« 手力! | トップページ | 百貨店、驚きの取引条件とその変遷 »

百貨店、いずこへ?!

中国産キャビアがロシア産として売られていた。百貨店で、である。吉兆などステイタスを誇っていた店の相次ぐ偽装。百貨店よ、お前もか。と言いたいところだが、百貨店のステイタスの危うさは70年代に始まっていたことだと、僕は思う。

島根県益田市出身の僕にとって、百貨店は長い間、ニュースの中でしか出会うことのできない存在だった。どんな場所で、どんな物が販売されているのか、想像することさえできなかった。見えてくるのは、いつも断片(それは、今でもそうだが‥‥)。全体のイメージがどうしても結べず、大食堂のメニューくらいが、辛うじて理解できるものだった。島根県には、松江市に一畑電鉄系の百貨店が1店舗あるのみということもやがて知ることになったが、どうも、必要不可欠な店とも思えず、どんな商売をしているのかさえ、理解不能だった。

学生時代、京都で百貨店を経験するが、購買経験は地下の食品売り場のみ。夏には涼む場所、待ち合わせ場所として利用したが、冬にわざわざ足を向けることもなかった。そして、ファッションも百貨店もよく知らないまま、VANに入社。いきなり、百貨店の裏側まで見ることになってしまった。それから、約25年。取引先の一社員から始まった百貨店とのお付き合いは、仕事を通じて、あるいは消費者として、様々に展開してきた。その間、いくつかの提案をする機会もあり、広告や販売促進のお手伝いをする機会もあった。しかし、その間ずっと、僕の中に同じ疑問が居座り続けていた。それは、自力で商売をする気がない企業(人たち)だ、ということだった。お客さんさえ見ていないような気がすることまであった。

百貨店の長引く不調は、その他力本願体質に起因していると、僕は思う。これから数回、その問題点について書いてみたい。

‥‥それにしても、“戻り冬”は身体に応えた。冬来たりなば、春遠からじ。そう信じて待ち続けた春だったというのに‥‥。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

|

« 手力! | トップページ | 百貨店、驚きの取引条件とその変遷 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/207308/20984958

この記事へのトラックバック一覧です: 百貨店、いずこへ?!:

« 手力! | トップページ | 百貨店、驚きの取引条件とその変遷 »