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脳出血から、もうすぐ2年‥‥。

目覚めに“後ろめたさ”に襲われがちな「平日の昼寝」。今日は、そいつをやってしまった。ただ、目覚めに襲ってきたのは、“後ろめたさ”ではなく、“しっとりした感慨”だった。

好天に恵まれ、梅雨明けを予感させる陽光の中、ツタヤのレンタル半額キャンペーンを活用しようと、毎日のように千歳船橋店にまで通った先週。ややOver Use気味の左半身の膝と肘が、昨日来の低気圧と湿気に襲われた。足の軽い痙攣と手の“ピクピク君”(「僕は動けます!」と自己主張しているかのように虚空に伸びてぴくぴくと動くので、ちょっとかわいらしく呼んであげている)で、僕はちょっと辛い夢から目覚めた。

「I Had A Dream」。マーチン・ルーサー・キング牧師のあの有名な演説の、やや震え気味の声の最初の一節が頭にリアルに浮かんだ。しかし、僕の夢は高尚なものではない。MRI検査が終了し、ストレッチャーの上で医者の説明を聞いた後、家人の到着をじりじりと待ちながら、お金の心配と今後の暮らしの雲行きの怪しい予感に、“なんとか、一人でひっそりと暮らそう。それが、最良の選択かも‥‥”と思っていた時間が蘇ったのだ。ちょっぴり、寝汗を掻いていた。起き上がり、左腕を揉みながら、1年と10ヶ月後の現実の穏やかさを実感すると、Kapparへの感謝と共に、次々と様々なシーンがフラッシュバックしてきた。

気なる人を二人、思い出した。二人とも、初台リハビリテーション病院5階で一緒だった人で、女性。お話をしたことはない。

一人の方は、僕が入院した06年10月には、退院間近に見えた。ひっそりと穏やかに歩いておられた。いつも上品な笑顔を浮かべている方で、食事の時は、お気に入りのペットボトル入れを片手に食堂に出て来られ、周りの席の方々の面倒をさりげなく見ておられた。その姿をやや離れたところから目にしては、心が温かくなるのを感じていたのは、僕だけではなかった。その方が手すりにすがるようにして覚束ない足取りになっておられるのを目にした時は、思わず息を呑んだ。何が起きたのだろうか、と思った。2~3日後、リハビリ中にセラピストに事情を聞くと、“再発されたんですよ~”とのこと。神様も意地悪だなあ、と思った。温かい心のお裾分けをいただいていた男たち三人は、一緒に深い嘆息を洩らした。

06年の年の瀬、退院することになった僕は、お世話になったセラピストに挨拶をしようとリハビリルームを覗いた。真面目にいつもの笑顔で、リハビリに取り組むその方がいらした。「一足先に出させていただきます」と、声を掛けさせていただいた。すると、突然その方の顔が大きくゆがんだ。「あ~~」と小さく上がった叫び声の後、嗚咽が漏れてくるのが見え、聞こえた。僕は、慌ててもう一度、少し声を大きくした。「ちょっとだけお先に出ます。ちょっとだけですから」。その後はもう、その方の顔を見ることはできなかった‥‥。退院するはずだった頃に入院してきた男を、リハビリしながら見送るその方の気持ち。他人を静かに慮り、穏やかに自らの力で何事もやろうとしている、その方の気持ちを思うと、リハビリルームから出るや涙が溢れてきて仕方なかった。‥‥。どうなさっているのだろう‥‥。

もう一人の方は、退院されるのを陰から見送った方。30代と思しき、明るく元気一杯の女性だった。彼女の存在に気付いたのは、その発声練習を耳にしてからだった。入院して間もなく、毎朝ある時間になると、言語療法のプログラムの一つ「発声練習」の元気な声が遠くから聞こえてくるようになった。声の主はなかなかわからなかったが、僕の病室からは遠いテーブルで行っておられるであろうその姿は、想像できた。挫けずに希望を持った明るい表情が思い浮かんだ。勇気付けられる声だった。

やがて、その方には幼稚園児のお嬢さんがいらっしゃることがわかった。お母さんに会える喜びを全身に漲らせたお嬢さんがエレベーターを降り、受付に向かって走っていくのを偶然見かけたのは、2~3週間後のことだった。装具をつけた覚束ない足取りで現れたお母さんに飛びついた時、笑顔で成り行きを見ていた僕とNさんは、一瞬固まった。しかし、しっかりと片手で受け止めたお母さんの笑顔を目にし、よかったねえ、と顔を見合わせた。その方の元気の源を見た思いだった。

まだ早いんじゃないかなあ、と思われる段階でその方は退院され、リハビリに通って来られるようになった。何度かお見かけした。言語療法も、自宅で続けておられるようだった。相変わらずの元気と明るさだった。しかし、それは元気の源をもう一度得ようという意欲に満ちたものではなく、身近に元気の源を得ている幸せに満ちたもののように見えた。

一つひとつの病室、一人ひとりの患者に、ドラマがあった。みんなが、大きな変化を受け入れざるを得ないはずなのだが、多くの方はそのことを静かに内に秘めていた。それだけ大変な病気なんだ、と、初台リハビリテーション病院は教えてくれたのだった。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

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