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昭和のガキ大将、テッチャンとのその後

大人たちに対する控えめな自己主張の方法が身に染み付いていた僕のもの言いは、テッチャンにとっては、プライドの高い奴の嫌味な自慢に映ったことだろう。僕は、そんなつもりはないと意識してはいても、自覚せざるところで、さりげないからこそより強い自慢をしていたんじゃないか、などと反省したりした。そして、その反省の気持ちがまた、テッチャンに対する僕の言動を、少しぎごちなくしたりもした。

薄い皮膜がかかったまま拭いきれないような感覚を抱きつつテッチャンとの交流は中学卒業まで続き、高校進学と共に途絶えた。違う高校へ行くことになったことと、とりわけ僕の引越しによるものだった。もっと時間をかけて友情を育みたかった僕は、中古の我が家への引越し、初めての二階の自分の部屋に、空虚な思いしか抱くことができなかった。高校生活が予想だにしなかった大学受験の色を帯びたものであることを実感し始めると、中学時代への懐かしさは募った。

そして、テッチャンとの接点がなくなってほぼ丸3年、高校3年生の冬休み、思いがけないことが起きた。

「洋ちゃん、お友達よ~」。炬燵に寝転んでテレビを観ていた僕に、玄関が開く音にそそくさと出ていったお袋の声が届いた。受験前の冬休み、行き来を遠慮しあっている高校の同級生だとしたら、特別な用事かもしれない。ぴょんと跳び起き、僕は玄関に向かった。俯いた学生服姿が、顔を上げた。「あれ~」。僕は、上ずった声を上げていた。テッチャンだった。

「忙しい時に、ごめん。一言言いたくてね」。挨拶もなくテッチャンは切り出した。「俺、洋ちゃんのこと誤解してたような気がして‥‥。それが気になって‥‥。ごめんね。悪かったね。それだけ。元気でね。また会おうね」。18歳の高校3年生の男は、少年のようにそれだけの言葉を吐くと、にっこり笑って背を向けた。一言も僕に語らせることもなく。慌てた僕は、テッチャンの背中に「ありがとうね」と言ったが、玄関の戸が閉まるのと同時くらいだった。テッチャンに聞こえたのかどうかわからないまま、玄関の戸は閉まり、テッチャンは去っていった。

そしてさらに17年後‥‥。    次回に続く。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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