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昭和の家族ー大雪事件②

「お父ちゃんが、埋まった~~!」「お父ちゃんが~~!」‥‥、続けざまに聞こえてくるてっちゃんの叫び声に、僕は雪の道路に駆け上がった。近所の家から、男たちが手に手に雪かきの道具を持って飛び出し、石川米穀店に向かっていた。てっちゃんは、叫ぶのを止めなかった。少しずつ向きを変えながら、「お父ちゃんが、埋まった~~!」と訴え続けていた。その足元は、裸足。尋常ではないことがわかる。

親父の後を追って、てっちゃんの家に到着。台所の土間を、大人たちと一緒に駆け抜ける。中庭に到着すると、大きな雪の山ができている。2~3段重ねの鶏のケージが、小さな養鶏場のように並んでいた所だ。「鶏小屋見に行ってて、雪が落ちてきて‥‥」。駆け戻ってきたてっちゃんが、後ろから大声で状況説明をしている。男たちは、雪山との格闘に次々参戦。「おじさんを傷つけないようにね」「そっと、そっと」と声を掛け合いながら、急ピッチで山を崩していく。てっちゃんは、裸足のままただうろうろするばかりだ。

数分経った頃だったろうか、てっちゃんのお母さんの声が聞こえてきた。「お父ちゃん、見つかったよ~!」「お父ちゃん、いたよ~!」。男たちの一部の手が止まる。しかし、事態ははっきりしない。掘り起こす作業は続いた。

てっちゃんが、「え~~?何~~?どうしたって~~?」と、お母さんの声のした台所の方へ向かおうとした、その時、「わしが埋まったって~~?」と、てっちゃんのお父さんが中庭にひょっこり現れた。雪との格闘を続けていた人たちが順に振り向く。中には、二度見をする人もいる。お父さんは、煙草を片手に寒そうに肩をすくめている。てっちゃんは、一瞬事態が飲み込めず立ち尽くし、それからお父さんの胸に飛び込んだ。「馬鹿~~!お父ちゃん!‥‥馬鹿~!」と叫んで大泣きを始めた。お父さんは、「いやあ、わしが埋まったって聞いたから戻ってきたんじゃ」と、のんびり声。「だって、‥、だって、‥、鶏小屋見に行ってたじゃない」と、途切れ途切れになじるてっちゃん。「行ったで。行ったけど、すぐに出かけたんじゃけどのお」と、あくまでものんびりのお父さん。お母さんと、お姉さんが「どうも、すみませんでした」と連呼し、駆けつけた男たちの「まあまあ、無事でよかった、よかった」の笑顔で、事件は笑い話で決着。10分少々くらいの出来事だった。

一大事と緊張に包まれた石川米穀店の中庭は、一転和やかな笑いに包まれることになったが、僕は、てっちゃんの家庭の温かさに触れた思いだった。

僕が遊びに行った時のてっちゃんは、お母さんとはいつも言葉険しく衝突し、お父さんには注意をされてはうるさそうにしていることが多かった。その裏にある情愛に気付くまでの間、僕は、商売をしている家は大変だなあ、とぼんやり思っていた。てっちゃんが、包丁を持ってお母さんに向かって行き、お母さんが平然と正面から向き合っている場面を目にしたり、お父さんに殴られるのを目撃したりしていると、時には、てっちゃんが可哀想になることさえあった。

てっちゃんのお父さんとお母さんが口喧嘩をする場面にも、何度か遭遇した。どちらが正しいのか、よくはわからなかった。ただ、謝っている姿も、勝ち誇った姿も目にしたことはなかった。いつの間にかそれぞれの仕事に向かいながら、それでも大声で言い合い、「わからん奴じゃのお」といった、少し大きめな音の独り言で自然に収束していたような気がする。

僕は、ずっと後になり、大学で最も気に入っていた鯵坂二夫教授の教育学の講義を受けた頃、ふと気付いた。てっちゃんの家族は、とても健全な昭和の家族だったのだ。だからこそ、昭和のガキ大将は、生まれたのだ。

二律背反。競合と調和。信頼と責任。分担と協力。‥‥。今からではいいところしか思い出せなくなっていることを割り引いても、てっちゃんの家族、石川米穀店一家は、いいバランスの上に、成り立っていたのだと思う。

はっきりと気付くには、病気になる必要が、僕にはあったようだ。‥‥。嗚呼‥‥。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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