« 百貨店は、生き残れるか?! | トップページ | 高級ブランド値下げ!始まるか?!百貨店ビジネスの崩壊。 »

すべての介護は、“心の介護”に通ず!?

5月末、20年来の友人の建築士と、僕の事務所で飲む機会を得た。3年半ぶりだった。

彼、西やんは、飲食店の設計で20代から身を立て、一時は随分と羽振りのいい時期もあったようだが、生来のお人よし、会社経営には不向きなようで、自分の会社は二度倒産。そのたびに、腕一本で再起し、仕事を続けていた。知り合ったのは、二度目の倒産から立ち上がった直後くらいだったと思う。人の紹介を受け、いきなり現地調査に同行してもらい、そのまま午後2時頃から深夜まで痛飲した。お互いの甘さがお互いに気に入ったのであろう、一気に仲良くなり、年に数回だが、会うと実に楽しく、ほっとさせられる関係が続いてきた。仕事も何度か一緒にやった。それもまた、楽しかった。

そんな彼から、下咽喉癌になったとの連絡があったのは、僕が初台リハビリテーション病院を退院して約1ヵ月後のことだった。多少大変なことくらいで暗い顔するのは止めような、と言い合っていた彼、「命には別状ないみたいだし、切り取っちゃえば大丈夫みたいだから‥‥」と声は明るかった。そして、手術。無事、成功した。

だが、それから半年、なんとか声を失わないようにと続けていた放射線治療の甲斐なく二度目の手術。声帯を切除することになってしまった。ポツンポツンとメールでやってくる近況報告に時には心配が募ったが、西やんの置かれている状況が見えないため、こちらからメールや電話をするのもためらわれ、共通の友人に情報収集を依頼していた。そしてさらに半年が過ぎ去った頃、「もう、メールはどんどんしてくれていいよ」というメールが入った。それからは、以前のような冗談のやり取りを、もどかしくメールでしていた。最後は、「飲もうぜ」「俺は、飲んでるもんね~~」「朝まで飲んだじょ~~」と締めくくっているうちに、早く一緒に飲もうよ、ということになったのだった。

彼は、元気に現れた。彼のリクエスト“すき焼き”も勢いよく平らげた。嚥下しにくいので、以前よりもうんと噛むようになっていたことが、むしろ健康を得たかのような印象を与えるほどだった。飲むほどに、筆談も饒舌になっていった。機械で話す訓練の説明を受けたが、微かに声も聞き取れるし、平仮名を多用する筆談も慣れてくるとスムーズなので、思わず「今のままでもいいよ」と言ったほどだった。ただ、「喋れないから、今のうちだ~~」と、あれこれからかうと「ば、馬鹿!」と、いつものように言いたくてもどかしげだった。しかし、その顔は楽しそうだった。

080523b

Kapparを間に挟んで、記念写真を、ということになったら、昨秋18年ぶりに再会した美恵子はんが「私も!」と手を重ねてきた。結果として、僕は女傑二人に挟まれることになった。

再会を期して深夜12時頃に帰って行った西やんを送った後、僕の心は、しこたま飲んだ焼酎のせいではなく、温かくなっていた。子供たちも一人立ちし、働きながら温かい介護を続けている奥さんのお陰もあって、こんなにストレスのない西やんの顔を見るのは、久しぶりだったからだ。

身体は痩せても、心がやせ細ってなければ、大丈夫!声を失っても、友人を失う訳ではないから、大丈夫!

ところで、お父さんに「いのちのスープ」を運んでいたKapparは、週1~2回、うつ気味と落ち込んでいるお母さんのために、小田原の実家通いも始めている。朝5時に起きて少し仕事をし、小田原に行ってから事務所に出て‥‥、といった過酷な日々だ。

Photo

心の介護が必要なのは、今は彼女の方かも知れない。心がやせ細り、気持ちが折れてしまわないようにしてあげなければいけない。‥‥ということで、買い物と料理をちょっとだけだが、今までよりも頑張ることにしている。なかなか‥‥ではあるが。

*Kapparのブログでの、「いのちのスープ」のレシピ紹介は、そんな訳でまだできていま せん。6月末頃かな?

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

|

« 百貨店は、生き残れるか?! | トップページ | 高級ブランド値下げ!始まるか?!百貨店ビジネスの崩壊。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/207308/21664422

この記事へのトラックバック一覧です: すべての介護は、“心の介護”に通ず!?:

« 百貨店は、生き残れるか?! | トップページ | 高級ブランド値下げ!始まるか?!百貨店ビジネスの崩壊。 »