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「初めて」の時代、昭和。「もっと」の時代、平成。

昭和という時代は、「初めて」の時代だったと思う。様々なモノやコトが次々と登場し、暮らしの中に入り込んできて、ライフスタイルを多様化させていった。いや、ライフスタイルという言葉と概念さえ、昭和に「初めて」登場したものだった。「初めて」のモノやコトは、新鮮で刺激に満ちている。豊かになっていくことが約束されているような錯覚さえ与えてくれた。

やがて、「初めて」は少なくなっていき、平成を迎える頃には、ほとんど見かけなくなっていった。「初めて」と言われるものも、かつて経験したもののマイナーチェンジであることが多くなった。広告、商品企画、業態開発などの現場では「何か、新しいことない?」とか「それ、もう見たことあるよ!」といった言葉が飛び交い、新しくあるためだけに汲々とした挙句消耗することが多くなり、次第に“新奇性”を“差別化”や“差異化”に求めるようになっていった。

そして、「もっと」の時代、平成に突入していった。「もっと」は、徒に欲求を肥大化させる。比較する心を生む。妬みや嫉みを生み出す。素直な驚きのあった昭和への郷愁をもたらす‥‥。

一方、田舎育ちの僕にとって、昭和に経験した「初めて」は都会育ちの人より数多く、かつインパクトも強かった。30代の頃、「Kakkyの“初めて”シリーズ」を話すと、驚き笑われることが多かった。かつて本ブログに書いた、お袋の「絵が出るラジオができたらしいよ~」という言葉に象徴される“田舎者の驚き”は、どこかのどかで滑稽だ。

そんな「Kakkyの初めて物語」を、ちょくちょく書いていこうと思うが、その前に‥‥。

どんな田舎にでも「下には下がいる」の例を‥‥。僕の田舎に、子供たちの間で語り継がれていたお話。

「初めて海を見た兄弟」の話。

山奥に生まれ育った兄弟が、「お兄ちゃん、海を見てみたいよ~」という弟の言葉がきっかけで益田市まで出てきた。高津川の河口にまでたどり着いた時、弟が歓声を上げた。「海だ~~。お兄ちゃん、海だよ~~。広いね~~」。兄は、弟を慌てて引き寄せ、声を押し殺しながらたしなめた。「馬鹿!こんな所で驚いちゃ駄目だ!海はもっと広いんだぞ!この3倍位あるんだから、な!」。ーー「目くそ鼻くそ」の話である。

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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