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昭和の家族‥‥⑤

子どもなんて、贅沢する必要なんかない。大人になって、稼げるようになってから、自分で好きに贅沢すればいいんだ。‥‥沢君のお父さんの言葉である。

あんぱん、ラムネが贅沢か?という見方もある。贅沢は人によって、基準も領域も異なるものだ。ただ、当時の沢家の収入を思えば、あんぱん、ラムネも贅沢品に入るのだろう。しかし、となると、お父さんは贅沢をしていいのか。しかも、子どもを差し置いて、である。

というのが、かつての僕の考えだった。その考えからすると、沢君のお父さんは酷い人、とんでもない父親ということになる。僕の中の沢君のお父さんはそのままのイメージのまま、時間の経過にしたがい消えていきそうだったのだ。ところが、僕が少しは大人に近づいていたせいか、高校二年生の時蘇ってきた沢君のお父さんのイメージは、そんなに悪いものではなかった。

ほとんど山に篭もっているに等しい沢君のお父さん、中国山地の寒村という環境にあって、一人で家庭を維持し、家族を支えている沢君のお父さんは、まさに沢家で唯一人、贅沢をする権利があるのかもしれない。そう思えてきたのである。優先されるべきは、家族を支える父親。父親が倒れれば、家族全体が崩壊する。精神的なストレスを緩和するためなら、過度にならない程度の贅沢はしてもいいだろう。子どもも一緒に贅沢をすると、結果として全体では過度なものになってしまう危険性がある。しかも、子どもたちはまだ、経験すること一つひとつに確かな意識があるとは思えない年齢である。しかも家庭に貢献する術も持っていない。贅沢をしない、我慢をする、というのは、彼らができる唯一の父親への協力かもしれないではないか。

家族の役割分担なのである。狼は、父親が中心になって捕らえた獲物を口にする時、まず父親がお腹一杯にするのを、母親と子どもたちはじっと待たされる。そこに働いている自然の摂理は、人間の社会、家族の中で働いてもいいはずのものではないか。

僕はちょっぴり反省した。沢君のお父さんは、大変だったのだ。あの時の一本のラムネ、一個のあんぱんは、山の中でしっかりと働いてきた自分への誇り高き、ささやかなご褒美だったのかもしれないのだ。

幼い僕を抱え、生活保護を受けざるをえなかった僕自身の親父とパチンコ屋で過ごした日々を思い出した。親父をいとおしく思った。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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