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ネットスーパー人気の向こうに見える、地方ビジネスの可能性②

ネットスーパー人気が高まっている基礎要因の一つは、当たり前のことだが、ネット利用者の増加である。

約10年前、高齢者(60代以上)の意識調査で、「これからやりたいこと」の1位が“インターネット”、2位が“ボランティア”という結果を見て、とてもうれしくなったことがある。社会と関わっていたい、何かお役に立ちたい、という高齢者の前向きな姿勢は、意外と理解されていないが、なかなか強いものがあると思った。

また同時に、ネットが、若年層の暇つぶしツールやH系ビジネスのツールから、真の生活ツールに変わっていく。そんな予感が強くしたものだった。

それから約10年、ネットの生活ツールとしての側面は急成長したとまでは言えないが、着実に定着・発展している。

パソコンの小型化、低価格化、操作性の簡略化と通信費負担の軽減により、若年層から高齢者まで、等しくネット利用の機会が与えられる環境が整ってきたと言えるだろう。

ネットスーパー人気の基礎要因、二つ目は、スーパーのMDの魅力の減退である。

巨大化は必ず効率追求へと向かい、それは繊細さを欠如させていく。システム化の陰で人が持っているべきノウハウは生かされなくなっていった。“目利き”の欠如である。

まだ若い、生活経験の乏しいスタッフが仕入れをする(しかも、大量に!)現場は、見ていてぞっとする光景だった。予算やノルマを抱える担当者に過ぎないマーチャンダイザーに、的確で魅力的な仕入れを求めること自体、無理があるというものだ。

その結果、商品開発の努力はメーカーや生産者に負わされることになる。それも、効率と厳しい取引条件を前提に、である。様々な商品アイデアとその具現化は、メーカーや生産者のプロとしての経験とノウハウあってのことなのである。

メーカー依存であり、スーパー自らの力ではないことが、大同小異のMDにならざるを得ない最大の要因なのである。

ただ一方、メーカー、生産者は、元来保守的なものである。同じ品質あるいはより良い品質を求めてモノを作り続ける、という営みは基本的に保守的ならざるを得ないものだからだ。

したがって、厳しい条件を突きつけられるからこそ、モノ作りが進化していく、ということも言えるであろう。いずれにしろ、モノ作りの現場のチャレンジ・スピリットと努力には、いつも感嘆するばかりだ。

日本経済を下支えしているのは、まさにこういった生産者の弛まざる努力。日本は中・小企業が支える国と言われる所以である。そして、それが中・小企業であることに、地方ビジネスのヒントも隠れているのである。

ネットスーパー人気の基礎要因、三つ目は、消費者意識の変化である。価値観の変化と言った方がいいかもしれない。

かつて供給者サイドが一歩リードしていた情報収集力が平準化され、モノに関連する情報は、一般消費者とメーカー、流通の間に大きな差はなくなってしまっている。場合によっては、消費者が一歩リードしていることさえある。

モノの価値は、情報価値でもある。付加価値と言われるものも、多くは実体としての価値というより、情報価値であることが多い。○○産とか○○謹製といったことが価値として認められ、それは偽装にも利用されるのは、それが付加価値となりうるだけの情報価値を持っているからに他ならない。

本当に質が高いのか、本当に安全なのか、あるいは本当においしいのか、といったことは、実はイメージが先行しているだけで、よくはわからない。しかも、それが付加価値となっているために、店頭では1ランク高い価格で販売されているのが通例だった。ブランド・ビジネスである。

しかし、情報を得られるようになった消費者は、その本当の価値と価格のバランスを疑ってみるだけの知識と認識を持ち始めた。そしてさらに、それを購買行動に移すことさえできるようになった。

産直、お取り寄せ、個人輸入といった行動である。過大な流通利益をカットすることによる価格メリットにも気付いた。価格メリットがあるからこそ、多少の失敗購買も、自己責任として受容するゆとりができた。大きな価値観の変化である。

そして、日常の購買行動を振り返ってみると、週末の混雑した道路を移動して家族でGMSに出かける大量買い込み型のショッピング行動の無駄に気付いた。

チラシを見比べ、数店舗に足を運び、賢く買ってきたはずのモノたちの側に、「お買い得」や「限定」の文字に煽られてついつい買ってしまったモノたちもあることに気付いた。

それが数日後ゴミ袋を充たしていることが、いかに家計のみならず環境問題にとっても重大な問題であるかということも、意識し始めた。

さらに、週末の買い物と年数回のお出かけのために維持している自家用車の無駄にさえ気付いた。

時間、労力、資源の浪費‥‥。その一つひとつを少しでも良化させていく‥‥。

効率と品質を考慮しつつ、かつ価格メリットを追及していくためには、モノによって合理的に意識分けして購買すべきだ、それによって購買方法も異なってしかるべき‥‥。

そう考える人たちが増えることは、必然と言ってもいい流れなのである。

そんな中でのネットスーパー人気である。いいビジネス・ネタが少ない時期、参入企業が相次ぐことも想定されるが、一方でリアル店舗を持っているスーパーが行っているからこそ、日常品に関する安心感(特に、生鮮)が存在していることを見逃してはならない。

かつて、通信販売市場が急伸している頃、大手商社などが参入して撤退したことがあったが、同様な失敗をする企業も相次ぐことだろう。

むしろ、地方発のビジネスに可能性がある、と僕は考える。

キー・ワードは、“中・小”、“情報価値”、“産直”、そして“自立”である。

このことを、次回は、例を挙げて掘り下げてみたい。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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ネットスーパー人気の向こうに見える、地方ビジネスの可能性①

ネットスーパーが人気である。我が家も大いに活用。充分に商品知識のある商品、生活用品、重いもの、かさばるものを1~2週に一度、配送料無料になる金額にまとめて購入している。

生鮮品、特に鮮魚は店頭で目で確認して購入しているが、大きなこだわりのない野菜などは、やはりネットスーパーを利用することが多い。大根、キャベツなどは重くかさばるので、その素材が料理のメインになる時以外は、基本的にネットスーパーに注文することにしている。

配送料無料の金額(我が家で利用しているネットスーパーは、5000円以上)で定期的に利用するとなると、無駄な注文を避けるために、冷蔵庫のチェックや一週間のうち2~3度分の主要な献立を考えてから注文することになり、かえって無駄が減っている気がする。

「国産の優れたもの、おいいしいものを適量購入。使い切る!」を鉄則としている我が家では、無駄を排してできたゆとりは、「旬の食材」に利用する。

そこで活用するのが、インターネット。お取り寄せするのである。思いの外安く手に入るようであれば、友人を招待して「旬の○○の夜」を開催。小さく持ち寄り、費用を分担し、楽しくおいしい一夜を過ごす。料理、味付けなどもちょっぴり冒険しながら、である。

そんな輪は、おそらく日本中で小さく広がっていることであろう。と、思う‥‥。あれ?となると、スーパーという実店舗、必要?などと思ってしまうのである。

「週末大量買い込み」が必要ないとなれば、クルマの利用頻度も落ちる。実際、思い切って手放してみて、何の不自由もないことを思い知った。相当な費用がクルマ関連に使われていたことも実感した。

クルマもなく、「御用聞き」や「配達」を利用していた昔の暮らしに戻った感じだが、これが意外と快適だ。すると、思い出すのが、田舎の暮らし。

おや?地方発のビジネスのヒントも隠れているぞ!などとウキウキしてくる‥‥。

というわけで、しばらく、この話を続けてみたい。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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巨大流通の限界!?-お袋の言葉の記憶

約20年前、子宮ガンで入院したお袋を見舞うため、毎週末帰省していたことがある。

当時は、萩・石見空港開港の随分前。宇部空港まで飛び、そこでレンタカーを借りて島根県益田市の日赤病院までドライブする、というなかなかハードな行程だった。

土曜日の朝に発ち、病室に到着するのが夜9時頃だったと思う。そのままベッドサイドで朝を迎え、毎日病院にやってくる親父と言葉を交わし、「欲しいもの買ってきてあげるから、教えて?何がいい?」とお袋に尋ねて、買い物に行く。約二ヶ月、そんな繰り返しの週末だった。

日赤病院のすぐ近くには、地元資本のスーパーがあった。僕にとっては便利なのだが、まずお袋はそれが気に入らない。

「あそこで買うの?まあ、しょうがないねえ。魚屋さんもなくなったけえねえ。あるんじゃけど、遠いけえ‥」と、始まる。お袋の大好物は、白身魚のお刺身。中でも鯛、平目には目がない。「スーパーにはおいしい魚がないけえ‥」と、いつも不満顔だった。

お袋は、“魚のことは魚屋に聞け”“野菜のことは八百屋に聞け”‥‥。で育った田舎のお嬢さん。プロの目利きと言葉を交わすことのない買い物自体、以前から耐え難いことになっていた。

「何でもわざわざ東京に運んで、切り身にしてパックして、また運んでくるんじゃけえ、高いし、まずいわけじゃあねえ」と、僕に白身魚のお刺身を指定しながら、いつも顔をしかめていた。

「じゃ、行ってくるね。今日は鯛でいいんだね」と念を押すと、「近所で獲れたてが買えたのにねえ」とため息。買ってくると、「おいしそうなのがあった?」と、少し顔を輝かせるが、パックを覗き込んで「あ、こりゃ活きが悪いねえ」と、またため息。息子としては、ちょっとがっかりだが、いたし方のないことだった。

VANの倒産前に経費を精査した時もそうだったが、無駄な物流コストほど馬鹿らしいものはない。お袋の言うとおりなのだ。

大手流通の生鮮三品に関しては、セントラルバイイングによる経営の効率追求がかえって無駄な物流を増やしているのは疑うべくもない。

しかもその時間を要する作業の中で鮮度を落とさないようにするために、またコストを必要とする仕組みになっている。そして、その負担は、生産者と消費者が負うことになるのだ。実に、馬鹿馬鹿しい話ではある。

お袋の不満は、根本的な問題を指摘するものだったのだ‥‥。

僕が小学校2年生の春から母親になったお袋にとって、僕は「子供らしい子供」ではなかったらしく、「洋ちゃん、あんたが子供の頃、可愛いと思ったことは一度もなかったよ」と僕に耳打ちして、お気に召す白身魚のお刺身を口にすることなく、お袋は亡くなった。

しかし、通い始めて3度目か4度目の土曜の深夜。「洋ちゃん、大丈夫?大丈夫?」と大きな寝言で僕を起こしたお袋の気持ちは柔らかく、今でも僕の中に残っている。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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膝痛に、歩行困難の日々‥‥

あれれ?!膝が痛くて歩くのが大変だ~。‥‥の日々。

原因はわかっているのだ。明らかに、オーバーユース。

新年会の前後、随分とお出かけ機会が多かった上に、新年会当日は、グラス片手に立ったままの時間が長かったせいだと思われる。

親しくていい人たちばかりが20数名やってくると、「座った方がいいですよ」と気遣われ椅子を勧められても、ついついうれしくて立ち上がってしまう。

お酒の勢いも手伝って、苦痛もない。「リハビリ、リハビリ~」とお調子者になってさえいる。

で、その翌日「あれれ?!膝が痛くて歩けないや」という始末。寒さも影響して、室内の移動さえままならない状態になってしまった。

大丈夫と思って歩いた一日も災いして、10日間も思うように動けない状態が続いてしまった。「365歩のマーチ」を口ずさんだりしながら、反省。3歩進んで2歩下がる、なのだ。

ただ、パソコンの前に座りっ放しが幸いして、やると決めたことは思いのほか進行。

まさに、禍福はあざなえる縄の如し、である。

いい時は、悪いことも始まり、悪い時は、いいこともスタートしている。‥‥そう思わなくては‥‥。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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