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一人CI療法!?

脳内出血を発症し左半身が麻痺してから、1年5ヶ月と少々が経った。初台リハビリテーション病院を退院した時には、「肩手症候群」という病名ともなんとも言いがたい“肩と手に何か起きてるみたい”とだけ言っているような症状を抱えていた。杖に頼りつつなんとか二足歩行はできるものの、左腕は左脇から離せない状態。動かすこともほとんどできないのだが、少しでも動かすと肩から腕にかけて痛みが走る。そのため、OT(肩、腕、手のリハビリ)は、完全にストップしていた。初台リハビリテーション病院退院後、リハビリ通院を始めた成城リハビリテーションクリニックで痛み止めを処方していただき、OTを再開した。しかし、上向きに寝るだけで痛む肩(少しでも重量がかかると駄目だった)に四苦八苦。それでも、肩と指先をちびちびと動かす、気の遠くなるようなリハビリの道程を歩み始めた。

やがて暖かくなる頃、毎食後引用している鎮痛剤の効果もあって、痛みを常に感じる状況からは脱却。ほんの少しだけだが、腕も上がるようになった。すると、今度は筋力を劇的に失っていることに気付かされた。それはそうだ!信用ほどではないが、築くのに長期間かかった筋力も失うのはあっと言う間。何しろ、脇にだらりとぶら下がったまま、ほとんど使ってもいなかったのだ。脳からの指令が伝わらなくなったとはいえ、動かしていないのだから筋肉は落ちる。落ちた筋肉を取り戻すのには、落とした期間の3倍が必要だと言われている。これはまた道が遠くなったぞ、と思った。

その時、決めた。左手でやっていたことは、できないまでも左手でやろうとしてみよう、と。

脳は、精密で合理的だ。役割分担を決め、緻密に連携して、外界を巧みに認識し、自分が存在している肉体を効率よく動かし、生きながらえていこうとする。役割を必要としなくなった箇所は、もったいないから他の役割を果たすようにし、全体の負担の均質化を図る。素人判断ではあるが、そう思ったからだ。高齢者向けのドリルが老化防止に効果があると言われるのも同じこと。使わない機能は、「あ、いらないのね。じゃ、他のことに使っちゃうよ」と判断するのが、脳だ。苦手だからと避けていることは、やがてできなくなってしまう。リハビリとは、苦手になってしまったことができなくなってしまわないように、何とか苦手なことの領域には押し留めておこう、という努力なのかもしれない。

例えば、お昼ごはん代わりにバナナ、というパターンに凝った頃には、左手にバナナを持たせて右手で皮を剥くようにした。半月後、やっと左手から口に運び一本食べ切った。思わず、Kapparに電話した。「左手が、猿に近づいたよ」。

以来、少しずつだが、できることは増えている。いや、やっていたことをやらせている。袋は両手で破る(これは、初台入院中に、歯を使わないことに決めていた‥やむをえないこともあったが‥)、歯磨き粉をチューブから押し出す、スプーンを持ち一杯分の醤油やみりんを受け止める、壁の電気のスイッチを押す、そして、親父のために、毎日線香を一本持ち、右手のライターの火をつけたら、線香立てに刺す、等々。一番時間をかけて取り組んだのが、味噌汁をちゃんとお椀を持って食べきるということだった。

そのどれもが、安定はせず、日によって成果は違うが、なんとかできるようになった。

それでも、たまに右手がストライキをする。「なんだよ~~。なんでも、俺かよ~~。そっちの奴にもやらせてよ~~」と、ひきつけを起こす。疲れた左手や左腕のケアもしているのだから、気持もわかる。歩く時には、杖も担当している。大変だ。せめて、軽い荷物くらいは担当できる左手、左腕にならなければ、悲鳴を上げる機会が減ることはないだろう。

右手を束縛してまで左手に役割を強要はしないが、元々やっていたことは忘れないように気をつけて、のろくても不十分であっても、とにかくやらせようとしている毎日である。

これって、一人CI療法?

60sFACTORYプロデューサーKakky(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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