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昭和の家族‥‥②

上がりかまちに、おばあちゃんに対して斜めに腰掛け、僕は帰るタイミングを探していた。お盆を持って奥へ入っていった同級生は、家事にとりかかっているようだった。水を流す音や食器がぶつかる音が、断続的に聞こえてきた。「よく働きますねえ」。その瞬間思ったことを、口に出した。「え?」。‥‥。「なんて?」。やや耳の遠いおばあちゃんにもう一度、少し身を乗り出して言った。「本当に、○○君、よく働かれますね」。できるだけ丁寧に言葉にした。「ああ」と、にっこりしたおばあちゃんの次の言葉に、僕はまず驚いた。

「子どもや年よりは、無駄飯食いじゃもんね」。無駄飯食い?‥‥。大切な人じゃなくて?‥‥。「できることはできるだけやって、役に立たんとねえ」。働き者の孫娘に誇りを感じているものの、それは“当たり前のことを手を抜かずにやること”に対する誇りのようだった。「でも‥」。褒め言葉がないことへの不満に僕が口ごもると、「働き手がいないと、家も家族も大変じゃけ」と、おばあちゃんは微笑んだ。

子どもも家族にとっての労働力、という考え方がそこには、はっきりとあった。田植え、稲刈りといった農繁期には、学校さえ短期間休みになる山間部の農村。“無駄飯食い”を数多く抱える余裕はない。家族のために働かねばという意識とエネルギーを持った家族一人一人の日常的な努力によって家族単位で自立すること。それが前提で、それでも苦しい家族は、他の家族が少しずつ役割分担をして助けていく。寒村が存続していくために必要な最低条件である。

全体のために個があり、個のために全体がある。身勝手な個と、個のために機能しない全体は否定されなくてはならない。

おそらく農業を通じてできたのであろう共同体の論理が、そこにはしっかりと根付き、自然と受け継がれていた。

小学校低学年の僕は、明治の女の言葉に聞き入りながら、僕自身の生活に対する甘さを、なんとなく恥じていた。後妻としてやってきたお袋の「お父ちゃんが毎日働いて稼いだお金だから、一円でも大切にしないとね」という言葉を思い出していた。毎月5冊も取り寄せていて、お袋から減らすように言われていた月刊誌を減らす決意もしていた。

「昔は、間引きと言ってね‥‥」。おばあちゃんの話は続いた。弱い子どもが切り捨てられていく悲惨な昔話も耳にした。次第に背筋が伸びてきているのを感じている頃、同級生の女の子が顔を出してきた。「おばあちゃんの話し、長いから~」。その顔はやけに活き活きとして見えた。

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