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Kakkyの昭和おもしろ事件簿②

Kakkyの昭和おもしろ事件簿

*前回の“遠足バナナ事件”。以前友人に話した時、「お母さんが、切手おいてあげればいいのに~」という感想があった。そのことに関連して、いくつか思い出すことがあった。当時、沢庵は各家庭で作っていたが、僕の家は、いただいていた。小学生の記憶でも、沢庵は今より細かった。大根の収穫を楽しくお手伝いしたこともあるが、農法の違いか、種類の違いか、やはり今より小ぶりだったように思う。切らずに丸齧りする沢庵の食べ方。僕は好きだった。切った沢庵をお皿に盛り、それを口にしながらお茶を飲む、という姿が老人のイメージだったからかもしれない。

●肥えつぼ転落事件

小学校3年生の晩秋だったと思う。秋晴れの日が続いていた。稲刈りが終わった田圃は、絶好の遊び場だ。学校では、教師が時々注意を促していた。「肥えつぼに落ちないように気を付けるんだ~~」。畦道沿い所々に、肥えつぼがあるのは田舎の常識。大切な肥料として各農家の排泄物は、そこで熟成される。ECOつぼである。好天が続くと、何がそうなっていくのか、肥えつぼの表面は白く固まってくる。まるで、大きな白い煎餅がぽっかり浮いているようだ。

遊び道具に乏しい沢谷の子どもの一人が、その巨大煎餅を目にして危険な遊びを思いついた。その煎餅の上を走り抜けよう、というのである。確かに硬そうで、一歩だけ瞬時に踏みつけて通り越すのであれば、大丈夫だとも思える。しかも、その頃はちょっとした忍者ブーム。右足が沈む前に左足を出し左足が沈む前に右足を出せば、水の上だって歩ける、ということを真顔で熱く語る子どもがいたくらいだった。「やろう、やろう!」と、あっという間にまとまった。

ところが、子どもは5~6名。縦に並んで、順に跳んでいくことになる。さすがに、列の後ろになるのは不安だ。で、じゃんけんをした。僕は、真ん中辺りだった。嫌だったが、最後尾の友達の不安そうな顔を見ると、なぜか安心した。

始まった。確かに、硬い。しかし、足がぴょんと乗るたびに、ちょっと嫌な音もする。僕は、自分の順番が来たとき、できるだけ踏みつける時に体重を乗せないように意識した。そんなことできるわけなかた。メリ!っと裂けていく音がした。無事わたって振り向くと、次の子の強張った表情が目に入った。しかし、彼も無事だった。そして、最後尾。みんなが無事だったせいか、安心にちょっと頬を緩ませながら、彼はスタートした。トンと、巨大煎餅を踏んだ瞬間、それは割れた。「なぜ~~?」といった不思議な表情を見せて、彼は落ちた。みんな遠巻きになった。なんとか抜け出した彼は、川の方へと走っていった。

後日、「あの中って、温かいよ~~」と、落ちた子から聞いた。その時も、聞いたみんなは一歩飛び下がった。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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