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脳卒中、リハビリと「Over Use」

先日、9月4日、脳出血2周年を迎えた。病気と言うより事故のような発症以来、実にいろいろな経験を積み重ねることになった2年だった。短時間に様々なことを決断しなくてはならず、その結果の是非を考える余裕さえないこともあった。そして、支えてくれる人たちのおかげで何とか立ち上がり、歩み始めて2年。初台リハビリテーション病院での集団合宿のような日々からずっと、リハビリを続けている。発症後半年までが機能回復の時期。それ以降の機能回復は、基本的にはありえない……ということを知りつつも、機能回復と言うよりも、機能維持のためにもリハビリ通院は必要だと実感している今日この頃である。

「リハビリは、嘘をつかない」というのは、初台リハビリテーション病院で何度かお見かけした長嶋茂雄氏の言葉だが、それは「頑張ってやれば、必ず効果が表れる」ということは意味しているものの、「やがて必ず、元に戻ることができる」ということを意味しているわけではない。最も誤解されがちなところである。

僕自身、「きちんとリハビリやってるの?」とか「もっと頑張らないと駄目なんじゃない?」と何度か言われ、複雑な思いに陥ったことがある。

初台リハビリテーション病院で多くの同病の方々とリハビリを共にして感心したのは、みなさんのリハビリに向かう姿勢の真面目さである。若いセラピストの指示に懸命に応えながら、なかなか指示通りにできないことを恥じ、その思いを照れ笑いに置き換えている女性たち……。淡々を装いつつも、行動や作業に向かう目線に、秘めた懸命さを感じさせる男性たち……。事故のような病気とはいえ、患うことになった責任とその結果への対処の義務を背負った人たちの静かな苦闘の姿がそこにはあった。

そんな人たちに、“もっと!”を要求してはならない。むしろ、みんな“やり過ぎ”の危険性を孕んでいると考えるべきであろう。“自主トレ”の必要性を過度に意識付けすると、「Over Use」に結び付くかもしれない、と考えておくべきであろう。

オリンピック女子マラソン代表選手の野口みづきさんが、故障で金メダルを棒に振った(僕は、最も金メダルの確実性の高い選手だと予想していた)のも、言わば「Over Use」。鍛えれば鍛えるほどいい、とするのは、言わば日本的な幻想。その考えを押し付けられ、選手生命をまっとうできなかった才能は数多いことだろう。

これ以上は難しい。そうわかっていても努力をしてしまう真面目さや懸命さに、“もっと!”は酷というものである。意外といつまでも下手くそで身に付かないのは、「上手な休息のとり方」なのである。そこまで指導してこそ、真の指導者あるいはセラピストなのではないか。つくづく思った北京オリンピックだった。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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