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脳卒中リハビリ仲間のその後ー②

Fさんは、やんちゃ坊主のスタイルと顔付きで、リハビリ病院の廊下で自主トレに専念している姿を見たのが最初だった。食堂で言葉を交わして、すぐ仲良くなった。病院で50歳を迎えた、大手不動産会社の法務担当のマネージャーをしていたという。ストレスの多い仕事だったらしく、ご本人がそれを痛感したのが入院生活を始めて白髪がなくなったことからだった、という話には笑いながらも驚かされた。

病気では二ヶ月先輩で、僕が入院した頃には、連日「インフレ気味の」万歩計を腰に散歩をしておられた。「今日は、○○○歩でした。もう少しだったなあ」といった報告や、歩く時にどうしても内側に曲がってしまう腕を「演歌歌手じゃいけないんですよね」といった笑い話を彼の口から聞いていると、つい冗談にも弾みがつき、そのまま笑いが止まらなくなることがよくあった。この病気の特徴であろう、喜怒哀楽の沸点が低くなってしまっている影響もあり、時にはご飯を吹き出してしまうことさえあった。

そんな彼が復職したのが、春。散歩の時もしっかりと彼をガードし、「女房が前で大仰にガードするから歩きにくくて」と、Fさんに贅沢な台詞を吐かさせていた奥さんが相変わらずきちっとガードしながら、会社へと通い始めた。「病人にやさしい会社」で、マネージャーの席は後進に譲ることになったとはいえ、同じ業務への復活となった。一人でなんとか通い始めたFさんと、やがてメールで連絡を取り合い、会うこととなった。元気な頃、お酒とタクシーが大好きだったFさんが、リハビリの帰りに事務所に近い交差点で降り立った姿を見た時は驚いた。やっとコップを握り水を飲んでいた程度の左手をひょいと上げて見せ、しっかりとした足取りで、杖にも頼らずすたすたとこちらに歩いてきたからだ。

そんなFさんも本格的な社会復帰にはなかなか至らず、時々落ち込む。脳卒中を患い、リハビリを重ね、ある程度運動機能を回復しても、内側は違う。皮膚の内側はざわつき、時には痛み、疲れやすい。そして何よりも、多くを期待されないことが心に刺さる。大事にされている、と喜ぶだけには終わらないやるせなさに襲われることもある。僕にはよく判る。肉体的な辛さもさることながら、人の役に立ちたいのだ。

しかしFさん。今日知り合いから聞いた話では、Fさんと同じ昨年7月発症の商社マンの人、4月に復職予定が、今でもリハビリにひたすら励む状況とのこと。頑張りましょう。ちょっと飲んでからね。

年老いたお母さんの面倒を見ながらの二人暮らしで、突然脳出血に襲われたSさんは、リハビリに通うのが唯一の楽しみ、と聞いた。仕事は諦めたとの風の噂も。心配だ。歩行を諦め、車椅子のまま退院していったUさん。思っていることと違う言葉が口から出てくることに悩んでいた、若干40歳のO君。「仕事辞めていいわよ。私に任せなさい」と奥さんに言われたことをうれしそうに口にしていたBさん。みんな、無理せず、誰かに見守られながら、じっくりと次を目指せているといいのだが‥‥。

60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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