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介護される側の視点③ー介護という仕事に関して

介護のグレイゾーンについてさらに述べていく前に、やはりコムスン事件に関して、少しだけ触れておきたい。ただ、介護に関して専門的な知識もなく、造詣が深いわけでもない僕が、入院、リハビリテーションを通じて、あくまでも介護される側として感じたことを敷衍しただけであることは、お断りしておきたい。

まずは、今も週2回続けているリハビリについて。

リハビリは、大別すると3種あるようだ。理学療法(PT/Physical Therapy)‥‥主に下肢のセラピー。自立歩行を促す。作業療法(OT/Occupational Therapy)‥‥主に上肢のセラピー。手作業を促す。言語療法(ST/Speech Therapy)‥‥言語によるコミュニケーションが可能・円滑になるように促す。以上、3種である。入院をして知った。セラピーだから、手術をしたり、薬品を使用することはない。つまり、身体の構造と、その一つひとつの働きと相互関係を十分に理解し、どこをどのように刺激すれば、失ったあるいは減退した機能を回復できるか、を知る人つまりセラピストの指導を受けながら、随意筋に動き方を改めて教え込んでいく、というのが、今のリハビリ。のように感じた。特に、僕のような脳卒中に起因する不随は、脳からの指令が途絶えているので、身体の方つまり必要な筋肉にダイレクトに動き方を教え込んでいくしかない。‥‥ということだろう。

幸いにして、入院した時点からずっと意識もはっきりしていて、ストレッチャーの上でMRIの結果を見せてもらいながら担当医と会話をしていた僕は、言語を失うことはなかったので、3種の中の2種のセラピー、PTとOTを受けることとなった(現在、声が出にくくなってきていることも災いして、発音不明瞭な言葉が増えているようで、気になってはいるが‥‥)。そして、すぐに思った。まだまだ確立されていない療法なんだなあ、と。そして、それはやむをえないことなのだろうなあ、と。

正常に機能している状態の肉体は、多様な動きを可能にするために複雑に入り組んだ筋肉が、互いに動きを補完しあいながら無理なく動いているのであろうが、一旦どこかが壊れてしまうと、そのひずみが各所に出てくることになる上に、その出方は人それぞれ、画一的なパターンはない。一人ひとりがレアケースなのである。学ぶとしたら、正常な状態の身体をを学ぶしかなく、それが現場ですぐ役立つとは限らないのだ。セラピストの経験と資質に拠るところが大きいのである。体系化できるとしたら、患者との接し方と、セラピーの基本のみなのではないだろうか。推測ではあるが‥‥。

と、思った僕が、是非充実してもらいたいと思ったのが、本来当たり前のことなのだが、インフォームド・コンセントの徹底である。何のために、どこのどの筋肉を使うのか、その説明をしてもらいたい、と強く思った。説明をすることで、責任も生まれ、担当が入れ替わっても、何をなすべきかは伝わっていくように思うし、セラピーを受ける側もより真剣になれるし、効果も上がるような気がする。要するに、ロードマップは、ないよりあった方がいい、ということである。もちろん、容易なことではない。説明の仕方の標準化も必要だと思う。しかし、患者はとにかく指導するとおりにやってくれればいい、とするやり方だと、セラピスト、患者双方に進展はないように思えてならない。リハビリは、本来共同作業。しかも、一つひとつのセラピー行為は、より優秀なセラピストを育てる教育機会であり、そうして育った指導者がもっともっと必要な状況にあると思うからである。

で、コムスンである。と言うより、グッドウィル・グループが介護事業を展開するということについてである。

上記のリハビリと同様、介護も一つひとつがレアケースと考えるべきもの。ほとんどが現場で携わる人に委ねられる行為である。したがって、ノウハウは、常に現場に蓄積され、現場で熟成されていくことになる。それが、介護事業者の資産になっていくのであれば、介護も充実していくことになるだろう。現場で介護に汗を流す人が得たものが、社会資産として還元されていけば、介護する人、される人の満足度も上がっていくはず。だと思うのである。それが、人材派遣を主たる生業とする企業グループにできることだろうか。何しろ、人材派遣企業の企業ポリシーは、大掛かりな口入れ屋、あるいは手配師に過ぎない。企業としてノウハウを蓄積する意志などないはずである。ボランティアではないからこそ、より高度なところを目指してもらい、その高まった質によって、高い報酬を得ていくようになればいい。優れた介護は、高い報酬を得る価値がある、と認めるべきだと思う。介護で稼いではいけないのではない。介護事業者が、介護の現場からいたずらに稼ぎを掠め取るのがいけないのである。介護をする側の人に真のプロが存在するようになり、固有名詞で語られるようになるくらいでないといけないとさえ思う。憧れの職業は、収入もそれに見合ったものでないといけない。

ただ、介護の現場が若い人に委ねられていくのは、僕は密かにおかしいと思っている。そのことにも、やがては触れてみたい。

60sFACTORYプロデューサー KAKKY(柿本)

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