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生産者が王様だ!

僕は、島根県浜田市で生まれ、小学校6年間を5つの学校で過ごした。すべて、島根県西部。中国山地奥深い山村、中国地方最大の川・江の川の中流にある商業や林業の中継点の町、日本海に沿って走る国道沿いの半農半漁の町と転校を重ね、6年生になってやっと風土に恵まれた益田市に落ち着き、幸せな中学時代~高校時代をそこで過ごした。

肺結核を病み、休職・離婚。山中の分校から教職に復帰し・再婚。次第に大きな中学へそして高校へと異動していった親父にくっついての転校だった。

僕はどこに転校して行っても、いつもいつまでも余所者のままのようだった。僕が教師の息子だということを始めいくつかの原因を考え、僕はそれを何とか乗り越えようと努力した。余所者のままでいるのは、なんとも寂しいものだったからだ。だが、その努力は、時として友人たちの目にはあざとく映り、またある時は嫌味にさえ思えてしまうもののようだった。僕は、心の片隅にうずくまる“仲間に入れない”という想いが劣等感に育っていくのを、ただ見つめるばかりだった。……。

そして十数年前。僕の中で育ちきってしまっている劣等感に、今まで気づかなかった側面のあることを発見した。目からうろこの気分だった。

僕の周りには、ほとんど給与生活者の子供がいなかった。僕の周りにいたのは、生産者、自営業、職人の子供たち。中でも圧倒的に多かったのが、生産者の子供たちだった。生活に直結した仕事に就き、それぞれが専門の知識やノウハウを持ち、生活費を自ら稼ぎ出している人たち。額に汗する人たちの笑顔や嘆きや怒りは、いつも生き生きとしていた。そして、その営みの一角を担う貴重な労働力とみなされていた子供たちが叱咤されながら立ち働く姿は眩しく、羨ましかった。そして、眩しく見つめているだけの自分が、とても情けなく思えた。

育てる、作る、売る……。それこそ、まっとうな営み。それだけで人の社会が運営できていくとは思わないが、社会基盤を形成する営みには違いない。そこに関与できずにいると、どうも後ろめたい。………という感覚(価値観)が、僕の中に根付いたのは少年の頃だと気づいた。

それからである。生産者や職人の側で役に立つ仕事がしたい、と強く思うようになったのは。60sFACTORYの、原動力はそんなところから生まれたのだった。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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