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昭和の田舎の中学校でのできごとー②

つゆだく?英語のK先生

英語のK先生の授業は、慣れるのに時間がかかった。中学入学当初は、小さかったために、僕の席は、最前列だった。僕は英語には、親父が自宅で低額の英語塾(6畳の部屋に、近所の子どもが集まって教えてもらう程度)をやっていて襖越しに発音練習を耳にしたりしていたので、妙に馴染みがあり、興味を抱いていた。しかし、K先生のキャラクターは僕の肌に合わず、それが授業への熱意を阻害していた。

K先生は、鋭い目付きとふくよかな頬を持ち、にこやかな笑顔に人の良さを滲ませたかと思うと睨みつけるような鋭い眼光に気の短さを表す、なかなか難しいおじさんだった。油断ならないのだった。しかし、僕を大いに悩ませたのは、そのことではなかった。K先生のふくよかな頬にいつも蓄えられているかのような唾液だった。要するに、飛沫が飛んでくるのだ。警戒すべきは、「SH」。Dish、Fishが、特に飛んだ。先生が生徒の方に向かって「続けて」と言い、みんなが先生の発音に声を揃えてついていく時などは、特に危険だった。正しい発音を、みんなに聞こえるように、と、いつもより入るK先生の気合は、大量の飛沫を生み出すことになっていくのだった。大げさではなく、頭にパラパラと降りかかってくる感じがした。先生の目の前で拭うのも申し訳なく、それも、手で拭いたくはないとあって、授業が終わるまで頭に乗ったK先生の唾液の一滴一滴が次第に肌に浸透していく感覚と戦い続けなくてはならなかった。授業に身が入るわけないのである。

ところが、すばらしい対処法を、やがて僕は身に着けることになる。周囲の被害者たちにも教えたかったが、止めた。みんなが同時にその方法を採ると目立つからである。簡単な方法ではあるが、テクニックは必要だ。開いた教科書を頭に被るのである。もちろん、授業が始まってからずっと被りっぱなし、というわけにはいかないから、「SH」が出てきそうなタイミングを計り、さりげなく、しかし、きっちりと被らねばならないのである。教科書の先読み、あるいは時として予習さえ必要になる、奥深い防御策である。僕は、K先生の飛沫を被りたくない一心で授業というよりも教科書に集中した。そしてついには、すばらしい技を会得するに至った。開いて両手で持った教科書を、「SH」が出現する数秒前からさりげなく机から浮かし、目の高さにまで持っていく。「SH」の瞬間、しかも飛沫がK先生の口から出て空中に拡散した瞬間だけ、教科書をさっと上に上げる。早業である。しかも一滴たりとも頭に到達させない完璧な技である。やがて左右の被害者も真似を始めたが、その技はわざとらしく稚拙で、到底僕に及ぶものではなかった。僕は誇らしい気分だった。

二学期になった。僕は夏休みの間に、5cmも背が伸びた。席が少しだけ後ろになった。うれしいような寂しいような、複雑な気分だった。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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