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GMSとネットスーパー‥‥GMSのMDの変遷

GMSのMD(品揃え)は、販売効率、利益効率のよくないものを除外していくという過程を着実に歩んできた。それは、GMS(General Merchandising Store)がGeneralではなくなっていくということだった。つまり、GMSは、自身のレゾン・デートル(存在理由)を徐々に剥ぎ取ってきたのである。それはまた、大型専門店の勃興と定着の歴史とも歩みを共にするものだった。

まず、GMSの店頭から消えたのは、大型家具だった。大工道具等、いわゆるDIY商品もほぼ同時に消えた。1970年代後半だったと思う。

第1次ボーリングブームが沈静化し、次々と倒産したボーリング場の中には、DIYセンターに姿を変えていくものが多かった。

ボーリングに通っていた若いカップルはニューファミリーとなり、当時アメリカで流行していたDIY(Do It Yourself)を実用的な趣味として積極的に暮らしに取り入れていた。モータリゼーションも進行していたので、ロードサイドに立地し大型駐車場も併設されているボーリング場は、大型家具とDIY用品の展開には、まさに好都合だった。

次にGMSの店頭から消えたのは、大型家電。需要期にバラつきがあり家具と同様売り場面積を必要とする大型家電は効率が悪く、既に問題になっていた。

     PBの開発に70年代初頭から積極的に取り組んでいたダイエーは、家電の取り扱いを継続するために、テレビ等のPB化にチャレンジしていたと記憶するが、NBぼ信頼性には勝てず、PB化を諦めた。機能性が問われるもの、嗜好性の強いもののPB化は、なかなか難しく、ポテトチップスのPB化に、全商品引き上げという対抗策に打って出たカルビーに、ダイエーが詫びを入れることになったのも、この頃だったと思う。

     GMSのPB開発に果たしたダイエーの功績(失敗例を残すことで、方法論のヒントを多く残した?!)は、意外と評価されていないと思う。

こうして、独自の仕入れノウハウでカメラの安売りに挑んできた大型カメラ店が、その仕入れノウハウを家電にも応用することで大型家電店へと変貌・成長していくのに歩調を合わせるようにしながら、GMSの店頭から消えていった。今は、需要期だけに絞り、生活家電(炊飯器、ホットプレート等)を扱うのみになっている。

     百貨店の品揃えも、同様に変貌してきた。それは、GMSがGeneralであることを捨ててきたのと同様、まさに“百貨店であることを自己否定する”歴史だった。そして、百貨店はさらに、ネームヴァリューと立地のよさに依存し、次第に小売店であることさえ自己否定していくことになる。

     以前、本ブログで、百貨店は巨大なショールームかギフトショップになってしまうとかつては思っていたことに触れたが、今は他の道も残されている、と思っている。

こうして、次第にGeneralではないstoreになりつつあるGMSの店頭から次に消えていきそうな気配を見せているのが、ファッションである。

                  ‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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障害基礎年金がもたらすもの

障害基礎年金を支給されることが決定し、ほっとすると同時に、おそらく同様の立場の人が感じるであろう複雑な思いも、すぐに湧き上がってきた。

山陰、島根県出身の僕は、純朴にたくましく生きている多くの老人たちを見てきた。過分な欲を持たない、自立する精神に触れてきた。多くの人は年金を貰うことさえ潔しとせず、「お国に迷惑をかけるようになって‥」と、どこか申し訳なさそうだった。生活費に使うのではなく、人の役に立てることに使おうとせっせと貯金し、地域のお祭りの時などは、周囲が押し返そうとするのに抗って、人一倍寄付するおばあちゃんを目撃したこともある。

その頑固な姿が、少年の僕にはたのもしく映ると同時に、かわいらしくも思えた。誇らしげに帰路に着くおばあちゃんの後姿を、僕はまだ憶えている。

僕はというと、生活の基本を失い、これで生活費が助かる、などと無邪気に喜んでいる。この違いはなんだ。これまでやってきたことは、一体なんだったんだろう。そして、これから一体何ができるというのだろう‥‥。薄暮に感じる安堵感とはかなさ‥‥。

背負ってたものがすっと軽くなるといささか虚しく、また何か背負わねばと思う貧乏性。あるいは、“男たれ!”と育てられてきた後遺症。‥‥。しかし、‥‥。

楽になったことを素直に喜べなくなって数時間、僕は思った。

「違う回路を見つけようね」というのは、こういうことなんだ。

真屋順子さんのご主人高津住男さんが脳出血の後遺症に悩む妻に投げかけたという、優しい言葉の意味がわかったような気がしたのだ。

回路は変わった。スイッチバックだ。次の行き先は、まだ見えない。今度の回路は、どんな景色に触れながら進むことになるのだろう。

障害基礎年金がもたらしてくれたきっかけだった。

ひょっとすると、僕がそうであったようにその存在にさえ気付いていない人は多いのではないだろうか。

傷ついたまま回路を変えることもできず思い悩んでいる人の意識を転換させるだけの力は、障害基礎年金にはある。

健康が当たり前のように手許にある時から知っておくべき制度である。

                        ‥‥つづく

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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情報不足?脳卒中という病気とその後‥④

12月8日。初台リハビリテーション病院を退院して、ちょうど2年になった。

2006年9月5日、脳内出血を発症。東邦大学大橋病院に救急車で搬送されて、約1ヶ月。初台リハビリテーション病院に転院して、約2ヶ月。トータル3ヶ月の入院生活を経た後の退院だった。

最初の半年は、消えていきそうな社会復帰の可能性に萎えてしまいそうだった。僕の場合、“社会”復帰は“会社”復帰を意味するものではなく、新たな仕事の獲得を意味するものだけに、悲観的な方向へと傾いていきがちな心を、鼓舞し続ける必要があったのだ。

しかし、「早く収入の道を‥」と焦る気持ちとは裏腹に、発症以前に手がけていた仕事の打ち合わせに行くと、「大丈夫?ゆっくり療養した方がいいんじゃない?」と、役割のバトンタッチを示唆されることが相次いだ。“動かないのは、左の手足にしか過ぎない。仕事に支障はない”との僕自身の認識と他者(もちろん、人によって異なるが‥)の認識には大いなる落差があった。

決然と「男一人くらい‥」と言ってくれたKapparの負担は大きい。事務所、会社、何とか続けている60sFACTORYの業務、僕の負の資産の清算、そして生活‥‥。僕を責めることもなく、明るく手早く多忙な日々をこなしていくKapparの姿に、ありがたいと思う一方で、じりじりと追い詰められていく気分が襲ってくることも多くなっていた。

過剰な気使いや遠慮は、精一杯努力をしている人の気持ちの負担を、かえって増幅することになるものだ。それはわかっているつもりなのだが、要求や言いたいこと、あるいはちょっとしてもらいたいことを、ふっと飲み込んでしまう。そんな日常の、一つひとつ飲み込んだ事柄がじくじくと発酵し、それがまた気分を追い詰めていく‥‥。Kapparや友人たち(e-poohkenちゃんちわわん達)のお陰で楽しい時間を持たせてもらいながら、心の奥底の暗い湿りはどうしようもなく拭い難かった。

それが、一通の文書で乾き始める。障害基礎年金の支給確定と国民年金の納付免除の通知書である。支給額は、年間70数万円。免除額は、年間10数万円。合わせると年間90万円近くの生活保障である。

                      ‥‥つづく‥‥

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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百貨店、GMSとネットスーパー‥‥「カネの流れ」①

百貨店とGMSのMDは、ほぼ同じ軌跡をたどって変化をしている。それは、業態開発の歴史と軌を同じくしているものだ。

リアル店舗経営の大きなテーマは、売り場効率のアップ。坪効率、回転率、経費効率をいかに向上させていくか、扱い商品によって異なる条件を加味しつつ、工夫を重ねていくところに、経営の妙味がある。

在庫とは、仕入れに必要な資金が眠っている状態。早く動いてくれないと困る存在だ。不良在庫は、眠ったまま使いようもなくなったお金。多くなっては困るのも当然だ。

ヒト、モノ、カネ。などと言うが、ヒト、モノもカネがないと動かせない。どちらかがひどく効率が悪いと、結局カネがまわらなくなってしまう。

経営にお金を出そうとする側の発想の原点は、利回り。銀行に預けるよりも高利回りの場所を求めて、資金を投入していく。銀行、保険会社、あるいは国の各種保障制度などは、リアルなビジネスに携わっているわけではなく、集めた大量のカネを持っているだけだから、利回りのいいビジネスに資金を貸すことで利ザヤを稼ぐしかない。

ところが、リアルなビジネスに関係してくるヒトとモノは、それぞれ複雑に絡み合っている(モノもヒトが作り、ヒトが見つけ、ヒトからヒトへと売り買いされる)ものだけに、成功・失敗の予想はし難い。

そこで、専門家と称する人たちにカネを預け、その目利きに賭けることが多くなる。カネとだけ向き合っている人たちは、商品の良し悪しやビジネスの成否に疎くても仕方ない。

企業の形をした博打打ち集団に、カネを預け、その言葉を信じて待つことになる。ただ、市民権を持った企業がやっていることとはいえ、博打は博打。必ずうまくいくとは限らない。

それでも、カネがそちらに動いてしまうことは、利益が出るまでのスピードが関係している。

リアルなビジネスは、子供を育てるようなもの。手塩にかけてじっくり育てていかなくてはならない。しかも、期待したとおりに育ってくれることは稀だ。

てなことで、金融資本主義などという美辞に隠れて、博打ばかりが世にはびこることになる。当然のような流れだ。

カネがどこに向かって流れを変えていったのか、ということである。

そして、百貨店、GMSのMDの変化も、同様なのである。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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