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新年会、ささやかな宣言、始動‥‥。

今年は招待状も作らず、招待する人も親しい人に絞って、23日に新年会を開催した。いつも一人+αで7~10品の手料理を準備しているKapparに、今年は心強い援軍があり、大いに助かった。

今年は、南シチリア料理や名前がきれいでさっぱり味の中華料理も加わり、相変わらずの好評だった。風邪で欠席の人が数名出たため、25名弱と人数もいつもよりやや少なめだったお陰で、タッパーにお土産を詰めて帰った人も多かった。

随分とお酒も飲み、宴も終わりに近づいた深夜12時過ぎ。昨年末密かに始めていたことを残った7~8人に公表した。

寒さで体が動かない日や、ザワザワと不快感に襲われる日など、ついつい悪い癖の「ま、いいか」に甘え委ねてしまう自分自身を多少戒めるためには、親しい人たちに宣言しておくことだ。そう思ったのだ。

で、宴会後、仕事に宴会準備にと八面六臂の活躍だったKapparが、やや風邪気味でへたっているのに便乗して、二日間グダグダ。

悲しいくらい瞬く間に元気を取り戻し、また仕事へと向かっていくKapparの姿に、宣言したことを改めて肝に銘じている週の幕開けである。

いつでもエネルギー源は、身近な所にあるものだ。

*新年会のメニューは、いつかKapparのブログで紹介されるはず。お勧めもありますよ~~~。

60sFACTORYプロデューサーKakky

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百貨店のビジネスモデル??!!

CVS(コンビニエンスストア)の総売上が、遂に百貨店の総売上を抜いた。先週の夕方のトップニュースだった。

しかし、驚くに値するニュースではないはずだ、と僕は思った。必ず訪れると予見されていた事態に過ぎないからだ。

むしろ驚いたのは、取材を受けた百貨店関係者のコメントだった。

曰く「百貨店のビジネスモデルが崩れてきているので、再生には時間が必要‥‥」なんだそうだ。夕方のニュースを見るともなしに見ていた僕は、思わず「おい、おい!百貨店のビジネスモデルってか?!」と、テレビに向かってツッコミそうになった。

仕入れて売る!商売の基本以外に、何かあるってかい?!

百貨店が生き永らえていくためにあれこれ積み重ねてきた無理を意味するのなら、わかるような気もするが‥‥。

掛け率(仕入れ率)50%、販売員の派遣、売り場作りの費用負担、販促費用等の協賛金の供出、期末在庫の引き取り、‥‥‥‥。

消費者メリットなどには一顧だにされず、より高い利益率をただ追求してきたに過ぎない“殿様商売”(立地と伝統に依存した)が終焉を迎えただけのことではないか。

昨年春、久しぶりに行ってみた伊勢丹の、平日の活気のなさにちょっと寒い思いをしながら、レディスの商品を見ていた時、思わず「わ!伊勢丹も、もう終わりだ~」と、小声で叫んでしまったことがある。

それは、「買える価格の商品、相変わらずないね~」とKapparとため息をつきながら、彼女のシンプルなブラウスを探している時だった。

とてもシンプルで、かつディテールに技とセンスが光る一枚のブラウスを発見。これだ!と思いつつ恐る恐る値札を見て、僕たちは思わず目を見開き、顔を見合わせた。

その価格、¥100,000也!!DKNYだとはいえ、所詮綿の白のブラウス。驚きの価格である。しかも、おそらく半分は百貨店の粗利益。何たる理不尽!何たる暴挙!「アートかよ!」と悪態をつきながら、そそくさと僕たちは引き返したのだった。

僕は、決して百貨店を嫌いではない。むしろ、好きと言ってもいいだろう。だからこそ、きちんと戦略・戦術を組み立て直してもらいたい、と思うのである。いやむしろ、急務なのはビジョンの再構築なのであろう。長い対症療法の時代は、終わったのだ。

ところで、CVSのタスポ効果の陰で、収入源に悲しんでいるタバコ屋のおばあちゃん、おじいちゃんの話は、なぜどこからも出てこないのだろうか。片手落ちだ~~。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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失うことの悦びを経て。-2009年

2009年、新春に寄せて。

脳出血を発症して。2年4ヶ月。初台リハビリテーション病院を退院して、3度目の正月を迎えた。八面六臂、獅子奮迅の働きも明るく続けてくれているKapparに守られ、大切な友人たちに支えられ、障害者基礎年金など年金や手当ての保護も得て、のどかな正月を迎えることができた。

退院後の正月は、心穏やかではなかった。昨年の正月は、Kapparが働きづくめ。自分ができること、してあげられることを、痛む左肩、左腕を右手で揉みほぐしながら、茫然と探していた。

そして、さらに1年。2008年は、澱んでいた意識や想いを、軽くすることができた年だった。

思えば、社会人になってからというもの、抱え続けてきた30年強だった。抱え込む力こそ男の力と子供っぽく思い込み、抱え込んだストレスがエネルギーに昇華されていくのだと力んでいた。

しかし、そうして得てきたものの多くは、得た気がしていただけに過ぎないことを思い知らされた。微笑みと耳心地のいい言葉で近づいてきた人たちの多くは、僕の力みが功を奏している状況に擦り寄ってきただけに過ぎず、僕に近づいてきたわけではない、ということにも気付かされた。

悲しくはなかった。喪失感もなかった。一枚一枚、重ね着をしていた必要もない洋服を脱ぎ捨てていく爽快感があった。

失うことは、怖くない。必要のないものは、きれいさっぱり失った方がいい。

喪失感なんて、重ね着をしていた余分な洋服を脱ぎ捨てた時の、一瞬のうら寒さに過ぎない。脱ぎ去ったものの塊を目にすると、無駄なものに費消されたエネルギーに愕然とするほどだ。

本当に大切なものは、ごくわずかだ。お互いの間に真の交感が存在するヒトやモノの数は知れている。抱え込み、抱えたものに束縛され、いつの間にか見失った自分を取り戻す‥‥。

失うことの悦びの彼岸には、ささやかに充たされる日々があると思う。

Kapparや友人たちに何がお返しできるか、少しは悦びをもたらしてあげられるか、自分の手元、足元をしっかりと見つめて‥‥‥‥。

さあて、ちょっぴり自由に始めてみようかな。

60sFACTORYプロデューサー(Kakky)

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