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リハビリ入院、十人十色

「倍、働けばいいんだもん」と、明るく胸を叩いたKapparだったが、体力と気力がどこまで続くのか、どきどきしていた。何しろ、僕にゆとりはない。睡眠導入剤を飲んで眠りに着こうとするのだが、脳出血発症の10年ほど前から苦しんでいた胃腸の不調のせいと、深夜になるとあれこれ考えてしまうネタが浮かび、眠ることができない。胸が苦しくなり、外気を吸おうと窓に手を伸ばし開閉しようとするのだが、それもうまくいかない。ぺたりと背中をベッドに付けたまま首だけを巡らし、遠くに見える“MAZDAユーノス”の看板を見つめながら、夜が白々と明けていくのを待つ日々。頭の中では好きでもなかった“虎舞龍”の「ロード」のサビの一節「なんでもないようなことが、幸せだったと思う」が、グルグルと回り続けている。「おはよう!」と現れるKapparの元気な笑顔に、救われるような気分で次の一日を迎えるという状態。心配ではあるものの自分の都合が優先してしまい、「さあ、仕事だ~」と九時過ぎに病室を後にしようとするKapparに、「大変だね。ありがとう」と感謝はしてみるものの、「また夕方に顔を出すからね」と言われると、ふと心細くなり、「夕方って、何時頃のこと?」などと口走る有様である。

仕事仲間で友人のKenちゃん、e-poohちわわんが、僕へのお見舞いを、Kapparに「病院へ通うタクシー代」として渡してくれたと聞いた時は、心から感謝した。何が病人のために必要かをきちんと考え、配慮してくれた、その思慮と思いやりの深さ。お見舞いが、時として「私、心配しています!」という気持ちの発露や押し付けに過ぎず、病人と病院の事情に対する配慮に欠けたものになりがちなのとは大いに異なる、まさに大人の心配りが行き届いた、本当にありがたいお見舞いだった。

それはやがて、やはり行き当たることになる様々な費用負担の問題を前にした時も、「これは、タクシー代」と意識分けすることで、大いにKapparの行動を自由にしてくれた。またそれは、とりもなおさず、増大する先行きの不安に時として気持ちばかりか血圧さえ乱れてしまう僕を支えてくれることにつながったのだった。

水が嚥下できることを確認し、普通食になった頃、主治医から「初台リハビリテーション病院」のことを聞かされる。費用を耳にし、一瞬逡巡していると、また横でKapparが胸を叩いた。「お願いします。最善のことをやりたいんです。どうすればいいんですか?」。脳出血あるいは脳梗塞を発症した人の行く末は、ここら辺りから微妙に異なってくるのだろう。僕は、そう思った。どうなっていくものなのか、どんな選択肢があるのか、どれだけの費用が必要なことなのか、そしてそれは、どんなタイミングで行動に移さなくてはいけないものなのか、下調べを充分にしておき、即断しなくてはならない。時間との勝負。遅れれば遅れるほど、失う心身の機能は重大なものとなる。Kapparは、仕事とお見舞いの合間を縫って、下調べも充分にしてくれていたのだった。

さらに、である。その2年前に取得していた“野菜のソムリエ”の資格に、今度は“フードコーディネーター”の資格を取ろうと、Kapparは学校に通い始めていたのである。

倒れなければいいが、‥‥。僕というKouraは、ご本体Kapparが次第に本気で心配になっていった。

発症から約一ヶ月、初台リハビリテーションへの入院がなかったら、Kapparはもたず、Kouraを背負ったまま倒れることになったかもしれない。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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