この条件に違反して解約、この条件がキツクて脱退、といった話を、やがてよく耳にするようになった。

では、当初なぜそのような条件設定があったのか。それに関しては、以下のように分析できるだろう。

CVSは、言葉を換えると「ほぼいつも開いている“万屋”」。取扱商品は日用品から食料品。大型スーパーが大店法規制により出店できない住宅地や市街地に立地(大手スーパーがCVS事業に進出していった大きな理由は、大手スーパーが郊外型になることによってできる“商売の空白地域”を埋めることにあった)。となると、限定された商圏、単価の低い商品と、売り上げを大きく期待できない条件下でのショップ経営、ということにならざるをえない。その中で、フランチャイズ展開成功の秘訣“スタート時の成功事例作り”の鉄則からすると、条件は定まっていく。

ショップ経営が可能な商圏は半径500m。したがって、本部は1商圏1店舗の原則を守り同一チェーンの競合によるカニバリかkky()ズムは回避する。ただ、フランチャイジーの側も経費の増大を回避するために、従業員の雇用はしないこと。

つまり、家族全員の総収入としては豊かなものを約束できる業態でありチェーンだが、それはあくまでも労働に対する対価と考えていただきたい。ショップ・オーナーは、マネージャーではなく、あくまでもプレイイング・マネージャーなのである。という考え方。

そんなに稼げるビジネスではありません、と正確に認識することからスタートしていたのである。

そしてそれは、当初うまくいっていたように思える。良き時代である。しかし、事態は変わっていく。‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサー(柿本)

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