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昭和のガキ大将、テッチャンとの4年間ー③

僕は、テッチャンが大好きだった。でも、テッチャンは少しだけ僕が苦手で、そのことが指先のささくれのように、いつも気になって仕方ないように見えた。僕は、その理由が僕の方にあることに薄々気付いてはいたが、直そうとしても直るものではないことも、薄々知っていた。

幼い頃、大人たちに囲まれていたせいか、僕は子どもらしいストレートなもの言いができなくなっていた。感想や欲求をまっすぐ言葉にしては、大人たちの険しい目やきつい言葉の攻撃を受けている間に、婉曲的なもの言いや遠慮がちで控えめな挙動がすっかり身に付いていたのだ。それが、時として嫌味な印象を与えたり、意図していないにもかかわらず皮肉として受け取られることに困惑することもあった。テッチャンが時折見せる冷ややかな目は、概して僕のそのような性癖が出てしまうことが原因だった。

忘れられないことがある。

中学2年の秋、鉄棒で遊んだ放課後、田舎の道を数人で肩を並べて帰る途中のことだった。話題は、プロ野球から差し迫った中間試験へと移行していた。試験に関しては無頓着だった僕は、会話に入らないようにしていた。と、突然テッチャンが大きな声を上げた。「心配いらない奴は、ええよなあ」。少しだけ前を歩いていた僕は、振り返った。テッチャンの目と出くわした。とっさに「そんなことないよ」と口に出し、すぐに後悔した。なんて自意識過剰なんだ。なんて不遜なんだ。「あれ?洋ちゃんのことだって、誰か言った?」テッチャンの痛烈な皮肉が、慌てて前を向いた僕の後頭部に突き刺さった。ずっと抜けることのない棘のようだった。

転校生、小さな頃から一緒に過ごしているわけでもない、限界があるのはやむをえない。しかし、どうしてきちんと混ざっていくことができないのだろう‥‥。歯がゆく、悲しかった。

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いかにも60年代の田舎の中学校の卒業式。男の子が全員丸刈りであることに、都市出身者は目を瞠る。だが、僕は、高校3年の夏まで丸刈りだった。髪型自由を勝ち取るために、ちょっとした闘争があったほどだ。判別できないが、僕は向かって上から三列目の左から7番目。

最高の時代だったが、本当にみんなと時間が共有できたのか、自信はない。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

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