« 井戸水になりたい!-② | トップページ | 1960年、海辺の寒村の暮らし »

好きだと頑張れる‥‥。

団塊世代への注目が高まりつつあるせいか、「思いっきりテレビ」で、“みゆき族”が採り上げられ、友人の健坊(目黒の和菓子屋“つたや一粋庵”のオーナー職人)と麻生さんが取材を受けた。健坊は「俺は、みゆき族はやってねえよ」と、その頃のことを語り、みゆき族をやっていた麻生さんは、「悪いことなどせずに‥‥」と、ただ集まっていただけであることを語ったようだ(申し訳ない。観そびれました)。勝手にネーミングし、意味付けするのは周囲の下世話な大人たち。本人達は、同好の士のいる所へ行ってみているだけ。かくして、ブームは周囲から創られていくのだ。

みゆき族の写真は、田舎の中学生だった僕も、週刊新潮か週刊文春のグラビアで見たような気がする。東京には、お金を持った若い人がいっぱいいるんだなあ、とよその国の出来事のように眺めていた。

このブログでも以前触れたが、みゆき族がマスコミの取材を受けるようになって、我が60sFACTORYの企画をリードしていただいている谷さんは、陰でほくそえんでいたらしい。当時VANの商品企画に配属されて間もない谷さんたちVAN社員が、終業時間の後、みゆき通りに「VANの宣伝を意識して」たむろしていたのが、みゆき族のはしりだからだ。VANの袋を持ち、ステッカーをポケットに忍ばせて夜な夜な出動し、こっそりステッカーを貼って帰っていたそうだ。その話をする時の谷さんのいたずらっ子のような顔に、聞いている僕も微笑んでしまった。マスコミもしてやられたのである。

好きこそものの上手なれ。日本橋界隈に、VANのエネルギーが充満していたのだ。

Photo

健坊の千社札。厚かましくも、穂積和夫さんの好意にしがみつくようにして描いてもらったらしい。祭り好きのいなせなおっさんである。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

60sFACTORY活動日記は、こちら。

|

« 井戸水になりたい!-② | トップページ | 1960年、海辺の寒村の暮らし »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/207308/7999239

この記事へのトラックバック一覧です: 好きだと頑張れる‥‥。:

« 井戸水になりたい!-② | トップページ | 1960年、海辺の寒村の暮らし »