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リハビリ、「初台方式」と「成城方式」……②

「手段の目的化」……。よく起きてしまうことである。

リハビリ「初台方式」の場合:目的は、手足が使えるようになること。特に、歩けるようになることを主目的としている、ように思う。生活の基本となる身体能力を再獲得し、それを基礎として社会生活への復帰も目指そうというものであり、介護や支援をする人の負担も、その結果として軽減しようというものである。…と、思う。

入院、休みなしのリハビリの日々は、その目的を達成するための手段だと言える。

初台リハビリテーション病院は、それを明確に意図して運営していると思われる。病院経営も、それを意図することによって成立しているものと考えられる。

当然、リハビリもその意図に従って行われているように感じた。

リハビリ「成城方式」の場合:目的は、安全な暮らしがつづけられること。歩き方で言えば、よりよくしていくという言うよりも、チェックと改善を主目的にしている、ように思う。

もちろん、入院している患者さんもいるわけだから、「歩ける」ようにしていくためのリハビリも一方ではしっかり行われているのだが、在宅患者や通院患者に対するリハビリは若干意識分けされているように感じる。

僕は、退院して1年以上は、「初台方式」のリハビリを通じて生まれた習慣と意識に支配されていた。つまり、「リハビリは、日々きっちりメニューをこなすものである」との思いに押されているような暮らしだったのである。

リハビリ漬けの日々によって歩行を獲得したことが、「同様な暮らしをつづければ、もっと上手に歩けるようになるはずだ」という希望を持たせ、「同様な暮らしをつづけないと、現状維持も覚束ない」という強迫観念も植え付けていたようなのだ。「毎日、鍛えなくては!」という思いは、散歩や手の運動を休んだ時の自責の念に変貌し、のんびり暮らした一日は、いけない一日になっていた。

本来、リハビリは「Quality Of Life」獲得という目的を達成するための手段だったはずなのに、リハビリが目的の日々になっていることに気付きつつも、休むことはサボること、と囚われてしまった意識は、そこからなかなか抜け出せなかった。当初は生ぬるく感じた「成城方式」のリハビリを受け続けることと、意識が体内から外界へと踏み出し始めたことによって、やっと僕は、「初台方式」の呪縛から解放されたような気がする。一年半を必要とした。

歩ければよし。歩き方をもっとよくするために、意識、体力、そして何よりも多くの時間をとられる必要はない。そう思えるようになった時、散歩も、鍛えるための散歩ではなく、風や草木や花々や行き交う人々を楽しむ散歩へと、変わっていったように思う。

歩けるようになるために力を発揮した「初台方式」は、暮らしの中のリハビリとは異質なのかもしれない。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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コメント

お久しぶりです。同じ病室にいた斉田です。
文章を読むと、元気なようで、いい事ですね。
仕事も、順調にやれれているようで、これまたいいことです。
私は、まだくびにならず、レコード会社で、働いています。

斉田

投稿: 斉田です | 2008年10月21日 (火) 14時24分

斉田さん

初台5階の後輩さんですよね。

BMGにもいろいろ起きているようですね。
お元気で、なによりです。
食堂でよく笑っていた話で、また盛り上がりましょう。

投稿: Kakky | 2008年10月22日 (水) 23時42分

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